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東京高等裁判所 昭和41年(う)71号 判決 1966年5月27日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金五万円に処する。

被告人において右罰金を完納できないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

一、弁護人岡田実五郎の控訴趣意第一点について。

論旨は、被告人の教唆により嶋田四郎が救護報告等の義務を尽くさず逃げ去る前に既に池野昭二等によつて右義務は履行済であつたのであるから、被告人が嶋田四郎に対し仮りに「誰も見ていないから逃げろ」と云つたため同人が逃げたとしても、道路交通法第七二条第一項前段および同項後段違反教唆の罪の成立する余地がなく、原判決は刑罰法規の解釈を誤り審理を尽くさず事実を誤認した違法があるというのである。

よつて検討するのに、法は不能を強いるものではないこと所論指摘のとおりである。したがつて、車両による交通事故があつたときに、当該車両の運転者等が右事故を認識して負傷者を救護する等の必要な措置を講じようとしても、既に第三者等がすべて必要な措置を講じ終つていて右車両の運転者等が必要な措置を講ずる余地のないような場合にまでも道路交通法第七二条第一項前段所定の義務違反の責を問うことはできないけれども、既に第三者が必要な措置を講じ始めていたとしても、まだその余地が残つている限り、運転者はその義務を尽すべきことはいうまでもないところである。本件において、池野昭二の司法警察員に対する供述調書によると、同人が自宅に帰つてワイシヤツを脱ぎズボンを脱ぎかかつている時にどすんという物音を聞いて窓をあけ家の前の国道を見ると北方七、八〇米のところに洋傘の放り出されているのが見えたので交通事故だと思い家を出てすぐに現場へ行つてみると女の人が二人倒れていたのですぐ警察に電話をして貰い、かけつけた近所の人達と附近を探してもう一人倒れている人を発見などしているうちに警察の人が来たというのである。一方、被告人は右嶋田の運転している普通乗用自動車に同乗していて何かドンというような音のしたのを身に感じ更に進行して竹沢よし江方附近に(衝突地点より約一八〇米位のところと認められる)停車し、一五米程戻つて道路を見ると更にその先の方に人の倒れているのが見えたので、これは大変なことをしたと思い突嗟に誰も居ないし夜で暗いので逃げて了へば分らないですむと考え、事故後の処置に窮して路上にすくんでいた嶋田に対し「この儘行つてしまえ」等の申し向け、因つて嶋田をしてその場から逃走するに至らせたものと認められるのである。被告人が嶋田に対しこの儘行つてしまえと申し向け逃走させたという事実より逆に考えると、被告人が右のように教唆して嶋田を逃走させた時期は、池野昭二等が現場へ到着して救護を始める以前であつたのではないかとの疑が極めて強いけれども、前記の情況より考えて、時間的にみて、少くとも、池野昭二等によつて負傷者の救護等必要な措置がすべて尽くされ終る以前であつたことは間違ないと思われるのである。なお、所論は、被告人が自動車から下車して事故現場へ引き返し約六〇米離れた地点から人の倒れているのを見たというのは是認できないというけれども、当時は夜間ではあつたが道路が雨に濡れていて街灯の遠灯に路面が光つていたので路上に倒れている人を発見するのが不可能の状況にあつたとも思われないのである。してみると、被告人は道路交通法第七二条第一項前段所定の義務違反の教唆犯としての責を免れないのである。

次に、道路交通法七二条第一項後段違反教唆の点について考えてみることとする。道路交通法第七二条第一項後段は交通事故があつたときは当該車両の連転者等に直ちに警察官に交通事故に関する報告をすべき旨を命じているのである。本件のような事故の状況下において、他の者が警察官に交通事故に関し同項後段所定事項を通告したからといつてそれだけで直ぐに運転者等が右責務を免れるものと解することはできない。実質的にみても、法は交通事故を起した運転者等にそれだけの報告義務を尽すようあくまでも命じていると解すべきであるし、法文の文理上も所論のように解する余地はなく、所論は独自の見解であつて採用することができないのである。<後略>(新関勝芳 伊藤正七郎 深谷真也)

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