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東京高等裁判所 昭和41年(ネ)2415号 判決 1967年10月19日

控訴人(被告)

石井六郎

代理人

岡部勇二

被控訴人(原告)

有限会社葵ビル

代理人

佐藤安俊

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し別紙目録記載の建物を明渡すべし

控訴人は被控訴人に対し金三三万二一五一円を支払うべし

被控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

この判決は被控訴人の勝訴部分に限り、被控訴人において金一〇万円の担保を供したときは、仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」旨の判決を求め、かつ被控訴人の本件建物明渡請求が認容される場合について予備的に「控訴人は被控訴人に対し、金一〇〇万円と引換えに、別紙目録記載の建物を明渡せ」との判決を求める旨述べ、被控訴代理人は、本訴中の金員請求部分につきその請求金額を「昭和四一年三月一日以降同年一〇月一二日迄一ケ月金五万二〇〇〇円の割合による金員」に減縮した上、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係

≪省略≫

理由

一別紙目録記載の本件建物が被控訴人の所有に属し、昭和四〇年七月被控訴人がこれを訴外阿部勝弘に対して賃料一ケ月五万二〇〇〇円の約で賃貸し、以来阿部が同建物で飲食店「カズ」を経営していたが、昭和四一年三月一日以降控訴人が右建物を占有するに至つたことは当事者間に争いがない。

控訴人は、当審になつて、右控訴人の占有が独立の占有でないもののように主張するが、<証拠>によれば、控訴人の占有は、控訴人が昭和四一年二月二一日阿部から前記飲食店の営業及び本件建物の賃借権を譲受けたことに基づいて、阿部からその占有の移転を受けたものであつて、独立の占有であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

控訴人はまた、当審に至り、右賃借権譲渡について被控訴人の承諾があつた旨を新たに主張する。原審及び当審の弁論の経過と本件事実とに徴すれば、右主張の提出が故意又は重大な過失により時機に後れてなされたものであると見るのは困難である。従つて時機に後れたものとして右主張の却下を求める被控訴人の申立は採用しない。また、右賃借権譲渡承諾の点は、控訴人において立証責任を負うところであるから、右主張が自白の撤回に当るとする被控訴人の異議は採用しない。よつて右承諾の有無について検討するに、前掲<証拠>並びに弁論の全趣旨とこれによつて成立を認める<証拠>とによれば、却つて、右賃借権譲渡についてはついに被控訴人の承諾が得られなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。従つて控訴人の右主張は採用できない。

二右によれば、控訴人は、昭和四一年三月一日以降、所有者である被控訴人に対抗できる権原なくして、本件建物を占有するに至つたものである。従つて、被控訴人は、所有権に基づき、控訴人に対し、直接本件建物の明渡を求め得るものであるところ、被控訴人が、その主張のとおり、本件建物につき、控訴人を債務者として、東京地方裁判所昭和四一年(ヨ)第四七二八号をもつて占有移転禁止の仮処分決定を得、同年六月九日これを執行したことは当事者間に争いがない。

右のような占有移転禁止の仮処分は、不動産引渡請求訴訟の勝訴判決の執行を保全するため、被告適格を恒定する目的によるものであることは明らかであるから、仮処分債務者が、仮処分に違反して、目的物の占有を第三者に移転しても、これをもつて仮処分債権者に対抗できず、本案である引渡請求訴訟においては、依然として、仮処分債務者が目的物を占有しているものとして取扱われるべきものと解するのが相当である。

本件の場合、控訴人は昭和四一年七月一八日本件建物を前記阿部に返還した旨主張し、右七月一八日に控訴人が阿部に対して本件建物を引渡し、日以降控訴人が本件建物の現実の占有をしていないことは当事者間に争いがないが、それは、控訴人が前記仮処分に違反して本件建物に対する占有を阿部に移転したことによるものと認むべきであるから、控訴人は右占有移転をもつて被控訴人に対抗しているものとなすべきである。

控訴人は、控訴人しした右占有移転は前記賃借権譲渡契約の解除に基づいて従前の賃借人に対する原状回復としてなされたものであり、これによつて適法な占有状態に復帰させたものであるから、かかる占有移転は前記仮処分によつても阻止し得ない旨主張する。控訴人が昭和四一年七月一八日阿部に対し前記賃借権譲渡契約を解除したことは当事者間に争いがなく、右解除により控訴人は、阿部に対して、本件建物の占有を返還すべき義務を負うものであるにしても、右阿部のような者に対する占有移転も亦、前記仮処分によつて禁止されているところであつて、仮処分に違反する点においては、一般の第三者に対する占有移転と選ぶところがないものというべく、しかも、被控訴人が阿部に対し同年四月一四日到達書面で無断賃借権譲渡を理由として、本件建物の賃貸借契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争いがないから、これによつて被控訴人と阿部との間の賃貸借契約は解除されたものと認むべく、従つて控訴人のした前記占有移転がその主張のように適法な占有状態に復帰させたものということはできない。従つて控訴人の前記主張は採用しない。右解除の意思表示の効力について、控訴人は、本件のような営業使用目的による建物賃貸借にあつては、賃貸人は正当の理由なく賃借権譲渡に対する承諾を拒絶できないから、前記解除の意思表示は効力がない旨主張するが、一般論としても、また、<証拠>によつて認められるように賃借権譲渡について賃貸人の承諾を要する旨特に契約されている本件事実に則しても、控訴人の右主張は採用できない。

更に控訴人は被控訴人が控訴人を相手方とする本件訴訟で勝訴しても、既に控訴人は本件建物を現実に占有していないのであるから、何らの意味もない旨主張する。しかし前記のように不動産引渡請求訴訟を本案とする占有移転禁止の仮処分は、被告適格を恒定することを目的とするものであるから、仮処分債務者が仮処分に違反して目的物の占有を第三者に移転し、債務者自身は現実にその占有をしなくなつた場合でも、本案訴訟では債務者が依然目的物を占有しているものとして取扱うのである。従つて、右のような第三者はその占有取得を本案訴訟について主張することができず、すなわち、右占有移転は本案訴訟の口頭弁論終結前には無かつたものとして取扱われるのであるから、その結果、右第三者による占有承継は、本案訴訟の口頭弁論終結に生じたものとして取扱われ、本案訴訟における仮処分債権者の勝訴判決の執行力は右第三者すなわち本件における阿部のような者に対しても及ぶものと解するのが相当である。従つて本件の場合において仮処分債務者である控訴人が仮処分中の本件建物の占有を他に移転して現実にその占有をしていないからと云つて、仮処分債権者である被控訴人が本案訴訟である本件明渡請求訴訟において控訴人を相手取つて本件建物明渡請求をすることが無意味のものといえないこと明らかである。よつて控訴人の右主張も亦採用できない。

被控訴人が、その後、控訴人主張のとおり、本件建物を現実に占有する阿部を債務者として、東京地方裁判所昭和四一年(ヨ)第七九九八号をもつて明渡断行の仮処分決定を得、同年一〇月一二日これを執行し、同日以降被控訴人が本件建物を占有していることは当事者間に争いがないが、右のように仮の満足として被控訴人が明渡を得ていることは、本件訴訟における被控訴人の明渡請求の当否について影響のないこと勿論である。

よつて、被控訴人の控訴人に対する本件建物の明渡請求は正当と認むべきところ、控訴人は、前記阿部が被控訴人に支払つたことに争いのない保証金一〇〇万円について、阿部の代位権者としての控訴人においてこれが返還を受ける迄、本件明渡を拒否する旨抗弁する。しかし、右抗弁は、阿部と被控訴人間において本件建物の明渡と右保証金の返還とが同時履行の関係に立つことを前提とするものであるところ、建物賃貸借契約締結に当り賃借人より賃貸人に保証金として支払われる金員は、通常、賃借人の賃貸借契約上の債務の履行を担保するためのものと認められるから、その返還請求権は賃貸借が終了して賃借人に対する建物の明渡がなされた後に発生するものと解され、本件の場合についても、右通常の場合と異るものと認むべき特段の事情は存しないから、前記のような同時履行の関係は認められず、従つて、控訴人の右主張は採用できない。≪以下、省略≫(岸上康夫 小野沢竜雄 田中永司)

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