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東京高等裁判所 昭和43年(う)1042号 判決 1968年10月28日

被告人 S・R(昭二一・一・五生)

主文

原判決のうち被告人に関する部分を破棄する。被告人を罰金五万円に処する。

右の罰金を完納することができないときは、金二五〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用のうち証人○本一○郎、同野○明、同○川律○子に支給した分及び当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人佐々木茂の作成名義の控訴趣意書、同補充書に記載されたとおりであるから、

これを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

論旨第一点について。

所論は、原審公判廷における判決言渡時の宣告刑と判決主文との間に喰い違いがあると主張するが、当審における事実取調の結果によれば、原審裁判官は被告人及び原審相被告人Aに対する判決言渡の際、被告人に対し判決書の原稿にもとづいて「禁錮六月」と朗読し、次に「但し被告人S・Rに対しては本裁判確定の日から五年間」といいかけたが、「もとい、今いつた但し書部分は取消す。」と述べ、被告人及びAに関する判決理由の朗読を終つた後に、改めて但書のない主刑の言渡しをしたことを認めうるのである。

従つて、被告人に対する刑の言渡は、告知の誤りが、その場で適法に訂正され、実刑の禁錮六月が判決の内容としてその効力を生じたものであり、これと当該判決主文の「被告人S・Rを禁錮六月に処す。」(執行猶予が附されていないもの)との記載は合致しているのであるから、所論のごとき宣告刑と判決主文との間に食い違いの違法はなく、従つて論旨は理由がない。

論旨第二点について。

一、所論は、本件起訴は、少年法に違反する捜査手続を許容して提起されたものであるから、公訴権の濫用として公訴手続は違法となり、そのため刑事訴訟法第三三八条第四号にのつとり公訴棄却がなされるべきであると主張するのであるが、原記録の各証拠及び当審における事実取調の結果によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  被告人は昭和三九年七月○○日午後一時一五分頃軽自動二輪車の後部座席に野○明を同乗させて運転中に原判示場所でA運転の普通乗用自動車に衝突して本件事故を起こしたが野○明は路上に転倒して左大腿骨開放性骨折及び頭部打撲傷兼挫創の傷害をうけ国立横浜病院に担ぎこまれて同日から入院した。なお被告人も全治まで約二週間を要する顔面挫創兼擦過傷、歯牙損傷、四肢擦過傷及び裂創をうけた。

(二)  入院当時における主治医の被害者所見では、頭部の受傷は全治まで約二週間、また左大腿骨開放性骨折は全治まで一〇ヶ月ないし一年の見込みであつたが、被害者野○は同年八月一三日まで絶対安静、同年九月二一日大腿骨折の手術、昭和四〇年三月二九日骨髓炎手術、同年八月一四日から起立練習を開始し、同年一二月二二日即ち入院治療五一五日目に未だ歩行練習の状態のままで被害者の希望により昭和医大病院に転医し、昭和四一年一月まで通院したが、現在も完治には至つていないのである。

(三)  ところで保土ヶ谷警察署の藤田勝正警察官は、本件事故の捜査を担当したが、事故発生直後の昭和三九年七月○○日午後実況見分をなし、また同日原審相被告人Aを取調べ、被告人の負傷が全快した後の同年九月三〇日被告人を取調べたけれども、前記のごとく入院した被害者野○の容態を病院に問合わせたところ、六ヶ月位の入院加療を要するとのことであつたので、取調の慣例に従い、被害者の容態が治癒して退院した後に、これを取調べて、検察庁に送致することにした。

しかるに藤田警察官は同年一〇月頃警察署内における担任職務がかわつたものの、後任者に本件の捜査を引き継がず、自己が引続きこれを担任したが、新たな職務に忙殺されて常に本件の処理を気にかけながら失念していたところ(もつとも入院中の野○に対して傷が治療したら、警察署に出頭するように葉書で通知したが、返事がなかつた)、被害者野○から被告人及びAらを相手方として昭和四一年一一月提起された損害賠償請求事件につき、野○の委任弁護士が同年一二月二五日本件はすでに刑事事件として裁判が終了しているものと考えて刑事事件記録の取寄申請をなし、記録が裁判所で見当らなかつたところから、昭和四二年一月保土ヶ谷警察署に記録の問合せに赴き、初めて本件が被害者の取調をしないままに放置されていたことが判明したのである。

(四)  かくて警察署では、同年二月一日野○明の取調をし、同年三月一三日再び被告人の取調をし、同日再度の実況見分をし、同月一五日A運転の普通乗用自動車に同乗していた芦○律○子を取調べ、同年四月検察庁に事件送致し、横浜地方検察庁では、更に他の取調をした上、同月二四日被告人及びAをそれぞれ起訴した。

二、以上の事実によれば、被告人の生年月日は昭和二一年一月五日であるから、本件事故時の昭和三九年七月○○日当時における、被告人の年齢は、一八年六月で満二〇歳未満の少年であつたところ、警察署で被害者の取調が遅れたため、事件を検察庁に送致した昭和四二年四月当時には、その年齢は二一年三月に達し、成人になつていたのであり、検察官は被告人を同年四月二四日成人の事件として起訴したことが明かである。

この場合に警察官が早く取調を終えて送検しておれば、検察官から家庭裁判所に事件を送致し、同裁判所において少年法を適用して本件につき保護処分に付しえたのに、この機会を奪つたのであるから、本件は少年事件につき、いわゆる家庭裁判所先議の原則を採用した少年法の趣旨に反するもので、違法な措置、いわば少年法第四二条、第二〇条を潜脱する脱法行為でないかとの論も、でてくるが、すでに原判決理由で説示されている見解、即ち「捜査官が少年の被疑事件を家庭裁判所に送致するのは、少年法第四二条に規定するとおり、その捜査を遂げ嫌疑のあるときに限られるから、これを確定するために相当の日時を要することは当然であつて、捜査に長期の日時を要した結果、少年の被疑事件について家庭裁判所の審判の機会が失われたとしても、その捜査手続を常に少年法の趣旨に反するものと解することは相当でなく、捜査官の措置が著しく不当であるとき、すなわち捜査官が何らかの理由で故意に事件処理を放置したとか、特段の事情がないのに徒らに事件処理を遅延させたというような明白な職務の怠慢行為が認められるときにのみ、少年法の趣旨に反するものとして違法となるものと解するのが相当である。」との見解を、当裁判所も採用するものである。

これを本件についてみるのに、前示(一)ないし(三)の認定事実のように、担当警察官としては、被害者野○明の退院をまたずに、入院中にでも主治医と連絡の上、同人を取調べることが可能であつたし、またこれが最善の方法であつたにもかかわらず、徒らに退院をまち、しかも事故後間もなく担当職務がかわりその職務に関し続発する交通事件の処理に忙殺されて常に本件の処理を気にかけながら多忙にまぎれてかなり失念していたのであるから、怠慢の譏りを免れないけれども、本件事案については被告人の過失とAの過失との競合、過失の態様、程度などを定めるには、被害者野○に対する取調が必要であつたので、同人の恢復をまつていたのであるから、捜査官が故意に事件処理を放置したとか、職務紀律の弛緩などにより徒らに事件処理を遅延させたものでない以上、警察の捜査手続に著しい不当ないし違法があるとは考えられず、従つてこの手続に続く公訴提起の効力を無効ならしめるものではなく、公訴提起は有効と解しなければならない。

次に所論は、仙台高等裁判所昭和四二年(う)第四六号、同年一〇月一七日言渡判決を引用して判例違反を主張するが、これは犯行時に一八年七ヶ月の少年の無免許運転一回の道路交通法違反事件であり、当該被告人の取調以外には、ほとんど参考人の取調などを要しない、単純な事案であるのに比して、本件事案は前述のごとく複雑な業務上過失事件であるし、更に本件については、被告人運転の自動二輪車と衝突した普通乗用自動車の運転者A(成人)も起訴されたのであるから、仮に被告人の事件が家庭裁判所を経由したとするも、本件事案の内容に鑑み、保護処分に付さずに刑事処分相当として検察庁に送致され、両人ともども起訴をうけることが当然予想されるのであるから、前示判例は本件に適切ではなく、所論は採用しえない。

従つて論旨はすべて理由がない。

論旨第三点について。

所論のごとくAに対する業務上過失傷害事件判決は第一審において確定したが、これによれば、同人は原判示場所で左折しようとしたが、左折の合図をしたのみで、左側を併進または後続する車両、即ち被告人の自動二輪車などの有無を充分に確認しなかつた点について過失があつたことが認められるが、このことと原判決挙示の関係証拠によつて認められる被告人の原判示過失とは併存しうるものであるから、被告人の責任は否定されえず、また記録を精査し、当審における事実取調の結果に徴するも事実誤認の形跡はないのであり、論旨には賛成することができない。

論旨第四点について。

所論は、被告人に対する原判決の量刑が不当に重いというのであるが、記録を精査し、且つ当審の事実取調の結果をも斟酌し、これに現われた本件犯行の罪質、態様、過失の程度、被告人の年齢、性行、経歴、家庭の事情、犯罪後の情況、本件犯行の社会的影響など量刑の資料となるべき諸般の情状を総合考察するに、(一)本件は被告人が満一八年六月の少年時代に犯されたものであり、被告人には前科がないこと(二)本件事故発生の一半の責任は左折運転のAにもあつたが、同人は罰金三万円の確定判決をうけたのに比較すると、被告人に対する原審の量刑は不均衡なこと(三)被害者との間に示談が成立し、被告人は深く改悛していることを考慮するとき、本件事故による野○明の被害結果は重大であるけれども、被告人に罰金刑を科するを相当とし、結局被告人に対する原判決の量刑は不当に重いと考えられるから、論旨は理由がある。

よつて本件控訴は理由があるから、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八一条により、原判決を破棄した上、同法第四〇〇条但書の規定に従い、更に、自ら、次のように判決をする。

原判決が認定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示所為は、刑法第六条、第一〇条に従い、昭和四三年法律第六一号刑法の一部を改正する法律による改正前の刑法第二一一条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に該当するので、所定刑のうち罰金刑を選択し、所定金額の範囲内で被告人を罰金五万円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法第一八条により一日金二五〇円の割合で被告人を労役場に留置し、なお原審及び当審の訴訟費用は、主文末項のように刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従い、被告人に負担させることとして、主文のように判決をする。

(検察官 田村秀策 公判出席)

(裁判長判事 松本勝夫 判事 石渡吉夫 判事 藤野英一)

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