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東京高等裁判所 昭和42年(行ケ)34号 判決 1967年10月20日

原告 南俊夫

被告 東京都選挙管理委員会

指定代理人 田中佐十 外二名 代理人 鎌田久仁夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

原告は「昭和四二年一月二九日に行なわれた東京都第八区における衆議院議員の選挙を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

原告は昭和四二年一月二九日に行なわれた東京第八区の衆議院議員選挙(以下本件選挙という。)の立候補者である。

日本国憲法は、その前文冒頭で日本国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動する旨を宣明して国民主権の原理を明らかにし、さらに国会における代表者は、国民の信託に基づき国政に参与し、その福利は国民がこれを享受することを定めているから国民の代表者としての国会議員は国民全体の奉仕者として国政に参与する自覚を有するものでなくてはならず、それがためには国民がその代表者たる国会議員を選出するための唯一の手段である選挙は公平かつ適正に行なわれるべきことは自明の理である。そして憲法はまた国民の基本的人権を保障して法の下の平等(憲法第一四条)を定め民主主義に立脚する国政の健全な運営を期待しているから、国会議員選出のための選挙のあり方は右の諸原理をつらぬく憲法の根本精神にもとるものであつてはならないのであつて法の下の平等を無視して特定の候補者にとつてのみ有利な選挙運動を容認したり、あるいは立候補者が国民全体の奉仕者たらんとしてではなくて所属政党の利益のためにのみ立候補したり、架空の主義主張を掲げて有権者による立候補者の政治能力及び公約の実質的な審査判定についての国民の判断を誤らしめる事情のもとになされた選挙は無効であるといわねばならない。

(一)  しかるに公職選挙法は、政党その他の政治団体等(以下政党等という。)による推薦演説会(同法第二〇一条の四)政党等による政談演説会、宣伝用自動車の使用、ポスター及び立看板の掲示、ビラの頒布(第二〇一条の五)等を認容して政党等所属の候補者をそうでない候補者より有利に取扱い、また実質的には全く意味のない選挙運動に関する支出金額の法定制限(第一九四条)を設け、却つてこれを上廻る多額の選挙資金を使用する候補者の存在を許しているから、これらの諸規定は、憲法第一四条並びに憲法の根本精神に反するものであつて無効であり、従つてこれら諸規定に則つて行なわれた本件選挙もまた無効である。

(二)  本件選挙にあたつて被告は、(1) 公認料と称して政党がその所属の候補者に対してだけ選挙運動の資金を支給または融資することを黙過し(2) 後援会による選挙運動を黙過し(3) 選挙の公示の前後を通じて新聞紙上に政党等所属の候補者に関する記事を掲載することによりそれらの者にのみ有利な選挙情勢をつくり出した反面、原告に関する記事の掲載を拒否した事実があるのにこれを黙過し(4) 多数の者が所属政党の利益を図ることのみを意図して立候補したことを黙過し(5) 選挙公報の発行にあたり各候補に自由に架空の公約の掲載を許容した。これらの諸事実の存在は前記憲法第一四条の規定並びに憲法の根本精神に違反し、選挙が適正公平に行なわれるべきであるとの理念に著しく背反していることは明らかであるから、右のような事情のもとにおいて行なわれた本件選挙は無効である。

(三)  公職選挙法第一八九条は、出納責任者は選挙運動に関する収入並びに支出について選挙後一定の期間内に報告書を選挙管理委員会に提出しなければならないことを定めているが、本件選挙後被告に提出された東京都第八区の各候補者からの報告の内容は別紙のとおりであつてその収入及び支出の金額は原告に関するものを除いてはすべて僅少、架空のものであり、被告はこれを熟知しているにもかかわらず、この事実を有権者に周知徹底させないことは憲法の定める国民主権の原理及び公職選挙法第一条に違反するから本件選挙は無効である。

二、被告の答弁

(一)  日本国憲法が議院内閣制を採用している以上政党による政治が予想されているものといわなければならないから、選挙期間中といえども政党等に対し一定の範囲内で政治活動を許容し、その所属候補者に選挙資金を支給または融資することを認めることはなんら憲法の理念に反するものではなく、右のことを認容するの結果政党等所属の候補者にとつてそうでない者に比し幾分選挙運動が有利に展開することがあつたとしても、それをもつて憲法第一四条に違反するとはいえないし、立候補者の立候補の動機ないしは目的がいかようであれその正否は最終的には選挙民の投票によつて判断されることであるからその正否が本件選挙無効の理由となるものではない。また新聞社の特定候補者に関する記事掲載についての原告の主張は報道機関の報道評論の自由を非難する原告独自の見解にすぎないし、新聞社が原告に関する記事の掲載を拒否したか否かは被告の関知するところではなく、更に選挙公報に関する原告の主張は独自の見解に出るものであつて本件選挙無効の理由となるものではない。

(二)  選挙運動についての収支報告書は選挙終了後に提出されるものであるから、この点に関する法規違反の事実があつたとしても、それは選挙会における当選人確定にいたるまでの選挙の管理執行に関する法規違反のみに限定せられる選挙の無効原因となるものではない。

理由

一  原告が昭和四二年一月二九日施行された東京都第八区衆議院議員選挙(以下本件選挙という。)における候補者であつたことは、被告の争わないところである。

二  よつて、原告主張の選挙無効の事由の有無について判断する。

(一)  日本国憲法は、国民主権の原理に基く代議制、民主制を採用し、国会議員を選定することは国民固有の権利であることを宣明し、国民によつて選定せられた国会議員は、全体の奉仕者であることを明らかにしている。そして、政党に所属する国会議員は、政党を通じて全体に奉仕する立場にあるから、政党は、それぞれ異る政治上の主義、主張をもつて対立するにもかかわらず、本来の性質においては一部の奉仕者でなく、全体の奉仕者としての性格を有つものと解すべきであり、代議制、民主制、議院内閣制を採るわが憲法の下においては、一定の政治上の主義、施策を掲げ、その実現を図るために活動する政党は、民主政治の担い手として不可避、不可欠の存在と認められる。もつとも、政党の現実の姿は、理想と距たるものがあることは否みえないけれども、それは、直ちに政党を否認することにつながるものではなく、政党の健全化を図る方向において解決せられるべき問題であると解せられる。

公職選挙法は、国会議員選定の方法たる選挙において、選択の基準を政党の政策本位に置く見地から、従来多年にわたつて行なわれてきた候補者個人本位の選挙運動に修正を加えるとともに、個人本位の選挙運動を一挙に政党本位の選挙運動に切換えることは、現在の選挙及び政党の実情からして困難であるばかりでなく、不当な混乱を生じさせることを考慮し、政党本位の選挙の方向に一歩を進めて選挙運動の主体を個人候補者と政党との二本建とする建前を採り、同法第二〇一条の四は、同条の五第三項所定の確認書の交付を受けた政党その他の政治団体(以下政党等という)の選挙運動の範囲を拡大する一方、政党等に所属しない候補者が政党等に所属する候補者と較べて選挙運動の上で受けるべき不利益を救済し、公平を図るために推薦団体の制度を認めたものであり、また同条の五は、選挙の自由、公正を確保する目的で選挙運動にわたらない、本来自由であるべき政党等の政治活動をも所定の期間に限り、規制し、選挙運動の規制を補完するものであるから、これらの規定をもつて憲法第一四条ないし憲法の根本精神に反する無効のものと解することはできない。

(二)  選挙運動に関する支出金額の法定制限は、候補者をしてその貧富如何にかかわらず、できる限り平等の経済的条件のもとで選挙を行なわせ、選挙運動の公正を期することを目的とする制度であるから、その制限違反に対する取締の徹底が困難である現状にあることを理由として、その制度自体を憲法第一四条ないし憲法の理念に背馳するものというべきでないのは勿論、その制度の下に行なわれた選挙を無効と解すべき理由はなく、また政党が所属候補者に選挙資金を支給または融資する行為は、政党が選挙において勝利を占め、多数党として政権を獲得してその政治上の主義、主張の実現を図ることを目的とする団体として、その存在を容認せられる限り、原告主張のように選挙の公正を害し法の下の平等を定める憲法の理念に反するものとは到底認められず、後援会による選挙運動を無効とすべき法律上の根拠もない。

次に国会議員は、前に述べたとおり、全体の奉仕者であるから、その候補者は、国会議員たるにふさわしい人物が全体の奉仕者たるべき自覚のもとに立候補をすることが選挙の理想として望ましいものであることは言をまたないが、憲法第四四条は、国会議員の資格は、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育又は収入によつて、差別してはならない旨を定め、被選挙権の平等を保障しておるばかりでなく、候補者の国会議員としての適否の判定は、最終的には選挙における選挙人の投票によつて決せられるべき事項であるから、たとえ、候補者が国民代表者たるにふさわしいものでないとしてもその事実自体が選挙の効力に影響を及ぼすものとはいえないし、被告が選挙公報に候補者の主義主張公約等をそのまま掲載、発行することは、憲法の保障する表現の自由からして当然の事柄に属する。

また報道機関たる新聞社が新聞紙上に選挙の情勢等を発表し、それが政党所属の候補者にとつて有利となつたとしても、新聞紙に対しては公職選挙法第一四八条によつて表現の自由の濫用にわたらない限り、広く報道、評論の自由が認められており、新聞紙が右の自由を濫用して選挙記事を掲載し、これによつて選挙人が自己の自由な意思に従つて投票することができなかつたと認め得る程度に選挙の公正が害されたとの具体的主張のない本件においては、新聞紙による報道が本件選挙の無効を招来するものとはいえないし、更に特定の新聞社が原告主張の如く公職選挙法第一四九条に定める原告の選挙に関する広告の掲載を拒否した事実があつたとしても、同条は、候補者から選挙に関する広告掲載の申込を受けた新聞社に対してその申込を承諾すべき義務を負わせたものとは解し得ず、新聞社のかような承諾義務を認めうる根拠はなく、従つて新聞社の広告拒否があつた場合に被告は新聞社に対しその掲載を強制しうべき立場にないことからすれば、仮に新聞社の広告拒否の事実を被告が黙過したとしても、それが公職選挙法第二〇五条にいう選挙の規定に違反するものということはできないから、これをもつて選挙無効の事由となるものと解することはできない。

(三)  被告が公職選挙法第一八九条の定むるところに従い候補者から提出された選挙連動に関する収入及び支出の報告書を受理し、同法第一九二条によつてこれを公表する行為は、いずれも選挙の期日後になされるべき行為であつて、選挙の管理執行手続に含まれないことは明らかであるから、かかる事後処理手続に公職選挙法の規定違反があつたとしても本件選挙の無効を招来する事由となり得るものではない。

三、そうすると本件選挙が無効であるとする原告の本訴請求はその理由がないから、これを棄却することとし訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 仁分百合人 裁判官 小山俊彦 裁判官 右田堯雄)

昭和四十二年一月二十九日施行

衆議院議員選挙における東京都第八区立候補者の収支報告

この報告書は、公職選挙法第一八九条に基づき、立候補者若しくは事務長が真実の収支決算を報告する旨の宣誓書を添付して選管に報告したものである。

表<省略>

世界連邦主義者南俊夫 衆議院議員選挙収支明細報告書

昭和四十二年二月一日決算表

南俊夫

項目      収支の金額    支出の金額  差引残高

自己資金(収入) 二六一、九二一  二六一、九二一

支出の部

運動員の人件費           一一〇、五〇〇

運動員費               三〇、七七八

印刷費 (ポスター、ハガキ印刷費)  五五、九四〇

自動車及ガソリン代          二九、二八一

交通費(運動費)            七、九六〇

接待費                 五、六〇五

事務所費     文房具、その他    三、四四七

特別出費     (自動車修理代)  一〇、〇〇〇

返信費                   五九〇

雑費                  七、八二〇

合計       二六一、九二一 ¥二六一、九二一

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