大判例

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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)2188号 判決 1970年4月30日

控訴人(被告)

東京都

被控訴人(原告)

控井静江

ほか二名

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

被控訴人らの各請求を棄却する。

附帯控訴人らの各附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)らの負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人以下単に控訴人という)代理人は控訴及び附帯控訴につき主文同旨の判決を求め、被控訴人ら(附帯控訴人以下単に被控訴人らという)代理人は、控訴につき、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴につき「原判決中被控訴人ら敗訴部分を取消す。控訴人は被控訴人控井静江に対し金四五九万円、同控井久美子、同控井一久に対し各金二八九万円を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

〔証拠関係略〕

理由

一、昭和四一年七月二九日午後六時頃、東京都江戸川区小島町二丁目二四八三番地先の本件道路上において、甲車を運転中の秋久が甲車諸共転倒し、前額後頭部右側挫傷及び挫創脳出血の傷害を蒙り、同月三一日午後零時八分死亡したこと及び本件道路の北東側はアスファルト簡易舗装、西南側は未舗装であることは当事者間に争いがない。

二、しかして、〔証拠略〕を照合すれば次の事実が認められる。

本件事故発生当時における本件道路の幅員は、全体が一五・四五メートルで、そのうち簡易舗装部分が九メートル、未舗装部分が六・四五メートルであるが、以前、簡易舗装部分のみを敷地とする道路であつたのを、約一〇年前右道路にそつて流れていた一八間堀を埋立て、爾来長年月を費して未舗装部分の道路敷にしたもので、未舗装部分も一般の運行に開放されたが、開放されたといつても、それは転圧に利するためでもあつて、もともと道路としては未完成に近い砂利敷で、道路管理者は、自然転圧を見込んで路面を簡易舗装部分の路面より約一〇センチメートル高くしておいたのみならず、路面に凹凸が多く車両の通行は困難である関係から実際に車両の通行はなく、専ら歩行者のみの通行するところとなつており、事実上、簡易舗装部分は車道、未舗装部分は歩道として利用されていたものであり、右のような本件道路の状態及び使用状況は何人にも一目瞭然であつたものである。ところで、本件道路は以前は通行量の多い所であつたが、昭和三八年五月新葛西橋が開通し、旧葛西橋がなくなつてからは、車両の通行量が激減し、通行人の殆んどが地域内の住民に過ぎない状況になり、勢おい道路の痛みも少なくなつた。本件道路は昭和四〇年四月一日から東京都第五建設事務所の管理に属するところとなつたが、交通量が激減し、痛みが少なくなつた関係上未舗装部分は年二、三回クレーターで凹凸を平坦にしたけれども簡易舗装部分は殆んど手入れをすることがなかつた。尤も、第五建設事務所においては「穴埋大作戦」と称し、昭和四一年七月一三日から二〇日間に亘つて一斉に管下道路の補修工事を実施し、本件事故現場附近は同月二〇日頃簡易舗装部分に生じた穴を埋めこれを補修した(因みに、当時第五建設事務所管内の道路は約三〇〇平方メートルあり、そのうちの約六〇パーセントは舗装されていたが、残り約四〇パーセントのうち、約三〇パーセントは簡易舗装、一〇パーセントは砂利敷という状況であつた)。なお、本件道路の簡易舗装部分中の未舗装部分との境目に近い箇所(未舗装部分が一八間堀の河川敷であつた頃の路肩辺)の路面に窪みがあり(右窪みのある事実は当事者間に争いがない)その大きさは直径約一メートルないし一・二〇メートル深さ約一五センチメートル(最深部)であつたが、傾斜がなだらかであつたので、車両がその箇所を通過しても、操縦者にして通常の運転技術を身につけている者(運転免許を要する場合はこれを得ている程度の者)であるならば、窪みのために転倒し又は衝撃によつて操縦に危険をもたらす程のものではなかつた。もとより交通量が少ないので、充分該箇所を避けて通過することも容易であつたのである。道路管理者が「穴埋大作戦」のときに右の窪みを埋める補修をしなかつたのは、右窪みが車両の通行に危険をもたらす程のものとは考えなかつたからである。なお、本件事故現場附近の簡易舗装部分と未舗装部分との境目の路面には断層という程の高低はなかつた。

本件事故の当日、秋久は、夕食の惣菜買出のため、事故現場から約一〇〇メートル離れた東京都江戸川区小島町二四八四番地の自宅(中華蕎麦屋)を立出で、甲車を運転して本件道路を行船公園方面から旧葛西橋方面に向い、簡易舗装部分を未舗装部分寄に進んで事故現場に差掛つた際、簡易舗装部分を対向進行してきたダンプカーとすれ違つたが、その折、突然未舗装部分に進入して横転し、さらに約六メートル先に投出されて転倒、負傷した。

以上の事実が認められ、〔証拠略〕中以上の認定に抵触する部分はにわかに採用できず、他に同認定を覆えすに足りる証拠はない。

三、秋久の乗車にかかる甲車横転の原因につき、被控訴人らは、秋久がダンプカーを避けてハンドルを左に切つた際、簡易舗装部分にある窪みに甲車が転落、大きくバウンドして転倒したものであると主張するので検討する。〔証拠略〕を通じ昭和四一年七月三一日午前一〇時一〇分から一二時二〇分までの間に同巡査らが訴外岡本将輝を立会わしめて本件事故現場の実況見分をしたが、その際、岡本は「ガタンと音がしたので顔をあげたところ、道路の凹んだ穴からアッと思う間に甲第五号証の三(別紙見取図と同一)表示の(2)×に来て舗装部分と未舗装部分の境目附近で完全に横転し、バイクの人は同図<3>に倒れ、同<4>にバイクはクルクル廻つておりました。穴から同<3>に来るときにバイクは斜めになりながらすごい速さでふつとぶように来たのであります。」と説明した旨の記載、現場を点検したところ「別紙図面第二のとおり血痕および路面の凹凸面は認められるが日時が経過しているのでその他の参考資料および痕跡は認められなかつた。(1) 血痕は土に浸み込み、縦三六センチメートル、横二五センチメートルに亘り土が暗黒色(茶色がかつた)が認められた。(2) 穴は深さ一五センチメートル、幅一・二〇メートル、縦一・〇メートルに亘り簡易舗装部分の凹凸が認められ、(3) 舗装部分の境が一〇センチメートルの段違いとなつていた。」との記載及び以上を総合し、右見取図×点を衝突地点と認定し、各地点の位置を確定し、かつ、相互間の距離を測定したがこれは別紙図面第二(甲第五号証の三)のとおりである」との記載がある。しかし、〔証拠略〕中、実況見分のなされた時間、立会人岡本の説明内容及び舗装部分と未舗装部分との境目の断層の程度に関する部分は、〔証拠略〕に対比してにわかに採用できず、〔証拠略〕中の秋久が簡易舗装部分の穴に落ちてハンドルを取られ転倒したとの部分も同様の理由で採用できない。また、原審証人柏木是の証言中の実況見分の際立会人岡本将樹は甲第五号証の二記載のとおり説明し、岡本の指示した窪みから砂利がはみ出て堆高く積つていたとの供述部分も前掲各証拠に対比してにわかに採用できない。しかして他に、本件事故発生の原因に関する被控訴人の主張事実を肯認せしめる資料はない。

以上のように、本件事故は、秋久の運転する甲車が被控訴人ら主張の簡易舗装部分にある窪みに落込んだことによつて惹起されたものであることを確認せしめる的確な証拠はないので、右窪みを目して土地の工作物のかしとなし得るかどうかは暫くおき、少なくとも右窪みと本件事故発生との間に相当因果関係が存在するものと断ずることはできない。

四、なお、本件道路は土地の工作物であると解するので、その設置又は保存にかしがあるかどうかについて検討する。ところで土地の工作物のかしというのは、一般にその工作物が本来備えているべき性質や設備を欠いていることを指称するものであるが、道路についていえば、その構造は、当該道路の存する地域の地形、地質、気象その他の状況及び当該道路の交通状況を考慮し、通常の衝撃に対し安全なものであるとともに安全かつ、円滑な交通を確保することができるものでなければならず(道路法第二九条参照)、かかる安全性を欠く道路は特段の事情がない限りかしあるものというべきである。そこで、まず簡易舗装部分について検討する。問題の窪みは直径約一メートルないし一・二メートル、深さ約一五センチメートルではあるがなだらかであつて、車両がその箇所を通つても、操縦者にして通常の運転技術を身につけている者であれば、該窪みのために転倒し又は衝撃によつて操縦に危険をもたらす程のものではなく、その他の点からみても交通に支障をきたす程のものとは考えられない。道路管理者においても「穴埋め大作戦」の際に態々附近の窪みを埋めながら右の窪みは埋める必要のないものとみて放置しておいた程度のものであるから、右窪みを目して民法第七一七条第一項所定のかしということはできない。次に、未舗装部分について検討する。同部分は砂利敷で路面に大小幾多の凹凸があつて、車両が通るとすれば転倒の危険があり、その運行の安全を欠くことは明らかであるが、しかし、同部分は未だ車道として完成されたものでなく、道路管理者が通行人に開放したのは自然転圧(歩行によるものを含む)に利するためであつて、車の通行が困難なことは一目瞭然であるため、実際に車の通行はなく、通行人は歩行者に限られ、事実上、本件道路の簡易舗装部分は車道、未舗装部分は歩道として利用されていたものであり、しかも通行人は殆んど地域内の住民に限られていたというのであるから、一般通行人にもそのことが周知徹底していたものとみるべきである。してみると、未舗装部分の路面の凹凸も土地の工作物たる通路のかしというべきではない。また、簡易舗装部分と未舗装部分との境目の段層も前示認定事実に際し特に道路のかしということはできない。

五、思うに、道路管理者が道路を開設し、これを一般通行の用に供するにあたつては、安全かつ円滑な交通を確保しうるものとすべきことは、上に説示したとおりであるが、その整備の程度は当該道路の位置、環境、交通状況等に応じ一般の通行に支障を及ぼさない程度で足り、必ずしもこれを常に完全無欠のものとしなければならないものではない。たとえば、自動車の通行する道路はこれを舗装するを理想とするが、舗装しないからといつてこれをもつてただちに道路管理者の過誤に帰するものということはできない。道路の整備も予算によつて制約されるものであり、道路管理者は交通の事情等を勘案しその必要度に応じて順次これが整備を進めれば足りるのである。もとより、いやしくも道路を開設した以上、これを舗装すると否とにかかわりなく、人または車の安全な通行を阻害するおそれのある障碍物を放置し、または陥没の箇所をなんら警告の手段を講じないで放置してよいというのではない。しかし、道路には凹凸の存するを免れがたく、特に、簡易舗装の道路においてはアスファルトの剥離などにより多少の窪地部分が生じ易いことは見易い道理であり、通行者も当然にこれを予期し、特に一見して容易にこれを認めうるのであるから、この程度の道路のかしにつき道路管理者において一々警告の標識を掲げなければならないものということはできない。およそ、道路を通行する者はその道路の整備状況に応じて安全に通行すべき注意義務がある。たとえば、道路の凹凸がはげしく、高速をもつて車を進行してはいかなる機会にハンドルの自由を失して顛覆その他不慮の事故に遭遇しないとは限らない場合には、スピードを落して安全運転をする責任があり、これに違反して事故を惹起したとしても、その責は自己にあり、道路のかしに藉口して道路管理者の責任を問うことはできない。道路の状況は通常通行者にとつて一目瞭然であるから、その状況に応じ通行者は当然にその通行につき注意すべき責務を負担すべきものなのである。

ところで、本件においては、簡易舗装の道路部分と砂利敷未舗装の道路部分とが併置され、道路全体としては必ずしも整備されたものではない。しかも、未舗装部分は舗装部分より一〇センチほど高く、しかも、〔証拠略〕に見るごとく、当時その境目の諸所に雨水の水溜りが生ずる程度の窪地があり、車の運行に適さないところでもあるから、車を運行して通行する者はできるだけ未舗装部分の境界線から離れた舗装部分を通行すべく、やむをえずその境界線近くを通行しなければならない場合には、車のスピードを落しなん時でも即時停車しうるよう心掛くべきものといわなければならない。本件道路の舗装部分の幅員は九メートルあつて、対向車のすれ違いに際し車が特に未舗装部分との境界近くを通らなければならないはずがなく、秋久がなにが故にしかく未舗装部分寄りを通らなければならなかつたかを疑うのであるが、それはともかく、未舗装部分との境界近くを走行する秋久としては十分にスピードを落して万一の不慮に備えるべきであつたのである。被控訴人主張の窪みは該認定のごとくなだらかな傾斜をしたものであつて、通常の運転技術をもつてすれば、車はなんらの事故なくこれを通過しえたものであることは、前説明のとおりであるが、特に、未舗装部分との境目において対向車とすれ違う際における右の注意義務をはたしておれば、かりに、秋久が対向ダンプとのすれ違いに際し右の窪みに突入したとしても、本件のごとき事故が惹起されたとは考えられないのである。秋久が甲車もろとも転倒し、ついに死にいたつたことは、〔証拠略〕にあるとおり秋久の車のスピードが本件未舗装部分との境目における対向車とのすれ違いの際としては不相当に高かつたことを示すものであると思われ、結局本件の事故は本件道路のかしに起因するものではなく、秋久の対向車とのすれ違いの際における不注意に由来するものと断ぜざるをえない。

六、以上の次第であるから、本件道路にかしがあつて、同かしと本件事故発生との間に相当因果関係が存在することを前提とする被控訴人の本訴請求は、この争点について判断を加えるまでもなく理由がないことが明らかであり、これと判断を異にする原判決は不当である。

よつて、原判決中被控訴人の請求を認容した部分を取消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷部茂吉 石田実 鈴木信次郎)

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