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東京高等裁判所 昭和40年(う)2088号 判決 1967年10月17日

主文

原判決を破棄する。

被告人保母を懲役六月に、被告人長嶺を懲役四月に、被告人吉田を懲役二年四月に、被告人久保を懲役八月に、被告人松本を懲役六月に処する。

但しこの裁判確定の日から被告人吉田に対し三年間、その他の被告人らに対し二年間右各刑の執行を猶予する。

被告人久保から金三二万円を追徴する。

被告人松本から押収されている現金一〇万円(東京高裁昭和四〇年押第七七三号の七一)を没収し、かつ金一六万円を追徴する。

原審及び当審における訴訟費用の全部は、被告人全員の連帯負担とする。

理由

<前略>東京地方検察庁検事河井信太郎の控訴趣意第一点(事実誤認について)の第一(第八六回定時株主総会関係事実)について

一(新井正吉及び被告人五名の検察官に対する供述調書に関する原審の証拠判断の検討―その一)

原判決理由の第二節の(無罪の判断)の第二「株主総会における発言または議決権行使に関する不正の請託の有無」の「(一)第八六回定時株主総会」の項の(1)の中で(原判決書五九頁九行目から六二頁六行目まで)、その列挙する証拠によれば「会社側の被告人保母、同長嶺および同吉田らから、総会屋たる被告人久保に対して『香川(かがわ)』(東京都中央区西八丁堀一丁目一番地の料亭)または右総会前に会社において『今度の総会はよろしく』という極めて簡単な言葉をもつて、同総会における議事の進行方について、そのとりまとめないし協力方を依頼したこと、また、右『香川』または会社における右依頼の際、被告人久保は同総会において予定の議案がすべて審議されてから、社長よりカラーテレビの説明がなされる旨を聞いてかかる会社の議事進行の方針を了承していたこと、そして被告人久保から被告人松本に対して、同総会の前日都内工業倶楽部における他社の株主総会の席で『東洋電機の総会にはしつかり頼む』という、これまた簡単な言葉をもつて被告人久保の同総会のとりまとめ方に協力してくれとの依頼がなされたことを認めることができるけれども、右総会の議事進行等について会社側から被告人久保に対してそれ以上に具体的事項が明示されたうえ、その総会のとりまとめ方についての依頼がなされたことは、ついにこれを認定することができない。もつともこの点に関する新井正吉の昭和三七年三月三〇日付検察官に対する供述調書第四項の中には、同人から被告人久保に対してやや具体的に、同総会における株主の発言を押え適当な機会に質問を打ち切るようにしてくれと明言して依頼したかのような記載があり、また被告人久保の同年四月六日付調書中にも、これに相応するかのような記載が存するけれども、そのいずれも同人らの他の調書の記載内容と必ずしも一貫しないものがあり、他の関係者の調書の記載内容と一致しないので、これを措信することは困難である」と説示している。

右に指摘されたところの新井正吉の昭和三七年三月三〇日付検察官に対する供述調書(以下、検察官に対する供述調書を調書と略称する)四項、右供述記載と相応合致する、被告人久保の同年四月六日付調書によれば、昭和三六年七月二八日の会社の第八六期定時株主総会(以下、右株主総会を第八六回株主総会と略称し、また第八七期定時株主総会を第八七回株主総会と略称する)に先立ち、東洋電機製造株式会社(以下、会社と略称する)の当時、総務部長であつた新井正吉は総会議事の原稿をつくり、同月一〇日頃料亭「香川」において被告人長嶺(会社常務取締役)、同吉田(会社取締役)と共に三名で総会屋の被告人久保を招待した際、席上、新井から被告人久保に対して「今度の総会では、株主からカラーテレビについての質疑があり、相当に混乱すると思われるが、株主から色々質問が出て審議未了になつては困る。またカラーテレビに関して会社の説明では株主が納得しないときは、説明するといつても、きりがないから適当な機会にそのような発言は打ち切れるようにして貰いたい」といつたが、これは被告人長嶺、同吉田らも考えていたことであつたので、右被告人らからも同様の発言があり、これに対して被告人久保は「そういう風に取り計らう」と述べた旨の記載がある。

しかし原判決が説示するように、右両調書の記載が同人らの他の調書の記載内容と一貫しないものかどうかを検討するのに、新井正吉の昭和三七年三月二七日付調書によれば、前記の同月三〇日付調書のような具体的明示の請託をした旨の記載はないけれども、「香川」の会合につき要約して述べているが、これは同人が被疑者として検察官から最初に取調べられた際の供述を録取したものであり、しかも通例、当初の取調には外形的概括的な供述をし、それを基礎として回を重ねる毎に順次具体的な供述に発展してゆくことを考慮に入れるとき、同月三〇日付調書の内容との間に一貫性を欠くものといえず、また新井正吉の「香川」の会合に関する供述は同人の同年四月一二日付調書二項にも記載されているが、このときは右の三月三〇日付調書記載の供述を前提として、新たに報酬金についての打合せを内容としたものであつて、供述の一貫性を肯認するのに欠くるところはないのである。

次に被告人久保の調書をみるのに、同人が検察官から第一回の取調をうけた際の、昭和三七年三月二七日付調書には、前記の新井の場合と同様に、四月六日付調書記載と同旨の内容について要約して供述をしていることが明かであり、「香川」における会合の内容については、被告人久保の昭和三七年三月三一日付調書七項にも記載があるが、ここでは総会に関する請託はすでに三月二七日付で供述ずみのこととして要旨のみ記載し、報酬などに関する供述が詳細に記載されているものであつて、同人についての数回の調書内容は一貫してカラーテレビ問題に関する株主の発言を抑制するよう明示の請託があつたことを物語つているのである。

二(前同―その二)

原判決は前記新井正吉の昭和三七年三月三〇日付調書及び被告人久保の同年四月六日付調書の記載が他の関係者の調書の記載内容と一致しないとし、さらに「会社側の被告人保母、同長嶺及び同吉田らから被告人久保に『よろしく』と依頼し、また被告人久保から被告人松本に対して『しつかり頼む』と依頼したとき、その言外に右総会における正当な株主の発言を封じ、ないしは議決権の行使を妨害するなどの不正の行為、株主権の濫用を求める旨の請託の趣旨が隠されていて、これを相互に理解して暗黙の了解があつたかについて、さらにまた同総会のとりまとめ方を総会屋に依頼した動機、その意図、その真意が奈辺にあつたか」について検察官調書を列挙したうえ、その記載などは「一応検察官の主張に沿うようにみえるけれども、これらに記載されている会社側の被告人保母、同長嶺および同吉田らが総会屋たる被告人久保らに依頼するに至つた動機ないしその意図たるや、各人各様であつたというほかはなく、また、被告人久保および同松本が会社側からの依頼の趣旨をどのように了解していたかについては、極めて漠然たる記載にとどまり、被告人らがたがひに暗黙のうちに了解したところは一体何であつたかについて、これらの記載だけから掴むことは困難である」と説示しているので(原判決書六二頁七行目から六四頁八行目まで)、これらの調書の記載が果して原判決のいうように、新井正吉及び被告人久保の各調書の記載と一致しないかどうか、またその趣旨を捕捉できないかどうかについて検討する。

原判決の列挙する検察官調書のうち新井正吉の昭和三七年三月二七日付調書、同月三〇日付調書四項の記載は、既述のとおりであり、被告人保母の同年四月一一日付調書五項には、第八六回株主総会ではカラーテレビ問題を追及され、それが議案の一たる全役員改選に波及すると困るので、株主の追及を免れるため総会の議事終了後にカラーテレビ問題に入るよう総会の進行を図ることを被告人久保らの総会屋に依頼した旨の供述記載があり、また被告人長嶺の同年四月三日付調書及び同月八日付調書九項には、会社の国行社長、被告人保母、同長嶺、同吉田らの間で屡々第八六回株主総会をどのようにして乗り切るかを相談し、カラーテレビ問題についての株主の追及を避け、総会が流会しないように総会議事からカラーテレビ問題を切り難して総会における一般株主の発言を押えるように被告人久保に依頼したとの供述があり、料亭「香川」における会合の状況についても、右供述記載は新井正吉及び被告人久保の検察官に対する供述調書の記載と相応するものといわねばならず、なお被告人長嶺は同年四月一四日付調書においても、右供述内容を再確認している。

被告人吉田の同年三月二〇日付調書六項、同月二七日付調書八項、同年四月一二日付調書五項には昭和三六年七月一〇日頃「香川」で被告人長嶺、同吉田及び新井総務部長が被告人久保に会い、第八六回株主総会の議案を同人にみせたところ、同被告人は総会の議事終了後にカラーテレビの説明をしたがよいと述べ、会社側もこれに賛成し、同人に株主がカラーテレビの件について聞き出そうとするときには、その発言を押えるように依頼し、その打合せは簡単であつたが、更に総会の一週間程前に、会社で国行社長、被告人保母、同長嶺、同吉田、新井総務部長が集つたところに被告人久保を呼びよせ、総会の打合せをし、同人に対し、株主がカラーテレビについて追及するときには、株主の発言を押えて議案が可決されるように取計らうよう、また他の総会屋がカラーテレビのことについて会社側を追及しないように依頼したとの供述がなされている。

以上によつて明らかなように会社側の被告人保母、同長嶺、同吉田及び新井正吉から被告人久保らに対する請託の趣旨は、もつぱら第八六回株主総会において株主がカラーテレビ問題に関して会社を追及したり、ひいては役員改選や決算に関する議案を否決する発言や議決権の行使をする際に、これらを押えて貰いたいということにあり、この点に関する被告人らの供述は各人各様といつたものではないし、また喰い違つた点もないのである。

もつとも新井正吉は被告人久保に対して請託の内容を詳細、具体的に述べているのに反して、被告人保母、同長嶺、同吉田は、請託の内容をいわば一般的、概括的に述べているけれども、このような供述の違いは、新井が当時会社の総務部長であつて、株主総会対策事務を担任し、主として総会屋たる被告人久保との折衝を受けもつていたことにもとづくことが充分に窺われるから、右は供述の喰い違いの類型には当らないし、一貫性を欠いてもいないのである。

また被告人久保は昭和三七年四月六日付及び同年三月二七日付調書で新井、被告人長嶺、同吉田らから第八六回株主総会で冒頭に株主からカラーテレビの件を追及されると他の議事が進行しないので、先に議事をすませた後に懇談会の形式でテレビの説明をする方針なので、カラーテレビの問題が出たら適当に質問を打ち切つてもらいたいとの請託をうけ、総会をそのように運ぶように努力すると答えている。

次に被告人松本は昭和三七年四月三日付調書で第八六回株主総会の二、三日前頃被告人久保から右の総会に「出てくれ」とか「出るか」とか尋ねられたので、私は「いつも出ているから今度も出る積りでいる」と答えたと述べている。

被告人松本の調書の中には、同人と被告人久保間の会話として右のような簡単にして極めて漠然たる問答がなされたとの記載があるにすぎないが、他方、被告人久保は同年三月二七日付調書で、被告人松本は頭のよい総会屋で色々と会社の状勢を知つていて、私以上にカラーテレビのことも詳しいと思つたので私が頼むといえば分つた筈だと述べ、同月三一日付調書で、われわれ総会屋の間でも東洋電機のカラーテレビの話で持ち切つており、私は総会の前に被告人松本に対して何回も永田大映社長から、聞いたところの、長尾磯吉が大映の伊藤平蔵、北炭の萩原社長、小松製作所などに損害をかけた話や、伊藤平蔵、小松製作所、木村質屋が右長尾に引つかかつた話をして会社のテレビはインチキだといつたと述べているので、両被告人の供述を対比考察するとき、被告人松本が会社側からの依頼の趣旨をどのように了解していたかについて、その供述が形式上、漠然としているとの一事をもつて、これを排斥すべきものではないのである。

以上の次第であるから、原判決に列挙された新井正吉、被告人保母、同長嶺、同吉田、同久保、同松本らの検察官に対する各供述調書の記載内容が一貫性を欠いていて合致せず、被告人らの意図が各人各様であり、また被告人らが互に暗黙のうちに了解したものが漠然としていて掴むことが困難であるとの原判決の説示判断は、各調書の記載自体の相互関連、その綜合把握による推理過程において証拠の価値判断を誤り、判断の資料として採用すべき証拠を排斥した不当があるといわねばならないのである。

三(本件の不正請託、金員授受をめぐる客観的諸事情の検討―その一)

原判決は、本件請託、金員授受をめぐる客観的諸事情、即ち会社側において不正の請託をせざるをえないような状況にあつたかどうかを検討して、右調書の措信できない経緯を説示しているので、以下、考察を加える。

(一)原判決引用の各関係証拠によれば、原審が原判決理由第二節の(認定事実)の第一、事件の経緯等のうち(一)被告人らの経歴(二)東洋電機製造株式会社が長尾磯吉に研究を行なわせた経緯と状況(三)カラーテレビの試作品の発表に至る経緯(四)試作品発表会当日の状況(五)発表後の反響と会社の対策の各項でそれぞれ認定した事実を肯認することができる。

(二)原判決理由の(無罪の判断)の第二「株主総会における発言または議決権行使に関する不正の請託の有無」の「(一)第八六回定時株主総会」の項の(2)について

長尾磯吉によるカラーテレビの発明が虚偽のものであつたことと被告人保母らの認識及びその責任について、原判決は「会社において長尾を嘱託に迎えて研究に当らせてきたのは、おもに国行社長と新井総務部長とであつて、被告人保母は副社長として昭和三六年一月末に初めて入社したばかりであつて、被告人長嶺は右新井の上司の総務担当の常務取締役として、会社、労働組合との交渉に主力を注いでおり、右両被告人とも右長尾の発明研究には直接関与したものとみるべきではなく、国行社長から命ぜられた場合、時々これを補佐したに過ぎず、また被告人吉田は経理担当の取締役として新井を通じて長尾に対する研究費の支出の決裁をし、被告人保母とともに株価の乱上下に対する防衛策を講じたけれども、これまた深く長尾の研究に関与したものとはいえず、さらに右被告人らは、いずれもその経歴からみて技術的知識にうとく、新聞等の報道や長尾の言動から若干の疑問を抱くに至つたとしても、長尾の発明が虚構であることを見破ることは困難であつたであろう」と説示しているが、ここでは、被告人保母、同長嶺、同吉田が電気機械類関係の製造販売を目的とする会社の重役として、他から非難をうけないように経営上の責任を果したかどうかが討究されなければならない。

(イ)昭和三六年二月一七日受付「長尾磯吉との電子研究の提携について」と題する決裁書写(東京高裁昭和四〇年押第七七三号の一のフアイル中のもの)及び被告人長嶺の昭和三七年四月八日付調書によれば、被告人保母、同長嶺、同吉田らは国行社長やその他の役員と共に決裁印を押していること(ロ)新井正吉の昭和三七年四月八日付調書、長尾磯吉の同月六日付調書、被告人保母の同月一一日付調書、被告人長嶺の同月八日付調書によれば昭和三六年二月下旬頃被告人保母、同長嶺は長尾が自己の発明した電子管をつけたものと欺いて提出せる、市販の小型テレビ一台あての交付をうけ、同年五月五日頃には右両被告人及び被告人吉田は国行社長や他の幹部と共に長尾宅に赴き同人の完成したと称する新型式カラーテレビを点見したこと(ハ)被告人久保の昭和三七年三月二七日付、同月三一日付各調書、被告人長嶺の同年四月八日付調書によれば、被告人久保は昭和三六年五月頃から国行、被告人保母、同長嶺、同吉田、総務部長の新井正吉らに対し長尾が過去に電子管を利用した詐欺的な行為をしており、油断できない男だと警告を発していたこと(ニ)被告人保母、同吉田が昭和三六年六月二〇日には東京証券取引所を訪ねて試作品を発表すると報告し、被告人長嶺、同吉田から記者団に案内文を手交したことは原判決認定のとおりであつて、原審証人馬場光雄の第一四回公判における証言及び前同押号の二四の「保母道雄の六月二三日付の『馬場常務理事様、今回は不行届にてお詑びします』旨記載された名刺」によれば、被告人保母、同吉田らが東京証券取引所常務理事馬場光雄に対し、それまで会社としてカラーテレビの研究を否定する虚偽の言明をしていたことなどについて陳謝し、同月二三日馬場の留守中、右名刺の詑状をおいてきたこと(ホ)原審証人長尾磯吉、同新井正吉の各証言及び和田静の昭和三七年一月二〇日付司法警察員に対する供述調書によれば、長尾の研究場所は会社の寮の目黒クラブであつたが、これといつた研究設備はなく、試作品の発表まで長尾の希望するような設備は設けられず、カラーテレビの組立てとか部品の製作をしたことはなかつたが、被告人らは右研究所を訪ねたことがあることを認定しうるのである。しかも(ヘ)新井正吉の昭和三七年四月八日付調書、長尾磯吉の同月六日付調書、被告人保母の同月一一日付調書、被告人長嶺の同月八日付調書及び昭和三六年二月二三日付「長尾式ネオン、螢光燈、テレビ検討の件」と題する書面(前同押号の三)によれば、昭和三六年一月上旬会社の技術研究所で会社側の技術陣が立会つて長尾発明の電子管の内容を実験したところ、その結果は良好でなく、長尾と同研究所技師との間で議論が交わされたこと、昭和三六年二月以後の会社役員会で技術担当の小坂常吉専務取締役は長尾発明の電子管は、大きなネオン管には向くが、小さなネオン管には不向きであり、長尾の言明するほど良好ではなく、その発明は街の発明家的なものであつて理論的なものではないと報告批判したが、被告人保母、同長嶺らもこれを了承していたことを認めることができる。

以上の諸事実を綜合して考察すれば、被告人保母、同長嶺、同吉田は共に長尾のカラーテレビの研究に関係していないとはいえず、たとい技術専門家でなくても疑念を抱くべき事情がありながら長尾の人物及び経歴の調査、東洋電機の技術陣による電子管の検討や理論面の研究など、発表に先立つて当然なすべき措置をとらなかつたこと、従つて右被告人三名は会社重役として、ともども怠慢による責任をもつていることが認定されうるのである。

従つて原判決の前掲説示部分は、その認定判断において正確とは解し難い。

(三)次に原判決は「前叙認定事実の第一の(三)の会社の自己株取得の事実をみるに、その動機は、株式相場の操縦を企図したことになく、他社の株の買占めの噂および安定株主を失ふことをおそれた点にあり、会社の利益をはかるためとられた防衛的手段であつたとみるのが相当である。さらに、会社幹部が株式相場を操縦した形跡は、全くこれをうかがうことができない。そして右総会における決算関係議案に、いわゆる粉飾決算その他経理上の不正の存在することも、窺うことはできないのである」と説示しているが、問題は、右のような会社の自己株取得が防衛的手段としてなされたのか、会社幹部が株式相場を操縦したのか、また粉飾決算などの経理上の不正がなされたかどうかの真実性を探究確定することではなく、一般人をして右の事実に疑惑を抱かさせるような状態にあり、従つて株主からその点につき総会で追究されるような状況であつたかどうかが検討されねばならないのである。

後者の経理上の不正については、会社内部のことであつて、特段の事情のない限り会社外には余りに知られず、従つて総会対策としても特に考慮を要しなかつたであろうが(被告人長嶺の昭和三七年四月八日付調書参照)、前二者については角田敬始、山口堯、松山久夫、早野正已、菊池恒雄、望月正三の各司法警察員に対する供述調書及び菊池恒雄の答申書によれば、会社はその資金によつて昭和三六年六月六日よりカラーテレビの試作品を発表することを公表した前日頃までの間違法に自己株を取得した(商法四八九条二号の株式不正取得罪)との懸念を抱かさせるに足る株取得をしたことが認められるから、これが表面化するならば、一般株主からその嫌疑につき追及されるに値する材料であつたことは、いうをまたないのである。

また会社がカラーテレビを利用して株価の操作をしていたかどうかの真相は問わないにしても、スクラップブック(前同押号の九)によれば、昭和三六年七月一一日付「日刊工業新聞」が「同社(東洋電機の意味)内部で株式操作が行なわれていたと勘ぐられてもやむを得まい」、同月一九日付「夕刊東京タイムズ」が「証券界の一部には『会社幹部が株価を操作して私服をこやしたのではないか』という声すらあがつている」「週刊新潮」昭和三六年七月一〇日号が「怪談・東洋電機のカラーテレビ」と題して「がぜん『これは陰謀だ。東洋電機の幹部が自社株を操作したに違いない』『証券取引所はペテンにかかつた』等々の声が渦巻くことになつたが、調査すればする程怪しげな影が揺曳するのはどういうわけか。″突然変異″などという会社側の弁解ではすまされぬ、その真相をえぐる。」の記事などを出したし、また被告人久保の昭和三七年三月二七日付及び同月三一日付各調書によれば、同人は会社幹部がカラーテレビを利用し株の操作をして儲けているとの噂を耳にし、また自らもそれが真実でないかとの疑をもつていたので、試作品発表会の前に国行社長及び被告人保母に警告を発したことがあり、なおその点を第八六回株主総会で追及されると一番痛いと考えていたことが明らかであることに徴するとき、一般株主が会社幹部において株式相場を操縦していたものと信じ、これを株主総会で追及することも(この追及が総会の議案にあたるか、どうかは、別として)充分に考えうる状勢にあつたことが窺われるのである。

四(前同―その二、会社株式課長の作成した社長演説原稿作成の検討)

原判決は不正の請託を認定すべき資料たる前記の各供述調書の記載が措信できないとする客観的事情の一として、第八六回株主総会社長演説原稿及びその作成者である証人星野正已の証言をあげて「被告人保母、同長嶺および同吉田において正当な株主の発言を封じ、または議決権の行使を妨げる意図のもとに、右総会で議案を先議するよう相図つたうえ、その進行案を右星野に命じて作成させたことを認めることはできない」旨説示し、右証言は、総会日の一週間ないし一〇日前頃即ち七月一八日ないし二一日頃に右演説原稿が作成されたと述べているところ、新井正吉の昭和三七年三月三〇日付調書四項、被告人長嶺の同年四月三日付調書、被告人吉田の同年三月二〇日付調書六項、同年四月六日付調書によれば、右日時以前の昭和三六年七月一〇日頃被告人長嶺、同吉田及び新井が料亭「香川」で被告人久保を招待して、カラーテレビ問題を議案審議の終了後に説明することを相談したとき、総会議事の原稿ができていた旨の記載とも矛盾するのであつて、右星野証言をそのまま信用することができない。のみならず、仮に証人星野の供述により、原判示のように「同人(星野)は会社株式課長として例年の事務手続に則つて右総会の一週間前頃各議案を審議した後に巷間の噂から多数の人達が関心をよせている長尾のカラーテレビの発明について社長から説明することとし、その方針のもとに議事進行についての予定案を作成した」(原判決書六六、六七頁)とするも、このこととは別に前記のごとく昭和三六年七月一〇日前後頃議案先議の方針が会社幹部の間で議せられていたことが明かであるから、星野株式課長の考えが偶々被告人らの考えと一致したことになり、別段異とするに当らないのであつて、これをもつて被告人保母らに不正の請託をなす意図のなかつたことを示唆する客観的事情とはなしえないのである。

五(前同―その三、第八六回株主総会前における金員授受の趣旨の検討)

原判決理由第二節の(無罪の判断)の第一「各株主総会前後の会合および金員の授受」の項で説示するように、関係証拠によれば、被告人久保に対し第八六回株主総会前の昭和三六年七月下旬総務部長新井正吉が会社内で現金七万円を、右総会後の同年八月初旬頃被告人長嶺、同吉田の両名が東京都港区芝公園第一四号地八番地被告人久保方で現金一〇万円を各交付し、被告人松本に対しては株主総会前の同年七月下旬新井が被告人久保を介して同都千代田区大手町二丁目二番地株式会社アルプス内で現金三万円を、右総会後の同年八月上旬頃会社取締役上杉弥一が同所で現金一〇万円を各交付し、以上の各金員はすべて会社から支出されたこと、また関係証拠によれば、同年七月一〇日頃被告人長嶺、同吉田及び新井が同都中央区宝町三丁目六番地割烹店「香川」に被告人久保を招待したこと、同月二八日株主総会の直後、会社社長国行一郎及び新井が被告人久保を同人方に、被告人松本を前記株式会社アルプス内に訪ねて右総会に際しての尽力につき謝意を表明したこと、同年八月四日国行、被告人長嶺、同吉田が同区日本橋浜町一丁目二番地料亭「田川」で被告人久保を接待したこと、同年一〇月二一日被告人保母及び会社取締役上杉弥一が被告人松本をゴルフに招待し、その帰途被告人吉田を交えて同区日本橋浜町一丁目二番地料亭「富久井筒」で被告人松本を接待したことを肯認することができる。

ところで原判決(七〇頁)は、右金員の授受の趣旨につき、証拠上、「被告人久保が会社の総会の事務を担当していた前記新井に対して右総会では総会荒しが、しゆん動するから、その対策費がいると語り、その結果右金額が特別分として割増しされたものであり、また総会後における異例の金員交付の事実および謝意の表明は議事の進行について尽力してもらつた謝礼のほか、困難な総会を無事終了することができた祝意の表明でもあつたとみるのが相当である」と説示している。

しかし原判決の掲げる証拠たる新井正吉、被告人保母、同長嶺、同久保の各調書には総会荒しが、しゆん動するから、そのための対策費がいるとのことで特別分として割増しされたとの趣旨の記載はなく、右各調書によれば、昭和三六年七月一〇日の料亭「香川」における会合で第八六回株主総会の議事進行について話し合つたとき、カラーテレビの問題で株主の発言もうるさいだろうから、総会屋に対し、普通の総会のときよりは特別に多額の金を出すことになつたとの供述記載があり、これに新井正吉の昭和三七年三月二七日付、同月三〇日付各調書、被告人長嶺の同年四月六日付、同月八日付各調書、被告人保母の同月一一日付調書、被告人吉田の同年三月二〇日付、同月二七日付、同年四月二日付、同月六日付、同月一二日付各調書、被告人久保の同年三月三一日付、同年四月二日付、同月九日付各調書、被告人松本の同年四月三日付、同月六日付各調書並びに原審証人上杉弥一、同大森矯次の各証言を綜合すれば、昭和三六年七月一〇日頃「香川」において被告人長嶺、同吉田、新井正吉の三名から被告人久保に対し第八六回株主総会の議事進行の取り計らいを依頼した後、被告人久保が会社に何回か赴いて国行社長、被告人保母からも右議事進行の取り計らいを頼まれたが、同年七月二〇日頃会社内において被告人長嶺、新井は久保との間に同人の系列及び配下の総会屋に贈る謝礼金などを定め、これを被告人保母、同吉田にも報告して承認をうけたのであつて、その金額は通常分、特別分に区別し、通常分は二〇〇〇円から二万円まで三三名分計一〇万七〇〇〇円(そのうち被告人久保二万円、同松本一万円)、特別分として三六名分、一〇〇〇円から五万円まで計二四万二〇〇〇円(そのうち被告人久保五万円、同松本二万円)であつたこと、同月二二日頃新井は会社内において被告人久保に対し同人及び被告人松本の分を含め通常分二九口計一〇万六〇〇〇円、特別分二七口計二二万六〇〇〇円を手渡し、その他の分は被告人吉田らから直接に当総会屋に手渡し或は郵送したことを認めることができる。

なお今回の拠出金額と従前の拠出金額を記載した前同押号の一二の封書の金額とを対比するときは、今回の特別分はその二倍或はそれ以上にあたること、また原判示(判決書三六頁)のように従来、増資など特別の議決事項のある株主総会であつても、平常支出している謝礼のほかにその五割位の金額を別に渡しているにすぎないこと、また原判決理由第二節の(認定事実)の第一の(五)発表後の反響と会社の対策の項で認定されたように会社側は色々の手段をとつたにも拘らず、長尾磯吉からカラーテレビに関する技術的及び理論的解明をうけることができず、結局一般株主を納得させる説明をするに足る資料をもたずに第八六回株主総会に臨まざるをえなかつた状況にあつたことをも加えて考慮するとき、増額した謝礼供与の趣旨は、原判決説示の「総会荒しが総会で、しゆん動するからその対策費」として渡されたものではなく、新聞、週刊誌の記事などによつてカラーテレビ問題の疑問点を知つた一般株主が総会で質疑したり、会社役員の責任を追及しようとする場合に、被告人久保らが配下系列の総会屋と共に総会を短時間で無事に終了させるためにその発言を押え、議決権行使に制限を加えることの謝礼であつたとの疑念を起こさせるのに充分である。

六(前同―その四。第八六回株主総会の議事進行の検討)

本件の商法四九四条一項一号、同二項違反罪は、株主総会における発言又は議決権の行使に関して不正の請託をうけた上、財産上の利益を収受し、また右の利益を供与したとき成立するから、もし株主総会の以前に利益の授受があつたとすれば、総会で現実にどのようにして株主の発言又は議決権行使を妨害したかどうかは犯罪の成否に関係ないのであるが、ここでは第八六回株主総会における被告人久保、同松本の言動を検討することにより、遡つて不正の請託がなされたかどうかを判断する一資料としよう。

原判決理由の第二節の(認定事実)第四、本件各株主総会の模様の(一)第八六回定時株主総会の項(原判決書三七ないし四一頁)で認定された事実にもとづき「その総会では、総会屋たる被告人久保および同松本において、会社のいわゆる提燈もちをして会社議案に賛成演説をし、たくみに議事の進行をはかり、国行議長はこれに力を得またはこれに促されて議事を運んでいつたものであり、……被告人久保および同松本らの総会屋が右カラーテレビ問題を先きにせよとの株主の発言を頭から押えつけたり、その他、株主の発言があつた時に、その腰を折り、またはこれを弥次り倒したりなどまでして、その発言を封じ、議長も反対意見を無視して、多数の力を頼んで強引に議事の進行を図るなどの不公正な方法をとつたとは認められない」「カラーテレビの説明会ではいささか常軌を逸した言動が見当らないわけではない」と説示している。

この株主総会の模様については、原審公判で検察官、弁護人申請の各証人を尋問したが、各証人は申請当事者側にほぼ有利な供述をしているが、右総会における議長(社長)、総務部長、被告人久保、同松本を含む各株主の発言は、評論新聞社発行の「評論新聞」一〇一号、昭和三六年八月一五日号「東洋電機カラーテレビ騒動を衝く。定時株主総会後の本社速記による顛末記」(前同押号の五〇)が、大体において正確であることが、原審証人伊奈繁の証言に徴して肯定される。

右の「評論新聞」の速記録によれば、各株主の発言は、A株主、B株主、以下C、D、E、F、G、H、I、J、K、L、N、O、P、Q、R、S、T、V、Wの各株主の発言として示されているが、右発言の内容に、原審証人萩原一義、同乙部融朗、同佐久間景義、同吉田広作、同御喜家安太郎、同藤沢明、同山崎竜也、同高山卓、同津野田俊一、同熊谷政喜、同川島福三郎、同飯島誠一、同沢田正一、同安田正雄、同佐藤友作、同中村定、同細谷洋一、同浜井俊雄の各証言、当審証人新井正一の証言、昭和三六年八月二日付週刊決算ニュース写、司法警察員小薬与一作成の捜査報告書添付の「東洋電機株主総会並びに説明会の概況について」と題するレポート写及び第八六回株主総会出席者名簿(前同押号の一八の一部)を対比して考察するときは、A株主は栗原尚、B株主は被告人松本、CまたはG株主は被告人久保、D株主は沢田正一、E株主は丸本某、F株主は遠藤忍、H株主は喜御家安太郎、I株主は萩原一義、J株主は高津大太郎であることが、一応、推察されうるのであり、更に右各証拠に当審における事実取調の結果及び押収されている昭和三六年六月三〇日開催の取締役会議事録(前同押号の二の一部)をも加えて検討するとき、次のような事実が認められる。

第八六回株主総会の会議の目的事項たる第一号議案は、昭和三六年五月三一日現在の財産目録、貸借対照表及び第八六期(昭和三五年一二月一日から昭和三六年五月三一日まで)営業報告書、損益計算書並びに利益金処分案承認の件、第二号議案は取締役全員任期満了につき改選の件、第三号議案は退任取締役及び監査役に対し慰労金贈呈の件であつた。この総会は、カラーテレビに関心をもつ多数の株主、被告人久保の配下の総会屋、報道関係者、証券会社員らが三〇〇名をこえて出席し、相当数のものが会場の椅子に腰かけられず、立つている状況であつた。

議事の状況は(一)議長の挨拶から議案審議に入る以前の段階(二)議案審議(三)カラーテレビ説明会の三段階に分けられるが、(一)の段階で午前一〇時すぎ議長の会社社長国行一郎が挨拶の後、これより営業概況について報告申上げたいが、予めご了解を願いたいのは、本日の議案終了後にカラーテレビの件の説明をしたいと述べたところ、反対賛成の声があり、栗原尚から、カラーテレビの問題に関連して会社経営陣の不信任案を動議したいので営業報告の前にカラーテレビの説明をされたいと述べたところ、被告人松本は「ただ今、株主から動議があつたが、私の意見を述べる。この日本の学者は技術家と称する者も、私はあまりにも偏見性があるんじやないか。これは日本の学者だけじやないんです。これは古い昔にさかのぼると、コロンブス(コペルニクスの誤記であることが明かである)が地球はまるいということを唱えたときに(「簡単々々」の声あり)学者はこれを否定したんです。気違い扱いしたんです。しかもそれをたつた一人、是認した学者は投獄されたというような事実がある。それにもかかわらず今日ではこれを否定する者は一人もいない。しかしながら、それをその当時唱えた学者が一人で自分の責任を問うたことがない。これは昔の話でありますが、今日の科学はどうか。たとえば年中使われておりまするところの「ウリのつるにはナスビはならぬ」これは日本のどつかの国で、きようも唱えられている筈であります。ところが今日では立派にウリのつるにナスビはなるんであります。しかもこの水と油は絶対に融合しない、これも耐面合成剤の研究によつて十分可能なことが発明された。にもかかわらずこれを訂正しようとしない学者は―これはもちろんマスコミの罪にもあると私は思う。要するにも少し学者、技術者というものは、この相手方の研究に対する(「簡単々々」の声あり)……認めていただきたい。そうすれば今日当社は多少の会社の経費を使つて、いろいろ研究をしたところで、これをとがめるのが間違つている(失笑)。たとえば炭鉱会社は(「簡単々々」の声あり)、もう少し聞き給え。……探鉱費というものに経費の大部分を費している。これは全部が全部成就しない。その研究費用が全部モノになつたら(「簡単々々」の声あり)、どこも損する会社はない。こういうことを十分私は学者ならびに株主諸君も考えていただいて、そうして、いまこの問題が成功するかしないかまだハッキリされていない。一大発明になるかわからない。それまで私は十分と育てるように、この発明が実るように私は協力していただきたいということを申し上げたい。たとえば議案でありますが、ただいまからこの問題について議案をあとにせいというようなことでありますが、今日も第一議案として提案されたこの議案は安定配当として一割五分持続して、株主としては文句のないところです。これをいまそういうことで遅らされるということになると、明日から配当金がもらえないという結果になる。だからその問題は先ほどの提案の通り、あとで十分ご説明なさつて、そうして第一号議案はどうか一つ(「簡単に簡単に」の声あり)上程していただきたいと思います。(「異議なし」「採決」の声あり)(拍手)」と述べた。

右の発言に対して前記栗原は再び営業報告をする前にカラーテレビの説明をするように反駁したが、被告人松本は「ただいまの株主は、要するに(発言する者多く)……というような話でありまするが、今日この再選にあたつても委任状はすでに六〇%よつている。そうしておそらく今日これだけ多数の出席株主のなかでも大部分は経営当局を信頼していると私は考えるのであります。そしていまの株主がどうおつしやられようと一号議案に移つていただきたいと思います。(拍手)」と述べ、議長は「それでは議案に入れていただきます」(「議長々々」という者多し)といつて議案の説明に入ろうとし、被告人久保も、議案を先議すべきかどうかについては出席の株主に対し番号順をもつて順次に賛否を述べさせてはどうかとの意見を申し出た。

このとき二〇〇〇株の株主で公務員の沢田正一が「いまのカラーテレビの問題で私は関心をもつてきたのでありますが、これの会社側の弁明にはかなりの時間を要すると私は思います。それに関係のない内容の第一号議案と第三号議案は、これはカラーテレビと無関係でありますので、この議決を先にしていただいて、そのあとでカラーテレビに関するところの会社側の所信をはつきりしていただいて、そうしてそれから第二号議案の役員改選の件というものを最後にやらせていただきます。カラーテレビの問題如何によつては、この問題は相当に私は時間をくう余地があると思いますので、順序を一号議案、三号議案を先にすましていただいて、それからカラーテレビのことについて会社の所信を明らかにしていただく。それからこの二号議案、これをやつていただきたいと思います」と述べたが、被告人松本は「いまの株主の提案でありますが、おそらくそんな例はほかの株主総会にないんです。そして何百人の出席者があるし、一々ここで……要するに議長が判断して議長の権限において賛成が多数と認めるという場合には、どうぞそれに押し通して下さい。それでないときようの総会はまとまりませんから。(拍手)」と述べ、丸本某なる株主もこれに賛成して午前一〇時二〇分頃議事に入つた。(二)の段階に入つたところ、議長の第一号議案の説明に対し遠藤忍がカラーテレビの試作研究費はいくらかとの質問を発し、議長は「約六〇〇万円でございます」と答え、被告人松本は「ただいまの営業の概況によりまして十分了承せられると思います。暑いときでもありますし、まだこれから何時間カラーテレビの説明があるか分りません。議案は結構な議案でありますから、このまま賛成して可決したいと思います。まず監査役の監査報告をお願いして賛成したいと思います(「賛成」の声あり)。」と述べ、監査役の報告後、議長は第二号議案を説明し、「任期満了による後任の取締役全員の選任方法はいかがいたしましようか」と問うたところ、被告人久保はこれは候補者名簿を頂戴しておりますので、私どもはこの候補者どおり……選任の方法はまず議長は御留任を願つて、他は議長の指名によつて……(「賛成」の声あり)」と述べて、議長は第二号議案を終了せしめて、第三号議案を説明したところ、被告人松本は「提案の理由につきましては、ただいま詳細な説明がございまして、まず贈呈するということに決定したいと思います。しかしこれの贈呈方法、その金額、時期、方法一切をあげて取締役会にお任せいたしたいと思います。どうかしかるべく、ご丁重にお願いいたします(拍手)」と述べ、議長は「ありがとうございます。……三号議案は完了いたしました。ではこれをもちまして、本日の議案の審議の全部を終了いたしましたので、総会はこれで閉会といたします(拍手)。ありがとうございました」と閉会挨拶をした。

(三)のカラーテレビ説明会の開会の挨拶は、午前一〇時三〇分頃議長席をおりて説明者の席についた国行社長によりなされたが、被告人久保は「遺憾ながら私は電気のことはまるつきり知らない。ことに発明者(長尾磯吉を意味する)が会場に見えないのだから、しろうとの説明より本物をみて、そうして発明者自身の説明を願えば分る。NHKの時間の都合で本物を見せていただきたい。そうするとよく分る。話しだけではどうもよく納得できない。(「賛成々々」の声あり)(拍手)専門家でない人が説明をなさるということは……」と述べると、「馬鹿やろう。何をいうか」「じじい、引つこめ」との騒然たる野次がとび、久保は「あんた方は専門家だからよく分るだろう。よく聞いていきな」といつて他のものと共に退場した。

説明者席の社長は「ちよつと、いまのご発言はよろしゆうございますか。われわれは、われわれとして考えがあるわけでございます。いまどうも……。だからお話を申し上げまして、それから只今色をみたらどうかという御提案もございましたが、これも夜になりまして……いろいろの支障もあることと存じまして、現在までのカラーテレビの経過を御報告を申し上げたい、こう考える次第でございます」と述べて、カラーテレビの発明者たる長尾磯吉を他人から紹介され、会社の嘱託として研究に従事せしめた経緯、会社の株価がカラーテレビ試作の噂のため高昇したこと、カラーテレビ試作発表会とその後の模様、カラーテレビに関する理論を公開しないのは発明者保護のためであり、これにつき特許がえられると理論を公開するが、企業化までには、未だ道が遠いことなどを詳細に述べたところ、被告人松本は「これはあなたが、随分うまいこと説明されましたけれども、何といつたつてあなた方に少し早まつた点がある。これはちよつと軽卒だつた。これだけは今後もあることですから、一つ注意してもらいたい。あんまり暑いので、そんなところで……」と述べた。

続いて御喜家安太郎ほか二、三の株主から、長尾の発明は特許がおりたかどうか、六月二八日の試作及発表は時宜を得なかつたのでなかつたか、週刊誌によれば社長の子供ないし会社関係の人が株相場の変動に乗じて株をやつているとの記事があつたが真実かどうかの質問を発し、これに対して社長は「先ほどの中で長尾の発明発表の時期が早かつたんではあるまいかと、こういうお話しです。これは私も今の長尾さんとよく相談をしたわけでございます。もう少し慎重にやればよかつたとこう思います。これはこの席をお借りしまして、お詑び申し上げます。それからその次に特許が出ていないんじやないか、こういうお話しですが、これは、私は拝見いたしております。八件の特許をお出しになる予定でございました。五件出ておりますが、あとの三件は非常にいろいろなゴタゴが出て参りましたが遅れております。先ほど申しましたように長尾は今も特許書類を書いております。……それから、もう一つは会社に対する、疑惑でございます。ことにまあ、私の子供が株をやつておると、こういうようなことも週刊誌で拝見いたしましたが、私は甚だ残念なことでございまして、そういうことは決してございません、会社の内部でも誰一人やつているものがないことを、声を大にして申し上げます(笑声)(「あつたらどうする」「必要ない」などの声あり)」と答えた。

それから、高津大太郎、日種某らより「当会社は国鉄からの落武者落伍者、たとえば大村という常務のごときものを集めているが、こういつたことが、今日にいたつた発端の原因だ」「人身攻撃はやめよ。株主は配当さえ保障されれば、それで十分だ。会社は一割五分の配当をするといつているのだ。反対者の発言はカラーテレビを信じようとしない連中であり、賛成者は信じているのだ」、御喜家安太郎は、「こういう事態を醸成したのは、取締役会の責任である。だからこういう結果になるんで、こういうことは今後もあることでから、外部に対する発表については大いに慎重にし、少くとも発表した段階においては、何が起こつても……という信念のもとに取締役としては発表してもらいたい。これ以上やりましても無駄だと思いますから、このへんで御閉会願いたいと思います」と述べ、社長は「長尾の発明を信じているからやつているんです」と答えた。

被告人松本は「たとえば再三触れたように活性剤なんてのは三年間研究して漸くにして分りかけたような程度です。半年や一年で結論は出ない。そこでもちろんあなた方は……(「その通りと思うんです」という声あり)そこであなたが―会社が株主の信頼をえて代表者になつておるんだから、どうしても手がけた問題は必ずなしとげてみせるということ―これは必要だと思う。これは株主から申しますと、あなた方経営者に全部責任を負わすということは残酷だと思う」と述べた。

他の株主の発言に対して、社長が「実際整理いたしますと、まだ特許で申し上げかねる点が相当ございますので、それをここでいえと、こうおつしやつてもなかなかいえないもんでございます」と答えるや、被告人松本は「これは技術の問題もあるけれども、私が―きよう皆さん方は株で損した人が非常に……この問題だろうと思う。(笑声)そこで私は先ほどからも、当社の株価の問題が出ているが、当社の株が三〇〇円以上というのは、これは不思議でしようがない。一体どこに三〇〇円という値打があるのか。(「カラーテレビの問題……」という声あり)そこで三〇〇円以上の―これから先三年五年後の増資を含んだ値段か、これはあとのこと―これから先のことで、これをおり込んで三〇〇円以上している……技術の革新とか、四〇〇円も五〇〇円もいくというようなことは、普通の投資家のやることじやない。……いちかばちかの一六勝負やつてる。こんな責任を一々会社へもつてこられたら……(「その通り」「下らん議論聞きたくない」などの声あり)一〇〇万に一本しか当らない宝くじを買つて……(「株式の大会じやないよ」など発言するもの多く場内騒然)」と述べた。

社長は、長尾の技術についての質問に対して「長尾さんの技術は信頼いたしております」と繰りかえし答え、株主より、長尾は会社の嘱託になつているが、パテントはどこに帰属するかとの質問に対し、「長尾個人に帰属する」と答え、カラーテレビの説明をするや、被告人松本は社長に対し「あなたは最前から技術的な問題を盛んに答弁しておられるんですが、ここへ来ておる人はどういう人たちかあなたよく分つてますか。これは要するにスパイですよ、あんた(笑声)(「スパイとは何だ、スパイとは」など方々から発言する者多く場内騒然)そういう人もいるんだ。(笑声)何とかこの事実を……(「スパイとはあんただ」「それをあんた揚げ足をとつて」「揚げ足じやない」「スパイとはお前だろう」など発言者多く場内騒然)一々答弁していたら大変なことになる」と述べ、高津大太郎より「限られた時間ではありましたが、それぞれの方が代表的に開陳されたと私はこう思います。そうしてあと残つた問題はむしろこれは派生的な問題ではないかと思いますので速やかに一応閉会なさつてもらいたいということをお願いいたします」と述べ、社長も閉会しようとしたが、閉会に反対の声があり、社長は「これ以上は特許の問題にかかつておりますので、その特許を受理されましたら公表いたしますと、こう申しておりますので、だから只今ここで色々と御議論がございましたり、或は御不審がございますが、それを我々が今一つ一つ申しあげるわけにはいかない。だからこれで大体終つたんじやないかと私は考えたんです」と述べ、場内騒然たる中に、長尾の発明研究を当初、援助していた萩原一義が立ち上り「長尾の発明したカラーテレビは絶対に信頼できる。学者の間にも批判している人もいます。私たちが東洋電機と結んでいるために、ある学者は大メーカーのために賛成することができないのであります。嘘だと思うなら、新聞雑誌をみてごらんなさい。全部、裏をかいているんです。これは東洋電機から秘密を盗もうというのも、マスコミに入るんです。(拍手)(中略)私たちは『君たちがそんなに欲しければ一〇億の金を積んでこい』というほど確信をもつておりますから、あとは東洋電機さんがその事業を速やかに事業化するかという問題であります。それしかないのであります」と述べた。

株主乙部融朗が興奮して(この人は僧侶であるが、かねてカラーテレビを研究しており、六月二八日に開催の長尾のカラーテレビ試作品発表会に出席して、長尾の発明に大きな疑問を抱いていたもので、知りあいの株主から委任状をもらつて出席していた)、「あんなインチキ品はない。あんなものに会社は投資するのをやめよ。私は公開当日この目でみたのだ。東芝製のものと全く変らない」と述べると、他のものが「お前は東芝製品とあのテレビを同時にみたのか。何をもつてインチキ呼ばわりするのだ。お前は株主なのかどうか」と発言し、乙部は「私は株主だ。東洋電機を愛するが故にいうのだ。私は一〇〇〇株もつている」と答えるや、前列の株主席のもの数名が乙部の傍らに来り「一〇〇〇株ばかりで大きなことをいうな。お前が当日現物をみてインチキだと思つたなら、なぜあの日に株を手放さないのだ。三〇〇円で引きとつてやるから持つてこい。お前はどこかのヒモだろう」と罵倒し、騒然たる中に総務部長の新井が「いろいろ論議はつきないこととは思いますが、社長は決して皆さんに公開しないと申しているのではございません。特許手続中のため、現在はこれ以上申しあげかねるといわれているのです。特許が済み、企業化の検討が終り次第、皆様に納得のいくようお知らせすると申し上げているのであります。午後続行との御意見もありますが、この会場の借用時限は一二時までとなつておりますので本日はこれで散会といたしたいと存じます。本日はお暑い中を多数御出席下さいまして有難うございました」と述べて閉会となつた。

大体において総会の状況を以上のように認定しうるのであるが、この事実のほかに前記証拠に現われた被告人らの言動を加えて考察するとき、被告人久保、同松本は、かねての打合せのとおりに議案を先議し、その後にカラーテレビの説明会を開くとの議長の演説原稿のとおりに議事を進行させる方針のもとに、他の同系列の総会屋と共に総会に臨んだが、議場は平生の総会とは異なり終始異常な緊張した雰囲気に包まれ、屡々発言の如何により騒然となつたが、特にカラーテレビ説明会では、緊張の度合が強かつたこと、被告人久保、同松本は議長席に向つて中央の右手前方附近の座席に双方が若干離れて位置し、久保は座席から合図を送り、また配下の総会屋と共に適切な言葉を発して議事進行を促し、或はカラーテレビ説明会の冒頭に捨て台詞を残して退場したり、一方被告人松本は、他の株主からの簡単に述べるようにとの発言を無視して長広舌を振い、他の気勢をそぎ、巧妙な言葉をもつて議長(説明会では社長)の答弁を支持援護し、一般株主の発言にスパイ呼ばわりをしたりなどし、予定の午前一二時の会場借用時間切れを合図に閉会に持ちこんだことが窺知されるのである。

もつとも前述のごとく一般株主たる沢田正一、乙部融朗らほか数名の発言、また栗原尚、遠藤忍の発言を許しているけれども、これは被告人久保らが総会の異常に緊張した雰囲気に照らして、会社に不利な、すべての発言を頭から拒否するとの方法をとらず、ある程度の発言、質問はやむを得ないものとしてこれを許容しつつ予定の時間内に総会を終了させようとしたためであると推考しうる余地もあるので、右のような発言、質問がなされたとの一事をもつて前記認定を左右することはできない。

かくて認定事実に徴すれば、被告人久保、同松本らは株主としての本来の正当な発言または議決権の行使をする意図はなく、これらの発言に名を籍りて、即ち株主権を濫用して発言をし、議事進行を相当に強引に図つたものというべく、(これは単なる議事の進行係、世話役ないしリーダー役としての範囲を逸脱していることは明かである)原判決の「不公正な方法をとつたとは認められない」(判決書六八頁)との説示は誤断と解すべきである。

七(前同―その五。第八六回株主総会後における金員授受の趣旨の検討)

前示五の(前同―その三。第八六回株主総会前における金員授受の趣旨の検討)で述べたごとく、原審はその挙示する関係証拠から推して「総会後における異例の金員交付の事実(被告人久保、同松本に対し各現金一〇万円を交付したこと)及び謝意の表明は議事の進行について尽力してもらつた謝礼のほか、困難な総会を無事終了することができた祝意の表明でもあつたとみるのが相当である」(原判決書七〇頁)と解したけれども、このように総会終了後に金員を贈つたことは、原審証人上杉弥一の証言、被告人長嶺の原審公判における供述に徴するも全く異例ということが窺われるし、通常の総会に際しては被告人久保の二万円に対し被告人松本は一万円であり(この点は関係証拠により認定された原判決理由の第二節「認定事実」の第三事実参照)第八六回株主総会で、増額するに当つても、被告人久保は五万円、同松本は二万円と差等のあつた両名に対し、同額の各一〇万円が供与され、また総会無事終了の祝意ならば他の総会屋にも供与されることが考えられるのに、特に右両名にのみ供与されたのは、前示六の第八六回株主総会における被告人松本の発言挙動の効果を大きく評価すると共に、松本以下の総会屋を使つて、予定のとおりに総会乗切りを果した被告人久保に対し特に不正の請託をなしていたものであつて、この供与も右請託に伴う報酬といわざるをえない(総会前における金員供与とその後におけるそれとの支出の形式手続が異つていたことは、両者の本質の差異を示すものではない)。しかも被告人松本の発言は前叙のごとく、カラーテレビ問題を解明して会社の経営状態を明らかにした上で役員選任の可否を決したいとの株主の発言をしりぞけ、そのため役員選挙に際し議決権を行使するに当り、その判断資料となるカラーテレビ問題についての会社側答弁をさせずにすませたのであるから、その謝礼が不正の報酬となることは、被告人松本も明らかに認識していたことが予想されるのである。

八以上の検討により、原判決が前示一の新井正吉及び被告人五名の検察官に対する供述調書の記載を措信し難いとする背景として認定説示した客観的諸事情は、いずれもその認定に誤りがあり、又はその評価が失当であるといわねばならず、かえつて右各調書の供述記載が客観的諸事情にも合致し措信するに足ることが明かとなつたといわねばならない。

従つて新井正吉及び各被告人の検察官に対する供述調書及び如上の、措信すべきものしして引用した各証拠を綜合すれば、本件第八六回株主総会関係の公訴事実は優にこれを認定しうるものというべく、これを否定した原判決はこの点において判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるものといわなければならない。

前同控訴趣意第二点(事実誤認について)の第二(第八七回定時株主総会関係事実)について

一(被告人五名の検察官に対する供述調書に関する原審の証拠判断の検討―その一。第八七回株主総会を迎えるまでの客観的事情)

原判決理由の第二節(無罪の判断)の第二「株主総会における発言または議決権行使に関する不正の請託の有無」の「(二)第八七回定時株主総会」の項の(1)の中で(原判決書七四頁一行目から七五頁四行目まで)、その列挙する証拠によれば「国行社長辞任後、社長事務を代行していた被告人保母、新たに総務部長の事務をとることになつた井上一が前記『田中家』において被告人松本に対して『今度の総会にはよろしく』といい、また被告人吉田、右長嶺および井上が前記『きた駒』において被告人久保に対してやはり『総会のことはよろしく』といつて、右総会の議事進行方についての協力を依頼したこと、そして被告人保母から被告人久保および同松本に対して右総会の冒頭でカラーテレビ問題について会社幹部に不手際のあつたことを株主に対して陳謝する方針である旨を伝えていることを認めることができるけれども、そのほか具体的事項にわたる明示の依頼があつたことを窺うことはできない」と解し「右のような依頼の動機ないしはその真意はどこにあつたか、さらに総会屋の協力を求めた理由はどこにあつたかを考察し」「この点に関する証拠をみるに、被告人保母の昭和三七年四月一一日付調書および同月一四日付調書三項、被告人吉田の同月一二日付調書、被告人久保の同月二日付調書(後綴りのもの)二項ならびに被告人松本の同月九日付調書八項および九項の各記載は、一応すべてを網らしてはいるが、かえつて重点を捉え難く、被告人保母および同吉田が被告人久保らの総会屋に依頼した真意を掴むことはむずかしく、他の証拠や諸事情に徴して、これを判断しなければならない」と説示して、各種の諸事情および証拠を考察し「全証拠をもつてしても、本総会における他の株主の議決権の行使を妨げる旨の不正の請託の存在を窺うことはできない」との判断を加えている。

当審は前記の第八六回株主総会に関する客観的諸事情について原審の加えた認定及び判断を批判して、これに反する認定及び判断を加えたのであるが、この認定、判断を前提とし、また原審が関係証拠により原判決第二節の(認定事実)の第一「(六)その後における長尾との交渉等」において判示した事実のうち「昭和三六年七月二八日に開催された第八六回定時株主総会後においても、会社は長尾に対し特許申請手続を了したうえ理論的解明するよう要求しつづけたけれども、長尾はすでに同年六月七日特許庁に対し「電子管を使用したテレビにおける電源回路方式」と題する特許出願をしたのをはじめ同年七月二四日までにカラーテレビに関する合計五件の特許出願をしたのに、会社に対して言を左右にして技術的解明に応じなかつた。ここに至つて、会社では同年(三六年)一〇月三一日もはや長尾を信頼することはできないものとして、長尾との契約を解除し、国行社長はカラーテレビ問題の責を負つて同年一一月二八日社長を辞任した。なお同年一月から七月末までの間に会社から長尾に対し研究手当ほか特別研究費、貸付金等の名目で支出された金額は合計約金八〇二万円に達した。そして株価も旧に復したので東京証券取引所は同年九月一八日をもつて前記各措置を解いた。同日の株価は二〇四円となつていた。……しかし昭和三七年一月二〇日会社および会社役員宅は、警視庁により長尾に対する証券取引法違反等被疑事件について捜索差押を受けた」との事実、また会社が長尾を信頼することができないものとし、昭和三六年一〇月三〇日付をもつて長尾との契約を解除した以後の、次に示す新聞、雑誌などの報道、評論記事の内容、これにより会社の株主がうけたであろう精神的動揺、その動揺を配慮したうえ、会社側がとつたであろう第八七回株主総会対策を予想しつつ、原判決のなした供述調書に対する証拠判断を検討しよう。

原記録によれば、右の会社が長尾との契約を解除した日以後の、新聞雑誌等の反響記事としては(イ)昭和三六年一一月三日付毎日新聞の「兜町の怪談・テレビ騒動」「カラーのカラはからつぽのカラ。躍つた街の発明家。東洋電機、新分野への夢破れる」「大衆投資家は泣く」と題する六段抜きの記事(ロ)同月二日付日本経済新聞の「東洋電機のカラーテレビついに立ち消え」「契約を打ち切り発明者長尾氏に通告」の記事(ハ)同日付毎日新聞の「幻のカラーテレビ、東洋電機、新発明あきらめ長尾氏と関係断つ」の記事(ニ)同日付産経新聞の「長尾氏のカラーテレビ、事実上のニセモノ」「東洋電機が縁を切る、内容公開をこばむ信頼できない発明家」の記事(ホ)同日付毎日新聞(夕刊)の「結局、踊らされた! 東洋電機のカラーテレビ。社長ら、責任で退陣へ」の記事(ヘ)同日付日本経済新聞の「東洋電かぶとをぬぐ」の記事(ト)同月三日付毎日新聞「余録」欄の「十万円のカラーテレビということで、真偽をめぐつてジャーナリズムをにぎわした東洋電機のカラー・テレビは同社が発明者といわれる長尾磯吉との契約を破棄したことで、結局ニセモノということを認めたことになつた。……しかし軽卒な経営者の責任はあとを引きそうだ。……大衆投資家は同社の株でどれだけ損をしたことだろうか。同社が一流会社であり、投資家は会社の格を信じて、大切な金をなげ出しているのだ。経営者の責任は重大である」の記事(チ)週刊雑誌「アサヒ芸能」一一月一九日号二三頁の「やつぱりニセものだつたか―東洋電機カラーテレビ騒動に幕」の記事、特に「東洋電機が長尾氏より受けた損害は約一八〇〇万円といわれているが、その長尾氏を告訴しようとしない同社の態度も、フシギといえばフシギである」の記載(リ)「経済文芸」九月号三四頁以下、四九頁「東洋電機カラー・テレビの真相。企業では″犯罪の裏に資金繰りあり″野村(証券株式会社)の演出とその成功」の記事(ヌ)「週刊朝日」一一月一七日号八頁以下「″色″つかなかつたカラー・テレビ。科学に弱かつた電機会社の話」の記事(ル)「法律公論」九月号六二頁以下「東洋電機事件の社会的責任を問う」の記事が挙げられる。もつともこれらの記事報道は、会社が長尾に対する嘱託を解除した後ではあるが、国行一郎が社長を辞任する以前のものであるため、辞任後はどのような反響があつたかについては特段の記事がないため一考を要するが、例えば(ヲ)の週刊朝日の記事の中には「納まらぬ一般投資家」「経営者の総退陣も」の項に「国行社長は『新製品の発表会といえば、当然、理論的解明をすべきところを、自分の軽卒さから、株主の皆さまに、たいへんなご迷惑をおかけした。経営陣の進退は一月開かれる総会に一任してある』と株主にクビを預けたかつこうである。こんどの契約打ち切りを進言したのは、株主の久保祐三郎氏(被告人)だ。『一〇月三〇日、社長が会いたいというので行つたところ、長尾氏から製作を一任してくれ、と申し込まれて弱つている、という話だつた。そこで、わしは、いまさらそんなバカな話があるか。一日も早く手を切り、世間に発表すべきだ。次の総会も近づいている。このまえの総会でヤジつたのは、うまく売り逃げた連中で、攻撃力も深刻じやなかつた。が、こんどはそうはいかん。被害者が総攻撃を加えてくるだろう。重役を左遷したくらいではダメだ、といつておいた。株主にいわせると、臨時総会を開いて総退陣を迫るか、長尾につぎ込んだ、株主のカネ一〇〇〇万円を個人弁償するか。とにかく手を切つただけでおさまるもんじやない」また「くい物にされて血の叫びを上げている一般投資家の気持ちがこれで納まるものでもあるまい。一月の株主総会までにまだまだひと波乱はまぬがれそうもない」などとあるのをみると、社長の辞任によつて一般株主の関心が薄らいだと解するのは早計であろう。

二(前同―その二)

被告人保母の昭和三七年四月一一日付、同月一四日付各調書には、被告人保母が第八七回株主総会においてもカラーテレビの問題で荒れることを予想し、責任の一半をになう自己が初めての議長であるだけに一層、総会における株主の質疑や発言に対して如何に処置するかを心配し、そのような発言のないように議長としては総会の冒頭に株主に陳謝して低姿勢をとりつつ、一方被告人久保、同松本らによつて総会をリードして貰うことを依頼したとの記載、被告人吉田の同年四月七日付、同月一二日付、同月一四日付各調書にはカラーテレビがインチキだということで、昭和三六年一〇月長尾との嘱託を解除したことや、長尾に合計約八〇〇万円の研究費を支出したこと、損をした株主が出席すること、長尾の件で国行一郎が社長をやめたことなどで第八七回株主総会は相当に荒れると予想されたので、三七年一月一〇日頃の決算役員会で総会の冒頭に陳謝の意を表し、また国行前社長が責任をとつて辞めたことを発表して議事に入ることを決め、その頃被告人久保が来社したとき被告人保母、同長嶺、私、井上総務部長同席で被告人久保に対し役員会で相談したことを話したところ、同人も低姿勢で総会を乗り切ろうといい、同月中旬同人を長嶺、私、井上で新橋の割烹店「きた駒」に招待したときは、総会の議案をみせてよろしくと願い、総会の詳しい打合せをしなかつたけれども、久保はすべてを了解してくれた、同月二〇日前頃被告人松本が来社したとき、保母、私、井上が会い、前記のことを依頼したとの記載、被告人久保の同年四月二日付、同月九日付各調書には「会社は長尾との契約を解除し、その後、国行社長は辞職したが、このことは会社はインチキテレビに金を出していたこと、また巷間噂されていたように会社幹部が長尾のインチキテレビを利用して株価をあふつていたことも裏付けされたような形になつたから、たとえ国行社長がやめたところで八七回株主総会はテレビ問題の追及のために相当荒れるものと思つた。昭和三七年一月中旬『きた駒』で被告人長嶺、同吉田及び井上総務部長から、今度の総会は相当に荒れると思うからよろしくお願いしますと頼まれたが、それは一般株主の追及を押え、総会の議事を無事に終了さして欲しいという趣旨の依頼であることは、私には判つたが、私も『前の総会は抜け毅のような株主(株を他に売つたが、名義書換の関係上、総会に出る権利だけが残つている株主)が多かつたので無事にすんだが、今度は損をした株主がきて真剣に発言するから、相当荒れるだろう。果してうまくこれを押えることができるかどうか約束はできないが、努力して総会を無事にすますようにする』といつてその依頼を承知した」「第八七回株主総会の二、三日前私が会社に行つたとき、被告人保母と総会のことを話したが、同人は今度の総会も当然カラーテレビの問題で荒れると思うが、私は冒頭で株主に陳謝する積りだから、よろしくお願いしますといつたので、私もあなたは新米の議長だから、テレビのことはできるだけ叮寧に謝つて答弁したがよい、後は私が何とか努力して総会を無事にすますようにするといつておいた」との記載があり、また被告人松本の昭和三七年四月九日付調書には「同年一月一二日私は被告人保母、御喜家安太郎らと相模カントリーにゴルフに行き、帰途横浜市内の料亭『田中家』で、すでにきて待つていた被告人吉田も加わつて私と御喜家が御馳走になつたが、保母から宴会の席かゴルフの間に今度は自分が総会の議長をしなければならないが新米だからよろしくと頼んだので私は、ハイハイと答えた。私もいろいろの会社の総会にも出て総会前に招待されているが、そんな席で私らに露骨に総会の議事運営のことを依頼したりなどしないし、特に社長とか専務がそんなことをあからさまに話題にすることはない。そんなことは口にしてハッキリ頼まなくても充分に分ることである」「私は第八七回株主総会は第八六回株主総会よりも問題があり紛糾すると思つたが、その理由は第一にカラーテレビの問題で会社側にミスのあることがハッキリしたこと、第二にカラーテレビ問題にからんで会社が不正の疑があるという点で警視庁の捜索差押を総会の一〇日前にうけたためである。総会では株主から質問続出し、役員全体の責任追及も行われ、とても無事に総会はすまないと思つたが、こうなつた以上は、ある程度株主らにいいたいことをいわせなければ収拾がつくまいとみていた。しかし従来、私が総会に出席し面倒をみてきた会社であるし、前の総会後いろいろ交渉もあつたし、保母からも初めての議長だからといつて頼まれてもいるし、会社の信用が失墜するような形で終わらせたくない、議案が全然討議できなくて流れたりするようなことになつてはいけない、なんとか少し荒れても総会を成立させ議案を通してやりたいという気持であつた。ある程度いわせたところで私も立上つて事態を収めて議決に持ちこむような適宜の発言をする考えだつた」との記載、被告人長嶺の同月八日付調書には「昭和三六年暮頃から会社役員の間では第八七回株主総会にあつては長尾との契約を解除し国行社長も辞任し、長尾のテレビ問題で全面的に非を認めた訳であるので、株価が下つて損をした株主もいて、前期の総会に比べて一層荒れることが予想され、そのときと同じ問題で株主の追及をうけるに違いないとの話が出ていた。昭和三七年一月上旬被告人吉田及び井上と共に『きた駒』で被告人久保と会い前と同じように総会のことをお願いし礼金は昨年と同じように定めた。……被告人久保は前期総会と違つて今度は損をした株主が真剣に追及するから総会は大変だといつていた。それから数日後の一月二〇日会社は警視庁の手入をうけたので総会は更に波乱が予想されたが、被告人久保、同松本、松葉会の久野が出席したので予想より遙かにおだやかにすんだ」との記載があるが、これらの各調書記載の間に脈絡を欠いたり重点を捉え難い点はないのであり、前示認定の第八七回株主総会を迎えるまでの客観的事情と対比してみるとき、これらの供述調書の内容は措信すべきものと解されるのである。

原判決は会社幹部より被告人久保、同松本らに対して具体的事項にわたる明示の依頼があつたことを窺うことはできないと述べているが、前掲各調書によつて明かなように、被告人保母は、久保、松本に対して今度の総会では自分は新米の議長だからよろしく頼むと述べているが、慣例上、保母のような社長代行の専務取締役から久保、松本らに対して総会の議事運営を具体的、詳細に依頼しないのみならず、長嶺、吉田、井上一らより久保に対して「きた駒」で総会の議案をみせて運営を依頼していること、他方被告人久保、同松本らにおいても第八七回株主総会で株主から追及される虞れのある事項は前回の総会と同様にカラーテレビの問題であることを了承していたのであるから、保母から総会について「よろしく頼む」との依頼をなし、しかも会社側の方針は前の総会では「議案先議」であつたが、今回は「冒頭陳謝」であるということさえ伝えれば、後は被告人久保らがその方針に従つて会社側原案のとおりに議決できるように原案賛成へとリードしてくれるのであつて、別に会社側からベテランの総会屋たる久保らに対して指示する筋合いではないから、原判示のように具体的事項に関する明確な指示がなかつたのは当然であろう。

また第八七回株主総会に関して保母、吉田らが久保らに対して請託した趣旨は前示の各調書によれば、会社が長尾との嘱託を解除し、国行社長が辞職したが、これは長尾磯吉のインチキ発明にひつかかり、支出した多額の研究費(約八〇〇万円)が無駄になつたことを容認したとみられるため一般株主からカラーテレビ問題に関する会社幹部の責任につき質疑、発言が集中すると予想されたので、昭和三七年一月一〇日頃の会社役員会議において総会の冒頭に被告人保母から会社幹部の不手際を陳謝して国行社長も辞職したことを述べて一般株主の感情を和らげることを定め、また会社本社が同月二〇日警視庁より長尾磯吉に対する証券取引法違反容疑で捜索をうけたので、このことが株主を刺激し、会社役員に対する責任追及が強くなり、総会で議決がえられないようになりかねないから、そのためには一般株主の発言を押えて、会社原案のとおり議決がなされるように久保らに対して議事進行を依頼したことを肯認するに十分である。

もつとも原判決(七六頁)は会社の総務部長の事務をとる者として第八七回株主総会の準備や対策を担任した井上一の原審証人としての証言記載及び同人の昭和三七年四月一一日付調書二、三項を援用し、同人としては前総会後、長尾との嘱託を解除し、国行社長が引責辞職したため、その後は株主や報道関係者からの質問や問合せがないことから、第八七回株主総会が荒れて収拾できなくなるようなことはないと思つていたとの供述を措信しうべきものとするけれども、同人は前期総会後の昭和三六年九月に総務部長の事務をとるに至つたもので、この種の職務における知識経験も浅いことが想像されるし、同人の右推測意見も前示認定事実と対比するとき、未だこれを採用しえないのである。

三(前同―その三。第八七回株主総会の議事進行の検討)

前示の控訴趣意第一点の第一の六で第八六回株主総会の議事進行を検討したと同一の意味において第八七回株主総会における久保、松本の言動を検討する。

原判決(判決書七七頁以下)は「同総会は予期に反して株主の出席者も比較的少なく、被告人久保の傘下でない総会屋からやや会社を攻撃する発言がなされたが、平穏裡に短時間で会社の予定した進行案どおりに議案の審議がなされ、被告人久保および同松本らから株主の発言を押えたりした形跡を窺うことはできない」と説示しているが、原判示のごとく出席株主数一二〇名位であり、平常の総会が四〇名前後(前同押号の一八の一部たる会社の第八一回ないし第八五回株主総会の出席者名簿によれば、これらの株主総会の出席株主数の最高四八名、最低三二名で、平均は四〇名である)であることと比較すれば、非常に多いと解しうるのであつて、これはカラーテレビ問題に関心を抱く株主の多数が出席したためであることは明かであり、押収されている昭和三六年一二月二五日付取締役会議事録(前同押号の二の一部)によれば、同総会の会議目的事項は第一号議案は昭和三六年一一月三〇日現在の財産目録、貸借対照表及び第八七期(昭和三六年六月一日から同年一一月三〇日まで)営業報告書、損益計算書並びに利益金処分案承諾の件、第二号議案は定款一部変更の件、即ち第二三条(代表取締役)「会長、社長、副社長は各自会社を代表する」とあるを「取締役会の決議をもつて代表取締役若干名を定める」と変更する件、第三号議案は取締役選任の件、第四号議案は監査役全員任期満了につき改選の件、第五号議案は退任取締役に対し慰労金贈呈の件であつた。

原判決挙示の関係証拠(判決書五二、五三頁)を精査し、当審における事実取調、特に当審証人佐藤重京の証言を検討すれば、総会議事の時間は午前一〇時二分から同一〇時五五分までの約五〇分間であつたが、議長の被告人保母が冒頭に予定のごとくカラーテレビ問題につき陳謝し、営業報告を終えて第一号議案を上程したところ総会屋の木島力也から「先日井上総務部長が読売新聞にカラーテレビは完全な偽物であつたと公表したが、会社はそのようなことですまされず、少くとも五大新聞に謝罪文を出して謝罪をし、カラーテレビに連座した役員はやめるべきだ」と発言し、これに反対する発言があり、また前期総会でもカラーテレビの試作研究費はいくらかと発問した総会屋の遠藤忍から「会社は長尾磯吉に対して金員の返還請求をしているというが、それはとれるのか、とれなかつた場合の責任はどうなるのか」と質問し、議長は「問題は当局の手に入つているので、現在のところ内容証明で返還請求中である」と答え、その他二、三の発言があつて第一号議案は異議なく可決し、次で第二号議案も異議なしで可決し、第三号議案を上程したとき被告人松本が「経営の経験の少いものは経験の多いものを見ならつてやつて貰いたい。三号議案に四号議案を合せ一括上程されたい。なお選任は選挙と同一の効力をもつ議長指名とされたい」と述べ、異議なく新取締役、同監査役の指名があつて第五号議案も可決されたこと、なお被告人久保は会場の中央辺にいて、手にした書類を握つて議事進行の合図をしていたこと、会場には同被告人配下の総会屋数名が出席したことを肯認しうる。

以上のように右株主総会も、久保、松本らの力により短時間のうちに全議案が可決されたのであり、なおこの総会が前回と違つて混乱しなかつたのは原判決(四三頁)の指摘するように警察官が会社の要請により警備していた点のほかに、久保の要望により暴力団松葉会の幹部久野益義が株主として出席していたことも一因をなしていよう。

四(前同―その三。第八七回株主総会前後における金員授受の趣旨の検討)

原審が原判決理由第二節の(無罪の判断)の「第一、各株主総会前後の会合および金員の授受」の項で説示するように、関係証拠によれば、被告人久保に対し第八七回株主総会前の昭和三七年一月下旬総務部長の事務をとる井上一が会社内で現金五万円を、総会後の同年二月上旬被告人吉田及び右井上が会社内で現金一〇万円を各交付したこと、被告人松本に対しては総会前の同年一月下旬右井上が久保を介して前示株式会社アルプス内で現金三万円、総会後の同年二月上旬被告人吉田及び右井上が同所で現金一〇万円を各交付し、以上の各金員はすべて会社から支出されていること、また関係証拠によれば、総会前の同年一月一二日被告人保母が松本をゴルフに招待し、その帰途吉田、井上を交えて原判示「田中家」で松本を招待し、同月一六日長嶺、吉田、井上が前示「きた駒」で久保を接待したこと、そして同月三〇日株主総会の直後、保母が久保を同人方に、松本を株式会社アルプス内に訪れて右総会についての尽力方について謝意を表明したことを肯認することができる。

ところで原判決(七八頁)は右金員の授受の趣旨につき、証拠上、「それは右井上が被告人久保から総会荒しが押しかけるような問題のある総会であるから、謝礼を割増しするのがよいと言われて支出したものであり、また被告人保母が初めての議長の役を無事に勤めることができた喜びから、同総会での尽力についての労をねぎらう趣旨で前回の例に従つて謝礼に及んだものと解するのが相当であると説示しているが、原判決(三六頁)が「(認定事実)第三、会社と被告人久保および同松本らとの従前の関係」の項で認定しているように、昭和三六年一月の増資後の総会の時ですら被告人久保に対しては通常分二万円、増資の御祝として五割相当の一万円、計三万円を、また被告人松本に対しては久保を通じて通常分一万円、増資分五〇〇〇円、計一万五〇〇〇円を供与しているにすぎないのに、前期総会の際に引続き今期総会に際しても前示のごとく総会の前後に多額の金員を交付したのは、異例の事例といわねばならず、このことは前示二における被告人らの供述調書に示されたところの、被告人保母、同吉田らが被告人久保らに請託した趣旨とも密接に関連をもつものと理解されるのである。

五(前同―その四。暴力団対策と金員の授受)

原判決(七九頁)は「(各種の)諸事情および証拠に照らして考察すると、被告人保母および同吉田において総会屋たる被告人久保および同松本に対して総会のとりまとめ方を依頼するに至つた真の意図は、暴力団が総会荒しを企てている情報を被告人久保らから聞いて、それらの者によつて同総会の議事の進行が妨害され、会社の信用が失墜することを憂慮し……従前からの例にならい被告人久保および同松本らを頼みとし、総会屋に議事の進行についての協力方を懇請し、かつ被告人久保に対しては同人が名の通るところから暴力団対策をも委せたものであると認定するのが相当である」と判示しているけれども、原審公判における被告人吉田、同久保の各供述、原審証人井上一の証言、被告人久保の昭和三七年四月二日付調書、同松本の同月九日付調書、佐野完の司法警察員に対する供述調書によれば、前記昭和三七年一月一六日の「きた駒」での会合の後、井上一は会社内で前総務部長新井正吉に前回の第八六回株主総会の際のメモを見せられ、総会屋たる供与先氏名やその金額を話し合つたり、被告人久保が会社にきた際、同人と共に被告人吉田らも加え、被告人久保の分も含めて同人の配下及びその系統の総会屋に対する供与金を一括して同人に三〇万円程度渡すことやその供与先などを打合せたこと、同月二〇日すぎ被告人久保は会社内で被告人保母、同吉田、井上らに「九州で野口某が中心となり、東洋電機の株主同盟をつくり、カラーテレビ問題などで総会の際、役員を糾弾する動きがある」などの情報を伝え、これに対しては久保が「暴力団松葉会の幹部久野益義に依頼してこれを防止する」と引受け、右久野に渡す費用などとして二〇万円、更にその斡旋のための、久保に対する謝礼などを含めて一〇万円計三〇万円を、井上一から被告人久保に渡したこと、同月二四日頃井上は被告人久保の了解のもとに会社内で総会屋の田島将光に現金二万円を渡し、また会社内で経理より二八万円を受けとり、これを通常分、特別分を含めて被告人久保に対する分は五万円、被告人松本に対する分は三万円、その他三二名分のものをそれぞれ封筒に準備し、その頃これを会社内で久保に渡し、同人はこれを分配したこと、久保は知合いの佐野完に二〇万円を渡し、同人を介して暴力団対策のため松葉会幹部の久野益義に総会出席を依頼し、久野は第八七回株主総会に出席したことを認めることができるのである。

右のごとく原判決のいう暴力団による総会荒しの情報が総会前に会社側に伝わつたことは認めうるが、これに対する対策費用などとしては本件公訴事実たる被告人両名への二八万円と区別して被告人久保に対しその費用及び謝礼合計三〇万円が渡されているのであつて、二八万円分は全く別の趣旨で供与されたことが明かというべきである。

六以上の検討により原判決が被告人保母および同吉田において総会屋たる被告人久保および同松本に対して総会のとりまとめ方を依頼するに至つた「真の意図」について単に暴力団が総会荒しを企てているとの情報をきき、特に社長代行の職責上、初めて議長をつとめる被告人保母がこれらによつて議事の進行が妨害され会社の信用が失墜することを憂慮したため、被告人久保、同松本らに議事の進行を懇請し、かつ被告人久保に対しては暴力団対策をも委ねたものと説示しているのは、前記一掲記の被告人らの各供述調書記載の趣旨を誤解し、客観的事情の判断を誤つたものというべきである。

従つて前記一掲記の被告人らの検察官に対する供述調書及び如上の引用した各証拠を綜合すれば、本件第八七回株主総会関係の公訴事実を充分にこれを認定しうるものというべく、この点においても原判決に影響を及ぼすことの明かな事実誤認があるものといわなければならない。

よつて本件控訴は理由があるから、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条により原判決を破棄した上、同法第四〇〇条但書の規定に従い、更に自ら次のように判決をする。(なお控訴趣意書に「被告人吉田義正の量刑の点を含めて相当の判決を求める」とあつて、その意は検察官から被告人吉田に対する商法違反の無罪部分を破棄すると共に、業務上横領罪につき加えられた刑を不当として両者を併合罪として相当な一個の刑を加えるよう、求めているものと解すべきところ、商法違反部分について原判決を破棄すべき理由があつて、以下に示すごとくこれを有期懲役刑として処する場合であるから、有罪部分たる業務上横領罪の量刑の当否につき判断するまでもなく、原判決全部を破棄することにする。

原判決理由の第一節被告人吉田義正に対する業務上横領被告事件の「罪となるべき事実」を第一とするほか、次の事実を附加する。

(犯罪事実)

第二被告人保母は前記東洋電機製造株式会社の取締役副社長、被告人長嶺は同会社常務取締役、被告人吉田は前記のごとく同会社取締役、また被告人久保、同松本は、いずれもいわゆる総会屋であり、被告人久保は昭和三六年七月二八日当時は一九七五株、昭和三七年一月三〇日当時は九七五株をもち、被告人松本はその頃一〇〇株をもつ会社の各株主であつたが、同会社は昭和三六年一月二八日長尾磯吉と嘱託契約を締結し、その後、長尾が発明すると自称していた新型式カラーテレビ受像機の研究のため多額の出資をし、同年六月二八日同人が試作したと称する受像機なるものを新聞記者らに公開発表した際、これがため、かねてから右受像機研究の情報によつて徐々に騰貴しつつあつた同会社の株価がさらに不当に急騰したが、その直後長尾の人物、経歴に疑問が多く、右受像機も東芝製の作品で、長尾の発明品でないとの強い疑惑が一般にもたれるに至つたので、投資家はもとより、新聞雑誌もこれを重視し、同会社が東芝製の作品を長尾の発明品として公開発表した疑が強く、会社経営陣の責任を追及する状勢になつたところ、

一、被告人保母、同長嶺、同吉田は、前記のように長尾の発明は、虚偽であるとの疑が濃厚であることを知るや、同年七月二八日開催の同会社第八六回株主総会において一般株主から右の問題を追及され総会の議事進行に支障を来すことを慮り、三名共謀のうえ、同年七月上旬頃前記会社内及び東京都中央区西八丁堀一丁目一番地料亭「香川(かがわ)」などにおいて被告人久保に対し、また同月下旬同都千代田区丸の内一丁目二番地日本工業倶楽部内において被告人久保を介し被告人松本に対しそれぞれ右総会において営業報告、役員改選などの議案を無事に可決させるべく、会社役員のため有利な発言をしてもらい、他方株主が前記カラーテレビ問題に関する会社役員の責任を追及して発言するのを抑制してもらいたい旨依頼し、同総会における株主の発言ないし議決権の行使に関し、不正の請託をし、その謝礼の趣旨をもつて

(一)被告人久保に対し

(1)第八六回株主総会前の同年(昭和三六年)七月下旬被告人吉田の意をうけた同会社総務部長新井正吉を介し、同会社内において現金七万円を

(2)右総会後の同年八月上旬被告人長嶺、同吉田が同都港区芝公園一四号地八の被告人久保方において現金一〇万円を

(二)被告人松本に対し

(1)第八六回株主総会前の同年七月下旬被告人久保を介し同都千代田区大手町二丁目二番地野村ビル内の株式会社アルプス事務所内において現金三万円を

(2)右総会後の同年八月上旬同会社取締役上杉弥一を介し同所において現金一〇万円を

各授与して財産上の利益を供与し

被告人久保、同松本は、右のとおりそれぞれ不正の請託をうけ、その謝礼の趣旨で供与されるものであることの情を知りながら、おのおのこれを受領し、もつてそれぞれ株主総会における発言ないし議決権の行使に関し財産上の利益を収受し

二、被告人保母、同吉田は、前記カラーテレビ問題が紛糾を重ねたため同会社が昭和三六年一〇月三〇日付をもつて長尾との嘱託契約を解除し、ついで同年一一月二八日同会社取締役社長国行一郎が責を負つて辞職したが、このことは会社側においてカラーテレビ問題につき、その非を認めることになるため、昭和三七年一月三〇日開催の同会社第八七回株主総会においては、前期総会よりも一層、株主からカラーテレビ問題の追及をうけるのでないかと慮り、両名共謀のうえ、同年一月上旬より中旬にわたり、同会社内及び同都港区芝新橋二丁目三六番地新亭「きた駒」において被告人久保に対し、また同会社内及び横浜市神奈川区台町一七番地料亭「田中家」において被告人松本に対し、それぞれ右総会において営業報告、定款変更、役員改選などの議案を無事に可決させるべく、会社役員のため有利な発言をしてもらい、他方株主が前記カラーテレビ問題に関する会社役員の責任を追及して発言するのを抑制してもらいたい旨依頼し、同総会における株主の発言ないし議決権の行使に関し不正の請託をし、その謝礼の趣旨をもつて

(一)被告人久保に対し

(1)第八七回株主総会前の同年一月下旬被告人保母、同吉田の意をうけた同会社総務部長井上一を介し、同会社内において現金五万円を

(2)右総会後の同年二月上旬被告人吉田及び右井上が同所において現金一〇万円を

(二)被告人松本に対し

(1)第八七回株主総会前の同年一月下旬被告人久保を介し、前記株式会社アルプス内において現金三万円を

(2)右総会後の同年二月上旬被告人吉田及び右井上が同所において現金一〇万円(東京高裁昭和四〇年押七七三号の七一)を各授与して財産上の利益を供与し

被告人久保、同松本は、右のとおりそれぞれ不正の請託をうけ、その謝礼の趣旨で供与されるものであることの情を知りながら、おのおのこれを受領し、もつてそれぞれ株主総会における発言ないし議決権の行使に関し財産上の利益を収受したのである。

(証拠)<省略>

(商法四九四条一項一号、二項の解釈と判示第二の事実)

商法四九四条は昭和一三年法律第七二号による商法の改正が行われた際に追加された規定であるが、原審はこの条文の一項一号、二項の解釈について立法の趣旨を探究して次のごとく述べている。

原判決理由の(無罪の判断)の第二の(三)結論において「被告人らの各行為が商法四九四条一項一号および二項に牴触するか否かを考察するに、この規定は、その立法の趣旨なかんづく当初の原案の修正、すなわち不正の請託なる語が加えられた経過に徴すれば、少数株主等がその地位にもとづく諸権利を濫用してその権利に名を籍りて株主総会等における他の株主等の発言または議決権の行使を妨げるような不正の行為を防圧し、いわゆる総会荒しを処罰するために設けられたものであり、総会屋に金品を供与して会社の議案を無事可決に導くため、その協力方ないしは議事の進行方を依頼する場合までを処罰しようとしているものではないと解するのが相当である」と説示し、立法者が想定したであろう定型的な事実関係は「総会荒し」であつて「総会屋」ではないというのである。

そして原判決は(三三頁)、総会屋とは「諸会社の若干の株式を所有して、その会社の依頼に応じて職業的にその会社の株主総会の議事の進行係りを勤め、車馬賃等の名義で金品を受領するもの」、総会荒しとは、「諸会社から金品等何らかの利益を得る目的で株主総会に臨んで株主たる地位を濫用して、会社幹部の営業上の失敗ないし手落ちを攻撃し、はては会社幹部の個人攻撃までして、議場を混乱させて議事の進行を妨害し、自己の存在をその会社に認識させ、威迫を用いてその会社から金品を獲得する類の者」と定義ずけをしているのである。

二ところで本規定は第七〇回帝国議会に提出された際の政府原案としては、「不正ノ請託ヲ受ケ」との字句はなかつたが、貴族院で右のごとく挿入修正せられ、当時政府もこれに同意し、第七三回帝国議会では、その修正された通りのものが政府原案として提出せられ、そのまま両院を通過成立したのである。

まず第七〇回帝国議会衆議院商法中改正法律案委員会議録第九回の速記録により立法者の意思を探究する一つの手がかりを求めるのに、右のごとくこの条文は貴族院において原案のとおりとすれば正当な株主権の行使に際して非常な危険を感ぜしめるというので、同条一項に「不正ノ請託ヲ受ケ」なる字句が加えられたのであるが、政府委員による修正後の条文の説明も多岐にわたりその真意を捕えるのに苦労する部分もあるが、熊谷委員の質問「そうするというと会社の重役が何も外に要求するのではない、唯それ等の者を手なずけておくために金をやる、又受ける方でも会社の意思に従つて議決権の行使をするというに止まる、其場合においては不正の請託にならぬのですな」に対し松阪政府委員の答弁「只今の御説明は所謂御用少数株主と通常称せらるる提燈もちの発言をする株主に屡々見受けられる事柄でございませうが、左様な場合には、勿論不正の請託とはいいえないと存じます」とあり、この説明は前示のごとく原判決がこの条文の想定する事実関係のなかには総会屋の活動を含まないとの解釈をとるにつき一支柱を与えているようであるが、更に委員会議録によると熊谷委員の質問「四九四条は、尚分らぬのでありますが、普通に会社荒しという者が日当或は日当以上のものを貰つて会社に出て発言をする、そうして相当の金を会社から貰う、こういう場合は不正の請託をうける者に当りますか、当りませぬか」松阪政府委員の答弁「其の場合に株主が初から正当に権利を行使するという考えでなしに、権利の行使に名を籍りて所謂権利の濫用の場合でありまするが、それに名を籍りて厭がらせをいつて、金をとるという目的でそれをやる、其の時に重役側からそれを黙らせるために金をやる、其の請託をうけて金を収受した場合は、之に含まれるものと存じます」……、宮古委員の質問「そうすると会社の重役が会社荒しに金を呉れて総会で賛成演説をさせるというようなのは犯罪になりませぬかどうですか」、松阪政府委員の答弁「それは、私は具体的の事例によつて相違するだらうと思ひます。初めから少数株主が議決権及び発言を株主としてやろうという意図がない、そういう考えがなくて所謂権利の濫用でございますが、発言又は議決権の行使に名を籍りて金をとろうという考えの下に出掛けて行つて其の発言をしようとする、其の時にそれに関して請託をうけて金を貰つたということになりますれば、是はやはり本条(商法四九四条)に該当すると存じます」と述べている。

右の説明によれば、ここにいう「会社荒し」とは総会における発言ないし議決権行使を口実として会社に対し金品を要求し、その満足をうれば総会に出席しないですますか、或は出席して、いわゆる提燈もちの発言をして、御用株主となるものを意味しているのであり、これは原判決にいう「総会荒し」のように議場を混乱させるもの、「総会屋」のように職業的に総会の進行係をするものとは違つた型態の「総会荒し」、即ち通常「総会ゴロ」「会社ゴロ」と称されているものを意味しているのである。

また委員会における名川委員の質問の中で「この株主総会とか創立総会とか社債権者集会とかいうところの議決に対し不正の請託ということは私はどうしても意味をなさないと思うが、原案を通過するように賛成してくれというて、重役が出席した株主に金を出したというような場合には、無論これは不正ということがいえるだろうと思ひます、他の株主がこれに反対だから否決するようにしてくれというて金を出しましても、これは未だ不正の請託ということはいえないと思う」と述べ、原判決のごとき意味の「総会荒し」以外のものも、この条項の対策となりうるとの意見開陳をしているのである。

要するに、この条項の立法趣旨は、株主総会などにおける発言または議決権の行使の安全、公正を保持することを目的としたものであり、即ち「総会荒し」たると「総会屋」「総会ゴロ」たると、その名称の如何を問わず、いやしくも株主として正当に権利を行使する意思をもたずに、権利の行使に名を籍りて、換言すれば株主権を濫用して株主総会において発言(質問、動機、提案など)し、議決権を行使し、或は他の株主の正当な発言、議決権の行使を妨害すること、ないしは強いて発言、議決権の行使をしないことの依頼をうけて、これらにつき財産上の利益の収受、供与関係が生ずれば、商法四九四条一項一号、同条二項違反として処罰されるのである。

三、また「総会屋」といい、「総会荒し」「総会ゴロ」といつても、株主総会を舞台とし、不当な個人的利益を追及する点では同じであるし、なる程発現型態をみると、会社側の味方をするもの、これを攻撃するものに区別されて正反対であるけれども、それが本質的な差異でないことは、例えば当初は会社の弱点、失敗、経営者の不正を捉えて攻撃し、多少の金員を獲得する「総会荒し」「総会ゴロ」であつたものが、やがて会社から力量を買われ信用をうけると、会社の依頼に応じて職業的にその会社の株主総会の議事進行係を勤め今度は「総会荒し」に対する方策を行つたり、中には被告人久保のごとく会社の顧問客として遇される「総会屋」に転ずるし、また従来の「総会屋」が会社の提供する金品が少いからといつて、或は他の「総会屋」との対抗関係から「総会荒し」に変ることもあろうし、或は某社の「総会屋」が他社にあつては「総会荒し」をつとめることもあることなどに徴しても明かであることを考えるとき、前記のごとき解釈をとる実質的な理由を発見するのである。

四原判決の指摘するように「株主総会は、これを最高議決機関とする法の理想から遠く離れ、単なる儀式となつているように見える場合もあり」(原判決書三五頁)、しかも株主から会社に対し議決の委任状が多く寄せられ(原判示のごとく会社の発行ずみ株式総数二七〇〇万株のうち第八六回株主総会では委任状による出席株式数は一五八三万四七一七株、第八七回株主総会では右株式は一七九八万八七二九株の多数に達していた)会社側としては議決にもちこんで多数決を獲得しうる状態で議事を進めるのが現状であるけれども、同じ株主総会といつても、もし会社経営陣に対する不信任、経営方針の不当が論議され、新聞、雑誌の記事にも報道されている際の総会は、「単なる儀式」以上のものとして活溌な論議の場となることは致し方がないものといわねばならない。

また株主総会は、いかに現在のように形式化しているとはいえ、総会があるからこそ、経営陣をして株主に対する自己の責任を反省自覚せしめ、経営者の権限違反、法令定款違反を幾分でも封ずる効果をもつていることを考えるとき、株主総会の存在理由を否定することはできず、従つて他の会社役職員の責任を加重し、株主保護のために設けられた各規定のほか、株主の発言及び議決権行使を保証する正式の場たる株主総会の正常化を図ること、即ち総会における発言、議決権の行使に関し、個人的利益追求のために不正の請託をうけ、金銭の授受が行われるのを禁ずるため処罰規定が設けられる実質的理由があるのである。

五特に「総会屋」と会社経営陣が結託するとき一般株主の正当な権利が阻止され、会社経営の不法ないし不当が隠され、経営陣がその地位の安泰を図りうることになり、会社内に害毒が沈澱し、ひいて株式会社企業のもつ社会性、公共性に違反することになることも考えられるから、「総会荒し」「総会ゴロ」より「総会屋」こそ、より適切な意味で商法四九四条の規正をうけるべきだとの見解も成立するのである。

六、これを本件についてみるのに、控訴趣意第一点の事実誤認の項に掲記する各証拠により認められるとおり、判示第二の一の事実については、被告人保母、同長嶺、同吉田らにおいて国行社長らと共に、長尾磯吉の身もとも確かめずに同人に対して多額の研究費を投じ、会社に技術陣がいるのにかかわらず同人発明と称するテレビについて技術的理論的解明を怠り、新方式テレビが完成したと発表して世間を騒がせ、一般株主に対し多大の迷惑をかけ、経営陣として善良な管理者の注意義務ないし忠実義務を怠つたのであるから、第八六回株主総会は平穏無事である筈はなく、第一号議案たる第八六期の営業報告書、損益計算書などの承認につき責任追及の強い発言が株主からなされ、場合によつては、同総会の第二号議案たる「取締役全員任期満了につき改選の件」に触れ、取締役の解任にさえ結びつく状勢であつた際、右同人らは株主の追及を免れ、議案を可決させるためカラーテレビ問題の説明は議案審議の後にするなどの総会運営方策を樹立し、いわゆる総会屋の被告人久保に対し総会において会社幹部のため有利な発言をしてもらい、他方、一般株主の正当な発言を抑制し、ないし議決権を妨害するように依頼し、なおいかに従来からの慣例とはいえ、事前に料亭などに招待し、通常のときよりも特段に多額の金員を供与して総会のとりまとめを頼み、同被告人もこれを了承して金員の供与をうけ、さらにその旨を同被告人より被告人松本に依頼し、同人もこれを了承して金員の供与をうけたのであるから、被告人らについて商法四九四条一項一号、二項の成立することは明かであり、また判示第二の二の事実についても被告人保母、同吉田としては国行社長が前期総会後、引責辞任して、カラーテレビ問題につき偽作品を発表した落度を承認したのであるから、前期総会よりは一層、同被告人らの会社経営上の責任を一般株主から追及されることを予想し、議案を可能な限りの最短時間で可決させるため、前同様被告人久保、同松本に対し総会において会社幹部のため有利な発言をしてもらい、他方一般株主の正当な発言を抑制し、ないし議決権を妨害するように依頼し、なお前と同じく金銭を供与し、被告人久保、同松本もこれを了承して金銭の供与をうけたのであるから、これについても商法四九四条一項一号、二項に違反するものというべきである。<後略>(白河六郎 河本文夫 藤野英一)

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