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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)1900号 判決 1966年9月28日

控訴人 久保政市

右訴訟代理人弁護士 村松周一郎

江口高次郎

被控訴人 吉栄株式会社破産管財人 新庄初一

右訴訟代理人弁護士 山本耕幹

同復代理人弁護士 兵頭進

主文

原判決をつぎのとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金一二〇万円およびこれに対する昭和三五年二月二四日から支払済みまで年五分の金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その三を控訴人、その七を被控訴人の負担とする。

この判決は、被控訴人において金四〇万円の担保を供するときは、被控訴人勝訴の部分につき仮に執行することができる。

事実

<省略>当事者双方の主張および証拠関係は、つぎのとおり付け加えるほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

控訴人はつぎのとおり述べた。

一、控訴人が訴外吉栄株式会社(以下、破産会社という)に対し期間を一ケ月とする約束手形の書換により手形割引金融をした最終の約束手形は、別紙手形目録記載のとおり六通で、その額面合計二四〇万円である。

二、控訴人が破産会社に対する債権の代物弁済として昭和三一年七月二七日金一六六万六、四〇〇円の協定価額で取得した毛布は、別紙物件目録記載のとおり純毛毛布合計一、六八〇枚である。<省略>右物件については、破産会社の方でできるだけ高値の買手を求め、弁済充当額を多額にして有利に解決したいという破産会社の申入れを控訴人も了承し、高く売れるのを待っていたのであるが、所期の実現をみることができなかったので、<以下省略>

理由

訴外吉栄株式会社(以下、破産会社という。)が債権者伊藤忠商事株式会社(以下、伊藤忠という。)の破産申立により、昭和三三年三月八日午前一〇時破産宣告を受け、被控訴人がその破産管財人に選任されたこと、破産会社は従来控訴人から融資を受けて債務を負担しており、昭和三一年中にその商品である毛布を控訴人に引渡して債務の弁済にあてたことは、当事者間に争いがない。(ただし、右債務の額、代物弁済に供した毛布の数量およびその時期等については争いがある。)

被控訴人は、破産会社は昭和三一年八月初め頃、当時すでに債務超過で支払不能に頻していたのであるが、控訴人の申出に応じて、同人に対する債務三七五万円の支払いのため、同月上旬から約一か月にわたって、破産会社の全財産ともいうべき各種毛布四四〇八枚(時価総計四五〇万五七〇五円相当)を控訴人に引渡した、と主張する。<省略>証拠を総合して考察すると、つぎのように認定判断される。

破産会社は昭和二九年頃より控訴人から手形融資を受けていたが、段々経営が苦しくなり、利息を払って手形の書換えをくりかえすようになったが、昭和三一年になると利息さえとどこおりがちになった。そのような状態のとき、同年五月頃控訴人から、従来の債務を一先づ返済してほしい、従来の債務を一応きりをつけたら、また改めて融資をしてもよい、と旧債務の返済を要請された。(当時の債務額は、控訴人の主張によれば約二四〇万円)新しい融資は受けたいが、旧債の返済資金がなかった破産会社は、資金やりくりのため商品(毛布)を急いで換金処分するより、これを控訴人に引渡して旧債の弁済にあてるとともに、もし破産会社の方で有利な買手がみつかれば、これに右毛布を売却して弁済充当額を多くすることができるようにするのが得策と考え、その旨控訴人の了承を得て、同月中旬頃から同年八月下旬頃までの間に、被控訴人主張の各種毛布合計四四〇八枚(仕入価格合計四五〇万五七〇五円相当)を控訴人に引渡した。他方、その間、破産会社は同年七月二八日頃控訴人から新しく一〇〇万円の融資を受けた。このように、破産会社が被控訴人主張の毛布四四〇八枚を控訴人に引渡した時期は昭和三一年五月中旬頃から同年八月下旬頃にかけてであって、右毛布のうち、被控訴人主張の八月上旬以後に引渡したと確認できるのは、後記のように、同月中旬に引渡した陸幕毛布一五〇〇枚だけである。<省略>。

ところで、破産会社は、昭和三一年七月二三日には伊藤忠との第一回取引(現金取引)で毛布一〇〇〇枚(代金五六万五〇〇〇円)を買受け、また同月二八日頃には破産会社代表取締役の父の所有建物を担保として控訴人から前記一〇〇万円の融資を受け、さらに同年八月一日には伊藤忠との第二回取引(手形払い)で毛布二〇〇〇枚(代金一一三万円)を買受けている。

そのような信用状態からすると、破産会社が同年七月末頃までに控訴人に対してした毛布による旧債の代物弁済が、果して破産債権者を害するものであったか、殊にそれを破産会社が知ってあえて代物弁済をしたのかどうか、にわかに速断しがたいものがあり、これが否認の対象になるという被控訴人の主張はたやすく採用しがたい。

しかし、破産会社は、同年八月一三日伊藤忠との間に締結した第三回取引(手形払い)の契約で買受けた毛布一五〇〇枚(単価八〇〇円、代金合計一二〇万円。これが陸幕毛布であるか、あるいは海幕毛布であるか疑いはあるが、いずれにしても結論に影響はない。以下、陸幕毛布という。)が同月中旬に入荷すると、直ちにこれを控訴人に対する債務の弁済にあてるため、同人に引渡した。当時は、破産会社は、前記のように、すでに同年五月中旬以降多量の毛布を代物弁済として控訴人に引渡したうえ、なお、七月下旬には代表取締役の父所有の建物を担保として控訴人から一〇〇万円を借受けており、また、前記伊藤忠との第二回および第三回取引による毛布仕入代金合計二三三万円の債務を負担するほか、諸取引先にも多額の債務を負担していたのに、資産としてはほとんどみるべきものがなく、したがって、このような状態のもとで、右のように仕入れたばかりの商品を右から左に控訴人に引渡して旧債の弁済にあてるようなことでは倒産は必然ともいうべき情勢にあり、破産会社は右のような代物弁済が他の債権者を害することを知りながらあえて右毛布一五〇〇枚を控訴人に引渡したものというべきである。そして、控訴人は右引渡を受けた毛布を鈴木賢助を介して、一たん三井倉庫に入庫のうえ、後日他に売却し、その売却代金合計一二〇万円を鈴木から受取った。<省略>。

控訴人は、右毛布による代物弁済が破産会社の他の債権者を害することを知らなかった旨主張するが、これに添う原審および当審における控訴本人の供述は上記認定のような経緯に照らしてたやすく信用しがたく、ほかに右の主張を肯認するに足りる証拠がない。

以上の次第で、右陸幕毛布一五〇〇枚(当時の価格一二〇万円)による代物弁済は破産法七二条一号に該当するものと解すべく、これについて被控訴人の否認権行使は正当であるが、その余の毛布による代物弁済についての否認権行使は失当であり、その部分にかかる被控訴人の請求は理由がないものといわねばならない。<省略>。

代物弁済を正当に否認された前記陸幕毛布一五〇〇枚はすでに控訴人において他に処分ずみであること前記認定のとおりであるから、控訴人はその返還にかえて、その価格一二〇万円とこれに対する昭和三五年二月二四日(本件訴状送達の翌日)から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるものというべく、したがって、被控訴人の本訴請求は右の限度で認容し、その余の請求はこれを棄却すべきものとする。

よって被控訴人の請求を全部認容した原判決は右の限度に変更すべきものとし、主文のとおり判決する<以下省略>

<以下省略>

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