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東京高等裁判所 昭和38年(う)1422号 判決 1963年9月30日

控訴人 被告人 内海喜代次

弁護人 鈴木猛秋

検察官 中根寿雄

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人名義「お願い」と題する書面、被告人の弁護人鈴木孟秋名義の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

所論は先ず、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあるというのである。

よつて按ずるに、原判決は被告人に対し昭和三十八年二月二十一日頃所犯の窃盗の事実(第一事実)と同年二月十九日頃所犯の窃盗の事実(第三事実)について罪責を認めたが、被告人には同三十八年二月十三日東京簡易裁判所において傷害罪により罰金一万五千円に処せられ同月二十八日確定した有罪の裁判がある旨判示した上、刑法第四十五条第五十条を適用し、右第一事実について懲役八月、右第三事実について懲役四月の言渡をしたものであることは、原判決の記載に徴し明らかであるところ、右認定にかかる両犯罪事実と右確定裁判とは刑法第四十五条後段の適用はあるが両犯罪事実間には単に同条前段の併合罪の関係があるに止まるので、本件については同法第四十七条第十条を適用し一個の懲役刑を言い渡すべき筋合であるところ、原判決は右の如く二個の懲役刑を言い渡したのであるから、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあり、被告人は一旦原判決中被告人に対する部分全体に対し適法な控訴の申立をしたのであるから、その段階においては、原判決は当然破棄を免れない運命にあつたことは明白であるといわなければならない。

しかるに、被告人はその後原判決中判示第一事実についての懲役八月の言渡については不服がないとして、昭和三十八年七月六日控訴取下の意思表示をしているのであるが、かかる場合においては、これを如何に取り扱うべきかが問題となるわけである。元来刑法第四十七条第四十八条第二項等の併合罪の規定において一個の主文をもつて刑の言渡をなすべきものとしているのは、被告人の利益という見地に立つているのであるから、本件の如く二個の窃盗罪につき一個の懲役刑を科すべき場合に、誤つて二個の懲役刑を科した場合において、被告人がその一方に対してのみ上訴をし他方に対しては上訴をなさず、又は一旦全部に対して上訴をなしたが、その後一方に対する上訴を取下げた如き場合においては、上訴の申立をなさず、又は上訴の取下をなした分については、被告人は一個の懲役刑により科刑を受けることの利益を自ら抛棄したものとして各これを訴訟法上有効と認めても不当とはいえないと解すべきである。果して然らば、本件においては、原判示第一の事実に関しては、被告人の控訴取下によつて懲役八月の刑が既に有効に確定しており、控訴審たる当裁判所の審判の対象とはなつていないというべきであるから、所論法令違反の主張は、その根拠を欠くに至つたわけであつて、その理由がないことに帰するものといわなければならない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 三宅富士郎 判事 井波七郎 判事 入山実)

弁護人鈴木孟秋の控訴趣意

第一点原判決は、法令の適用に誤がありその誤が判決に影響を及ぼすこと明らかであるから被棄すべきである。

(一) 原判決は、その主文において、被告人を原判示第一の罪につき、懲役八月に同第三の罪につき懲役四月に処し、刑を併科している。しかしながら原判決の事実摘示にあるように被告人は、昭和参拾八年弐月拾参日東京簡易裁判所において、傷害罪により罰金壱万五千円に処せられ、その後同年弐月拾九日に単独で窃盗罪(原判示第三の罪)同年弐月弐拾壱日に林功と共同で窃盗罪(原判示第一の罪)を犯し、その後前記傷害罪の罰金刑が弐月弐拾八日に確定したのであつて、原判決の第一の窃盗と第三の窃盗罪の中間時に傷害罪の裁判が確定したものではない。刑法第四五条は、同時裁判の潜在的可能性のあつた数罪を併合罪として犯人に有利に刑事責任を統一的に評価しようとするものであるから、同時裁判の不可能な罪は併合罪から除外されることはいうまでもない。即ち確定裁判を一つの境界として併合罪関係が遮断されるのがこれである。しかしながら、本件の二個の窃盗事件は、傷害罪の裁判確定前に犯したものであることは明らかであり、従つてこれら窃盗罪と傷害罪とは、同時裁判の潜在的可能性はあつたものと解し、刑法第四五条前段・後段の併合罪として刑事責任を統一的に評価すべきである。本件においては、確定時を境として併合罪関係が遮断され、刑が二個になる(いわゆる主文が二つの場合)となることはない。前記のように単に二個の窃盗と確定裁判を経た傷害罪が刑法第四五条前段・後段の適用により併合罪となり、当然主文は一個となるべきものである。ところが原判決は、刑法第四五条の解釈を誤り、二個の刑を言渡したものであり、これは、被告人によつて、犯した数罪について刑事責任を統一的に評価するという有利な利益を奪われたことに帰着する。

よつてこの法令適用の誤は、判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄すべきであると考える。

(二) 原判決は、その法令の適用において、刑法第二三五条・第六〇条(共犯に付)・第五六条・第五七条・第五九条・第四五条・第五〇条と各摘示してあり、これは結局、原判示第一及び第三の窃盗の事実と傷害罪とは、刑法第四五条の併合罪となることを判示したものと解すべきであるが、右は、刑法第四五条前段・後段の適用により、併合罪となるものであつて、結局同被告人の行為については刑法第四七条・第一〇条により、もつとも重い特定の窃盗罪(犯情最も重いと認める原判示第一の窃盗罪)の刑に従つて、法定の加重した刑期の範囲内で処断すべきなのに、原判決は、刑法第四七条・第一〇条の適用を遺脱し、これを摘示せず、結局処断刑を定めないで直ちに宣告刑を科した違法がある。従つて、この原判決の法令適用の遺脱は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、破棄を免れない。

(その余の控訴趣意は省略する。)

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