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東京高等裁判所 昭和40年(う)2396号 判決 1968年9月09日

主文

原判決中、被告人松浦政雄、同飯島徳太郎に関する部分を破棄する。

被告人松浦政雄を罰金二〇万円、同飯島徳太郎を罰金一〇万円に処する。

右被告人らにおいて罰金を完納することができないときは、それぞれ、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、同被告人らを労役場に留置する。

原審における訴訟費用中、昭和三八年六月一九日出頭の証人藤村博明および同田中和夫に各支給した分ならびに証人中間義美に支給した分は被告人松浦、同飯島ならびに相被告人青木、同山屋の連帯負担、証人野沢孝三、同福島光および同内山文一ならびに昭和三九年一二月一日出頭の証人渡辺秀に各支給した分は被告人松浦、同飯島ならびに相被告人青木の連帯負担、昭和三九年一〇月二〇日出頭の証人藤村博明および同田中和夫に各支給した分は被告人松浦、同飯島の連帯負担、当審における訴訟費用中、証人米倉順道に支給した分は被告人松浦ならびに相被告人青木の連帯負担、証人佐藤能中、同中村茂芳に各支給した分は被告人松浦の負担とする。

被告人青木晟、同山屋八万雄の本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用中、証人早川明石、同田中正治に各支給した分は被告人青木、同山屋の連帯負担、証人小原賢次に支給した分は被告人山屋の負担、証人米倉順道に支給した分は被告人青木ならびに相被告人松浦の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人青木について弁護人福原忠男作成名義の控訴趣意書、被告人山屋について弁護人池田克、同平松勇、同福原忠男、同西村真人共同作成名義の控訴趣意書(以下、弁護人池田克ほか三名の控訴趣意という。)同山口鉄四郎作成名義および同河本喜与之作成名義の各控訴趣意書、被告人松浦につき弁護人小野清一郎、同木宮高彦、同小林十四雄、同並木俊守、同馬場秀郎共同作成名義の控訴趣意書(以下、弁護人小野清一郎ほか四名の控訴趣意という。)、被告人飯島につき弁護人樋口俊美作成名義の控訴趣意書にそれぞれ記載してあるとおりであり、これに対する検察官の答弁は、検事中根寿雄名義の答弁書に記載してあるとおりであるから、いずれも、ここに引用し、これに対してつぎのように判断する。

被告人山屋の弁護人池田克ほか三名の控訴趣意第一点について。

所論は、相被告人青木の原判示第一の行為は不可罰的事後行為であり、被告人山屋はこれに加功したに過ぎないから罪とならないのに、両名を背任罪の共同正犯に問擬したのは法律の解釈を誤つたものである。すなわち、原判示第一にいわゆる「紐付融資」は全信連(全国信用協同組合連合会をいう。以下同じ。)から青和(青和信用組合をいう。以下、同じ。)に対する融資が必らずそのまま青和から興農(興国農機株式会社をいう。以下、同じ。)に融資されるべきことを条件とするものであるから、相被告人青木が青和の組合長として全信連から融資を受けるつど、その資金は窮状にあえいでいる興農に貸しつけられることは必至である。したがつて、青和に対しては、その各時点において原判示のいわゆる貸付金の回収不能の危険を生ぜしめたとみるべきであり、そのつど背任罪は既遂となるのであるから、青和から興農に対する本件融資は、いわゆる不可罰的事後行為であつて罪とならないと主張する。

しかし、青和が原判示第一のごとく興農に対して貸しつけた資金が全信連からの融資によるものであり、それが所論のごときいわゆる紐付融資であつたとしても、ここにいわゆる紐付融資とは、記録によれば、単に貸付先が条件づけられていたに過ぎず、青和がさらにそれを興農に貸しつけるにさいしては、自己の責任と計算において貸し付けたものであつて、しかも原判示のごとく相応の担保を徴する等、回収の安全を図るべき余地は十分に存していたことが明らかであるから、青和から興農に対する貸付につき犯罪が成立するものというべく、したがつて、青和の組合長たる相被告人青木が全信連からかかる融資を受けたこと自体をもつて所論のごとく背任罪が成立するものと解することはできない。さすれば、所論は前提を欠くものというべく、論旨は理由がない。

被告人山屋の弁護人池田克ほか三名の控訴趣意第二点について。

所論は、被告人山屋の原判示第一の所為につき、背任罪はいわゆる身分によつて構成すべき犯罪であるところ、被告人山屋は青和の役員でもなく、また職員でもないから、同被告人は本件背任罪の主体たりえない。刑法第六五条第一項は共同正犯には適用さるべきではないから、被告人山屋につき刑法第二四七条、第六〇条、第六五条第一項を適用して処断した原判決は法律の解釈を誤つたものであると主張する。

よつて按ずるに、背任罪が身分によつて構成すべき犯罪なること、および、被告人山屋には本件青和にかかる背任行為につき刑法第二四七条所定の身分なきことはいずれも所論のとおりであるが、相被告人青木にかかる身分の存することは原判示のとおりであり、同被告人の原判示背任行為に、原判示のごとく共謀のうえ加功した被告人山屋は刑法第六五条第一項によつて共犯としての責任を免れない。しかして、刑法第六五条第一項にいわゆる共犯とは、同法第六〇条所定の共同正犯をも含むものと解すべきことは所論も指摘する昭和九年一一月二〇日大審院判決(刑集第一三巻一五一四頁)のほか、最高裁判所の幾多の裁判例(昭和三四年五月八日第二小法廷判決((刑集第一三巻六五七頁))、昭和四〇年三月三〇日第三小法廷決定((刑集第一九巻一二五頁))等参照)の趣旨に照らして明らかである。所論に徴してさらに検討するも、同法条を所論のごとく解する見解には賛同しがたく、原判決に所論のごとき法令の解釈、適用の誤りがあるとはいえない。論旨は理由がない。

被告人山屋の弁護人池田克ほか三名の控訴趣意第三点および第四点、同被告人の弁護人山口鉄四郎の控訴趣意第一、同被告人の弁護人河本喜与之の控訴趣意第一並びに被告人青木の弁護人福原忠男の控訴趣意第一点について。

各所論は、原判示第一の事実について縷々説をなすも、要するに、原判決は、背任罪に関する法令の解釈を誤り、ひいて事実を誤認したものであるから破棄を免れないと主張するにあるが、原判決挙示の関係各証拠によれば、原判示第一の事実を肯認するに十分であつて、右事実によれば、被告人山屋および青木につき背任罪の成立することは疑いない。以下、これを敷衍する。

一、被告人青木に任務違背がない旨の主張のうち

1  貸付限度について

各所論は、信用組合たる青和には貸付について法令上の制限がないとか、あるいは、原判示にいわゆる業務方法書は行政規範たる性格を持つに過ぎず、これに違反したからといつて刑法背任罪にいわゆる任務に背いたこととはならないと主張する。

しかし、いわゆる業務方法書なるものは、各所論にいうがごとく中小企業等協同組合法第二七条の二第二項によつて、信用協同組合等が、その設立にあたつて監督官庁に提出を求められているに止まらず、協同組合による金融事業に関する法律第六条第一項によつて信用協同組合等に準用される貯蓄銀行法第一六条により、これを変更するには主務大臣(協同組合による金融事業に関する法律第六条第二項により、行政庁と読み替える。)の認可を受けるを要し、また、右行政庁は必要と認めるときはこれを制限し、または変更せしめることができるなど、定款とともに、厳重な法的規制を受けているものと解すべく、本件青和の業務方法書にも、原判示のごとき貸付限度、担保の徴求につき定められていることは証拠上明白であるから、これをもつて法令上の根拠がないとか、あるいは、単なる行政規範と解するは当らない。各所論はまた、信用組合の相互扶助性等、その特質を強調し、右業務方法書に拘束される必要のない旨主張するが、信用組合の組合員は、本件青和の定款からも窺われるがごとく、小企業等零細企業家であり、これが預金の運営、管理は直接預金者に重大な利益を及ぼすのであるから、厳重な規制を要すべきは当然であり、相互扶助に名を藉りて一部組合員を利するがごときは到底許されないところである。その他、この点に関する所論はいずれも独自の見解に過ぎず、原判示のごとく業務方法書に違背して貸付をなすことが、刑法第二四七条所定の背任罪にいわゆる任務に背く行為にあたることは明らかであり、たとえ、所論のごとく、業務方法書所定の貸付基準が一般に遵守されず、あるいは、右貸付基準そのものが現下の経済状況に合致しないからといつて右結論を異にするものではない。

2  担保について

各所論は、被告人青木は、本件貸付につき、興農から担保を徴し、あるいは、自ら、個人保証および物的担保を提供しているから、担保を徴しなかつた旨の原認定は誤りであると主張する。

しかし、記録によるも、各所論が指摘する興農の受取手形なるものは、その額面および不渡率に徴し、到底、本件貸付の回収を担保しうるものとは認めがたく、他に、興農から青和の業務方法書にいわゆる保証または担保というに足るものを徴した事実を認めがたいことは、原判示のとおりである。また、各所論が指摘する被告人青木の個人的な資力、同被告人の個人保証並びに物的担保の提供については、各所論援用の証拠によつてこれを認めるに足るが、しかし、これらの保証または担保の提供は、いずれも、全信連から青和への融資関係について、青和のために全信連に対して差し入れられたものであり、青和から興農への融資たる本件貸付につき、興農のために青和に対して差し入れられたものでないことは右証拠によつても明らかである。この点につき、各所論は、本件貸付が青和から興農への貸付であるといつても、その資金は全信連からの別枠による融資によるもので青和本来の資金とはかかわりなく、したがつて、かりに本件貸付の回収が不能になつたとしても、青和から全信連に対して返済すべき債務は、右青木の個人保証並びに物的担保により、十分担保されるのであるから、青和としてはなんらの損害を蒙ることにはならないとの前提に立脚するもののごとくである。しかし、青和の本件貸付が全信連から融資を受けたいわゆる紐付融資によるものであるとしても(なお、各所論の他の論旨においては、本件貸付が紐付融資によるものではないと主張するものも存するが、それが紐付融資であることは被告人らも自認するところであり、その他記録上疑いがない。)、すでに池田弁護人らの論旨第一点について言及したとおり、全信連と青和との間および青和と興農との間は、法律上、別個の関係にあるものといわざるをえない。したがつて、被告人青木が青和の全信連に対する関係において、青和のため、すなわち、青和に迷惑を及ぼさぬよう所論のごとく当初から配慮し、個人保証あるいは物的担保を提供したとしても、かかる保証ないし担保物は、なんら興農の青和に対する債務を担保するものでないことが明らかである。しかして、背任罪にいわゆる損害とは、後記のとおり、実害発生の危険をもつて足るものと解すべく、さすれば、被告人青木らが原判示のごとく青和の貸付制限を無視し、かつ、相当な担保も徴せずして貸付をなすがごときは、該貸付のつど、青和に対して回収不能の危険をもたらし、背任罪は直ちに既遂に達したものと認められ、被告人青木の所論個人保証のごときは、畢竟、犯罪成立後における青和に対する被害の弁償の担保というにほかならないところ、背任行為の当時において、犯人にその損害を弁償する資力があつたとしても、背任罪の成立に消長をきたすものでないことは大正八年一月二五日大審院判決(刑録第二五輯四九頁参照)の趣旨に徴して明らかであるから、各所論はその前提を欠き、論旨は理由がなく、原判決には所論のごとき誤認は存しない。

なお、池田弁護人らの所論は、興農が青和に対し久留米市本町字四丁目一〇四番地所在の宅地五一坪八合六勺を担保に供した点も指摘するが、当庁押第八七九号の五二および五三によれば、右宅地につき、青和との間に根抵当権設定契約をなしたのは昭和三六年三月一八日のことであり、原判示第一の別表1ないし34の犯行後であることが明らかであるのみならず、記録によれば、右土地の当時の時価は約三〇〇万円というに過ぎず、到底、従前およびその後の貸付を相担するに足るものとは認めがたい。

二、本件貸付は興農の利益を図つたものではない旨の主張について。

各所論は、被告人青木らが原判示のごとき貸付をなしたとしても、金銭の貸付を受けた者が利益を得るのは当然のことであるとか、あるいは、信用組合がその組合員の窮状を救うために組合員の利益を図るのは信用組合本来の任務である等、要するに、同被告人らの本件貸付の目的は背任罪にいわゆる第三者の利益を図る目的には該らないと主張するにあるが、本件貸付がいわゆる業務方法書に則る正当な貸付であるならば格別、本件のごとく貸付制限を無視し、かつ相当な担保を徴せずしてなす貸付が第三者、すなわち興農を不法に利するものであることは疑いなく、かかる不法な利益を図ることは、いかに相互扶助等信用組合の特性を考慮するといえども、背任罪にいわゆる第三者の利益を図る目的に該ることは疑いなく、貸付に伴う当然の結果であるとする所論も失当といわざるをえない。

三、青和に損害がないとする主張について。

各所論は、被告人青木らの本件貸付により、青和に財産上の損害を加えた事実はなく、もし、それ、原判決が背任罪における損害を実害発生の危険で足りるものと解したとすれば法令の解釈を誤るものであると主張する。

しかし、背任罪における損害の発生は、少なくとも本件のごとき不良貸付の場合においては、回収不能のごとき実害をもたらす危険の発生をもつて足るものと解すべきことは、所論も指摘する大審院判例(昭和一三年一〇月二五日判決、刑集第二七巻七三五頁参照)の判示するとおりであり、各所論に徴して検討するも、右判例が所論のごとく不合理なものとも解しがたい(なお、昭和三七年二月一三日最高裁判決・刑集第一六巻第二号六八頁、同三八年三月二八日最高裁決定・刑集第一七巻第二号一六六頁参照)。しかして、原判示のごとき本件貸付は、貸付のつど、ただちに回収不能の危険を発生せしめたものと認むべきことは前記のとおりであるから、これが背任罪にいわゆる財産上の損害を加えたるものに該ることは勿論である。各所論の指摘するがごとき被告人青木の個人保証等によつて、後日、青和が実害の発生をみなかつた、あるいは、それが回復されたとしても、かかる事実は、前記のごとく、すでに成立した背任罪による実害の弁償というに過ぎず、本件背任罪の成立に影響を及ぼすものではない。

なお、池田弁護人らは、原判決は、青和に対し昭和三四年九月九日ころから同三六年一一月二五日ころまでの間に合計七億四一〇万円について回収不能の危険を生ぜしめたと認定しているが、興農が不渡手形を出したのは本件捜査開始後である昭和三六年一二月二五日であり、また、その当時における興農の青和に対する負債の合計は約三億九、〇〇〇万円に過ぎなかつたことに徴して事実の誤認であると主張する。しかし、本件背任罪は、原判示貸付のつど、原判示貸付額相当の実害発生の危険を生じて既遂となることは前記のとおりであり、原判決は、かかる損害(実害発生の危険額)の合計を判示したに過ぎず、原判示貸付終了の時点において、なお合計七億円余の回収不能危険額の存する事実を判示したものでないことは原判文に照らして明らかである。所論指摘の事実をもつて原判決に事実誤認の疑いありとすることはできない。

四、被告人山屋、同青木に犯意並びに共謀がない等の主張について。

しかし、原判決挙示の関係各証拠、なかんずく、被告人青木、同山屋および米倉順道の各検察官に対する供述調書の記載によれば、被告人らは、いずれも、原判示のごとき興農の営業不振の状況を知悉しながら、これが窮状を救うべく、被告人両名および米倉が相談のうえ、周到な謀議の下に、全信連から青和に対する別枠融資をもつて青和から興農に対して本件貸付をなすに至つたものであることは明白であり、その他、記録によつて認められる、原判決が罪となるべき事実第一の「関連事情」として判示するがごとき経過に徴すれば、被告人らに興農の実情に対する認識がなかつたとか、あるいは犯意がないとか、あるいはまた、共謀の事実がないなどと疑うべき余地は毫も存しない。

池田弁護人らは、右「関連事情」のうち、昭和三三年八月ころ、永代(永代信用組合をいう。以下同じ)の組合長室において、被告人山屋、同青木および箕島良輔、飯島徳太郎らが寄り合つて、青木工業の永代における借入金口座を利用して、永代から興農へ融資することを相談して決めた旨の認定は誤りであると主張するが、所論が利益に援用する各証拠によつても、被告人らの原審供述を除いては、結局、右の者らが一場に相会した事実を否定するに過ぎず、右の者らの間に右のごとき相談がなされた事実そのものを否定するものではなく、この点に関する被告人らの原審供述は到底措信できない。したがつて、かりに同月ころ一場に相会した旨の原認定が誤りとしても、なんら判決に影響を及ぼすものではない。また、同論旨は、同「関連事情」のうち、被告人山屋が、永代から興農への融資につき、箕島良輔および山屋保元らから、これを差控えるよう進言された旨の認定は誤りであるとも主張するが、右事実は右箕島および保元の各検察官に対する供述調書等によつて認められ、これらの調書が所論のごとく信用できないものとは認めがたい。

池田弁護人らの論旨および河本弁護人の論旨中には、被告人山屋および青木が、昭和三四年九月上旬ころ、米倉から相談を受けた結果、これら三名の間で、全信連が青和に対していわゆる紐付融資をなし、青和がこれを興農に貸しつけることに決した旨、および、被告人山屋、同青木は共謀のうえ、昭和三四年九月九日ころから右貸付けをなした旨の原判決の認定は事実を誤認したものであり、右事実にそう被告人青木、同山屋の各検察官調書は信用できないとの主張も存する。

よつて被告人山屋、同青木の所論各調書につき検討するに、同被告人らは、捜査の当初、本件貸付が行なわれたのは昭和三五年春ころ、あるいは同年四、五月ころからと供述し、後に原判示のごとく昭和三四年九月ころからと供述を変更したものであることは各所論が指摘するとおりである。しかし、記録によつて窺われる捜査の経過その他記録によれば、青和においては原判示貸付およびその資金としての全信連からの借受については、昭和三五年四月まで、これを正規の帳簿等に記帳せず、単に早川専務理事がこれをメモしていた程度に止まつていたため、捜査も、勢い、帳簿上明白な同年五月以降の貸付に向けられたものであることは容易に推認しうるところであり、一方、被告人山屋、同青木らは、これを奇貨とし、あるいは真実記憶が薄らいでいたため、自らも、当初は、昭和三五年春ころからとか、あるいは同年五月ころからなどと供述するに過ぎなかつたもののごとく、しかるに、捜査官において、全信連の帳簿等から、昭和三四年九月九日以降の原判示貸付もまた全信連からの紐付融資によるものであることを探知し、この点について取調が行なわれるに至るや、被告人らも、原判決挙示のごとき諸帳簿の各記載に徴してこれを否定しえず、昭和三四年九月ころの共謀と本件貸付の開始について自白ないし自認するに至つたものと解される。各所論は、右のごとき供述の変更をもつて、捜査官の想定の変化に伴う強制誘導によるものと主張するが、記録によるも被告人らに対する取調に強制その他の違法が存したとの疑いあるを発見しがたく、捜査官が、自己の蒐集した証拠の検討の進展に伴い、その結果に基づいて被疑者等の取調をなすはなんら違法をもつて目すべきではない。また、所論各供述調書において被告人両名の供述するところに矛盾する点の存することも所論指摘のとおりであるが、昭和三四年九月初めころ、被告人両名および米倉の三者の間に本件貸付の相談がなされ、間もなくそれが実行された旨の基本的事実関係についてはなんら矛盾は存しない。その他、各所論に徴して検討するも、被告人らの各供述調書中原判決挙示の各調書につき、所論のごとく信憑性に疑いがあるものとは到底認めがたい。

五、その他、各所論に徴して記録を調査し、当審における事実取調の結果に基づいて検討するも、原判決に所論のごとき事実誤認の疑いあるを発見できないので、各論旨は、すべてその理由がない。

被告人山屋の弁護人池田克ほか三名の控訴趣意第五点について。

所論は、被告人山屋の原判示第三の所為につき、これに関する昭和三七年二月一五日付起訴状記載の公訴事実第二並びにその別紙一覧表には、被告人山屋が割引をなしたという約束手形を特定するに足る記載がないから、訴因の特定を欠き、したがつて、公訴提起の手続は無効であるから、原判決は右公訴を棄却すべきであつたのにこれを有罪として処断したのは違法であると主張する。

しかし、刑事訴訟法第二五六条第三項後段は「訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してしなければならない。」と規定しているのであるから、少なくとも、他の罪となるべき事実と区別しうる程度に日時、場所および方法が記載されている限り、訴因は明示されているものと解すべきである。これを本件についてみるに、犯罪の日時および場所が明示されていることは所論も認めるとおりであるほか、その方法が、出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律第三条(浮貸し等の禁止)所定の禁止行為のうち金銭の貸付なること、しかもその貸付は通常の貸付ではなく、同法第九条によつて金銭の貸付とみなされるところの手形割引によるものであることおよびその金額、相手方を明示していることは前記起訴状の記載に徴して明らかである。そして、所論公訴事実のごときは、原判決もこれを認めるとおり、包括して一個の罪を構成するものと解すべきであるから、右のごとく日時、場所、方法、金額および相手方が明示されている以上、その割引の対象となつた約束手形がいずれの約束手形であつたにせよ、犯罪の成否にはかかわりないとともに、かりに、その間、他にも割引の対象となつた約束手形があつたにしても、別罪を構成するいわれはない。したがつて、個々の約束手形の明記を欠くからといつて本件訴因が他の訴因と混同されるがごとき危険は毫も存しないのであるから、前記起訴状の公訴事実の記載をもつて訴因の明示を欠くものとは解しがたい。さすれば原審が、かかる訴因の実体について審理判決をなしたからといつて所論のごとき違法があるものとはいえない。

なお、所論は、この点に関する原判決の判断には理由不備の違法があるとも主張するが、そもそも、公訴が棄却さるべきである旨主張のごときは刑事訴訟法第三三五条第二項所定の主張とは解しがたいので、これに対して、判決において、とくに判断を示すの要はないのであるから、原判決のこの点に関する判断の程度をとらえ、理由不備の違法があるなどと主張しうる限りではない。論旨は理由がない。

被告人山屋の弁護人池田克ほか三名の控訴趣意第六点、同山口鉄四郎の控訴趣意第二および同河本喜与之の控訴趣意第二について。

各所論は、被告人山屋の原判示第三の所為につき、種々説を構えて原判決を論難するが、その帰するところは、要するに原判決は法令の解釈適用を誤り、罪とならざる同被告人の所為を有罪とした違法があると主張するにある。

しかし、原判決挙示の関係各証拠によれば、原判示第三の事実を肯認するに足り、記録によるも事実誤認の疑いあるを発見できないところ、右事実によれば、被告人山屋の所為が出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律第三条(第九条)に違反し、同法第一一条第一項第一号の罪を構成することは明らかである。

池田弁護人らの所論は、同法第三条の規定は、その見出しにもあるとおり、浮貸し等を禁止したものであるところ、ここに浮貸しとは、金融機関等の役、職員等が、その地位を利用し、自己または第三者の利益を図るため、当該金融機関等の資金等を不正に貸しつけることをいうものであるから、被告人山屋のごとく、自己個人所有の金銭を貸しつけることは浮貸しをもつて目すべきではないと主張し、河本弁護人の所論中には、金融機関の役、職員等が当該金融機関から融資を受けた金銭をもつて貸しつけることをいうものなることを前提とする部分も存するが、同法第三条等同法の規定には、貸付資金について所論のごとき限定を付したる規定はなく、そもそも、同法第三条の規定は、預金者大衆の信望を得ることを生命とする金融機関の役職員等が、あるいは金融機関の信用を失墜させ、あるいは預金者大衆の疑惑を招くがごとき行為をなすことを禁止せんとするものであることはその立法の趣旨に徴して明らかであるから、苟も金融機関の役職員等が、その地位を利用し、自己または該金融機関以外の第三者の利益を図るために金銭の貸付をなす以上、たとえその貸付資金が役職員個人の金銭であつたとしても、また、当該金融機関の業務としてではなく、その役職員個人の計算においてなしたとしても預金者にとつては、容易に判別しがたいところであり、疑惑を抱かしめることにおいては変りがない。さすれば、被告人山屋の原判示手形割引が、原判示のごとく自己個人所有の金銭をもつてなされたとしても同法第三条(第九条)の規定に違反するものと解すべきは当然である。

各所論はまた、原判決が、被告人山屋において、永代の職員をして信用調査、割引料の計算、手形金の取立等の諸事務をなさしめた旨判示している点を捉え、かかる事務は金融機関のサービス業務であり、とくに被告人山屋および原判示鎌倉ハム食品工業株式会社は、ともに永代の組合員であるから、永代の職員が永代の組合員の依頼によつて原判示のごとき事務を行なうのは当然であつて、被告人山屋が組合長たるの地位を利用したことにはならないと主張するが、たとえ金融機関においてはかかる事務をサービスとして行なうことがあるとしても、本件においては、原判示のごとく、長期間にわたり、多数の手形につき、信用調査、割引料の計算、手形金の取立等を金子三代子らの職員に命じてなさしめたものであることが記録上明白であるから、かかる事務を職員に命じてなさしめるがごときは金融機関の役職員なればこそなしうる便宜にほかならず、優に組合長たる地位を利用してなした場合に該るものと解するに十分である。

池田弁護人らの所論は、本件貸付は利益を図るためでもあつたから前記法律に違反しないとも主張し、同被告人も原審において同旨の供述をなしているが、かりにその供述するがごとく、本件貸付によつて永代の鎌倉ハムに対する融資の焦げつきを防止する意図があつたとしても、記録によれば、かかる意図は全く副次的なものに過ぎず、主たる、そして直接の意図は原判示のごとく自己および鎌倉ハムの利益を図るにあつたものと認められるのであるから、かかる場合もまた前記法律違反の罪を構成するものであることは、背任罪に関する最高裁判所判例(昭和二九年一一月五日、刑集第八巻第一一号一六七五頁参照)の趣旨に照らして明らかである。

各所論に徴してさらに検討するも、原判決に所論のごとき法令の解釈の誤りはなく、事実誤認の疑いも存しないので、論旨はいずれも理由がない。

被告人松浦の弁護人小野清一郎ほか四名の控訴趣意第一点について。

所論は、被告人松浦らの原判示第二の事実につき、原判決は罪となるべき事実を認定しないで被告人を有罪とした違法があり、刑事訴訟法第三七八条第四号によつて破棄さるべきであると主張する。

よつて按ずるに、本件違法配当罪を認定するには、配当できる利益がないのにかかわらず利益配当をした事実を認定しなければならないこと、並びに、ここに利益があるとは、貸借対照表上利益があることをいうものなることは、いずれも所論のとおりである。

しかし、判決書に罪となるべき事実を摘示するには、刑罰法令各本条に定める犯罪の構成要件に該当すべき具体的事実を、該構成要件に該当するか否かを判定するに足る程度に具体的に明白にし、その各本条を適用する事実上の根拠を確認し得られるようにするをもつて足るものというべく、必らずしも、それ以上さらにその構成要件の内容を一層精密に説示しなければならないものではない(昭和二四年二月一〇日最高裁判所判決、刑集第三巻第二号一五五頁参照。)これを本件についてみるに、原判決は、論旨摘録のとおり、興農第一三期の決算期においては、真実の欠損金が一億五万六、九九五円であるのにかかわらず、棚卸資産を水増しする等の方法によつて三、一一六万五、八四三円の仮装の当期純利益を計上し、前期までの仮装の繰越利益金二三五万五、一七〇円との合計金三、三五二万一、〇一三円の利益剰余金があるように装い、このうち合計金二、二二七万一、〇一三円を利益準備金等として留保し、金一、一二五万円を株式配当金とした利益剰余金処分をすることとして、共謀のうえ、株主総会の承認をえて、合計金九五六万八、一三九円を配当した旨判示していること原判文に照らして明白であるから、それが当時の商法第二九〇条第一項に違反して利益の配当をなしたものであることを明らかにし、それが商法第四八九条(右第二九〇条第一項)を適用する事実上の根拠たることを確認するに足るものというべきであるから、罪となるべき事実の適示として欠けるところはない。所論は、かりに当期損失金が原認定のとおりとしても、繰越利益金がそれ以上に大きければ貸借対照表上利益があることとなり、本件において右繰越利益金が一億九六二万五、一三四円以上であれば本件違法利益配当罪は成立しないことになるから、原判決は繰越利益金の額を認定判示すべきであるとも主張する。しかし、原判決は当期純利益、繰越利益金をともに仮装計上して利益剰余金があるように装うた旨判示していること前記のとおりであるから、所論のごとき繰越利益金の存しないことは原判文上自ら明白であり、所論のごとく真実の繰越利益金なるものを明示しなかつたからといつて理由不備とはいえない。論旨は理由がない。

被告人松浦の弁護人小野清一郎ほか四名の控訴趣意第二点および被告人飯島の弁護人樋口俊美の控訴趣意第一の一ないし三について。

各所論は、原判示第二の事実について、原判決が興農第一三期における欠損額を一億五万六、九九五円と認定したのは事実を誤認したものであると主張するに帰するところ、原判決挙示の関係各証拠によれば右事実を肯認するに足り、各所論に徴して記録を調査し、当審における事実取調の結果を参酌して検討するも、原判決に所論のごとき事実誤認の疑いは存しない。

小野弁護人らの所論は、原判決は本件行為当時の商法における貸借対照表の作成方法と評価方法についての解釈を誤るものである。すなわち、当時の商法の下においては、貸借対照表は実地棚卸の結果に基づく財産目録によつて作成されるいわゆる財産法(財産目録法)によるべきであり、会計帳簿から作成されるいわゆる誘導法によるべきではない。しかるに原判決は、誘導法による貸借対照表の作成を正当な方法と誤解し、興農が第一三期決算にさいし帳簿上の数字を実地棚卸の結果によつて修正したことを違法な粉飾と認定したのは右商法の解釈を誤るものであると主張する。

しかし、会社会計の実務上は、一般に誘導法によつて貸借対照表が作成されていることは所論も指摘するとおりであり、それが当時の商法の下においても、法律上、妨げなきものと解されていたことは所論が利益に援用する商法学者等の著書も説明するとおりであるから、原判決が、誘導法によつて所論欠損額を確定したとしても、これを違法とすることはできない。また、誘導法による結果を棚卸の結果に基づいて修正することをもつて、直ちに違法な粉飾決算としがたいことは所論のとおりであるが、そのことは、正確な棚卸を前提としてのみ言いうるものであることは当然である。しかるに本件においては、帳簿上多額の欠損が計上される状況の下において、原判示のごとき経緯からまず利益配当を目論み、これを前提として帳簿上の数額に必要金額を上積みしたものであることは原審証人田中和夫の供述その他記録上明白であり、右のごとく、一定の配当を前提として棚卸額を計上するがごときは本末を顛倒するも甚だしく、貸借対照表の存在意義を根底から覆えすものであつてなんらの価値なきものといわざるをえない。

もつとも、一方、本件興農の会計諸帳簿に記載された数額が、必ずしも実情に即して正確とは言いがたいことは各所論援用の原審証人矢口忠雄の供述等によつても窺いうるが、しかし、それらの帳簿は業務の通常の過程において作成されたものであることは記録上これを疑う余地はなく、さすれば、前記のごとき棚卸による結果よりは、むしろ信を措くに足るものというべきである。

本件興農における第一三期決算を正確な棚卸しにより、所論財産法によつてこれをなしたとする場合、かりにその結果が原判示のごとき欠損額と異るとしても、そもそも商法第四八九条の罪は会社財産の保護を目的とするものであることは立法の経過に照らして明らかであるところ、他方、会社法において「利益なければ配当なし」とすることは所論商法の新、旧法を通ずる不変の原理というべきであり、したがつて、会社に利益なきか、極論すれば、帳簿、棚卸ともに不正確にして利益の存否不明の場合であつても、かかる場合に配当をなすは会社財産を危うくする危険の存することは明らかであるから、苟も右のごとき会社財産の状況を認識しながら、利益の配当をなす以上、商法第四八九条第三号の罪を構成するものと解すべきである。しかるに被告人松浦の検察官に対する供述調書によつても、第一三期においては二、三千万円の欠損があつたというにあり、また樋口弁護人の所論によれば約四、五千万円の欠損であるというにあり、その他記録並びに当審における事実取調の結果によつても、本件興農第一三期において欠損があり、かつ、これを上廻る繰越利益のなかつたことは極めて明白であるから、たとえ原判示欠損額に誤りがあるとしても、興農の役員たる被告人松浦、同飯島らにおいて利益配当をなすべからざることには変りなく、なんら判決に影響を及ぼすべきものではない。

各所論援用の証拠をもつて所論を支持するは当らず、原判決に各所論のごとき法令解釈の誤りないし事実の誤認は存しないので、各論旨はいずれも理由がない。

被告人松浦の弁護人小野清一郎ほか四名の控訴趣意第三点、被告人飯島の弁護人樋口俊美の控訴趣意第一の四、および被告人青木の弁護人福原忠男の控訴趣意第二点について。

各所論は、原判示第二の事実に関し、小野弁護人らは被告人松浦の犯意、共謀、実行行為の点につき、樋口弁護人は被告人飯島の共謀の点につき、福原弁護人は被告人青木の犯意、共謀の点について、原判決には事実の誤認があると主張する。しかし、原判決挙示の関係各証拠によれば、原判示第二の事実はすべてこれを肯認するに足り、各所論に徴して記録を調査し、当審における事実取調の結果によるも、各所論指摘の点について所論のごとき事実誤認の疑いあるを発見できない。

小野弁護人らの所論は、原判決挙示の原審証人米倉順道の供述の信憑性を争うが、その所論に徴して同証言を検討するも、所論のごとく信用できないものとは認めがたい。

被告人松浦、同青木の興農第一三期の欠損の認識その他犯意については、同被告人らの各検察官に対する供述調書、前記米倉順道の証言並びに昭和三四年一〇月三一日の興農取締役会議事録(以下、これを単に議事録という。)によつてこれを認めるに足る。小野弁護人らの所論は、現在右議事録に添付されている貸借対照表等の資料は後日作成されたものであり、同日の取締役会には提出されなかつたと主張するところ、所論援用の各証言のほか、右議事録には同年一一月二〇日の事項(被告人青木らが了承した事実)も記載されていることに徴すれば、右資料そのものは所論のごとく後日作成されたものとも認められないではないが、米倉順道の前記証言および右議事録本文の記載によれば、右取締役会において第一三期の決算数字確定の件なる議案が審議され、その資料として貸借対照表等が提出され、それに基づいて説明がなされた事実を認めるに足る。かりに、被告人松浦において、所論欠損額等、数額の詳細はこれを承知していなかつたとしても、少なくとも、興農第一三期の決算状況が赤字であることを認識していたことは同被告人も自認するところであり、その他記録によつても明白である。しかして、商法第四八九条第三号の罪は、前記のごとく、会社に利益がないのにかかわらず利益配当をなすことによつて成立するものであるから、これが犯意は、利益なくして配当をなす事実を認識すれば足り、所論欠損額等、利益なき決算状況の数額の詳細までも知悉するの要なきものと解すべきであるから同被告人の犯意に消長をきたすものではない。

福原弁護人は、被告人青木に関し、同被告人は、むしろ同期決算状況を秘匿されていたのであり、興農の営業不振の実情を知らなかつた旨主張するが、米倉順道の前記証言その他記録によつて認められるごとく、同被告人が興農に関係するに至つた経緯、役員として同社へ出入りした状況、取締役会への出席状況に徴すれば、同被告人において、興農の営業不振の状況および第一三期の決算が赤字であることを知らなかつた旨の同被告人の供述は到底措信するに由なく、とくに、同被告人と米倉順道との関係、同被告人の発言力等に徴すれば、同被告人においてもこれを十分に知悉していたものと認めるのが相当である。かかる状況において、同被告人が、右議事録記載のごとく、同年一一月二〇日、前記取締役会の議決を異議なく了承したことは、とりもなおさず、同被告人に本件犯意のあつたことを証明するに十分である。もし、それ、同被告人において欠損の数額の詳細を知悉しなかつたとしても、それをもつて犯意なきものとしがたいことは被告人松浦について説示したところと同様である。所論援用の各証言をもつて所論のごとく解するは当らず、また、被告人青木が所論の如く前記一〇月三一日の取締役会に出席せず、また、所論関係書類に被告人青木の押印なき一事をもつて同被告人に犯意なきものとはいえない。

つぎに、各被告人らの共謀について、原判決がその日時場所を明確に判示していないことは小野弁護人らおよび樋口弁護人の各所論が指摘するとおりであるが、しかし、共謀の日時場所を判決に摘示することは必ずしも必要ではないのみならず、原判決によれば、その日時は昭和三四年「一〇月中」から「一一月三〇日」以前のことであることが明らかであるから、判決の事実摘示として欠けるところはない。そして、前記米倉順道の証言および議事録によれば、興農第一三期における配当の可否については、同年七、八月ころから、内々、同社役員間において話合いが行なわれ、一〇月ころには原判示粉飾決算案が作成され、前記一〇月三一日の取締役会において一割二分配当案が議決されたことが認められ、以上の経過と、その他、記録上認められる被告人松浦、同飯島の興農における地位、職務の内容、被告人青木の興農出入りの状況、取締役会における発言力等に徴すれば、同被告人らは、原判示一〇月中、興農において、本件違法配当につき互いに犯意を通じて共謀したものと推認するに足りるのであるが、前記議事録の記載によれば、被告人松浦、同飯島も出席した一〇月三一日の取締役会において、「決算数字確定に関する件」なる議案が上提され、議長たる被告人松浦は資料に基づいて詳細説明のうえ、第一三期配当を年一割二分とすることを諮り、出席取締役全員異議なく、これを議決したこと、被告人青木は福原弁護人所論のごとく同日の取締役会には出席しなかつたが、右議決の内容は翌月一一月二〇日、異議なくこれを了承したことがそれぞれ認められるのであるから、右事実に徴すれば、被告人松浦、同飯島の間は遅くとも一〇月三一日、これと被告人青木との間は遅くとも一一月二〇日、それぞれ、本件違法配当について共謀のあつた事実を確認するに足る。

小野弁護人らの所論は、被告人松浦は原判示一一月三〇日の株主総会において議長として出席したが、同総会における同被告人の役割は単なるスピーカー的存在で、米倉、青木らに利用されたに過ぎず、いわば同人らの間接正犯の道具であつて被告人松浦の実行行為と認むべきではないとも主張する。しかし、同被告人の所為を所論のごとく解するは全く独自の見解に過ぎず、同被告人の前記のごとき欠損の認識、共謀成立の経過に照らしても、所論株主総会における同被告人の所為は、本件違法配当罪の実行の着手と解するに十分である。

以上、各論旨は、すべて理由がない。

被告人松浦の弁護人小野清一郎ほか四名の控訴趣意第四点の一について

所論は、被告人松浦の原判示第二の所為につき、原判決は昭和三七年法律第八二号による改正後の商法第二九〇条第一項を適用した疑いがあり、すなわち、刑罰不遡及の原則に反して事後法を適用した疑いがあり、破棄を免れないと主張する。

よつて検するに、原判決は、昭和三四年一二月二四日ころから昭和三五年一月三〇日ころまでの犯行にかかる原判示第二の違法配当の事実に対し、商法第四八九条第三号、第四八六条第一項、第二九〇条第一項、罰金等臨時措置法第二条第一項、刑法第六〇条を適用していること、右商法第二九〇条第一項は同法第四八九条第三号の罪の構成要件を補充するものであること、しかるに商法第二九〇条第一項は本件犯行後の法律である昭和三七年法律第八二号によつて改正されたものであることはいずれも所論のとおりである。そして、原判決の右のごとき記載によれば、一見、改正後の商法第二九〇条第一項(以下、新法という。)を適用したがごとくであり、したがつて、前記改正が、単に表現上の修正に止まらず、実質的な構成要件の変更、とくに、所論のごとき新たな刑罰法規と解する限りにおいては、原判決は法令の適用を誤つたものといわざるをえない。

しかし、改正前の商法第二九〇条第一項(以下、旧法という。)と新法とを対比して検討するに、新法の規定するところは旧法の下においても会社経理の実務上一般に是認されてきたところのものを、より具体的に規定したもので、いわば規定方法の変更に過ぎず、これを本件のごとき違法配当罪の構成要件的観点からみても、該構成要件に実質的変更を及ぼしたものとは解しえない。もつとも、新法第四号は、前記改正法による商法第二八六条の二および第二八六条の三の新設に伴う配当制限規定で、明らかに旧法と異るごとくであるが、右第二八六条の二および三の規定するところも、従前から存したいわゆる財務諸表規則(昭和二五年証券取引委員会規則第一八号)および会計上の一般慣行として是認されていたものであつて実質的な変更とはいいがたい。かりに、この点において実質的な変更があつたとしても、被告人松浦らの原判示第二の所為は、右改正前には適法として許された行為が右新設規定に基づく配当制限によつて新たに違法配当と認められたものではなく、すでに旧法の下においても違法配当たることを免れなかつたことは記録上明白であるから、所論のごとく事後法によつて被告人らの所為を処断したものとはいえず、また、前記改正法によつても商法第四八九条第三号に変更がないのであるから刑の変更があつたものともいえない。畢竟、原判決における法令適用の記載が、かりに新法を適用した趣旨としても判決に影響を及ぼすものとは認めがたい。

所論はまた、被告人松浦は本件行為当時新法を知る由もないから犯意を欠くとも主張するが、本件所為を、旧法の下における違法配当というも、あるいは新法の下における違法配当というも、両者その実質を異にするものでないことは前記のとおりであるから、これが事実に対する被告人松浦の認識内容に所論のごとき差異を来たすものでもないし、かつ原判示所為につき同被告人に犯意のあつたことは記録上明白である。論旨は、すでにその前提を欠き、採用しがたい。なお所論中には、原判決が「真実の決算案」なるものの内容を明示しないのは理由不備であると主張する点も存するが、原判決の罪となるべき事実の判示として欠けるところのないことは本件弁護人らの論旨第一点について説示したところに徴して理由がない。

被告人松浦の弁護人小野清一郎ほか四名の控訴趣意第四点の二について。

所論は、被告人松浦の原判示第二の所為は社会的相当性の限界内にあるものであつて、構成要件該当性または違法性を欠くものであるから無罪であると主張する。

よつて按ずるに、およそ犯罪の構成要件の解釈にあたつては、言語学的な解釈に止まり、あるいは、法律学的に構成された概念の形式的な適用に止まるべきでないことは、まさに所論のとおりである。しかし、被告人松浦の本件所為につき、所論に徴して記録を検討し、所論援用の判例を参酌して考察するも、同被告人の所為が所論のごとく違法配当罪の構成要件該当性を欠き、あるいは違法性を欠くものとは認めがたい。この点に関する原判決の判断に所論のごとき審理不尽ないし理由不備の違法ありとも認められず、論旨は理由がない。

被告人松浦の弁護人小野清一郎ほか四名の控訴趣意第五点について

所論は、被告人松浦の原判示第二の所為につき、同被告人の行為にはいわゆる期待可能性がなかつたのであるから責任がないと主張する。

しかし、所論に徴して記録を検討し、とくに所論援用の各証言を参酌して検討するも、その多くは同被告人の量刑上斟酌すべき点を含むとはいえ、同被告人が、所論の如く当時の社内事情から単にロボツト的存在に過ぎず、本件配当問題についても相被告人青木、あるいは専務米倉順道らの意向に全く反対することができず、これに従わざるをえなかつたものとは認めがたいので、論旨は理由がない。

被告人松浦の弁護人小野清一郎ほか四名の控訴趣意第六点、同飯島の弁護人樋口俊美の控訴趣意第二について。

小野弁護人らの論旨は被告人松浦につき、樋口弁護人の論旨は被告人飯島につき、それぞれ、同被告人らに対する原判決の量刑が重きに過ぎて不当であると主張するので、按ずるに、同被告人らの本件犯行といえども、その罪質に照らして犯情必らずしも軽微とはいいがたいが、記録並びに当審における事実取調の結果によつて窺われる各般の情況、とくに被告人松浦については興農発足のいきさつ、農機具の開発、進歩に努力し、わが国農業の発展に貢献した功績、また、被告人飯島については、同人が従来斯界に尽した経歴等を考慮し、被告人両名の本件犯行の動機、加担の態様、当時の社内事情等にかんがみれば、小野弁護人らが被告人松浦につき他の論旨において主張するごとく、同被告人が被告人青木および米倉らの単なるスピーカー的存在であるとか、あるいは単なるロボツトに過ぎない、とは認めがたいまでも、青木ら他の相被告人に比しても、犯情になお相当の軽重の差異あるを否定しえず、右両被告人の本件犯行につき、あえて懲役刑を選択して処断するの要あるものとは認めがたい。してみれば、被告人松浦、同飯島に対する原判決の量刑は結局重きに過ぎるものといわざるをえず、同被告人らに関する論旨はこの点において理由あり、原判決中、同被告人らに関する部分は破棄を免れない。

なお、職権を以て被告人青木、同山屋に対する原判決の量刑につき審按するに、記録に現われた諸般の情状を考量しても、原判決の量刑が重きものとは認められない。

以上の次第で、本件各控訴のうち、被告人青木、同山屋の各控訴は、いずれも、その理由がないので、刑事訴訟法第三九六条によつてこれを棄却し、同被告人らの当審における訴訟費用の負担につき同法第一八一条第一項本文、第一八二条を適用し、被告人松浦、同飯島の本件各控訴はその理由があるので、同法第三九七条第一項、第三八一条によつて原判決中同被告人らに関する部分を破棄し、同法第四〇〇条但書により、当裁判所において、直ちに、つぎのとおり判決する。

原判決が、被告人松浦、同飯島について適法に認定した事実に法令を適用するに、同被告人らの所為は商法第四八九条第三号(第四八六条第一項)、昭和三七年法律第八二号による改正前の同法第二九〇条第一項、刑法第六〇条に該当するので、所定刑中、いずれも、罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内において被告人松浦を罰金二〇万円、同飯島を罰金一〇万円に処し、同被告人らにおいて右罰金を完納することができないときは、刑法第一八条により、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、当該被告人を労役場に留置することとし、原審および当審における訴訟費用の負担については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文(連帯負担の分については同法第一八二条)を適用して主文のとおり判決する。

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