大判例

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東京高等裁判所 昭和46年(う)3252号 判決 1973年6月08日

控訴人 検察官

被告人 川上清 外一名

弁護人 岡部勇二

検察官 橋本友明

主文

原判決を破棄する。

被告人川上清および同五来栄市を各罰金一万五、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金、一、〇〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

水戸地方検察庁で保管中の漁網(かさねさし網)一統(同庁昭和四三年領第一、〇九二号)を、被告人川上から没収する。

理由

本件控訴の趣意は、東京高等検察庁検事土田義一郎提出の水戸区検察庁検察官事務取扱検察官検事藤井嘉雄作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、被告人両名の弁護人岡部勇二作成名義の答弁書(昭和四四年九月一日付、同年一〇月二二日付および昭和四七年二月二一日付)記載のとおりであるから、これらをここに引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。

控訴趣意は、原判決は「被告人両名は、共謀のうえ、法定の除外事由がないのに、昭和四三年一〇月一八日午前五時一五分頃茨城県那珂郡東海村久慈大橋下流の久慈川において、さけを漁獲する目的で川舟からかさねさし網を河中に流し、もつて内水面において禁止漁具であるかさねさし網を使用して、さく河魚類であるさけの採捕行為を行つたものである」との水産資源保護法(以下単に法ということがある。)二五条・三七条四号、茨城県内水面漁業調整規則(以下、単に規則ということがある。)二七条四号・三七条一項一号違反の公訴事実に対し、法二五条および規則二七条にいう「採捕」とは、文字どおり、とらえること、掴えること、少くとも容是にとらえ得る状態になつたことをいい、「採捕行為」(採捕しようとする行為)を含まないと解釈して無罪を言い渡したが、右の解釈は著しく狭きに失し、法および規則の立法目的に照らせば、「採捕」とは広く「採捕行為」をも包含するものと解すべきであつて、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤りがあるというのである。

そこで検討するに、所論が指摘する点については、既に本件の上級審である最高裁判所が詳細に判示しているところであつて、それには、規則二七条で禁止漁具を用いて採捕してはならないという場合の「採捕」とは、当該禁止漁具の使用による採捕行為を意味すると解すべきであり、また、法二五条にいう「採捕」とは、現実の捕獲のみに限らず、さけを捕獲する目的で河川下流においてかさねさし網を使用する採捕行為をも含むと解釈すべきであると判断されている。そして、当裁判所もこの解釈を正当と考え、このように解釈することがよく法および規則の立法趣旨に合致し、決して不当な拡張解釈とはいえず、もとより罪刑法定主義の原則に違反することはないものと解する。

弁護人は、法二五条にいう「採捕」の意義を更に限定して「とらえて食べるか、または殺してしまう」ことを意味するものと解すべきであるというが、文理上も立法目的上も、到底賛同することができない。

更に、弁護人は、規則二七条・三七条一項は、憲法三一条・一四条・一三条に違反する無効のものであるといい、その理由として、(一)犯罪および刑罰は、法律ならびに法律の委任による政令および条例によつてのみ規定されることが認められているのであるから、これに反して水産資源保護法四条二項・三項、漁業法六五条二項・三項およびこれを根拠として制定された規則二七条・三七条は罪刑法定主義を定めた憲法三一条に反する、(二)規則は一般国民を参加させないで制定され、漁民に対し一般国民より優位な特権を与えているから、平等の原則を定めた憲法一四条に違反する、(三)当該所属の住民にしか公布、周知されていない規則で懲役という重い刑罰を科することは、国民の基本的人権を定めた憲法一三条に反するということを挙げている。

そこで、考察するに、弁護人が問題にしている本件の規則、すなわち茨城県内水面漁業調整規則(昭和四〇年三月一七日茨城県規則第一五号、なお右規則は同名の昭和二六年茨城県規則第五二〇号を改廃したものである。)二七条は「次の各号に掲げる漁具又は漁法により水産動植物を採捕してはならない。ただし、涸沼にあつては、第三号の規定は適用しない。(4) かさねさし網(二枚以上の網地をかさね合せて、水産動物を網目に刺させ、又はからませてする漁具をいう。)」((1) (2) (3) (5) ないし(16)号省略)と規定し、同三七条一項で「次の各号の一に該当する者は、六ケ月以下の懲役若しくは一万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。(1) 第六条、第一三条、第二四条第一項、第二五条から第三三条まで又は第三四条第六項の規定に違反した者」((2) (3) (4) 号省略)と罰則を定めている。この規則は、漁業法および水産資源保護法を根拠法規として、茨城県知事が制定したものであつて、漁業法(昭和二四年法律第二六七号)六五条は「(一項)主務大臣又は都道府県知事は、漁業取締その他漁業調整のため、左に掲げる事項に関して必要な省令又は規則を定めることができる。一 水産動植物の採捕又は処理に関する制限又は禁止、二 水産動植物若しくはその製品の販売又は所持に関する制限又は禁止、三 漁具又は漁船に関する制限又は禁止、四 漁業者の数又は資格に関する制限。(二項)前項の規定による省令又は規則には、必要な罰則を設けることができる。(三項)前項の罰則に規定することができる罰は、省令にあつては二年以下の懲役、五万円以下の罰金、拘留若しくは科料又はこれらの併科、規則にあつては六箇月以下の懲役、一万円以下の罰金、拘留若しくは科料又はこれらの併科とする。」(四項以下省略)と規定しており、また水産資源保護法(昭和二六年法律第三一三号)四条一・二項も「(一項)農林大臣又は都道府県知事は、水産資源の保護培養のために必要があると認めるときは、左に掲げる事項に関して、省令又は規則を定めることができる。一 水産動植物の採捕に関する制限又は禁止、二 水産動植物の販売又は所持に関する制限又は禁止、三 漁具又は漁船に関する制限又は禁止(四ないし六号省略)、(二項)前項の規定による省令又は規則には、必要な罰則を設けることができる。」と規定し、同条三項において、前記漁業法六五条三項と同一の罰則を規定している。すなわち、茨城県知事は漁業法および水産資源保護法によつて授権された権限に基き、規則二七条四号でかさねさし網を禁止漁具に指定して、これによる水産動物の採捕を禁止し、その違反に対しては、前記のとおり右法律の委任範囲内である六ケ月以下の懲役もしくは一万円以下の罰金に処し、またはこれを併科すべきものとしていることが明らかである。

元来、漁業生産力の発展を目的として水産動植物の保護培養を図るために制定された漁業法および水産資源保護法は、全国的規模で画一的に定めることを要する事項のほかに、自然的地域的な条件に応じて全国一率に規定することを適当としない事項あるいは具体的事情の変動に即して随時変更することを必要とする事項を包含しているので、このような点を配慮して法律は一定の事務を都道府県知事に管理執行することを委任したものということができる。そして、その関係から漁業調整に関する一定の事項についても法は知事に必要な規則を制定する権限を委任し、実効を確保するために罰則の制定を認めたものと解される。

国会の議決を経る法律は、現在の複雑化し、技術的発展に従い著しく急速に変動する社会事象に即応することが困難であるために、個々具体的な内容を行政活動に委ねることが必要不可欠となつて、それに伴う罰則の制定もこれに委ねられることはやむを得ないことといわねばならない。勿論、都道府県知事が法律の委任によるとはいえ、規則で罰則を定めるということは、殆ど類例がない(河川法一〇九条に同種の規定が見られる。)ところであるけれども、単に稀有の立法であるというだけの理由で、それが所論のように違憲であるということができないのはいうまでもない。問題は、国会の定める法律以外の法令によつて罰則を制定することは、いかなる範囲で許容されるかということに帰する。

憲法は、罪刑法定主義を宣明した三一条および国会が国の唯一の立法機関であると定めた四一条から明らかなように、犯罪と刑罰は法律によつて定められることを原則としているけれども、他方七三条六号で法律の委任がある場合には政令で罰則を設けることができると規定している。同条号は、直接には内閣の制定する政令を指しているが、その趣旨は国会の議決した法律以外の法令においても、法律の委任の範囲内において、犯罪構成要件および刑罰を定めることを認めたものであるとされている。国家行政組織法一二条四項は、総理府令または省令に、法律の委任があれば罰則を設けることができると規定し、同一三条二項は、各委員会および各庁の定める規則等についても同断であり、地方自治法一四条五項は、普通地方公共団体の制定する条例中に罰則を設けることができるとし、同一五条二項は、普通地方公共団体の長は、「法令に特別の定があるものを除く外」規則に違反した者に対し過料を科する規定を設けることができるとしている。最高裁判所の判例も、省令、人事院規則や条例において、法律の委任に基づき、犯罪構成要件を定め、あるいは罰則を規定することは憲法三一条に反しないと判断している。

したがつて、上述のような性格をもつ漁業法および水産資源保護法が漁業調整に必要があると認める事項に関して、前記のとおり、その内容を具体的に特定し刑罰の種類、程度を限定して、罰則を制定する権限を都道府県知事に賦与したことをもつて、憲法三一条の容認しないところであると断定することはできない。そして、右法律が定めた刑罰の種類、程度を条例に授権されている刑罰の種類、程度(前記地方自治法一四条五項参照)と比較して均衡を失しているとは考えられず、更に規則二七条四号・三七条一項一号の規定内容が漁業法および水産資源保護法の前記授権の範囲内にあると認められることに照らせば、右規則が憲法三一条に違反しているということはできない。

次に、漁業法六五条七項は、都道府県知事が同条一項の規則を定めようとするときは、関係海区漁業調整委員会または内水面漁場管理委員会の意見をきかなければならないと規定し、水産資源保護法四条七項も同様に規定している。そのうち本件に関係のある内水面漁場管理委員会の構成について、漁業法一三一条は、当該内水面において漁業を営む者を代表すると認められる者、当該内水面において水産動植物の採捕をする者を代表すると認められる者および学識経験がある者の中から一〇名を都道府県知事が選任して委員とするものと定めている(なお、昭和二五年九月九日水産庁長官の内水面漁場管理委員会委員選任基準参照)。このような法規および当審証人久保雄一の供述を参照し、更に規則二七条四号・三七条一項一号がすべての者に対し等しく適用されることを考えると、右規定が漁民に対してことさらに特権を与えているとも認められないから、弁護人のいう憲法一四条違反の議論は、その前提を欠き、採用することができない。

また、本件の規則は茨城県報に登載されて公布されている(前記久保証言)のであつて、茨城県公告条例二条三項・三条、地方自治法一六条五項の定めに従つていると認められるから、憲法一三条違反の議論も、その前提を欠くことが明らかである。

したがつて、弁護人において規則二七条四号・三七条一項一号が憲法三一条・一四条・一三条に違反するというのは、すべて失当である。

以上のとおり、原判決は、水産資源保護法二五条および規則二七条の「採捕」の解釈を誤つた結果被告人らに対し無罪の言渡をしたものであつて、同判決には法令適用の誤りがあり、それが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決はこの点において到底破棄を免れない。論旨は理由がある。

それで、刑事訴訟法三九七条一項・三八〇条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従い、更に自ら次のように判決をする。

(罪となるべき事実)

当裁判所が認定する罪となるべき事実は、前記の公訴事実のとおりである。

(証拠の標目)省略

(法令の適用)

被告人両名の判示所為中、法定の除外事由がないのに内水面においてさけを採捕した点は、刑法六〇条、水産資源保護法二五条・三七条四号に、禁止漁具であるかさねさし網を使用した点は、刑法六〇条、茨城県内水面漁業調整規則二七条四号・三七条一項一号(なお、罰金等臨時措置法二条については、刑法六条・一〇条により昭和四七年法律第六一号による改正前の法律を適用する。)に該当し、以上は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段・一〇条により重い前者の罪に対する刑に従い、所定刑中罰金刑を選択し、所定金額の範囲内において被告人両名を各罰金一万五、〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置し、主文第四項掲記の物件は、判示犯行の用に供した漁具であつて被告人川上の所有に属するから、法三八条本文により、これを同被告人から没収することとし、被告人両名につき差戻の前後を通じ当審における訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人らに負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 江碕太郎 判事 龍岡資久 判事 桑田連平)

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