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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1850号 判決 1966年5月10日

控訴人 宮本企業株式会社(旧商号・宮本貿易株式会社)

被控訴人 株式会社中部日本新聞社 外二名

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。別紙<省略>第一目録記載の土地が控訴会社の所有に属することを確認する。被控訴人株式会社中部日本新聞社は右地上より別紙第二目録記載の建物を収去し、右土地を控訴会社に明渡し、且昭和三〇年三月八日以降右明渡完了迄控訴会社に対し一ケ月金三〇〇万円の割合による金員を支払え。被控訴人株式会社中部日本新聞社は右土地につき、東京法務局昭和三〇年三月九日受付第二六七三号を以て同被控訴人のためなされた所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。被控訴人日本ゴム株式会社は右土地につき東京法務局昭和二五年八月二五日受付第八二八四号を以てなされた所有権取得登記の抹消登記手続をなし、且控訴会社に対し昭和二五年八月二五日以降昭和三〇年三月七日迄一ケ月金二五〇万円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人らは夫々控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の陳述並びに証拠関係は、左に付加するほか原判決事実摘示の通りであるから、これをここに引用する。

(一)  控訴代理人は、

太田虎雄(太田寅雄ともいう。以下同じ)が控訴会社の代表取締役に就任した旨の登記について、商法第一四条を適用して控訴会社の責任を肯定することは、次の事由により失当である。

(1)  原判決は宮本隆一が控訴会社の代表取締役として不実の登記を是正することなく放置したと認定し、延いては控訴会社の責任を肯定したが、かように結論するには、(イ)宮本隆一にその是正の義務があること、(ロ)その是正が比較的容易に行われること、(ハ)不実の登記を利用する意思を以てこれを放置したか、少くともこれを是正しないことについて重過失のあることを要すると解すべきである。宮本隆一は昭和二三年九月頃、同年二月一四日付で同年一月一五日太田虎雄が代表取締役に就任した旨及び同年四月九日付で同年三月一一日宮本隆一が取締役兼代表取締役を辞任した旨の各登記がなされていることを知り、太田虎雄及び小池洋一に対しその是正を命じこそすれ、これを利用しようとする意思など毛頭持つていなかつた。そして太田虎雄より登記を是正する旨の返事があつたので、それが実行されたものとばかり思つていたところ、意外にも昭和二五年四月一九日付で昭和二四年一二月一日太田虎雄が取締役兼代表取締役を退任し、昭和二五年四月一五日同人が取締役兼代表取締役に就任した旨の登記がなされるに至つたのであつて、当時宮本としてはこれを知らなかつたところ、僅か三ケ月後に太田虎雄によつて本件売買契約が結ばれるに至つたのである。宮本隆一は終始控訴会社の代表取締役であつたけれども、登記簿上取締役兼代表取締役を辞任した旨記載されているので、代表取締役として登記申請等をすることができない。尤も同人は控訴会社の株主として或は取締役として前記不実の登記を抹消するため太田虎雄の代表取締役選任決議不存在の訴や同人の代表取締役職務執行停止の仮処分を申請することができなくはないが、それは宮本にとつて権利ではあつても、義務ではない。このことは当時控訴会社の取締役であつた小池洋一についても同様である。而も右の手続については法律上種々問題があつて、その目的を達成することは容易でない。殊に三ケ月内に登記簿を調査して、前記の昭和二五年四月一九日付の太田虎雄が代表取締役に就任した旨の登記(本件において商法第一四条の対象となる登記は右の登記である)を是正することは殆んど不可能に近い。のみならず仮に宮本隆一にその義務があるとしても、これを果さなかつたことが、控訴会社の過失と同視されるわけがない。

(2)  商法第一四条によつて保護されるべき第三者は、商人の集団的な営業活動における取引の相手方でなければならない。蓋し商人、会社にあつては営業取引が頻繁多量迅速であるから登記簿上の記載に則つて法律関係の画一化を徹底し、取引の安全を図る必要が強いからである。然るに控訴会社の国内における業務は、ハワイに輸出すべき商品の見本を集めて、これをハワイに送る程度のことであつて、その財産は本件不動産以外に何もなく、その価値は莫大であつて、これを売却するが如きことは、控訴会社の営業取引とは全く関係がないから、これが売買について相手方は商法第一四条による保護をうけないと謂わねばならない。

(3)  商法第一四条により保護される第三者は善意無過失であることを要し、この善意無過失はただに契約時、本件で言えば昭和二五年七月二八日の売買契約時のみならず、その后の所有権移転時まで存続することを要すると解すべきである。

先づ契約時に被控訴人島藤建設株式会社(以下単に被控訴人島藤と言う)に悪意少くとも過失のあつたことは、次の事実に徴し明らかである。被控訴人島藤の社長島田藤より直接ハワイの宮本隆一に宛てた手紙甲第一三号証によれば「本件土地を当方に売戻すか、或は賃貸してほしい。これらの点につき東京において貴殿を代表する人を指定してほしい。」旨を述べているが、被控訴人島藤において宮本隆一を控訴会社の単なる出資者であり、太田に代表権があると信じているのであれば、「東京において貴殿を代表する人を指定せられたい」というような文言になる筈がない。右の手紙は太田虎雄に代表権のないことを知つていた証左であり、而も宮本はこれに対し拒絶の回答をしているのであるから、それは一層明白と言わねばならない。

元来太田虎雄は控訴会社の単なる使用人で、宮本隆一より月給を支給されていたものであり、本件土地売戻しの交渉の頃既に太田は控訴会社を離れ、他の貿易会社を経営していたのであつて、被控訴人島藤の社長島田藤はこの間の事情を直接或は平沢郷勇を通じてよく承知していたのである。それだからこそ甲第一三号証の手紙によつて宮本に対し代理人の指定を求めたのであつて、かゝる事情の下においては被控訴人島藤は登記簿の記載にかゝわらず太田に代表権のないことを知つていたものと認むべきであり、知らなかつたとすれば重大な過失がある。

次に太田は昭和二五年七月二八日被控訴人島藤に本件土地を売戻す契約を結んだが、右契約は移転登記により所有権を移転する趣旨と解されるところ、同年八月二五日中間省畧の登記により控訴会社より直接被控訴人日本ゴムに所有権移転登記をしようとしたとき、既に宮本隆一の申請に基き本件土地につき処分禁止の仮処分の登記がなされていた。されば世間通常の土地売買であれば、買主は驚いて売買を中止し、或いは一応調査するまで売買手続を保留するのが普通であるのに、被控訴人島藤及び同日本ゴムは代金が大部分未払であるにも拘らず移転登記手続を強行してしまつた。これは被控訴人島藤らが不正、即ち太田に代表権限のないのに、同人から異常な廉価で本件不動産を買取つたことを自覚していたからであると察せられ、少くとも太田の権限に疑念を抱きながら敢えて買取つたのであるから、過失があると謂うべきである。

と述べ、

(二)  被控訴代理人らは右の主張事実を否認した。

(三)  立証<省略>

理由

一、当裁判所も原審と同様控訴会社の請求を失当と認めるものであつて、その理由は次に付加するほか、原判決の理由に説示する通りであるから、これをここに引用する。

商法第一四条の「故意又ハ過失ニ因リ不実ノ事項ヲ登記シタル者」には、故意、過失により虚偽の事実を自ら登記した者だけでなく、現になされている虚偽の登記につきこれを是正する措置をとるべき義務ある者がその責に帰すべき事由によりこれを怠りそのまま放置している場合も含むと解すべきである。

而して昭和二四年六月一日改正前の非訟事件手続法第一四七条第一四九条第一八八条第一項及び商法第九条によれば、株式会社の役員の変更登記は、当該会社が総取締役の申請によつてすることと定められているので、取締役のうちの一人がほしいままに取締役全員の名義を用いて役員の変更につき不実の登記申請をし、その旨の登記がなされたときは、これを以て会社が故意に不実の登記をしたとは言えないにしても、当該会社はかかる不実の登記を是正する措置をとるべき義務があるというべきところ、上記の如く取締役の一人の申請により不実の役員変更登記がなされた場合に当該登記申請をした取締役はその登記の不実であることを知り又もし知らなかつたとすればそれは過失によるものというべく、その取締役を含む総取締役が職務に忠実である限り、その抹消登記の申請(この申請は役員の変更登記の場合と同様総取締役が共同してなすべきものである。)は比較的容易であると考えられるから、会社の機関を構成する取締役の一人又は全員の怠慢によりそれが遅れた場合は、会社内部の問題はさておき、外部に対する関係では会社が自己の責に帰すべき事由によりその是正措置を怠つたものと解するのが相当である。

飜えつて本件を見るに、当時控訴会社の取締役であつた太田虎雄は昭和二三年二月一四日付で同人が昭和二三年一月一五日代表取締役に就任した旨及び同年四月九日付で取締役兼代表取締役宮本隆一が同年三月一一日辞任した旨の各不実の登記(成立に争のない甲第二号証、原審における控訴会社代表者尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第七号証の三及び口頭弁論の全趣旨に照すと、右の登記のほか昭和二三年四月九日付で杉原雄吉及び坂田彦夫が昭和二三年三月二七日夫々取締役に就任し、監査役島村兵吉及び同前田勤司が同年三月一一日辞任し、同月二七日赤坂端が監査役に就任した旨の登記がなされており、これらはいずれも不実の登記であるが、杉原、坂田及び赤坂はいずれも名前だけを貸したものであつて、その去就については太田虎雄の意のままになるものと察せられる。)を独断でしたのであり、この登記は前記法改正当時までそのまま放置されたのであるから、前述したところによりその是正の遅延は控訴会社の責に帰すべき事由によるものと謂うべきである。

次に昭和二四年六月一日改正された非訟事件手続法第一四七条第一四九条第一八八条及び商法第九条によれば、株式会社の役員の変更登記については会社は代表取締役の申請によつてこれをすべきものと定めているので、その抹消登記も同様であると解される。ところで本件において控訴会社の代表取締役は終始宮本隆一であつたから、同人は前記法改正の日以後は代表取締役として控訴会社の不実の登記を是正すべき職責を負うものであることは自明の理であり、同人がその職責を尽さないときは控訴会社はその責に帰すべき事由により是正を放置したものというべきである。勿論宮本隆一は登記簿上取締役兼代表取締役を辞任した旨登記されているから、形式上控訴会社の代表取締役として抹消登記申請をすることはできないけれども、それだからと言つて前記の職責を免ぜられる道理がなく、その目的を達成するために執りうるすべての手段を実行する職務があると謂うべきである。従つて宮本隆一は例えば、形式上は控訴会社の株主若しくは取締役として太田虎雄の代表取締役選任決議不存在の訴を提起するとか、その提起前に太田虎雄だけを相手方としてその代表取締役職務執行停止、代行者選任の仮処分申請をなすべきであつて、後者は応急的のものであるが、本件に現われた証拠に照すと仮処分達成に必要な疎明は比較的容易で、短期間に仮処分命令を得られるものと推察され、これにより一応太田の代表取締役としての行動を抑止しうると共に仮処分命令の登記がなされることにより第三者が不実の登記を信頼する危険を避けることができるものと考えられるのである。さすれば昭和二五年四月一九日付の太田虎雄が代表取締役に就任した旨の登記はなされずに済んだものと謂えるし、又右登記後と雖も右の措置に出ることが可能だつたのである。控訴会社は「宮本はさきに太田、小池に対し不実登記の是正を指示したところ、太田より承諾の返事があつたので、その登記は是正されていたものと考えていた」と主張するけれども、控訴会社の全立証によつても右の事実を肯定するに足りる証拠はなく、却つて原審での控訴会社代表者尋問によりいずれも真正に成立したものと認められる甲第五号証の五、一二、原審証人小池洋一の証言により真正に成立したものと認められる甲第八号証の四によれば、宮本隆一は昭和二三年九月以降昭和二五年七月二八日本件土地売戻し契約時迄登記簿上は依然として太田虎雄が代表取締役になつていることを知つていたことが窺えるのである。

以上の次第であるから太田虎雄が控訴会社の代表取締役である旨の不実の登記は控訴会社の責に帰すべき事由によつて本件売買契約当時まで放置されたものと謂うべきである。

次に控訴会社は商法第一四条は集団的営業活動における取引の相手方に限つて適用されるべきであり、又善意でも過失のある第三者はこれにより保護されるべきでないと主張するけれども、そのような明文の規定はなく、又そのように解すべき合理的根拠はないから右の主張は採用できない。

更に控訴会社は、被控訴人島藤において太田虎雄が代表取締役でないことを知つていた旨主張するけれども、世上法律上は代表取締役ではないが、株式保有の面や資金面から当該会社の所謂実力者であるという例は往々あることであつて、原審及び当審での被控訴人島藤代表者尋問の結果によれば、被控訴人島藤の代表者島田正及び前代表者島田藤らも結局宮本を右のように理解していたと認められるし、又本件土地にビルデイングを建築するについては宮本がその資金を出すほかはなかつたのであるから、その関係で甲第一三号証の手紙を直接宮本宛に出したものと判断され、右手紙を以て被控訴人島藤の悪意を肯定する証拠とはなしがたい。なお又当審証人小池洋一の証言によると、同人は予め被控訴人島藤の専務取締役島田正や同人と懇意の平沢郷勇に太田虎雄の代表取締役の資格について会社内部でゴタゴタがある旨告げたから、島田正は太田は真実は代表取締役でないことを知つていたと思う旨の供述があるが、右の証言は原審における同証人の証言、原審及び当審での証人太田虎雄の証言並びに被控訴人島藤代表者尋問の結果に照らし、措信できず、又甲第二一号証の記載は原審及び当審における証人太田虎雄の証言に照らし、被控訴人島藤の悪意を肯定する証拠としては採用しがたい。

次に控訴会社は仮処分時の事情を取上げて、その事から契約時、遅くとも移転登記時には被控訴人島藤が悪意であつたと推論するけれども、成立に争いのない甲第一号証、原審証人太田虎雄(第一回)及び当審証人戸田宗孝の証言によれば、昭和二五年八月二五日、太田虎雄、被控訴人島藤及び同日本ゴムが本件土地につき中間省畧により被控訴人日本ゴムのため所有権移転登記の申請をしたところ、同日既に先着の受付番号で宮本隆一個人の為に処分禁止の仮処分登記がなされていたので、大いに驚き、弁護士と相談の上残代金の支払を保留してひとまず登記手続のみをすませた事実が判るのであつて、この事実から控訴人主張のように、被控訴人島藤が当時太田虎雄に代表権のないことを知り、或いは少くともその代表権に疑念を抱いていたものと推断することは無理であり、この点に関する控訴会社の主張は採用できない。

二、以上の次第であるから控訴会社の本訴請求は失当であつて、これを排斥した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。よつて民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条に則り主文の通り判決した。

(裁判官 岸上康夫 小野沢龍雄 室伏壮一郎)

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