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東京高等裁判所 昭和39年(く)105号 決定 1964年8月15日

少年 T(昭二〇・二・一一生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、申立人提出の申立書に記載するとおりであるから、ここにこれを引用する。

抗告趣意第一点、審判手続の違法を主張する論旨について、

所論は、原審は少年に対する審判手続、特に、保護処分決定を言い渡すについて保護者不出席のままこれをしているのであるから、右は少年審判規則三五条に違反し、明らかにその審判手続に違法があるものというべきである、というのである。

本件少年保護事件記録によれば、原審は、昭和三九年六月二五日の審判期日に、保護者不出頭のまま少年に対する審判手続を進め、保護処分決定を言い渡したことは、所論のとおりである。然し、右記録中審判経過一覧、審判調書の記載によれば、少年に対する前記審判については、少年及び保護者の両者に対し、適法な審判期日の告知と呼出がなされたこと、然るに、保護者は自ら右期日に出頭しなかつたことが認められるのである。従つて、申立人が少年の保護者として、少年に対する審判についてその主張するが如く真に熱意と関心を持つていたのであれば、自ら進んで右審判期日に出頭するか、もし出頭不能の時には、その旨を原審に届出て、審判期日の変更等の措置を求めるべきであつたのである。然るに、申立人は、自分の方では何らこのような挙に出ないでいて、専ら原審の審判手続に瑕疵があるとしてその不当を鳴らしているのである。申立人としても、先ず、自らの届出がなかつたところを反省して然るべきであろう。ところで、少年法一一条によれば、家庭裁判所は、事件の調査又は審判について必要があると認めるときは、少年又は保護者に対して、呼出状を発することができる旨規定し、少年審判規則は右規定を承けて、審判期日には、少年、保護者を呼び出すべきものとし(同規則二五条二項)、保護者は審判の席において裁判官の許可を得て意見を述べることもできるものとされているが(同規則三〇条)、保護者が審判期日に出頭することは、審判を行うための絶対的要件とはされていないのである(同規則二八条三項参照)。これら少年法及び少年審判規則の各規定の趣旨に徴すれば、所論の少年審判規則三五条の規定も、保護処分の決定を言い渡す場合、保護者の出席を絶対的要件としたものとは解することを得ず、保護者が出頭しているときは、少年および保護者に対し、同条所定の措置を採るべきことを規定したに過ぎないものであつて、この規定を根拠に、原審が保護者不出頭のまま審判を遂げ、保護処分決定を言い渡したことを違法とし原決定を無効と解することはできない。論旨は採るを得ない。

同第二点、審判の違法を主張する論旨について、

所論は少年のした本件の如き道路交通法違反の所為は、その行為じたいにおいて反社会性、反道徳性はないのであるから、かかる行為については、元来保護処分決定をすることは許されない、というのであるが、かかる見解はもとより申立人の独自の見解であつて、とうてい採用するに由ないものである。少年調査記録によれば、少年は恐喝罪により家庭裁判所に送致された前歴があるばかりでなく、昭和三六年九月から同三九年一月までの間前後五回に亘り道路交通法違反の行為に出で家庭裁判所に送致されているばかりでなく、同三八年一月五日には業務上過失傷害罪により罰金二万円に処せられた前科もあるのである。これら少年の度重なる道路交通法規違反の前歴等に鑑みるとき原審が少年に対し保護観察に付する旨の保護処分決定をしたことが不当な処分であるとはとうてい考えられない。論旨は理由がない。

よつて、本件抗告は理由がないので、少年法三三条一項、少年審判規則五〇条に則り主文のとおり決定する。

(裁判長判事 三宅富士郎 判事 寺内冬樹 判事 谷口正孝)

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