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東京高等裁判所 昭和41年(ネ)1760号 判決 1968年9月24日

控訴人 株式会社東京相互銀行

右訴訟代理人弁護士 向山隆

被控訴人 船津龍雄

右訴訟代理人弁護士 原秀雄

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し金三、五一九、七〇〇円及びそのうち金五〇〇、〇〇〇円については昭和三九年九月二三日から、金二八五、〇〇〇円については同月二六日から、金二三五、〇〇〇円については同月二八日から、金九五八、〇〇〇円については同年一〇月一七日から、金五二六、〇〇〇円については同月二一日から、金七〇〇、〇〇〇円については同月二七日から、残金三一五、七〇〇円については同年一一月二日から各完済まで百円につき一日金五銭の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の関係は次のとおり附加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここに、これを引用する。

(控訴代理人の陳述)

被控訴人が仮定抗弁として主張する信義則違反の事実は否認する。被控訴人は従前から訴外株式会社船津鋳工所(以下訴外会社と略称する)の取締役に就任し同会社の経理内容を熟知しているものであるから、到底控訴人に対して信義則違反を主張できる筋合ではない。すなわち被控訴人は実弟船津謙一郎が代表取締役として経営する訴外会社が昭和三四年五月控訴人銀行を主力銀行として手形貸付の方法により融資を受けるに当り、実弟謙一郎の事業を援助すべく、同会社が現在及び将来控訴人銀行に対して負担することあるべき債務につき連帯保証すると共に自らも訴外会社の取締役に就任したものである。訴外会社は被控訴人の期待にそって業績を挙げ、控訴人銀行との取引高も漸増してきたもので、鋳物工場を営む訴外会社の業種、規模並びに我国経済の成長度よりすれば、控訴人銀行との取引高が数百万円に達することは決して被控訴人の思い及ばないような多額のものではない。訴外会社との取引は昭和三四年五月から昭和三八年一二月までの間は同会社振出の約束手形を控訴人銀行に差入れて同額の金員を借受ける、いわゆる手形貸付を行ってきたが、昭和三七年度の取引残高は常時二、〇一八、〇〇〇円乃至四、四九八、〇〇〇円に達し、昭和三八年度は三、五一六、〇〇〇円乃至七、七二八、〇〇〇円に達しているに過ぎない。しかも被控訴人は訴外会社の取締役の一員として控訴人銀行の融資状況を熟知していただけでなく、訴外会社が手形貸付を受けるため差入れた約束手形数十通につき、すべて手形面上連帯保証をなし且つ公正証書作成のための委任状及び印鑑証明をも控訴人銀行に差入れていたものである。したがって被控訴人の信義則違反の主張はあたらない。

それで当審において請求を拡張し、原判決添付「手形目録」記載の各手形金額及びこれに対する各満期の翌日以降右完済まで約定利率日歩五銭の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被控訴代理人の陳述)

仮りに被控訴人が訴外会社のため連帯保証をしたとしても、右連帯保証契約は無期限、無限度の継続的保証契約であるから、相当期間の経過、事情の変更を無視し、被控訴人の意向を打診することもなく、控訴人銀行が訴外会社に巨額の融資をなしたことは信義則違反であり、被控訴人は右保証債務履行の責を負わない。

右の如き無期限、無限度の継続的金融取引における保証契約には次のような法理が適用される。すなわち(一)、保証人は一定の場合において保証契約の告知権を取得するし(二)、主たる債務が取引慣行と信義則に反して拡大したときは、その拡大した部分について保証債務は及ばない(三)、継続的金融取引から生ずる債務についてその限度額、期限を定めないで連帯保証した場合に債権者が主債務者の信用状態が悪化していることを知っているにもかかわらず、保証人の意向を打診することなく、主債務者に対して巨額の融資をしたときには保証人は右巨額の融資につき保証責任を免れる(四)、身許保証の場合には身元保証ニ関スル法律第五条により賠償責任の有無についても「一切ノ事情ヲ斟酌」して判定され、場合によっては保証人の責任を全免することもできるが、その他の継続的保証の場合にも同条の類推適用により同様の取扱をなしうると解される。

ところで本件保証契約は昭和三四年度において成立したというものであるが、当時の取引高は極めて小額のものであったのが三年を経過した昭和三七、八年頃から控訴人銀行の放恣な貸出により取引高が大幅に増大し、他面債務者である訴外会社の資産状態は急激に悪化し、翌三九年五月には倒産の破目に立ち到っているが、控訴人銀行はこの五年間被控訴人に対して保証契約の存続に関して打診することをしなかったばかりか昭和三八年一〇月以後は貸付を差控え、翌三九年三月まで専ら貸付金の回収のみを図ってその残高を零にしているのである。本件で請求されている債権はすべて昭和三九年に入ってから、しかも債務者倒産の一ケ月位前以降に振出された約束手形の割引による債権である。以上の如き事情はすべて前記(一)ないし(四)の要件に該当するから、被控訴人は控訴人銀行が専ら貸付金の回収を開始した昭和三八年一〇月以後の債務、少くとも倒産直前の本件債務については全面的にその保証責任を免れるものである。

(証拠)<省略>。

理由

一、まず、被控訴人が訴外会社のため、控訴人銀行に対し連帯保証をしたかどうかについて判断しなければならないが、便宜本件をめぐる事実関係から検討する。

(一)  <証拠>を総合すると次の事実が認められる。

訴外会社は被控訴人の実弟船津謙一郎が昭和二七年に設立した資本金五〇万円各種銑鉄鋳物の製造販売を目的とする株式会社であるが、昭和三五年八月からは被控訴人も同会社取締役の一員となっていること、右謙一郎は薪炭商、運送業を営む被控訴人と住所も近く、日頃三万円五万円と小額の金員を用立てゝ貰ったり昭和三七年には訴外青木信用金庫から金三〇〇万円の融資をうける際その保証をして貰っていること、ところで訴外会社と控訴人銀行との金融取引は昭和三四年五月一二日からはじまっているが、当初は控訴人銀行浦和支店においてなされ、その後昭和三九年一月赤羽支店の開設と共に同支店に移管されていること、その取引残高は昭和三四年が一〇万円(貸付額四三万円)、同三五年が八一万円(貸付額一〇〇万円余)、同三六年が二五一万円余(貸付額六〇〇万円余)、同三七年が三五七万円余(貸付額一〇一〇万円余)、同三八年は同年九月二八日で七七二万八〇〇〇円(貸付額一二〇〇万円余)に達していて、取引額の増加は年々著しいものがあるが、これは業績を勘案のうえなされたものであること、以上の取引は前記浦和支店扱のもので、この分は昭和三九年三月二六日までに残額零に回収されていること、右浦和支店においては訴外会社への融資枠を大体五〇〇万円としていたが、昭和三八年一〇月から控訴人銀行では赤羽支店開設の準備がすゝめられ、その間訴外会社の浦和支店との取引状況が調査され、昭和三九年一月赤羽支店開設と共に同支店の有力取引先の一つとして特に融資枠を定めたわけではないが、大体七、八百万円を限度に金融取引がなされるようになったこと、本件で請求されている金員は全額右赤羽支店扱の第三者振出の手形割引分で、総数一〇通に及ぶ約束手形であるが、その振出人は株式会社共益社(五枚)、金子鋳工所こと金子好興(三枚)、三協重機工業株式会社(二枚)で前二者は浦和支店との取引にも割引手形として控訴人銀行で受領していること、そしてその詳細は全部原判決添付「手形目録」記載のとおりであること、ところで控訴人銀行においては訴外会社と取引を開始するに当り、当初銀行所定の縦書の手形取引約定書用紙に被控訴人の連帯保証の記載のあるものを前記船津謙一郎から受領し、その後約定書の形式が横書に変更されたので昭和三七年六月一八日再び被控訴人の連帯保証の記載ある横書の約定書(甲第一号証)を徴し、従前の約定書を返還しているが右横書の約定書に押されている被控訴人の印影は同人の実印によるものであること(この点は当事者間に争がない)それによると控訴人銀行が訴外会社より取得した約束手形、為替手形が支払拒絶となった場合控訴人銀行の都合により拒絶証書の作成、償還請求の通知、その他権利保全に関する法規上の手続を省略されても異議なきこと及びこれらの手形については控訴人銀行の請求次第手形金額と満期以後の延滞利息を支払うし、その割合は日歩五銭とする旨の記載があること、そして前記浦和支店の手形貸付においては手形面上被控訴人と前記謙一郎連名の連帯保証のある訴外会社振出の約束手形も何十通となく差入れられているだけでなく、同様連名の債務弁済契約公正証書作成の委任状、被控訴人の印鑑証明等も差入れられ、それらについては被控訴人の印影がその実印によるものであること(この点は被控訴人も認めている)、その後昭和三九年五月二六日頃控訴人銀行では取引先から訴外会社の経営状態が危ないと聞いたが、被控訴人の連帯保証と割引手形が信用されるから大丈夫と思っているうちに、同月中に不渡を出して訴外会社は倒産したこと、同年七月中に被控訴人は甥の石川明と共に控訴人銀行赤羽支店をたずね、大口債権ということで本店へ廻されたが、いずれの場合にも訴外会社の債務について支払方法を協議しており、特に本店では管理課係長の野崎一との間に、自己の負債、資産状況等を詳細に説明し、月額三万円の分割払を希望したが容れられなかっこと、被控訴人はもともと事務的なことがらが苦手で、さきの青木信用金庫の融資もその手続一切前記船津謙一郎が当っているし、控訴人銀行との取引についても被控訴人関係はすべて右謙一郎の同居の妻リンより被控訴人の実印を借り受けて処理してきたことが認められる。原審および当審証人船津謙一郎、原審証人船津リンの各証言並びに原審および当審における被控訴人の供述中以上の認定に反する部分は軽々に信用できない。他に以上の認定を左右する証拠はない。

(二)  そこで被控訴人が訴外会社と控訴人銀行との継続的金融取引に当り、訴外会社のため連帯保証を承諾していたかどうかにつき考えてみるに、前段認定の事実を総合すれば、その承諾があったものと認定するのが相当である。すなわち被控訴人と船津謙一郎は兄弟で住所も近く交際もひんばんであるうえ被控訴人の弟謙一郎に対する金融面の援助は本件以外にも認められるし、訴外会社は弟謙一郎がその代表取締役というだけでなく、被控訴人もその取締役の一員であることや控訴人銀行と訴外会社の取引は五年もの長期に及びその間何十回となく被控訴人の実印が同居の妻を介し実弟謙一郎によって使用されている事実を考えると夫であり、兄である被控訴人がそれを全く知らないというのも経験則にてらしあり得ないことであるうえ特に訴外会社倒産後の被控訴人と控訴人銀行との前記認定のような交渉の内容を考慮すれば、被控訴人は訴外会社と控訴人銀行との金融取引にあたり連帯保証を承諾していたものと認めざるを得ないからである。

したがって控訴人銀行の本訴請求は、当審における請求拡張部分を含め、すべて正当として主文第二項のとおり認容すべきこととなる。

二、つぎに被控訴人の主張する信義則違反の仮定抗弁につき検討する。

本件における被控訴人の連帯保証契約が責任限度額並びに期間の定めのない、いわゆる継続的保証契約であることは、さきに認定したところから明らかであり当裁判所も一般的にいわゆる継続的保証契約に被控訴人主張の(一)ないし(四)の如き法理の適用されることを一機に否定するものではない。しかしながら、本件においては、さきに認定した各事実に照らしただちに右(一)ないし(四)の法理が妥当するものとは考えられない。(一)まず、被控訴人は本件継続的保証契約について、解約告知をしていないから、このことを理由として保証責任を免れるとすることはできない。(二)つぎに本件で控訴人銀行が請求している金員は赤羽支店扱の廻り手形割引分で、それは昭和三九年四月、五月に振出され、同年九月から一一月にかけて満期の到来する約束手形一〇通であるが、これを控訴人銀行と訴外会社の金融取引の状況と比較してみると、取引慣行と信義則に照らし全く予期できないほどの巨額の融資とはいえない。なぜなら昭和三四年の金融当初から昭和三八年九月末に及ぶ訴外会社と控訴人銀行浦和支店との取引は昭和三六年一躍六倍に激増し同三七年、同三八年と逐年大巾に増加しているけれども、これは業績を勘案のうえなされ、回収額もそれに伴い増加しているし、七〇〇万円を越えるこの分の貸付残は昭和三九年三月までに回収されているのであるから、訴外会社にその程度の取引能力があるとみるのは客観的にも妥当であるし、現実に新設の赤羽支店では従来の取引状況を調査のうえ有力取引先の一つとして取引をはじめているのであるから、その後昭和三九年四、五月頃までに本件で請求されている三五〇万円余の金融取引がされたからといって従前の取引高にくらべて未だ特異の事例ということはできない。しかもその融資は控訴人銀行において信用できると考えられた第三者振出の約束手形の割引であることを考えればなおさらのことといわねばならない。(三)さらに銀行において訴外会社の経営悪化を現実に知ったのは同会社倒産の頃のことであり、本件で請求されている融資は既にそれ以前になされているものであるから、銀行が訴外会社の経営悪化を知りながら新たに巨額の融資をしたものと非難するわけにもいかない。さらに、控訴人銀行が被控訴人に対し保証債務の存続についてその意向を打診しなかったことは間違いないものとしても被控訴人は訴外会社の取締役の一員であって当然その経理状態に精通するものというべく、仮りにその経理状況を熟知していなかったとしても、取締役として熟知できる立場にあったのであるから、熟知しなかったことを理由としてその責を免れることは許されないし、しかも訴外会社の代表者は被控訴人の実弟に当り、交際もひんばんにあったことを考えると保証につき意向を打診しなかったからといって控訴人銀行の保証人に対する権利に消長を来たすものでもない。(四)その他以上認定のような一切の事情を斟酌しても、未だ保証人である被控訴人の保証責任を免れしめるに足りない。したがって被控訴人主張の信義則違反の抗弁は採用できない。

三、よって右と異る原判決は相当でないからこれを取消す。<以下省略>。

(裁判長裁判官 鈴木信次郎 裁判官 岡田辰雄 麻上正信)

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