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東京高等裁判所 昭和44年(う)352号 判決 1969年6月03日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人杉崎重郎作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し次のとおり判断する。

所論は、原判決の刑の量定が重きに過ぎ不当である、というにある。

よつて、記録を精査して考えるに、本件事故は、幅員わずか六メートルの狭い道路を被告人が軽四輪自動車を運転して一たん道路の左側に停止したのち、右の転回(Uターン)するに際し、転回の合図をするとともに、後方からの交通の安全を確認すべき業務上の注意義務があるのに、これを全く怠つて右に転回を開始したため、自車を後方から進行してきた田中義彦運転の普通貨物自動車に衝突させ、同車を右前方に暴走させて道路右側を同一方向に向かい歩行していた柴崎友一に衝突させ、同人をして間もなく死亡させたという事案であつて、被告人が右のように当然につくすべき基本的な注意義務を全くつくさなかつた点において本件事故における被告人の過失の程度は極めて大きく、また、その結果も被害者の貴重な一命を失わしめたという点において極めて重大である。しかも、被害者は、前記のように道路の右側を歩行していたもので被害者には何んの過失も認められないのである。

弁護人は、量刑の情状として、控訴趣意一、(一)において、本件事故は、被告人の過失のみによつて生じたものではなく、田中義彦の過失も競合して発生したもので、しかも、同人の過失の程度は被告人のそれに決して劣らないものであるから、この点を十分にしん酌されるべきである、と主張する。

しかしながら、原審取調の証拠によれば、田中義彦は、普通貨物自動車を運転して原判示道路を四季美台方面から本宿小学校方面に向かい時速約四〇キロメートルで進行中、自車の前方約四〇ないし五〇メートルの地点に被告人運転の右自動車を初めて発見し、次いで同車の後方約一〇、三メートルに迫つたところ、同自動車が道路の左側一杯に寄つて停止し、そのまま停車するような気配であつたので、同所付近の道路幅は約六メートル、自車の幅員は約一、六九メートル、被告人運転の右自動車はコニーの軽四輪自動車であつたため、その右側を十分の間隔を置いて安全に通過できるものと考え、やや進路を右に移動させて通り抜けにかかつたところ、被告人運転の右自動車が前記のように転回の合図もせず、また、後方の安全を確認もせず、いきなり右一杯に転把して転回を開始したので、その手前約二ないし三メートルの至近距離に迫つて初めて発見し接触の危険を感じて、急きよハンドルを右に切り、これをさけようとしたが、被告人運転の右自動車がなおも転回を続けたため、同車が自車の前部に衝突し、その反動で自車の前部が右に寄せられ、そのまま右前方に暴走するにいたつたところ、たまたまその前方道路の右側を自車と同一方向に向つて歩行していた前記柴崎をその手前約五、八メートルの地点に迫つて初めて発見し、衝突の危険を感じて急ブレーキをかけたが、間に合わず、自車右前部を同人に衝突させるにいたつたことが認められるのであつて、以上認定の事実関係からすると、前記田中としては、被告人運転の自動車が前記のように自車の前方約一〇、三メートルの地点で道路の左側一杯に寄つて停車し、しかも、右に転回する合図もせず、また、転回するような気配も見えなかつたのであるから、このような場合被告人運転の右自動車が右に転回することを全く予想もせずにその右側を前記速度のまま通り抜けようとしたのもまことに無理からぬことというべきである。また、右田中において、被告人運転の右自動車が右転回を開始したのを発見したのは、前記のように自車が同車の右後方約二・三メートルの至近距離に迫つていた地点であるから、も早やこの段階においては、右田中としては、被告人運転の右自動車が右に転回してきて自車に衝突し、その反動で自車がさらに被害者に衝突するといういわばこの連鎖反応的な事故をさけるべきすべはとうていなかつたものと考えられる。したがつて、右田中の措置に過失があつたとは認められないから、この点に関する論旨は採用できない。

そこで、以上に認定したような犯罪の情状、その他本件記録および当審の事実取調の結果によつて認められる諸般の情状を総合して考察するとき、被害者側が被告人に対し寛大な処罰を願つていること、被告人が被害者の遺族に慰藉料として金一〇万円を支払つていること、被告人には速度違反と一時停止違反による二回の罰金刑をうけたほかには前科、前歴がないこと、被告人の年令、職業等控訴趣意一、(二)以下の所論指摘の被告人に有利な諸事情のほか、とくに当審の事実取調の結果によつて明らかな示談成立の事実および被告人の家庭の事情等を十分にしん酌しても、原判決が被告人に対し禁錮六月の実刑を科したのは、まことにやむを得ないものというべく、これをもつて原判決の量刑が重きに失し不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

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