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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)1647号 判決 1970年2月27日

控訴人(反訴被告) 松原史朗

被控訴人(反訴原告) 大槻和丸

主文

本件控訴を棄却する。

反訴原告の反訴請求を棄却する。

当審における訴訟費用中本件控訴により生じた分は控訴人の、反訴により生じた分は反訴原告の各負担とする。

事実

控訴人(反訴被告、以下単に控訴人という)代理人は、本訴につき「原判決を取消す。控訴人の被控訴人に対する別紙目録<省略>(一)、(二)記載の約束手形に基づく約束手形金債務は存在しないことを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との、反訴につき「反訴原告の請求を棄却する。訴訟費用は反訴原告の負担とする。」との判決を求め、被控訴人(反訴原告、以下単に被控訴人という)は、本訴につき主文第一項と同旨の、反訴につき「反訴被告は反訴原告に対し一七〇万円及びこれに対する昭和四一年一二月三〇日から支払済に至るまで年六分の金員を支払え。訴訟費用は反訴被告の負担とする。」との判決を求めた。

控訴代理人は本訴請求の原因として、

「一、控訴人は昭和四一年二月一一日頃別紙目録(一)記載の、同年二月二〇日頃同目録(二)記載の各約束手形を(以下単に本件約束手形という)それぞれ振出日及び受取人を白地として訴外奈良秀夫にあて振出した。被控訴人は現に控訴人に対し、約束手形金債権を有すると主張するが、次に述べるとおり、控訴人は、本件約束手形について約束手形金債務を負わない。

二、すなわち、右各日時頃控訴人は、妻の父である奈良から、同人がかねて知人の関係にある被控訴人の斡旋により、訴外第三信用組合から手形貸付の方法で融資を受け得ることになつたが、その方便として、控訴人に対し約束手形を振出されたい旨懇請し、かつ、同人は被控訴人のすゝめにより第三信用組合に控訴人名義で定期積金及び定期預金をしており、右貸付はこれを担保とするものであり、右貸付金の弁済については同人において確実に履行し控訴人には些かも負担をかけることはない旨を確約した。控訴人は、これを信じ右のように本件約束手形を振出したところ、被控訴人は右斡旋をせず、かえつて奈良をして本件約束手形に第一裏書人として白地裏書をなさしめ、自らこれが所持人として控訴人に対し右約束手形金債権を有すると主張するに至つたものである。

ところで、本件約束手形の振出にあたつて、控訴人の真意は約束手形金債務を負担しない所存であつたのであり、奈良はこのことを知りないしは知ることを得べかりしものであつたから、右振出は民法九三条但書により無効であるか、或いは、右振出は控訴人と奈良とが相通じて、本件約束手形につき控訴人は約束手形金債務を負担せず、奈良はこれが債権を取得しないものとしてなされたものであるから同法九四条一項により無効であるところ、被控訴人は以上の事情を知悉し、しかも控訴人を害する意思をもつて本件約束手形を取得したのであるから、控訴人は右振出の無効を被控訴人に主張することができる。

三、よつて被控訴人との間において、本件約束手形に基づく約束手形金債務が存在しないことの確認を求める。」

と述べ、なお、反訴請求原因に対する認否及び抗弁として、

「一、控訴人が本件約束手形を振出したこと、右約束手形に奈良が第一裏書人として白地裏書をしていることは認めるが、被控訴人が現に右約束手形を所持していることは否認する。

二、本訴請求原因事実として述べたとおり、控訴人は被控訴人に対し、本件約束手形金債務を負わない。

三、仮りに、控訴人において本件約束手形につき支払義務を負うものとすれば、控訴人は現に被控訴人が振出日及び受取人を白地として振出し、控訴人が振出日を昭和四一年二月一五日、受取人を控訴人と補充した、額面二〇万円、満期同年三月一五日、支払地東京都台東区、支払場所中央信用金庫浅草支店なる約束手形一通を所持しているから、右約束手形金債権を以て、本訴(昭和四三年九月二五日午前一〇時の当審第六回口頭弁論期日)において、被控訴人主張の約束手形金債権と対当額につき相殺する。」と主張した。

被控訴人は、本訴請求原因に対する答弁及び反訴の請求原因として、

「一、本訴請求原因事実のうち、被控訴人が控訴人振出にかかるその主張の本件約束手形に基づき控訴人に対し手形金債権を有すると主張していること、右手形に奈良を第一裏書人とする白地裏書があること、及び、控訴人と奈良、ならびに、奈良と被控訴人の各関係が控訴人主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。

すなわち、被控訴人は奈良に対し昭和四〇年一一月一〇日頃から同年一二月二五日頃までの間に合計一〇〇万円を、また、昭和四一年一月六日頃から同年三月一〇日頃までの間に合計一五二万円を、それぞれ貸渡したものであるが、被控訴人はこれが一部の担保として奈良から本件約束手形の裏書譲渡を受けたものであつて、控訴人主張のような事情は全く知らないものである。

二、右のとおり、被控訴人は現に、控訴人振出にかかり奈良を第一裏書人とする白地裏書のある本件約束手形を所持し、かつ、各満期日にそれぞれ呈示したものであるから、控訴人に対し右約束手形金合計一七〇万円とこれに対する最終の満期日である昭和四一年一二月三〇日から支払済に至るまで手形法所定の年六分の利息の支払を求める。」

と述べた。

立証<省略>

理由

一、まず本訴について判断する。

(一)  控訴人が訴外奈良秀夫にあて振出日及び受取人を白地として本件約束手形を振出したこと、及び控訴人と奈良との関係が控訴人主張のとおりであることは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、成立に争いのない乙第一五号証、当審における証人奈良秀夫の証言ならびに原審における被告奈良秀夫の本人尋問の結果(以上二者を合せて以下単に奈良の供述という)、原審における控訴人の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を綜合すると次のとおり認められる。

控訴人は昭和四〇年一二月末頃妻の父である奈良から、訴外第三信用組合からかねて同組合に控訴人名義でしてある定期積金を担保として一〇〇万円を借受ける為入用であるので額面一〇〇万円の約束手形一通を振出して欲しいと依頼され、これを振出して同人に交付しておいたところ、昭和四一年一月二四日頃同人から、右惜入金のうち一〇万円は既に支払い、残余を月一〇万円宛分割して弁済することとなつたので、右約束手形を額面一〇万円の約束手形九通に書換えて欲しいとの依頼を受け、あらためて別紙目録(二)記載の約束手形七通を含む約束手形九通を振出日及び受取人を白地として同人に宛て振出した。

控訴人は、更にその後昭和四一年二月末頃、奈良から前記一〇〇万円の借入れでは不足であるので、右組合から右同様同組合に控訴人名義でしてある定期預金を担保に再度一〇〇万円を借受けたいので、右同様の趣旨で額面一〇万円の約束手形一〇通を振出して欲しいと懇請されてこれを容れ、その頃別紙目録(一)の1ないし9記載の約束手形九通を含む約束手形一〇通を、右同様振出日及び受取人を白地として同人に宛て振出したが、その後控訴人は右のうち一通を奈良の要望により同様振出日及び受取人白地のものと書換えたが、それが右目録10の約束手形である。

奈良は控訴人に対し右各約束手形の振出を受けるにあたり、その都度その支払は同人においてすべて責任をもつて行ない、控訴人には何ら負担をかけないと言明していた。

かように認められ、これに反する証拠はない。

(二)  一方、いずれも成立に争いのない乙第二号証、第七ないし第九号証に、原審証人奈良光子の証言、前示奈良の供述(いずれも後に措信しない部分を除く)、原審における被控訴人の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を綜合すると次のとおり認められる。

袋物商を営んでいた奈良は、昭和四〇年六、七月頃事業に失敗し銀行取引を停止され、しかも埼王県川口市に居を移していたので、東京都内の金融機関から金融を受けることが出来ない状況にあつたところ、かねて知人の関係にある被控訴人(この事実は当事者間に争いがない)から、都内居住者の名義を以て前記第三信用組合に定期積金をすれば、これを担保として融資が受けられると聞かされ、昭和四〇年七月二六日頃同人の斡旋により、女婿である(この事実も前記のとおり当事者間に争いがない)控訴人名義を以て総額三〇〇万円の定期積金(月掛貯金)契約を締結し、第一回分七万九、五〇〇円は支払つたが、第二回分を支払うことができず被控訴人がこれを立替えたものの、第三回分以降も同様支払えない状態であつた。そこで、奈良は、もともと右定期積金を担保として、同年末に一〇〇万円を借受ける心算であつたところから、その頃同人は被控訴人と協議のうえ、被控訴人から資金を借受けて右積金を継続することを止め、直接被控訴人から右組合が貸付けをする際とほぼ同一の条件で金融を受けることとし、その頃から逐次借受けたが同年一二月末頃までにその額は一〇〇万円に達した。そうして、被控訴人はその頃奈良からこれが担保として、右(一)認定の控訴人振出にかかる額面一〇〇万円の約束手形の裏書譲渡を受けたが、その後右一〇〇万円が一〇万円宛分割して返済されることとなつたに伴い、右約束手形は額面一〇万円のものに書換えられることになり、右(一)認定の九通の約束手形が、昭和四一年一月二四日頃当時の貸金債権の担保としてあらためて奈良から被控訴人に裏書譲渡された。

ところで、奈良は昭和四一年一月初頃更に被控訴人から総額一〇〇万円の融通を受けることとなり、その頃から同年二月末頃までの間にこれを得たので、同年末頃これが担保として右(一)認定の約束手形一〇通を被控訴人に裏書譲渡したが、その後そのうち一通が書換えられ、あらためて裏書譲渡された。

なお、被控訴人はその後更に同年三月頃まで奈良に融通を続け、その額は五〇万円余に達した。

かように認めることができ、前示証人奈良光子の証言及び奈良の供述のうち、右認定に反する部分は措信せず、他に右認定に反する証拠はない。

(三)  以上認定の事実によると、控訴人が本件約束手形を振出したのは、奈良をして金融を得しめる為であつたことが明らかであるから、控訴人が右約束手形の振出にあたつて、その真意が右約束手形に基づく約束手形金債務を負担しない所存であつたとすることは到底できない。原審における控訴人の本人尋問の結果によれば、控訴人は本件約束手形を含む前記各約束手形を振出すにあたつて、奈良においては前記第三信用組合から定期積金ないし定期預金を担保として金融を受けるものと予期しており、同人が直接被控訴人から融通を受けるに至るものとは予測していなかつたことがうかがわれるけれども、そのことだけで、右振出を以て非真意思表示ないし通謀虚偽表示となすを得ないことはみやすいところである。そればかりでなく、被控訴人が本件約束手形を取得した経緯が右(二)認定のとおりであつてみれば、被控訴人が控訴人の右のような意向を知つていたと認めることもできない。

(四)  従つて、本件約束手形の振出が非真意思表示ないし通謀虚偽表示であり、かつ、被控訴人が悪意であることを前提として被控訴人に対し、右約束手形金債務の存在しないことの確認を求める控訴人の請求は、更に立入つて判断するまでもなく失当である。

二、つぎに反訴について判断する。

控訴人が本件約束手形を振出し、右約束手形に奈良を第一裏書人とする白地裏書があることは当事者間に争いがない。しかし、原審における被控訴人の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、被控訴人は右約束手形を取立委任の為前記第三信用組合浅草支店に裏書譲渡しておいたところ、その後控訴人申請にかかる仮処分命令により右は執行官の保管するところとなつたことが認められ、これに反する証拠はない。従つて、被控訴人において、爾後本件約束手形の所持を回復したことについて主張立証のない本件においては、被控訴人は現に右約束手形を所持するものとはいえないから、被控訴人の反訴請求は更に立入つて判断するまでもなく失当というほかない。

三、叙上のとおり、控訴人の本訴請求は失当であるから、これと同趣旨に出でこれを棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。よつてこれを棄却すべく、また、被控訴人の反訴請求も理由がないから棄却を免れない。そこで、当審における訴訟費用中、本件控訴により生じた分は控訴人の、反訴により生じた分は被控訴人の各負担として、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部行男 川上泉 大石忠生)

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