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東京高等裁判所 昭和38年(ラ)317号 決定 1963年9月10日

抗告人 藤本秋男(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告理由の要旨は『抗告人は昭和一五年二月一二日江田洋介及び同人妻ゆきの養子となり、長じて養父に代り同人経営の木材商の業務に従事してきたところ、養父と意見があわなかつたため昭和三八月一月一八日抗告人は養父江田洋介と協議離縁し、(養母ゆきはこれより先死亡していた)縁組前の藤本の氏に復した。そして抗告人は新たに独立して木材商を開業したが、従来長期にわたつて江田の氏で木材商の業務に従事してきた関係上、離縁により突然藤本の氏に復することは、抗告人が江田の氏を称してつくりあげた実績やこれにより培かつた信用を失つてしまうこととなり、多大の損失を蒙むるので、抗告人の氏を藤本より江田に変更することの許可を申請したところ、原審はこれを却下したが不服なので、本件抗告に及んだ。』と謂うのである。

按ずるに本件記録中の戸籍謄本及び戸籍抄本によれば、抗告人は昭和一五年二月一二日江田洋介及びその妻ゆきとの養子となつたが、養母ゆきの死後昭和三八年一月一八日養父洋介と協議離縁し、藤本の氏に復したことが明らかである。而して江田洋介の上申書によれば、江田洋介は四〇年来木材業を営み、業界では江田材木店、「○○屋」の江田と言うことで長年の信用を得ているものであり、養子の抗告人に家業を手伝わせたこともあつたが、離縁後はこれをやめ、他人を使つて盛大に事業を続けていることが認められる。従つて新たに木材業を開業した抗告人が江田の氏を使用するとすれば、両者が紛らわしく、第三者が抗告人の営業を江田洋介の営業とを取違えないとも限らず、その結果場合によつては江田洋介の信用に影響することも考えられる。されば江田洋介が利害関係人として本件氏の変更に極力反対していることも肯かれるところである。抗告人は江田の氏を使用しなければ、抗告人が江田の氏で作つた実績や信用が無駄となると謂うが、その実績、信用は江田洋介の長年にわたる業界における信用の上にたつものと見るのが相当であり抗告人だけの力でできたものとは断じがたい。江田の氏を使わないでも抗告人の謂う損害を軽微に止める方法が他に考えられないわけではない。そのほか前記江田洋介の上申書によると、江田洋介は離縁に際し抗告人に金一、〇〇〇万円を分与し、以て抗告人の爾後の生活について配慮するとともに、抗告人をして今後一切洋介と手を切ること約さしめたことも認められるのである。

以上のような事情に照らすと、抗告人の本件氏の変更は、已むを得ない事由があると認めることができないから、その許可申請を却下した原審判は相当であつて、本件抗告は理由がない。

よつて主文の通り決定した。

(裁判長判事 梶村敏樹 判事 中西彦二郎 判事 室伏壮一郎)

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