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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2350号 判決 1970年7月18日

控訴人

日本鋼管株式会社

代理人

孫田秀春

外三名

被控訴人

坂田茂

外二名

代理人

佐伯静治

外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一(一) 被控訴人らがそれぞれその主張の日に控訴人会社に工員として雇われ、その事業所の一つである川崎製鉄所に勤務し、昭和三二、三年当時の職場及び職種が被控訴人らが主張するとおりであり、いずれも川崎製鉄所の従業員で組織する被控訴人主張の労働組合(以下単に「組合」という。)の組合員であつたが、控訴人会社は、昭和三三年二月二一日被控訴人坂田茂及び同高野保太郎を同月二六日付をもつて懲戒解雇する旨、及び被控訴人菅野勝之を同日付をもつて諭旨解雇する旨の意思表示をしたこと、(二)控訴人会社と組合との間において、この当時効力を有した労働協約三八条一一号及び同製鉄所の就業規則九七条一一号において従業員に対する懲戒解雇又は諭旨解雇の事由の一つとして、「不名誉な行為をして会社の体面を著しく汚したとき。」と定めていたこと、(以下「本件懲戒規定」という。)(三)昭和三二年七月八日被控訴人らを含む組合員(川崎製鉄所従業員)九名が組合の指令に基づき、在日アメリカ合衆国空軍の使用する東京都北多摩郡砂川町所在の立川飛行場の拡張に反対し、同飛行場内の民有地の測量を阻止しようとする地元民並びにこれを支援した労働組合員及び学生らの反対行動に参加したが、その際生じたいわゆる砂川事件の被疑者として被控訴人らを含む組合員九名がその他の一六名と共に同年九月二二日逮捕され、被控訴人らを含む七名が同年一〇月二日刑特法二条違反の罪名で起訴され、この事実は、当時新聞紙上やテレビ、ラヂオなどで広く報道され、このことが右の懲戒規定に該当するものとして被控訴人らに対する前記解雇の理由とされていること、及び(四)控訴人会社が被控訴人らに対し前記解雇の処分を行なうについて、昭和三三年一月一七日組合にその旨の通知を行なうとともにその後七回にわたり組合と協議したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、控訴人会社の被控訴人らに対する右の懲戒の処分の当否について判断する。

(一)  被控訴人らを含む組合員九名が昭和三二年七月八日組合の指令に基づき前記民有地測量を阻止しようとする行動に参加するため右飛行場の北側に集合していた反対派の集団に加わつたこと、その際被控訴人坂田茂及び同高野保太郎が携行したヘルメット型帽子を着用し、同菅野勝之が赤鉢巻をしめて参加したことは、当事者間に争いがなく、(証拠)を総合すると、同日早朝から地元民の組織する砂川町基地拡張反対同盟並びにこれを支援する労働組合員及び学生ら約二、〇〇〇名の者らがアメリカ合衆国軍隊の使用区域であつて、立ち入ることを禁止された右立川飛行場の北側において、集合して気勢を挙げ被控訴人らを含む約二五〇名が同日午前一〇時三〇分ごろから同一一時三〇分ごろまでの間において、右の立ち入ることを禁止された区域であることを知りながら、巾数十メートルにわたつて有刺鉄線による境界柵の破壊された箇所より右飛行場内に約四、五メートルの深さまで立ち入り、警官隊の設置したバリケードを足で踏みつける等して警官隊と対峙してさらに気勢を挙げた際、被控訴人らは、その最前列附近でスクラムを組み等して率先して行動したものであることが認められる。そうして、前認定のとおり、被控訴人らを含む九名の組合員は、このため、逮捕され、そのうち被控訴人らを含む七名は、刑特法二条違反として起訴され、この事実は、当時新聞紙上やテレビ、ラヂオなどで広く報道されたのである。

したがつて、控訴人会社が被控訴人らに対してなした懲戒解雇及び諭旨解雇の理由とした基礎の事実関係は存在したものと認められるものである。

(一)  ところが右に認められる事実が本件懲戒規定である「不名誉な行為をして会社の体面を著しく汚したとき。」に該当するものであるかどうかに争いがあるので、この点について判断する。

右各規定の意味については、その規定の文言をそれが制定されるに至つた経過及びその後における労使間の了解事項の有無等の諸事情を勘案して合理的に解釈すべきものであること当然であるので以下これらの点について検討する。

(1) 使用者がその従業員たる労働者に対して有するいわゆる懲戒権は、使用者が一方的に労働者に対しその固有の権利として有するものと解すべきものではなく、使用者と労働者との間において個別的又は集団的に合意がなされることによつてはじめて生ずるものと解すべく、右の合意が憲法その他法令に違反することなく且合理性のあるものである限り、使用者も労働者もこれに拘束されるものというべく、これに反する控訴人会社の見解は採用できない。

(2)  そこで、まず、右控訴人会社と組合間の労働協約及び川崎製鉄所の就業規則の文言についてみると、(証拠)によると両者の懲戒に関する条項は、右の労働協約第三四条から第三九条まで及び右就業規則第九三条から第九八条までに規定せられ、その文言は、両者ほとんど同じであり、懲戒区分又は懲戒の種類として、譴責、減給、出勤停止、諭旨解雇及び懲戒解雇の五種を設け、これらの懲戒につきそれぞれ懲戒事由を列挙し、その合計は、三八の事由に及ぶのであるが、そのうち、「暴行、脅迫、傷害、侮辱などして同僚などに迷惑をかけたとき。」(右労働協約三六条一〇号、右就業規則九五条一〇号)「素行不良で同僚に悪影響を及ぼしたとき。」(右労働協約三六条二〇号右就業規則九五条二〇号)及び「不名誉な行為をして会社の体面を著しく汚したとき。」(右労働協約三八条一一号、右就業規則九七条一一号)という三つの事由を除くその他の合計三五に及ぶ懲戒事由は、すべてその文言上、従業員の就労に関する規律違反、勤務懈怠、企業財産又は企業の人的組織に対する直接侵害、事業所内における非行等企業活動の行われる領域内における行為であつて、企業の利益を害し又は害するおそれがあるものと認められるものを対象としているのである。

したがつて、右の労働協約及び就業規則における懲戒事由は、その大部分が従業員たる労働者の事業所内における就労に関する規律を維持し、企業財産を保護することにあつて、この点に重点が置かれているものであること明らかであるに反し、右の「不名誉な行為をして会社の体面を著しく汚したとき。」という懲戒事由はそれぞれ懲戒解雇事由を定める条文中最後の箇所に配列して掲げられているものである。

(3)  次に本件懲戒規定が労働協約及び就業規則で制定せられた経過についてみると、<証拠>を総合して次の事実が認められる。すなわち、昭和二九年三月一日より実施の就業規則において本件懲戒規定はその九七条一一号として定められているが、それ以前から就業規則には同文若しくはこれに類する規定が存したこと、会社と組合間の労働協約は一年ごとに改訂交渉がなされつつ更新されて来たものであるが、昭和二八年当時の労働協約において既に右規定と同旨の懲戒規定が存したものであつて、また昭和三〇年に締結せられる際においては、本規定と同文の「不名誉な行為をして会社の体面を著しく汚したとき。」という条項を更新する協約中から削除すべしとする要求が組合側から提出せられていること、右昭和三〇年の改訂交渉において、組合側は削除を要求する理由として、この規定が抽象的にすぎることと被控訴人会社のような大会社が末端の従業員によつて体面を汚されるというようなことはあり得ないと主張し、これに対し被控訴人会社は、その存置を主張し、双方より委員を選出した小委員会を設置し、検討を行なつたのであるが、その際組合側委員の要求により控訴人会社側委員において、この条項を適用すべき場合の例として挙げたものは、当時新聞紙上に報道せられたいわゆる「鏡子ちやん殺し事件」「トニー谷の子息の誘拐事件」であつて、これらに対しては、組合側もそれらの事件の犯人が被控訴人会社の従業員であつたとしたならば、この条項を適用して解雇せられてもやむを得ないものとする態度を示し、さらに、控訴人会社が世界銀行から借款を行なうにあたつて同銀行の調査団が控訴人会社の工場視察中に従業員がこれに対して無礼をはたらいたというような場合には、この条項を適用すべきであるとする控訴人会社の説明によつて組合側の態度が軟化してきて、組合側よりこの条項の存続を前提として次の運用基準、すなわち、「(イ)会社に対して民事上の損害を与えたとき。(ロ)会社に対して名誉を毀損したとき。(ハ)会社の信用を失墜したとき。」という運用基準にあたる場合に限つて、この条項を適用するものとしようとする提案がなされたが、これに対しては、控訴人会社において了承せず、結局組合側において削除の要求を取り下げることとなつて、昭和三〇年度の労働協約(乙第一号証)が締結せられること、昭和三一年一一月に締結された労働協約については、労使いずれの側より右条項については、労使双方の間において覚書又は了解事項というようなものは全然存在しないことが認められる。

被控訴代理人は、右昭和三〇年度の協約改訂交渉において前記運用基準(イ)、(ロ)及び(ハ)の場合に限つてこの条項を運用すべきものとする了解事項が存する旨主張し、成立に争いのない甲第一号証の記載には、これにそうものがあるが、原審における証人近藤治彦の証言に照らすとこれを採用できない。

以上によつてみれば控訴人会社における就業規則、労働協約で定める懲戒規定はその多くが経営秩序を維持し、企業財産を防衛するため、企業内における従業員の服務規律違反等の行為を対象としたものではあるが、利益追求を目的とする企業体たる会社としても、相当なる社会的評価を享けることは経営秩序、企業財産を維持し、生産性向上において欠くべからざるものであるところから、本件懲戒規定において従業員の企業内外の行為がそれ自体において不名誉な行為として社会的非難に値する行為であり、その結果として、企業に対する具体的損害を惹起しない場合であつても、会社の社会的評価を著しく損うものと見られる事案について、当該従業員を企業から排除する解雇の措置を執り得るものとしたものと認められるのであつて、このことは協約締結に当り組合側としても十分了承していたことが明らかである。このように本件懲戒規定は服務規律違反等の行為に科せられる制裁としての一般の懲戒規定とは些か対象を異にするが相当な社会的評価を保持しようとする企業体としては斯かる懲戒規定の設置を希むことはやむを得ないところと考えられるし、企業の構成員としての従業員も当該企業体の社会的評価を損わざることは当然従業員たる身分上要請されるところといえるから本件懲戒規定は憲法その他の法令に違反するものでないことは勿論、その趣旨において合理的根拠あるものである。もつとも本件懲戒規定はその文言において如何にも抽象的であるのに加え、従業員の行為が企業外の行為であるときはその行為による企業体の社会的評価の汚損の有無及び程度の認定は必らずしも容易なものではないから、右規定の適用に当つては特に当該行為の性質、態様等との関連において慎重な認定を要するものである。

そこで、さらに、右認定のような事情のもとに、被控訴人らの前記の行為が本件懲戒規定にあたるものと認めるべきかどうかについて考えると、前認定のとおり、被控訴人らにおいて刑特法に違反すると認められる行為をあえて行ない、このため逮捕され、さらに起訴され、このことが広く報道されたことが本件懲戒規定の「不名誉な行為」にあたるものであることは、たといそれが被控訴代理人の主張するように、その行動の本来の目的動機は、国民としての政治活動である示威行動をすることにあつたとしても、これを否定することはできない。しかしその行為に対する刑事判決における問責は最終的には罰金二千円という比較的軽微なものであつて、それが集団的暴力行為犯の範疇に入り、社会的非難を到底免れないものとはいえ、その不名誉性については左程強度なものとはいえない。

一方、控訴人会社が東京都千代田区に本店、神奈川県下に、川崎製鉄所及び当時建設途上にあつた水江製鉄所を含む六事業所(工場)、富山、静岡、新潟各県にそれぞれ一事業所(工場)を設け、米国、西ドイツ等にも事務所を有し、当時の従業員約三万名、資本金一〇〇億円(株主総数一〇万余名)をもつて鉄鋼、船舶、肥料等の製造、販売を営み、わが国において公共性の大きい基幹産業をなすものであることは、当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、控訴人会社は、鉄鋼の原材料である鉄鉱石のほとんどを米国、カナダ等より輸入する一方、製品の販売先も国内にとどまらず、米国、カナダその他諸外国に及んでおり、工場施設、原材料の購入等に要する多額の資金は国内の各金融機関及び国際開発復興銀行(世界銀行)からの借款によつているものであること、昭和三二年当時薄板の需要の増大に応じるため、ホットストリップミルという新鋭の機械によつて薄板を製造する水江製作所の建設を計画し、その資金八〇〇億円のうち約八〇億円について同年一〇月世界銀行に借款を求めて昭和三三月四月頃よりその建設を開始することを予定していたところ、同年一月に世界銀行の審査官より控訴人会社の労使関係につき砂川事件を問題とされ、同年三月には同銀行審査課長に対し、同事件に関係した被控訴人らを懲戒解雇した旨報告したが、同時に借款を申し込んだ他の会社より三箇月位遅れて資金の借入れを受けることとなつたものであること、その間において控訴人会社の関係者は、砂川事件が反米的色彩を有していたことから、控訴人会社従業員の被控訴人らがこれに加つたことが、アメリカ資本の大きい世界銀行からの借款の成款の成否に影響を及ぼすおそれがあると相当心配し、また六社会という他の鉄鋼関係会社の部課長らとともに構成する会議の席上被控訴人らが砂川事件に関係したことについて報告をせざるを得ない立場となり、他の構成員からの批判を受け恥しい思いをしたことが認められるが、右の借款が実現すべきものとされる時期については、控訴人会社と同時に借款の申込みをした他社に比し控訴人会社の分が遅れることはないとする確かな根拠があつたと認めるに足る証拠はなく、また、被控訴人らの砂川事件における行動が報道されたことが借款の実現を遅らせる原因となつたものと認めるに足る適当な証拠もない。

以上の認定のとおり、従業員約三万名を有する控訴人会社のようないわゆる巨大産業会社における一事業所の従業員にすぎない被控訴人らの前記のような行為について、それが右に認定した程度において、控訴人会社の企業としての社会的信用等に若干の影響を及ぼしたことは認められるものの、それ以上に、控訴人会社の主張するようにその主観的危惧、認識の程にまで控訴人会社の社会的評価に著しく損うところがあつたことを認めるに足る証拠はない。

したがつて被控訴人らの前記認定の行為は、本件懲戒規定の懲戒解雇又は諭旨解雇事由に該当しないものと判断する。

三以上のとおりであるから、控訴人会社が被控訴人らに対してなした前記の懲戒解雇及び諭旨解雇の意思表示は、いずれも前記就業規則九七条一一号及び労働協約三八条一一号の懲戒事由が存しないに拘らずこれありとしてなされた無効のものであつて、被控訴人らと控訴人会社との間には、雇傭関係に基づく法律関係が存在しているものというべきところ、控訴人会社は、被控訴人らを解雇したとして、従業員として処遇しないことは当事者間に争いがない。

したがつて、被控訴人らが控訴人会社との間において雇傭契約に基づく権利の存在することの確認を求める本訴請求を認容した原判決は相当であつて、本件控訴は、理由がない。

よつて、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(岸上康夫 横地恒夫 田中永司)

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