大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(う)1756号 判決 1971年2月08日

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮五月に処する。

但し、裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件弁護人の控訴の趣意<略>に対し記録を精査し、かつ、当審における事実取調の結果をも参酌して、次のとおり判断する。

所論は、原判決は被告人が原判示の交差点を左折するに際し、自車左側部分の安全を確認しないで左折進行した過失により云々と認定判示しているけれども、被告人は原判示の交差点にさしかかり方向指示器によつて左折の合図をしつつ信号まちのため一時停止し、信号が緑に変つたので自車左方および前方左右の安全を確認しながら左折を開始したのであるから、なんら注意義務に欠けるところはない。被告人が被害車両を発見できなかつたのは右信号まちをしている間に被害車両が自車の後方から自車前部の左側直近の死角の部分に入つてきていて、自車が発進するのと同時くらいに進行を開始し、自車の死角に入つたまま併進するかたちとなつたためと考えるほかないのであるが、自車は方向指示器によつて左折の合図をしていたのであるから、後進してきた被害車両としては自車の進路を容易に知ることができたにもかかわらずこれを無視して直進しようとしたため発生した事故である。一般に自動車運転者は他の交通関与者が交通規制または交通道徳に従つて行動をとることを期待し、それを信頼して行動してよいわけであるが、本件において被告人は被害車両が自車の左折合図に従つた行動をとることを期待し、それを信頼していたのであるから、被告人は無過失である。かりに被告人になんらかの過失が認められるとしても、被害者にも重大な過失があつたこと並びに被害者の遺族との間に示談が成立していることなどを考えると原判決の量刑は重きに過ぎて不当であり、刑の執行を猶予すべきものであると主張するので、以下順次判断を加える。

被告人は無過失であるとの主張について。

記録並びに当審における事実取調の結果によれば、本件交差点は、南北に通ずる幅員7.4メートルの歩車道の区別のないアスファルト舗装道路と、東西に通ずる幅員一〇メートルでその両端1.8メートルに未舗装部分を残す歩車道の区別のない道路とが交差し、信号機によつて交通整理が行われて周囲は人家で櫛比し左右の見とおしのきかない交差点であり、被告人は右の南北に通ずる道路を後記大型貨物自動車を運転して南進し本件交差点を左折東進しようとしたものであること、右大型貨物自動車は日野六七年式キャブオーバーの一〇屯積車で右ハンドルの車長7.19メートル、車幅2.46メートル、車高約2.7メートル、前二軸車でホイールベースが約5.1メートルもあつて内輪差が大きいため、この車両が本件交差点において左折するためには、道路交通法三四条によつて運転者に要求されているあらかじめ左折の前からできるかぎり道路の左側に寄らなければならないということにも運転技術上の限界があるため、被告人は自車の左側が道路の左側端から約一メートルの地点まで車を寄せるにとどめて進行し、赤信号によつて交差点の手前で約三〇秒の間一時停止したものであること、この運転方法は技術的にやむをえないところであるけれども、車幅は2.46メートルであるから、これによつて車両はかろうじて道路の中央線内に保持できるわけであるとともに、自車の左側一メートルの間に軽車両や原動機付自転車が進入してくる余地を残していたものであること、右位置において左折に入る場合においても一旦ハンドルをやや右にきりついでハンドルを左にきりかえして道路一杯になつて大曲りしなければ左折できない状況であつたことを認めることができる。そして、本件の足踏自転車が何時交差点の手前に進入してきたか、被告人車両との先後関係は記録上必ずしも明確でないところであるけれども、被告人が交差点の手前で一時停止するまでには先行車両を認めてないことに徴すると足踏自転車は被告人の車両が一時停止してから発進するまで約三〇秒の間に後ろから進入してきたものと推認されるところ、被告人は平素の運転経験から自車前部の左側部分に相当大きな死角(その状況は当裁判所の事実の取調としての検証調書のとおりである。)が存することは熟知していたのであり、しかもその停止時間が約三〇秒に及んでいるのであるから、その間に後ろから軽車両等が被告人車両の左側に進入しその死角にかくれることは十分予想されるところで、運転助手を同乗させていない本件のような場合は、右一時停止中は絶えず左側のバックミラーを注視するなどして後ろから進入してくる軽車両等が死角にかくれる以前においてこれを捕捉し、これとの接触・衝突を回避するため適宜の措置をとりつつ発進、左折する業務上の注意義務があるのであつて、単に方向指示器をもつて自車の進路を示し、発進直前においてバックミラーを一瞥するだけでは足らないものと解すべきである。なぜならば、左折の方向指示をしたからといつて、後ろから進入してくる直進車両や左折車両が交差点に進入するのを防ぐことができないばかりでなく、後進してきた軽車両等が被告人車両の左側から進めの信号に従つて直進しもしくは左折することは交通法規上なんらさまたげないところであり、この場合はむしろ被告人車両のほうでまず左側の車両に道を譲るべきものと解されるからである。論旨が引用している昭和四一年一二月二〇日最高裁判所第三小法廷判決および昭和四二年一〇月七日大阪高等裁判所判決はいずれも、交通法規に違反した車両のありうることまでを予想して対処するまでの業務上の注意義務はないことを明らかにしているに過ぎず、本件とは事案を異にしているから適切でないといわねばならない。むしろ、この点に関しては、昭和四三年(あ)第四八三号同四五年三月三一日最高裁判所第三小法廷判決(刑集二四巻三号九二頁)が、本件ときわめて類似した事案において、「本件のように技術的に道路左側に寄つて進行することが困難なため、他の車両が自己の車両と道路左端との中間に入りこむおそれがある場合にも、道路交通法規所定の左折の合図をし、かつ、できる限り道路の左側に寄つて徐行をし、更に後写鏡を見て後続車両の有無を確認したうえ左折を開始すれば足り、それ以上に、たとえば、車両の右側にある運転席を離れて車体の左側に寄り、その側窓から首を出す等して左後方のいわゆる死角にある他車両の有無を確認するまでの義務があるとは解せられない」として一、二審の有罪判決を破棄し、無罪を言い渡しているところである。そこで右判例の事案における事実関係と本件の事実関係と対比検討してみると、前者は車幅1.65メートルの普通貨物自動車であるのに対し、後者は2.46メートルの車幅を有する前記のような長大かつ車高の高い大型貨物自動車であるから、したがつて死角の大きさにも著しい相違があると推測されることは、前者は信号まちのため瞬時停止したに過ぎないのに対し、後者は信号まちのため約三〇秒間停止したものであるから、その間に後進の軽車両等が進入してくる可能性はより大きいといえること、したがつてバックミラーによつて後ろから進入してくる軽車両等を死角に達するまでに発見して適切な措置をとる必要性がより大きいことにおいて事実関係に差異があると認められる。そして、以上の諸点と、本件のような長大な車両と軽車両とが同じ路面を通行する場合において、両者が接触すれば被害を被むるのは必らず軽車両側であることに思いをいたせば、本件の場合長大かつ死角の大きい車両の運転者に死角に入る以前において他の車両を発見する業務上の注意義務を課することは、公平の観念に照らしても均衡を失するものとはいえず、所論いわゆる信頼の原則に副わないものではなく、また前記第三小法廷の判例に反するものでもないと判断される。したがつて、原判決が安全確認の義務を怠つてとする判断は結局正当であるから、この点の論旨は理由がない。<後略>

(中野次雄 寺尾正二 藤野英一)

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