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東京高等裁判所 昭和39年(ネ)402号 判決 1970年2月28日

控訴人

ハノバー・インシュアランス・カンパニー

代理人

小林一郎

被控訴人

大阪商船三井船舶株式会社

代理人

大橋光雄

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し金四七五万九七七六円およびこれに対する昭和三一年二月二日より完済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は仮りに執行することができる。

事実《省略》

理由

《前略》

(三) 堪航能力担保義務について

被控訴人は商法第七三八条の責任は過失責任をいうものと主張する。よつて考えるに、いわゆる堪航能力を担保すべき船舶所有者の義務が、絶対責任なのか相対責任なのかについては争いがあり、国際海上物品運送法第五条第一項第一号は明文をもつて相対責任主義を採用している。しかし、特に、明文をもつて、このことを明言している国際海上物品運送法と同様の解釈をとることは必ずしも妥当ではない。商法第七三八条は「……航海ヲ為スニ堪フルコトヲ担保ス」と規定し、その文言上船舶所有者が航海に堪えることにつき相当の注意を用いれば足りることを窺うべきなんらの根跡もない。そもそも、「担保ス」るとは保障すると同じく、その文言自体当然に絶対的な意義を有するものである。このことは、いわゆる人的担保または物的担保という用語の意味からも明らかである。国際海上物品運送法第五条第一項第一号が、堪航能力に関する責任につき相対責任主義をとつた結果「担保する」という文言を用いなかつたことも、右の結論を支持すべき一根拠となしうるのではないかと思う。原判決も触れているごとく、商法第七三九条が特約をもつてしても堪航能力の担保責任を免れえないとしていることも、前条をもつて絶対の担保責任とした根拠となるであろう。のみならず、もし、同条の責任を過失責任と解するときは、その過失の存在を運送委託者において立証すべき責を負うこととなり、運送契約上の債務不履行による責任(商法第七六六条、第五七七条)と均衝を失する。この点につき、原判決は、堪航能力の担保責任を過失責任と解しながら、その過失の存在しないことにつき船舶所有者に立証責任があるとしているが、過失責任主義を建前とするわが法制上明文がなくてその立証責任を転換することは許されないと考える。

わが商法上過失責任制は緩和され、過失がないこと(注意を怠らないこと)の立証責任は転嫁されて債務者の負担たるべきものとされている。これは、いわゆる営利主義に根源し、利益の帰するところ責任もまた負荷されるとする報償責任ないし企業責任の原則が債務不履行の面に拡大して妥当するとされたためであると察せられる。この商法の建前を思うとき、債務者の責任を軽減する方向に法を解釈することは、決してその精神に適うものではないのではあるまいか。海上運送を業とする者はこれにより巨大な利益を取得するものであるから、受託貨物の運送にあたり貨物につき惹起された事故は、自己の支配内における原因により生じたものとして、原則として運送業者(船舶所有者)においてその責を負うべきものとするを至当と思うのである。これを公平の見地よりするも、海上運送中の貨物の事故は船舶所有者の支配内に惹起されるものであるに対し、運送委託者(船荷証券の所持人を含む)はその事故につき全く関係を有しないのであるから、その事故に起因する貨物の損傷については船舶所有者にその責を負わせるのが、むしろ公平の理念に合致するとも考えられよう。これを要するに、担保責任として構成された堪航能力についての船舶所有者の責任を、明文なくして過失責任と解することは、決して法の趣意に副うものではないと解するのである。すでに述べたように、国際海上物品運送法は堪航能力につき相対責任主義をとり、また、原判決の指摘するごとく、一九二四年の統一船荷証券条約第三条第一項も同様の立場に立つているが、これらは海運業の発展を所期する各国の国策から船舶所有者保護の政策が打ち出され、わが国もこれに追随した結果によるものであつて、このことから直ちにわが商法の下においても同様の結論となるものと速断すべきではない。

しからば、商法第七三八条が過失責任を規定したものとする被控訴人の主張は採用しがたい。

《後略》(長谷部茂吉 石田実 麻上正信)

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