大判例

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東京高等裁判所 昭和40年(う)531号 判決 1965年6月25日

控訴人 原審検察官

被告人 佐藤博

弁護人 石川正一

検察官 金沢清

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

原審における未決勾留日数のうち六〇日を右の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官が差し出した控訴趣意書に記載されたとおりで、これに対し次のように判断する。

控訴趣意第一について。

論旨は、原判決が被告人の原判示所為を刑法第二〇四条の傷害罪にあたるとし、暴力行為等処罰に関する法律第一条の三の常習傷害罪の成立を認めなかつたのは、法令の適用を誤つたものだというのである。

そこで一件記録と当審で事実の取調をした結果とをあわせて検討してみると、被告人は

(一)  昭和二八年一二月二一日に滝川簡易裁判所で傷害罪により罰金二、〇〇〇円に、

(二)  昭和三〇年七月二五日に同裁判所で傷害罪により罰金四、〇〇〇円に、

(三)  昭和三二年三月一三日に同裁判所で傷害罪により罰金三、〇〇〇円に、

(四)  同年五月一四日に同裁判所で傷害罪により罰金七、〇〇〇円に、

(五)  同年七月一九日に同裁判所で暴行・傷害罪により罰金一万円に、

(六)  昭和三三年二月一二日に同裁判所で傷害罪により罰金五、〇〇〇円に、

(七)  昭和三四年二月一七日に札幌地方裁判所滝川支部で暴行・傷害・器物損壤・威力業務妨害罪により懲役一〇月に、

(八)  昭和三五年七月二〇日に札幌地方裁判所室蘭支部で傷害罪により懲役六月に、

(九)  昭和三六年一一月八日に札幌地方裁判所滝川支部で住居侵入・暴行・脅迫罪により懲役四月に、

(一〇)  昭和三七年九月一九日に東京地方裁判所で傷害罪により懲役一〇月に

処せられたことのある者で、これらの暴行・傷害はいずれも酒に酔つての犯行だというのであるから、これによつてみると、被告人には酒に酔うと他人に暴行し傷害を加える習癖があると認めざるをえない。そして、原判示傷害の犯行も、酒に酔つたうえでさしたる理由もないのに他人に暴行を加え傷害を負わせているのであるから、前刑の執行終了後一年四箇月余を経た時のことであるとはいえ、右の習癖がまだうせずにいてこの機会に発現したものとみなければならない。そして、常習犯人とは、一定の犯罪を反覆して行なう習癖のある者をいうのであつて、その習癖が一定の状態または刺激をまつてはじめて発現するような場合でも、常習犯人というのを妨げないのである。それゆえ、被告人の暴行の習癖が前記のように酒に酔つたときだけ現われるということも、その常習性を否定する理由になるものではない。ただ、法が常習犯に重い刑をもつて臨んでいる趣旨は、もとよりその犯罪反覆の危険性にあるのであるから、被告人の場合は、もし酒に酔うという状態の発生するおそれがなければ犯罪反覆の危険性もないわけである。原判決が被告人が約一年四箇月余の間飲酒を慎んでいたことに着目して常習性を否定したのもこの趣旨であろうと思われるが、酒を飲むかどうかは本人の意思いかんにかかることだとはいえ、他人に勧められるとかその他のことからついまた飲酒するということもありうるのであつて、現に被告人は本件の場合知人の家の祝いごとの席上で飲酒してしまつたのである。そのことからみても被告人が将来絶対に酒を飲むようなことはないとはまだいい切れないのであつて、もし酒を飲めば暴行の習癖が発現する危険は多分にあるといわざるをえないのであるから、やはり被告人の原判示傷害の行為は常習としてなされたものというのが相当である。それゆえ、その常習性を認めなかつた原判決はむしろ事実を誤認したものというべきで、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は結局その趣旨において理由がある。

したがつて、その他の控訴趣意につき判断をするまでもなく刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条によつて原判決を破棄することとし、同法第四〇〇条但書を適用して被告事件につきさらに判決をすることとする。

(罪となるべき事実)

原判示罪となるべき事実末尾の「負わせたものである。」とあるのを、「負わせたものであつて、この行為は常習としてなされたものである。」と改めるほか、原判決の記載と同一であるから、これを引用する。

(証拠の標目)

次の証拠を加えるほか原判決の摘示したものと同一であるから、これを引用する。

一  前科照会書と題する書面(記録四九丁)

(累犯加重の原因となる前科)

原判決の記載と同一であるから、これを引用する。

(法令の適用)

被告人の判示所為は暴力行為等処罰に関する法律第一条の三前段(刑法第二〇四条)に該当するが、前記の前科があるので刑法第五六条第一項、第五九条、第五七条によつて累犯の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、未決勾留日数の算入につき同法第二一条、原審および当審における訴訟費用の負担に関し刑事訴訟法第一八一条第一項但書をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 新関勝芳 判事 中野次雄 判事 伊東正七郎)

検察官布施健の控訴趣意書

第一、常習性に関する法令の解釈適用の誤りについて

原審は、本件につき、常習傷害罪の成立を認めなかつた理由として「被告人には、傷害罪その他の暴力事犯の多数の前科があり、被告人の公判廷における供述等によればそれらはいずれも多量の飲酒をしたうえでの犯行であると認められるのであるから、被告人には多量の飲酒をすれば乱暴をする習癖が潛在していることは否定できないが、一方被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述、被告人の公判廷における供述、証人桑原善作の証言並びに警察庁鑑識課長作成の回答書によれば、被告人が昭和三八年六月末出所以来自己の潛在的習癖を自覚して飲酒を慎しむ等し、実際にも本件犯行までは問題を起したことのなかつたことを認めることができるのであつて、以上を総合すれば、被告人の本件犯行を常習としてなされたものということは相当ではない」旨を判決理由中において説示している。

しかしながら、暴力行為等処罰に関する法律第一条の三所定の常習なる概念は、暴力行為を反覆累行する習癖を有する犯人の身分、属性を指称するものに外ならないのであり、かかる犯人の反覆して暴力行為をなす習癖は、傷害、暴行、脅迫等の暴力事犯の前科、犯歴、暴力事犯を反覆した度数、更には暴力事犯の手段、方法等を総合し、実態に即して判断すべきものと思料する。

しかして、本件記録を精査検討すれば、被告人には暴力事犯の多数の前科が存在するが、前科にかかる犯行の内容は、いずれも被告人が飲酒のうえ暴力事犯であるのみならず、それは、道路上などで通行人等に対し特段の事情もなくして一方的に暴力をふるつているものであつて、証拠によつて認められる本件犯行の動機、手段、方法との間に著しい類似性を有することが認められ、しかも被告人が、最終刑の執行終了後僅か一年五ケ月を経ずして本件犯行に及んだ事実をも併せ考慮するならば、本件犯行当時被告人には暴力行為を反覆累行する習癖が潛在していたものと認めるに十分である。

すなわち、

一、被告人には、いわゆる暴力事犯の多数の前科が存在する。

被告人は、昭和二八年一二月二一日滝川簡易裁判所において傷害罪により罰金二千円に処せられて以来、本件犯行により逮捕されるまでの間、傷害、暴行、脅追等罪質を同じくするいわゆる暴力事犯により、実に罰金刑に六回、懲役刑に四回それぞれ処せられているものであり(記録第四九丁ないし五二丁)、しかも本件犯行は、被告人が、昭和三八年六月末、最終刑の執行を終えて府中刑務所を出所後僅か一年五ケ月を経ずして敢行された事案なのである。

かかる暴力事犯の前科の罪質、犯数更には前科にかかる犯行の日時と本件犯行との時間的牽連関係等を総合判断すれば、被告人には容易に矯正し得ない暴力的習癖が根強く潛在し、本件が、その習癖に基づくものであることが明らかである。その間、被告人が、昭和三八年六月末出所以来自己の潛在的習癖を自覚して飲酒を慎しむなどし、本件犯行までの間、問題を起したことがなかつたことはみとめられても未だ被告人の暴力的習癖が矯正されたと認むべき特段の事由のない本件においては、被告人の所為は当然暴力的習癖の発現に基づく犯行であると認めるのが相当であると思料する(改正前の暴力行為等処罰に関する法律第一条第二項所定の常習性の認定について、前に二回にわたり傷害罪で処罰された事実を資料として、その後一年余を経過して行なわれた暴行、脅迫の行為を常習として犯されたものと認定した事例として昭和三一年一〇月三〇日最高裁第三小法廷決定、最高裁刑集十巻十号一四九三頁参照)。

二、本件は、被告人が飲酒のうえ、格別の理由もないのに突如暴力をふるうに至つた理由なき傷害事犯であり、被告人の前記前科にかかる犯行の動機、手段、方法との間に著しい類似性が認められる。

本件は、被告人が犯行当日知人柏原勇方の七・五・三の祝いに招かれ、清酒約五合を飲酒して帰途についたところ、本件犯行現場の路上において偶々被害者石崎勇が三人連れの男と口論しているのを目撃し、なんらの理由もないのに突然石崎勇の胸部に右肩を打ちつけ、同人に対し「お前大きい顔をしているじやないか」「この野郎大きな口をきくな」等と因縁をつけた挙句右手で同人の胸倉を掴んで手拳で同人の顔面を二、三回殴打し、更に転倒した同人の頭部、額部を靴で踏みつけてひねる等一方的な暴行を加え、同人に対し加療に二週間を要する顔面打撲擦過傷及び右胸部挫傷の傷害を負わせるに至つた事案である(記録第二七丁ないし三二丁、三四丁、四五丁、四六丁)。

被告人は、他人の口論を目撃して格別の事情も理由もないのに因縁をふつかけ、又被害者から挑発されたこともなければ抵抗されたこともないのに、全く一方的に理由なき暴力をふるつたことが明らかである。

しかも、被告人の前記前科にかかる犯行の内容は、いずれも被告人が飲酒のうえ通行人等に特段の事情もないのに一方的に因縁をつけ、暴力をふるつた理由なき暴力事犯であり(控訴審において立証する予定の被告人に対する前科刑の判決謄本並びに略式命令謄本)、本件犯行との間にその手段、方法において著しい類似性を有することが認められる。

斯様に、被告人の一連の暴力事犯には、暴力行為を反覆累行する潛在的な習癖が顕著に顕現しており、なんらかの衝動或いは刺戟を契機として暴力行為を反覆する被告人の習癖が特徴的に看取されるのである。

原審は、被告人が前刑の執行を終えて出所後、自己の習癖を自覚して飲酒を慎しむ等し、又本件犯行に至るまで一年余の期間暴力事犯によつて検挙されたことがなかつたことの故をもつて被告人の潛在的な暴力的習癖がすでに矯正されたかの如く判断しているのである。しかしながら、被告人は、このように自覚的努力を為し来つたにもかかわらず、偶々、飲酒すれば直ちに従前と同様な暴力的犯行に及んだというのであるから、むしろ、この事実は、被告人の努力も未だ充分な成果をみることができず被告人の暴力的習癖がなお根強く潛在していることを示しているに外ならないにもかかわらず、原判決が過去における被告人の自覚的努力の事実をあげて、現在すでに暴力的習癖がなくなつているものとみとめているのは明らかに飛躍した論理である。この点の判断を誤りかつ本件犯行がなんらの理由なき一方的な暴力事犯であること及び被告人の前科にかかる犯行の内容と本件犯行との相互間に存する手段、方法の著しい類似性を看過した原判決の見解は明らかに失当のものといわねばならない。

以上の如く、被告人の本件所為は常習として犯されたものと認めるに十分であるにもかかわらず、いわゆる常習傷害罪の公訴事実を単純傷害罪と認定した原判決は、明らかに常習性に関する法令の解釈適用を誤つたものである。

(その余の控訴趣意は省略する。)

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