大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和44年(ネ)1590号 判決 1972年4月26日

控訴人

野末洋

右訴訟代理人

畑山穣

外二名

被控訴人

日東タイヤ株式会社

右代表者

田中達夫

右訴訟代理人

鎌田英次

主文

原判決を取消す。

控訴人が被控訴人に対し労働契約関係に基づく地位を有することを確認する。

被控訴人は控訴人に対し、金九、七一七円および昭和四二年四月より右契約関係が終了するまで毎月二八日限り一か月金二九、一五〇円の割合の金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一当事者間の労働契約の成立、控訴人に対する出向命令と同命令拒否を理由とする懲戒解雇の意思表示があつたことは、当事者間に争いがない。

二そこで次に右出向命令の効力について判断する。

<証拠>によれば、被控訴人の定める就業規則には従業員の休職については別に定める休職規程によるとだけ定め(六二条)、その休職規程によれば、休職に該当する場合の一として他社出向その他特命による業務処理のために必要があるときに特命休職を命ずることを定め、休職期間、休職期間中の給与、復職についてそれぞれその二ないし五条で簡単に定めていることが認められるが、従業員の出向義務自体についての明文の規定はなく、労働者の同意なしに一方的に出向を被控訴人が命じうる根拠を示す証拠はないといわなければならない。

そうして、被控訴人の出向の従前の実例については、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

すなわち、被控訴人においては、その従業員たる身分を保有したまま、休職の形で労働者を他社に出向させる例が多く、昭和三三年二月から昭和四二年四月の間に出向者本人の同意を得て出向を命じたものが五二名、内一三名が現場作業員からの出向であり、控訴人と同じ頃の昭和四二年二月二一日には作業員二名、同年三月一六日には非作業員四名が出向した。出向先は被控訴人がその全株式を所有するいわゆる直営代理店(日東の商号をつけるもの)および被控訴人がその過半数の株式を所有するが、地元の者が代表権をもついわゆる系列代理店であつて、右期間中に退職者三(内一名は死亡退職)のほかは、早いものは三ないし六か月で復職し、遅い者も三ないし五年で復職している。

そうして、控訴人の出向先とされた訴外東海タイヤ株式会社は、被控訴人のいわゆる系列会社であつて、地元の出身者が代表者となつている資本金一〇〇万円の小会社であり、昭和三九年一二月四日設立とともに、被控訴人の東京支店営業部サービス課の係長であつた近藤勇が出向して常務取締役に就任したほかは、女子事務員一名、タイヤ・パンク修理専門の作業員一名しかいず、売上げも一か月一二〇万円ないし一五〇万円の赤字かようやく収支つぐなう程度の被控訴人の製造するタイヤの専属的販売会社であつた。一方、控訴人は、現場作業員として被控訴人方に入社し五年を経たが、訴外会社における職種は全く別個のタイヤのセールスマンが予定されていた。

そうして、<証拠>中、出向者の給与の計算、昇給の基礎は被控訴人本社のそれを準用するはずであつて、本社と全く同一取扱いであるとの点は、<証拠>に照らして措信できず、他に右認定に反する証拠はない。

以上の事実を前提にして、本件出向命令の効力を検討する。いわゆる移籍出向と称せられるものを除いて出向は、なんらかの関連性がある、多くは資本と業務の面で緊密な関係をもつ会社間における人事移動であつて、出向元会社の従業員である身分を保有しながら、すなわち休職という形のまま、出向先会社で勤務する雇傭状態であつて、指揮命令権の帰属者を変更することである。これは本来重要な、しかも多くの場合不利益な労働条件の変更であり、労働協約の内容として定められていない場合は、労働者個人との合意のもとに行われるべきものである。つまり、一定の労働条件の枠の中においてのみ労務を提供するにとどまる労働契約の中では、出向について特別の約定を定めていない限り(すなわち、労働者の同意のない限り)、使用者は労働者に対して出向を当然に命令することはできないものというべきである(なお、民法六二五条、労働基準法一条、二条一項、一五条一項参照)。仮に就業規則に契約の効力の変更を認める見解によるとしても、就業規則に明白に出向義務を規定する必要があるといわなければならない。前記認定のように、被控訴人会社においてその従業員が、出向命令に服しており、<証拠>によつて認められるように控訴人所属の労働組合も出向命令権自体を否定していないとしても、これだけで出向会社における出向期間、給与体系その他の労働条件について確たる定めがあると認められないことも前記認定のとおりであるから到底確立した慣行が存し、控訴人も黙示的にこれに同意していたものとは認められない。

なお<証拠>によつても明らかなように、昭和四二年二月二六日控訴人が控訴人のための送別会に出席したが、このことが直ちに出向命令に控訴人が同意した事実を示すものでもなく、<証拠判断省略>。

従つて、本件出向を命じた業務命令は労働契約を超えた事実上の命令であつて、出向者の承諾のない限り効力をもたないものというべきであり、右命令を拒んだことに由来する本件本件懲戒解雇は、その余の点の判断をまつまでもなく違法であつて、無効といわなければならない。

三そうして本件解雇の意思表示の当時の控訴人の平均賃金が一か月二九、一五〇円であり、前月二一日から当月二〇日までの一か月分を当月二八日に支払われる約であつたことは当事者間に争いがない。

四そこで、控訴人が被控訴人に対し労働契約関係に基づく地位を有することの確認を求め、かつ昭和四二年三月一一日より同月二〇日までの賃金九、七一七円(一か月分の三〇分の一〇で、円以下四捨五入)および同年四月より右契約関係が終了するまで毎月二八日限り一か月金二九、一五〇円の割合の金員の支払を求める本訴請求は、すべて理由があるのでこれを認容すべきものとする。

よつて、これと異なり控訴人の本訴請求を棄却した原判決は失当であつて、控訴は理由があるので、民訴法三八六条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(浅賀栄 田中良二 秋元隆男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例