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東京高等裁判所 昭和39年(ラ)689号 決定 1965年6月11日

抗告人

岸本勇

相手方

馬場とり子

主文

本件抗告を却下する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨および理由は、別紙記載のとおりである。

仮処分に関する規定が民事訴訟法の強制執行編に置かれているところからみて、その性質に反しない限り同編総則の適用を受けるとみるのが相当である。そして仮処分申請却下の決定は仮処分の執行ではないが、これに対しては同法第五五八条の適用があると解すべきであり、普通抗告によるべきものではないと解する。

思うに、仮処分申請があつた場合裁判所は決定手続又は判決手続をもつてその判断をなすのであるが、そのいずれによるかは裁判所の裁量に委ねられている。そして、判決によつて申請を却下した場合、不服申立の方法として控訴が許され、従つて不服申立期間が十四日となりこの期間を徒過すれば不服申立ができなくなる。また、決定をもつて申請を却下した場合にも不服申立が許される。この場合、仮処分手続が一種の特別訴訟手続であり申請却下の決定は訴訟に対する判断であつて強制執行の手続に属さないとの理由によつて民事訴訟法第五五八条の適用を認めず同法第四一〇条に従い普通抗告をなし得るものであると解すれば、この場合の不服申立について期間の制限がなく、何か月後でも抗告ができると解さねばならないことになる。そうすると、判決によつて却下されたる場合に比較して均衡を失すること明らかである。のみならず、抗告審においては、原決定に現われた事実および証拠のみならず抗告審の判断が行われるまでに現われた新たな事実および証拠をも加えて判断することとなるが、原決定の後相当の日時が経過すれば、原決定のときとは事情も当然に変化し、この新らしい事情のもとにおいて判断するとすれば、抗告審の判断は当然に原決定とは別異にならざるを得ないのである。ところで、仮処分事件は被保全権利とならんでその必要性が判断の重点をなすから、新らしい事情のもとにおいてはあらためて仮処分命令を申請させて判断するのが相当であつて、その手続を省略して以前の却下決定に対する抗告の手続を利用させて新らしい事情を主張させることは、実質的に相手方に一審の手続を失わせることとなり、甚だ不当な結果を招く。のみならず、仮処分申請手続は執行を保全する緊急の必要から設けられた手続であるから、その不服申立も早急に行うのが通常であり、これに一定の期間を設け、その期間を徒過すれば不服申立を許さないとする取扱にしても申請人に特別不利益が生ずることにもならない。

ところで、原決定は抗告人に昭和三九年五月二三日送達され、抗告人が本件抗告を同年一二月二一日なしたことは記録上明らかであるから、本件抗告は不適法であるからこれを却下すべきである。

かりに仮処分申請を民訴四一〇条の訴訟手続に関する申立と解して普通の抗告をすることができるものとしても、本件建物部分が相手方の所有であること、抗告人がこれを期間昭和三六年二月六日から昭和三九年二月六日までの約定で賃借し、バーを経営していたこと、昭和三九年一月頃から休業し、什器備品を残したまま施錠していたこと、相手方が同年四月表入口を釘付にして立入禁止の貼札をしたこと、同建物部分の出入口は他にあつて、その鍵は抗告人が所持しており、これに自由に出入ができることは、原審認定のとおりである。そうだとすれば、右建物部分の占有が抗告人に属し相手方がその妨害をしていると一応認められるけれども、当時抗告人は休業しており、現在これを早急に再開する必要ないし可能性を認めるべき資料はなく、かえつて、原決定が送達されてから約七か月の後に本件抗告がなされている事実に照すと、かかる必要も可能性もないと推測され、したがつて右妨害によつて抗告人に著しい損害が生ずると認めることはできない。以上のとおりであるから、本件仮処分申請は理由がないのである。

よつて、本件抗告を却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を準用して主文のとおり決定する。(千種達夫 渡辺一雄 岡田辰雄)

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