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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)149号 判決 1971年5月19日

控訴人 田中繁蔵

右訴訟代理人弁護士 熊谷林作

右訴訟復代理人弁護士 熊谷秀紀

被控訴人 北三商事株式会社

右代表者代表取締役 北原玄二

右訴訟代理人弁護士 坂上寿夫

同 尾崎昭夫

右坂上寿夫訴訟復代理人弁護士 小野直温

主文

本件控訴を棄却する。

訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠の関係は、左に付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

一、本件約束手形は、訴外株式会社二宮商店が被控訴人よりの借受金支払のため振出したものであって、控訴人個人の振出にかかるものではない。甲第一号証によれば、振出人欄に、「東京都中央区日本橋兜町一丁目八番地株式会社二宮商店田中繁蔵」とゴム印を押捺し、「二宮商店」の下へ「内」と手記してあり、「田中繁蔵」の名下に「田中」と刻印した印章を押捺してあるが、右「内」と手記したのは控訴人でなく、被控訴人側の者が本件手形を保管中勝手に手記したものであり、さらに、右「田中」の印章は控訴人個人のものではなく、株式会社二宮商店代表者のものである。したがって、原判決が、本件手形は控訴人個人が振出したものであると認定しているのは、事実誤認であり、また、原判決が本件手形所持人は、その選択に従い、株式会社二宮商店に対しても、控訴人に対しても、振出人として支払を求めることができると判断しているのは、不当である。

仮に本件手形が、手形面の記載上控訴人振出と判断されるとしても、控訴人は被控訴人に対し右手形金を支払うべきなんらの原因関係もないから、その支払義務はない。

二、株式会社二宮商店は、昭和三七年一月頃本件手形を振出したのち、右手形金のうちへ七〇万円を弁済し、残りが二一八万円となったので、右残額について金額二一八万円の書替手形(乙第二号証)を作成して被控訴人に交付したところ、被控訴人は、「後からすぐ返却する」と言って約束しておきながら、本件手形を控訴人に返還しなかった。被控訴人の先代社長北原晏平は、本件手形は株式会社二宮商店の振出にかかり、しかも手残り手形であることを十分承知していたのであるが、晏平の死後その子である北原玄二が被控訴人の代表取締役に就任し、たまたま本件手残り手形を発見し、事情を知らないままその支払の請求をするに至ったものである。

被控訴人は、証券金融の専門業者であって、昭和三七年頃担保として受取っていた株券の時価は約四〇〇万円にすぎなかったから、本件手形金二八八万円、別口朝日証券分一〇〇万円のほかに、さらに二一八万円を融資するはずがない。もし別口として二一八万円を融資したとすれば、合計六〇六万円を融資したこととなる。当時株式会社二宮商店は本件手形金に対する利息の支払も滞りがちであったし、株券を処分して七〇万円の内入弁済としたほどであるから、被控訴人が控訴人に対し新規に二一八万円を貸すことは、考えられない。むしろ、当時の担保株券の時価総額より逆算して、その七〇パーセント、多くとも一〇〇パーセントが被控訴人の控訴人に対する貸金総額であると推定することができるのである。

三、仮に控訴人の以上の主張が理由がないとしても、被控訴人と控訴人および株式会社二宮商店(以下控訴人らという。)との間には、控訴人らが債務を弁済できないときには、控訴人らが差し入れた株券を右債務の代物弁済として被控訴人に譲渡し債務が完済したものとするという停止条件付代物弁済契約が締結されていたか、その趣旨の商慣習があったのであって、控訴人らの被控訴人に対する全債務は、条件が成就して右代物弁済がなされることにより、消滅したものである。

仮にしからずとするも、被控訴人と控訴人らとの間には、控訴人らにおいて利息の支払あるいは必要とする追加担保の提供を怠ったときには、被控訴人において担保株券をもって代物弁済を完結し得る代物弁済の予約がなされていたか、その趣旨の商慣習があったのであり、被控訴人が右予約を完結することにより、控訴人らの全債務は消滅したものである。

仮にしからずとするも、控訴人らが被控訴人に対し債務の担保として株券を差入れた際に、控訴人が利払や追加担保の提供を怠ったときは、被控訴人は担保株券を市場価格をもって処分し、債務の弁済に充当し、控訴人らの債務はこれによって消滅することとする一種の流質契約が成立したものであり、控訴人らは昭和三七年八月一五日頃より同年一〇月二日頃にかけて利払や追加担保の提供を怠ったのであるから、その頃担保株券は流質となり、控訴人らの全債務は消滅したものである。

仮にしからずとするも、被控訴人は時価五、一三万七、二〇〇円の担保株券を逐次換価処分し、債権回収に充て、被担保債権が減少したのであるから、その計算の詳細を明らかにした上で、残額を請求すべきであるのに、これをしないのは信義則に反して不当であり、被控訴人の本訴請求は棄却さるべきである。

四、仮に以上の控訴人の主張がすべて理由がないとしても、本件手形の満期は、昭和三七年四月三〇日(遅くても昭和三七年一二月末日)であるところ、本件手形につき支払命令の申立があったのは昭和四一年一一月二四日であるから、右満期から三年を経過した日に本件手形債権は時効によって消滅した。もっとも、本件手形面上、昭和三七年四月三〇日の満期日の記載は抹消され、その左側に昭和四一年一一月四日」とゴム印が押捺され、一見満期日が同日であるかのごとき記載となっているが、これは被控訴人が権限なくして変造したものであって、振出人としては、右変造前の文言に従い責任を負えば足りるものである。仮に、本件手形の満期が「昭和三七年 月 日」と記載され、月日の記載が白地とされ、被控訴人にその補充を与える趣旨であったとしても、被控訴人は月日の補充権を有するのみで、「昭和三七年」を抹消して「昭和四一年」と補充する権限はなかったものである。

(被控訴人の主張)

一、本件手形が控訴人個人の振出にかかることは、甲第一号証の記載自体から明らかである。なお、控訴人は、自ら自認しているように、本件手形と同様な記載をして別口の控訴人個人の約束手形を振出しているのである。次に、控訴人個人の振出した手形に「田中」と刻印された印章が押捺してある場合に、受取人としてこれを控訴人個人振出の手形と考えるのは当然である。

二、甲第一号証の本件手形と乙第二号証の手形は、原因関係を異にする全く別個の手形である。控訴人は、控訴人と控訴人が代表取締役である株式会社二宮商店の二者に融資をしていたのであって、本件手形は、控訴人が控訴人の債務の支払のために振出したものであり、乙第二号証の手形は、株式会社二宮商店が右とは別個の同商店の債務の支払のために振出したものである。控訴人は、本件手形に「代表取締役」の肩書を記入するのを忘れたと主張するが、まさに詭弁である。

三、控訴人が三で主張するような約定あるいは商慣習の存したことは否認する。

被控訴人は、当初は控訴人から十分の担保を徴していたが被控訴人の代表者であった北原晏平が控訴人と特に親しかったために、中途から貸借の増減、担保の差替等によって担保が不足するに至ったにもかかわらず融資したのである。

被控訴人は、最終段階において、担保株券を評価額一三四万三、一五五円で引取りあるいは処分し、右評価額のうち一〇〇万円を被控訴人の控訴人に対する一〇〇万円の別口債権の元金に、その余を右債権の利息、損害金に充当したのであって本件手形金については全然弁済がなされていない。

控訴人において債務不履行があれば、被控訴人が担保株券を処分して弁済に充当することができるのは当然であり、残債権があった場合にこれを控訴人に請求し得ない理由はない。かつ、被控訴人、控訴人間には、担保株券の処分方法、価額、時期、弁済の充当方法等について一切異議を述べない特約があったのである。

四、本件手形の満期日が昭和三七年四月三〇日であったとの控訴人の主張は否認する。被控訴人は控訴人より与えられた補充権に基づいて、本件手形に最終的に「昭和四一年一一月四日」と補充したのであって、これ以外に本件手形に満期日の記載された形跡はない。本件手形の金額欄と満期欄の中間に算用数字が記載されているが、いずれも利息支払日のメモにすぎない。もっとも、満期欄に「昭和37年 月 日」と記載された形跡はあるが、これは控訴人の同意を得て抹消されたものであることは、抹消個所に控訴人の訂正印が押捺されかつその上方欄外に「日付訂正」と記入して重ねて控訴人の訂正印が押されていることよりしても明らかである。右二個の訂正印は、二個の訂正を意味するものではない。控訴人は「昭和三七年」に限定することなく、満期の補充権を控訴人に与えたものである。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一、被控訴人が次のごとき記載ある約束手形(甲第一号証)の所持人である事実は、控訴人において明らかに争わないところである(以下これを本件手形という。)。

(1)金額 金二八八万円

(2)満期 昭和四一年一一月四日

(3)支払地 東京都港区

(4)支払場所 三井信託銀行新橋支店

(5)振出地 東京都中央区

(6)振出日 昭和三七年一月七日

(7)振出人 東京都中央区日本橋兜町一丁目八番地

株式会社二宮商店内 田中繁蔵

(8)受取人 被控訴人

二、控訴人は、右手形は訴外株式会社二宮商店代表者代表取締役田中繁蔵が振出したものであると主張し、被控訴人は控訴人個人が振出したものであると主張するので按ずるに、本件手形面の記載によれば、「田中繁蔵」の肩書として「代表者代表取締役」との代表資格の表示がないから、本件手形は控訴人個人の振出名義にかかり、「株式会社二宮商店内」なる記載は、単なる控訴人個人の住所の表示にすぎないものと解するのが相当である。もっとも、控訴人は、「株式会社二宮商店内」の「内」は控訴人が記載したものではなく、被控訴人側の者が本件手形を保管中勝手に「内」と書き加えたものである旨主張するが、仮にそうであったとしても、振出人として

「東京都中央区日本橋兜町一丁目八番地

株式会社二宮商店 田中繁蔵  」

と記載されているだけでは、依然として株式会社二宮商店振出名義とは認め難く、控訴人個人の振出名義と認めるほかなく、「内」の有無は、本質的な区別をもたらすものではない。なお、本件手形の振出人欄には、同会社の印章と認められる角印が押捺されているが、この点を参酌しても前記認定に差異を生じない。また、乙第七号証の一、二によれば、本件手形の控訴人名下に押捺された印章と同一の印章を三井信託銀行新橋支店に株式会社二宮商店代表取締役田中繁蔵の印章として届出てあることを認めることができるが、右事実も未だ前記認定を左右するものではない。

次に、本件手形は何人が振出したものであるかにつき判断するに、前記本件手形面の記載、≪証拠省略≫を総合すれば、被控訴人は証券担保の金融を業とする株式会社、訴外株式会社二宮商店(後に総建興業株式会社と名称変更、以下単に「二宮商店」という。)は、当初は北海道炭礦からの払下品を取扱い、後に証券売買を業とするに至った株式会社、控訴人はその代表取締役であったところ、控訴人個人および二宮商店は昭和三六年五月頃より、被控訴人から利息日歩八銭ないし一〇銭の約定で証券担保による金融を受けるようになり、控訴人は、昭和三七年一月七日右取引に基づく被控訴人に対する控訴人個人の債務二八八万円の支払を担保するために、本件手形を振出したものであることを認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

三、被控訴人が昭和四一年一一月四日本件手形を支払場所に呈示して支払を求めたが、支払を拒絶されたことは、≪証拠省略≫によりこれを認めることができる。

控訴人は、本件手形金を支払うべき原因関係がないのでこれを支払う義務はない旨主張するが、右抗弁の採用し難いことは、前記認定事実に徴し、明らかである。

四、次に控訴人の弁済の抗弁につき判断するに、控訴人は、本件手形の内へ金七〇万円を支払い、残額が二一七万円となったので、昭和三七年三月三一日本件手形の返還を受ける約定の下に金額を二一七万円とする約束手形(乙第二号証)を被控訴人宛に振出したものであって、本件手形はいわゆる手残り手形であり、支払義務はない旨主張するが、≪証拠省略≫中、右主張にそう部分はにわかに措信し難く、他に右主張を認めるに足る証拠はない。

また、控訴人は停止条件付代物弁済の約定ないし同趣旨の商慣習、代物弁済の予約の約定ないし同趣旨の商慣習または流質契約に基づき本件手形債務は消滅した旨の主張をするが、かかる約定ないし商慣習の存在を認めるに足る証拠なく、かえって、≪証拠省略≫を総合すれば、控訴人は、被控訴人に対し、控訴人および二宮商店の債務を担保するため、「債務不履行の場合に於ては催告を要せず担保物件を任意御処分の上其代金を債務の決済に充当せられ度不足相成候はば追償可致候。担保物件御処分の場合に於ては其方法、価格、時期、弁済の充当等に就き一切異議を不申は勿論其処分に要する書類は予め貴社に提出致置候」との約定の下に株券を担保として交付していたことを認めることができる。

しかして、≪証拠省略≫を総合し、これに弁論の全趣旨を参酌すれば、控訴人は個人として被控訴人に対し、本件手形によって担保される借受金債務のほかに、一〇〇万円およびその利息、損害金債務を負担し、また、二宮商店は、被控訴人に対し別に元金二一八万円と四万五、〇〇〇円との二口の債務を負担していたのであるが、被控訴人は、控訴人らが約定期日に利息、元本の支払をしないので、昭和四〇年一二月二一日から昭和四一年三月九日までの間に、担保株券を合計一三四万三、一五五円と評価して引取りまたは処分し、そのうち一〇〇万円を右控訴人の被控訴人に対する別口の一〇〇万円の債務の元金に充当し、残余をその利息、損害金債務に充当したことを認めることができる。

担保株券の評価額が右金額よりもはるかに大であって、本件手形債務にも充当し得たことは、控訴人の全立証をもってしてもこれを認め難い。

五、被控訴人が本件において昭和四四年一二月一五日付準備書面をもって担保株券の処分内容を明示していることは、記録上明らかなところであって、被控訴人の本訴請求が信義則に違反するとの控訴人の主張は、理由がない。

六、控訴人は、本件手形の満期は昭和三七年四月三〇日(遅くとも昭和三七年一二月末日)であるところ、被控訴人は擅に右記載を抹消して、その左側に「昭和四〇年一一月四日」とゴム印を押捺し、もって満期の記載を変造した旨主張するので、按ずるに、甲第一号証および≪証拠省略≫を総合し、これに弁論の全趣旨を参酌すれば、本件手形の満期として、いったん昭和37年その他の記載がなされたが、控訴人はこれを抹消し、被控訴人をして昭和三七年中の日に限らず自由にその選択する日を補充する権限を与える趣旨で、右満期日上に訂正印を押捺し、かつ欄外にも重ねて訂正印を押捺したものであって、被控訴人は右補充権に基づいて適法に「昭和四一年一一月四日」と補充したものであること、本件手形の金額の左下に書かれ、一部消されている数字は、単なるメモにすぎないものであることを認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

右認定の事実によれば、控訴人の時効の抗弁は理由がない。

七、以上の次第で、控訴人は被控訴人に対し本件手形金二八八万円およびこれに対する満期日たる昭和四一年一一月四日以降完済に至るまで手形法所定年六分の割合による法定利息を支払う義務あるものというべく、原判決は、理由において一部異なるところあるも、結局正当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅賀栄 裁判官 川添万夫 秋元隆男)

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