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東京高等裁判所 昭和41年(行ケ)75号 判決 1975年2月25日

原告

三井東圧化学株式会社

右代表者

野村末一

右訴訟代理人

小田島平吉

外二名

被告

特許庁長官

斎藤英雄

右指定代理人

戸引正雄

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和四一年四月四日、同庁昭和四〇年抗告審判第一四三号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二  請求の原因

一、特許庁における手続の経緯

原告の被承継人M化学工業株式会社は、昭和三四年九月八日特許庁に対し、名称を「ポリウレタン樹脂の安定化法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願したところ、昭和四〇年八月三日拒絶査定を受けたので、同年九月二七日抗告審判を請求した(昭和四〇年抗告審判第一四三号)。特許庁は、昭和四一年四月四日、抗告審判事件について「本件抗告審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年四月一三日前記会社に送達された。

原告は、昭和四三年一二月二日M化学工業株式会社を吸収合併し、本件に関する権利関係を承継し、かつ、特許庁にその旨を届け出た。

二、本願発明の要旨

ポリオキシアルキレンポリオールとジイソシアネートとを反応させてポリウレタン樹脂を製造するに当り2・6―ジ―第三級ブチル―4―メチルフェノールを存在させることを特徴とするポリウレタン樹脂の安定化法

三、審決理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

これに対して、原査定の拒絶理由の概要は、本願発明は本出願前に米国にした特許出願に基づいて優先権を主張して出願したものである特許第三〇九〇五七号(特願昭三六―一七〇七号、特公昭三六―二〇〇四二号)の発明(以下「先願発明」という。)と同一であると認められるので、旧特許法第八条の規定によつて特許をうけることができないというにある。

そこで、本願発明と先願発明を対比すると、両者は、共にポリオキシアルキレンポリオールとジイソシアネートとを反応させて得られるポリウレタン樹脂の安定化を目的とし、前者は2・6―ジ―第三級ブチル―4―メチルフエノール(以下「B・H・T」という。)を存在させるに対し、後者は、アリール環構造に結合している各ヒドロキシル基に対する0―位置に三〜八個の炭素原子から成るアルキル基を持つアルキル置換されたヒドロキシアリール化合物を酸化防止化合物として添加するものであるから、両者間に一応表現上の差異は認められる。しかしながら、後者の酸化防止化合物の説明として0―位置にあるアルキル基として第三ブチル基が例示されており、更に、該明細書中に「他の環置換分(環炭素原子に結合している原子)は水素が好ましいが、それらはまた一〜二個の炭素原子から成るアルキル基でもよい」旨記載している以上、本願発明で使用するB・H・Tは後者の酸化防止化合物に包含されることは明らかである。もつとも、上位概念中に包含される特定の化合物を使用することによつて、その上位概念で示されている化合物に比して格別顕著な効果を奏する場合においてはこの特定の化合物を選択した点により、上位概念で表現された発明とは別個に新規な発明を構成するものと認められる場合があるとしても、本願発明において使用するB・H・Tが、先願発明に示されている酸化防止化合物に比してポリウレタン樹脂の安定化に格別顕著な効果を奏するものと認められない以上、本願発明が先願発明と別異の発明を構成するものとは認められない。

したがつて、本願発明が先願発明と同一であると認定し、旧特許法第八条の規定によつて特許を受けることができないとした原査定は妥当なものと認める。<以下略>

理由

一原告主張の請求原因事実のうち、特許庁における手続の経緯、原告が吸収合併によりM化学工業株式会社の本件に関する権利関係が承継した事実、本願発明の要旨、審決理由の要点、本願発明で使用されるB・H・Tが先願発明で使用される酸化防止化合物に包含されることおよび先願発明には本願発明で使用されるB・H・Tについて具体的に明示されていない事実は、当事者間に争いがない。

二原告は、本願発明は、先願発明に比して特段の顕著な効果がある旨主張するので、以下この主張の当否について検討する。

本願発明の特許公報には、先願発明に開示された化合物のうちの代表的な化合物である2・5―ジ―第三級ブチルハイドロキノンをポリオールに対して0.1%添加することによつて、着色度7―19―2のポリウレタンフォームが得られるのに対して、本願発明におけるB・H・Tは、わずかに0.02%の添加によつて0―20―0のポリウレタンフオームを与える旨の記載がある事実を認めることができる。そして、成立に争いのない甲第五号証によれば、Yが昭和四一年一二月中に行つた実験において、本願発明の特許公報記載の実施例一の方法により実験した結果、本願発明のB・H・Tは、0.02%の添加により0―20―0の数値を示したのに対し、前記2・5―ジ―第三級ブチルハイドロキノンは、0.02%の添加により7―19―2の数値を示した旨の報告がある事実を認めることができる。また、成立に争いのない甲第八号証によれば、同人が昭和四二年九月中に行つた実験において、本願発明の特許公報記載の実施例一の方法の補助剤に多少の変更を加えた方法により実験した結果、安定剤0.02%の添加により、B・H・Tの場合は、0―20―0の数値を示したのに対し、前記2・5―ジ―第三級ブチルハイドロキノンの場合は8―19.5―0.5の数値を示し、先願発明に示唆された化合物のうち本願発明におけるB・H・Tに化学構造的に最も近い化合物である2―6―ジ―第三級ブチルフエノールの場合は、8―19―1.5の数値を示した旨の報告がある事実を認めることができる。また、成立に争いのない甲第九号証によれば、Yが昭和四三年四月中に行つた実験において、本願発明の特許公報記載の方法をその実施例一および二に準じて追試した結果、原料たるポリオキシプロピレントリオール(以下、「P・P・T」という。)の製法に関する硫酸中和法および現行法の別を問わず、また、ポリウレタンの製法に関するワンショット法およびプレポリマー法の別を問わず、0.02%の添加によりB・H・Tの場合は0―20―0の数値を示し、2・5―ジ―第三級ブチルハイドロキノンおよび2・6―ジ―第三級ブチルフエノールの場合はいずれも7.5―19.5―0.5の数値を示した旨の報告のある事実を認めることができる。また、成立に争いのない甲第二六号証によれば、Mほか三名が昭和四九年七月中に行つた実験において、本願発明の特許公報記載の方法をその実施例一および二に準じて追試した結果、次の数値が示された旨の報告がある事実を認めることができる。

いずれも安定剤0.02%添加の場合、現行法により製造したP・P・Tを用い、ワンショット法によるときはB・H・Tは0―20―0、2・5―ジ―第三級ブチルハイドロキノンは7.5―19.5―1、2・6―ジ―第三級ブチルフエノールは7.5―19.5―0.5であり、プレポリマー法によるときは、さらにこれを二分し、アミン触媒および錫触媒を用いたときはB・H・Tは0―20―0、2・5―ジ―第三級ブチルハイドロキノンは7.5―19.5―2、2・6―ジ―第三級ブチルフエノールは7.5―19.5―1、アミン系触媒のみを用いたときは、B・H・Tは0―20―0、2・5―ジ―第三級ブチルハイドロキノンは7.5―19.5―1.5、2・6―ジ―第三級ブチルフエノールは7.5―19.5―1である。また、硫酸中和法により製造したP・P・Tを用いワンショット法によるときは、B・H・Tは0―20―0、2・5―ジ―第三級ブチルハイドロキノンおよび2・6―ジ―第三級ブチルフエノールはいずれも7.5―19.5―0.5、プレポリマー法によるときは、B・H・Tは0―20―0、2・5―ジ―第三級ブチルハイドロキノンは7.5―19.5―2、2・6―ジ―第三級ブチルフエノールは7.5―19.5―1の数値を示している。

四これに対して、成立に争いのない乙第六号証によれば、Hが昭和四三年一月中に行つた実験においては、ワンショット法により実験を行い、安定剤を0.02%使用した場合、アミン系触媒を用いたときは、B・H・Tは着色度7.5―19.5―0.5の数値を示し、2・5―ジ―第三級ブチルハイドロキノンおよび2・6―ジ―第三級ブチルフエノールも同様に7.5―19.5―0.5の数値を示している旨、アミン系触媒を用いないときはB・H・Tは0―20―0、2・5―ジ―第三級ブチルハイドロキノンおよび2・6―ジ―第三級ブチルフエノールは、7.5―19.5―0.5の数値を示した旨の報告のある事実を認めることができる。そして、成立に争いのない乙第五号証によれば、Yが昭和四三年一月中に行つた実験においてアミン系触媒を用いた場合は、安定剤としてB・H・Tを0.02%使用したとき、他の二者を使用したときと同様に7.5―19.5―0.5の数値を示した旨の報告がある事実を認めることができる。また、成立に争いのない乙第一号証によれば、Oが昭和三七年一〇月中に行つた実験においては、B・H・Tを0.015%添加した場合0―20―0の数値を示したものもあるが、常に必ずしも0―20―0の数値を示すものではなく、原料たるポリオキシプロピレングリコール製造後の経過時間を異にした場合には、7.5―19.5―1または7―19.5―0.5の数値を示したものもある旨の記載がある事実が認められる。

五ところで、検甲第一二号証の一から四まで、同第一三号証の一から四まで、同第一四号証の九、同第一五号証の一を仔細に検討して見ると、前記甲第二六号証に記載された方法によつて製造されたポリウレタンフォームのうちB・H・Tを添加したもので着色度0―20―0とされたものと2・6―ジ―第三級ブチルフエノールを添加したもので着色度7.5―19.5―0.5とされたものを比較すると、同じ0―20―0の数値がつけられたものであつても、白色からごく薄くはあるが黄色を帯びたと見られるものもあり、これに対し7.5―19.5―0.5の数値がつけられたものは、黄色とはいつても薄く着色しているにすぎないものである事実を認めることができる。したがつて、着色度を0―20―0と判定するか7.5―19.5―0.5と判定するかは、それを判定する者の主観によつて若干差異が生ずることがあると認められる。そしてまた、同号証によれば、7.5―19.5―0.5の着色度とは黄色とはいつても極めて薄い黄色であつて白色に近いものであることが知られるのである。

六さて、さきに認定した諸実験の結果示された着色度は、実験者の判定が不正確であるとの証拠もないのですべて正確に判定されたと認めるほかはないが、このことを前提として考察すると、諸実験の結果によれば、B・H・Tを添加した場合着色度が0―20―0になることが多いが常にそうであるとは限らず、7.5―19.5―0.5になることもある。これに対して、2・5―ジ―第三級ブチルハイドロキノンおよび2・6―ジ―第三級ブチルフエノールを添加した場合7.5―19.5―0.5の着色度を示すことが多く、最悪の場合でも7―19―2の着色度を示すことになる。この結果を比較するとき、ポリウレタンフォームの着色防止の効果はB・H・Tの方が若干優れているということはいい得るであろう。しかしながら、2・5―ジ―第三級ブチルハイドロキノンにせよ、2・6―ジ―第三級ブチルフエノールにせよ7.5―19.5―0.5の着色度という効果をあげているのであつて、この効果をB・H・Tと比べてみて極めて劣つているとは到底いい難い。換言すれば、両者の効果に格段の差異があるとはいえないのである。

七このように本願発明のB・H・Tは0.02%程度の使用によつては常に必ずしも着色度0―20―0の数値を示すとは限らず、場合によつては7.5―19.5―0.5の数値を示すこともある一方、前記認定のとおり甲第九号証、乙第五号証および第六号証記載の各実験においては、2・5―ジ―第三級ブチルハイドロキノンおよび2・6―ジ―第三級ブチルフエノールをいずれも0.02%添加することにより7.5―19.5―0.5の数値のものが見られ、甲第二六号証記載の実験においても、2・6―ジ―第三級ブチルフエノールを0.02%添加したとき、場合によつては7.5―19.5―0.5の数値のものが見られている。この事実に照らせば、本願発明のB・H・Tは先願発明に示されている安定剤とくらべて、少量の使用によつて格段に優れた効果を奏するものということもできない。

八いわゆる選択発明なるものは、その構成要件の全部または一部が先行発明のうちに上位概念で表現されているのであるから、それが特許性を具備するためには、被告の主張するように先行発明に開示されない新しい技術的課題を解決したものでなければならないかどうかは別として、先行発明と同質の効果を奏する場合に於ては、その効果に格段の差異がなければならないことは当然であろう。本願発明が奏するとされる着色安定効果が先願発明のそれと比較して格段に優れたとはいえないことはさきに認定したとおりであるから、本願発明は選択発明として特許されるには値いしないものといわなければならない。

九以上の次第で、本件審決には原告主張の違法はない。よつて、原告の本訴請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(古関敏正 宇野栄一郎 舟本信光)

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