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東京高等裁判所 昭和45年(ツ)9号 判決 1970年4月17日

上告人

赤池修

代理人

青柳孝

外二名

被上告人

鈴木テル

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人は原判決全部を破棄する旨の裁判を求め、上告理由として別紙記載のように主張した。

右上告理由に対する当裁判所の判断は次のとおりである。

上告理由第一点について

原判決が赤池宗平の被上告人に対する建物贈与の時期を昭和三四年頃から昭和三七年八月頃までの間と認定したことは、判決理由の記載により明瞭である。

上告理由は要するに、原判決の右認定は証拠によらないで事実を認定したものであるという主張であるが、原判決理由には右認定に用いた証拠ならびに排斥した証拠を各明示して列挙してあり、その挙示する証拠を集積すれば右認定事実を認められないことはないのであつて、論旨は単に原審の適法な事実認定を攻撃するものに過ぎない。

なお上告理由には、原判決の認定は法律行為の行なわれた時を特定したことにならないとの論旨が含まれているが、特定の日、特定の時刻を確定しなけれげ法律行為の特定にならないという理由はなく、原判決判示のように「三年余の期間内の或る日」という認定であつても、その期間内に行なわれた贈与が一箇である限り、法律行為の特定として支障はないのである。

上告理由には更に、事実の混乱、裁判の混乱を生ずるとの文言があるので付言すれば、一件記録を見ると第一、第二審を通じ、赤池宗平が大正末期に上京して以来の事件関係諸事実が、弁論ならびに証拠調に上程されていて、上告人においても昭和三四年から昭和三七年八月二〇日に至る期間内の贈与の有無について防禦をつくしていることが看取されるから、原審の審理に審理不尽の過誤はないというべきである。《後略》(近藤完爾 吉江清景 稲田輝明)

<上告理由>

第一点 原判決は、証拠によらずして事実を認定した違法があり、その違法は原判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、破棄を免れない(民訴法三九四条後段)

一、原判決は上告人(控訴人)の主張をいれて第一審判決が証拠によらずして認定した事実を変更した。すなわち、第一審判決は、そもそも存在しない赤池宗平の、被上告人に対する本件建物の贈与が、宗平の死亡した昭和三七年八月二一日の前日に存在すると認定した。けれども、原判決は、そのような証拠がないので、右第一審判決が認定した事実を変更したのである。(原判決理由第六項一二行目)

二、ところが、原判決は第一審判決を変更したが、再び証拠によらずして事実を認定した。すなわち、右宗平が昭和三四年頃以降昭和三七年八月頃までという、非常に長い期間の間に贈与した、と認定したが、この原判決の認定も、また証拠によらずして、事実を認定したものである。

(一) 贈与という法律行為が存在したかどうか検討するとき、その法律行為の日時、場所が特定されなければならない。特定されなければ、判決する対象を失なうことになり、あるいは、多くの事実を混乱させ、判決を誤らせることになる。法律行為の日時が特定しない場合は、特別の事情がない限り、その法律行為の存在は否定されるべきである。

(二) 原判決が認定した贈与は、その日時が特定されていない。昭和三四年頃以降昭和三七年八月頃までの間という期間は、本件建物を購入してから、宗平が死亡するまでということであり、目的物が出現しない以上贈与は不可能で、意思表示がなされる以上宗平が生存していなければならないから、死亡するまでというのは当然すぎることで、日時の特定にはならない。

(三) 日時の特定がなく、書面があるわけでもなく、信用すべき立会人が存するわけでもない場合は、その意思表示・法律行為を肯定することはできない。

本件の場合は、正に右の如き場合であつて、むしろ、贈与を否定する書面(甲第五号証)が存在し、被上告人の甥であり、かつ養子である鈴木啓一郎が本件建物は自己の所有であるとして、独立当事者参加の申立をした事実が存在するのであるから、原判決の認定した、昭和三四年頃以降昭和三七年八月頃まで、という長期間の間の贈与は証拠によらず事実を認定したものといわざるをえない。贈与した証拠が無かつたから、甲第五号証において上告人の本件建物所有権を認める旨の記載があるのであり、前記啓一郎が申立をなしたのである。

(四) 事実、右贈与が存在しないから、原判決は、昭和三四年頃以降昭和三七年八月頃まで、という長期期間を掲げざるをえなかつたのであろう。しかし、右のような長期間の間のどの時点かにおいて、敢えて、たつた一回の法律行為を肯定するならば、法律行為に日時の特定はいらないということであり、裁判を混乱させ、その意味を失わせることになる。したがつて、原判決は、存在しない事実を、証拠によらず認定したといわざるをえず、破棄されるべきものである。《以下省略》

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