大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和37年(ネ)135号 判決 1963年9月16日

控訴人 高橋重雄

被控訴人 東京ネオン株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、第一次的請求として、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、別紙物件目録二<省略>、記載の広告塔を収去し、同目録一<省略>、の(一)、ないし(四)、記載の土地を明渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、第二次的請求として、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、右目録一、記載の土地のうち(一)ないし(三)の土地を引渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並に証拠の提出、援用、認否は、つぎの点を附加訂正するほか、原判決事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴代理人はつぎのとおり述べた。

一、(1) 、本件土地すなわち東京都大田区西六郷三丁目五一七番地の一号宅地一五八坪を、本件控訴提起後に別紙物件目録一、記載のとおり四筆((一)ないし(四))に分筆したので請求の趣旨を前記のとおり訂正した。(2) なお広告塔の高さは被控訴人主張の三三米と訂正する。

二、第一次的の請求原因たる事実のうち次の点を附加する。

(一)  本件賃貸借の終了原因は、

(1)  右土地賃貸借は期間の定めのないところ、賃借人たる被控訴人において賃貸借の目的とする使用収益が終了したと認められる後記の事実が到来したので民法第五九七条第二項本文の規定を類推適用して控訴人は被控訴人に対し、昭和三四年六月二二日到達の書面を以て右土地の明渡を求めたものである。すなわち、本件土地は被控訴人が広告塔建設のために賃借したものであるところ、近時附近に高層の建築物が設置されたため、周囲からの遠望が不能となり著しく広告塔としての使用価値を減じていたのに加えて、昭和三三年火災が発生し、ネオン灯、モーター、照明看板等焼失し、鉄骨と周囲に張つたトタン板のみを残す状態となつたところ、被控訴人において前記(原判決摘示)のとおりその広告塔を松坂屋から無償で譲受けた後もこれを補修せず強風の際は鉄板が飛び倒壊による危険すら感ずる状態にまでなつた、のみならず都条令(広告物取締規則)の改正により広告塔の高さを地上十米以下と制限されたため、仮りに塔を再建するとしても右土地の使用価値がなくなつた。右のような客観的状態に達したのであるから、当然本件土地の賃貸借関係はその目的の終了により消滅したものというべきである。

(2)  仮に本件賃貸借が右理由により当然消滅しないとしても、右賃貸借契約には期間の定めがないので、民法第六一七条第一項第一号の規定に基づき控訴人は被控訴人に対し昭和三四年六月二二日到達の書面により解約の意思表示をなしたので、右解約申入から一年後の昭和三五年六月二一日の経過と共に本件賃貸借は終了した。

三、当審において新たに第二次的請求原因として

控訴人は、本件賃貸借は前述したとおり建物使用を目的とするものでないから借地法の適用がないと考えるが、仮に本件広告塔建設の目的とする場合にこの適用があるとしてもその範囲は本件土地全部についてではなく、分筆後の別紙目録記載一の(四)の宅地すなわち塔敷地にのみ限定さるべきである。そもそも契約の目的は契約成立の要件であるところ、本件賃貸借土地のうち、広告塔とこの附属設備としての土台等が存在するのは右の塔敷地のみであること明らかで(甲第八号証実測図面参照)あるから、それ以外の土地は、本件賃貸借の広告塔建設のための目的を欠缺しているものと謂うべく、換言すれば借地法の適用ある賃借権設定の目的(建物の所有の目的)を欠缺しているので借地法の適用がないことになる。従つて前項掲記の事由により、塔敷地以外の土地(別紙目録一の(一)ないし(三))の賃貸借は終了したものとみるべきであるから少くとも右土地の引渡を求めるものである。

被控訴代理人は、第二次的請求原因に対し、つぎのとおり述べた。

本件土地が控訴人主張のとおり分筆されその旨の登記の存することは争わないが、本件契約の目的物は本件土地全部であり控訴人の勝手な分筆によつてその大半の権利を失う筈はなく、その使用目的も第一次的には広告塔の建設であるが、必ずしもそれのみに限定さるべきでなく、広告塔を維持管理するための管理人の住宅を建築することなども契約の趣旨に反するものでない。現に広告塔の中辺に床を設けそこにモーターを据付けたり広告塔の三脚の中の土間にバラツク様の囲をなし、そこに管理人が居住したこともある。また広告塔の各脚部の距離は約五間位にすぎないが各脚を支える土台は表面一辺六間位の三角形厚さ二十尺位のコンクリートでそれも三角錐になつているので底辺の長さは七間以上もあり、その下には長さ二十五尺の松丸太材数十本を打込み高層ビル建築同様の基礎工事を施してあるので、その打杭の面積は約五十坪に達しているのであるから控訴人主張の如く単に広告塔の表面に現われている脚柱部分に最小限度の輻を加えたものを以て塔の敷地となすが如きは誤りである。

なお被控訴会社はネオンサインの広告塔建設並にその附帯事業をなすを目的とする会社であるが広告塔を請負う場合は広告主が広告塔を建てて被控訴会社がそのデザインを請負う場合と被控訴会社が広告塔を建設してそれを譲渡する場合の二つの方法があるが、後者の場合は広告塔だけを譲渡するものであつて、その敷地の利用権までも譲渡するものではない、と附演した。

<証拠省略>

理由

東京都大田区西六郷三丁目五一七番地の一号宅地一五八坪(その後分筆されて別紙目録一の(一)ないし(四)となる)が控訴人の所有であることは当事者間に争がない。

控訴人は右土地を昭和二六年二月一日被控訴人に対し広告塔建設の目的で期限を定めず賃貸したと主張し、被控訴人は、はじめ右主張を自白したが、後これを撤回し、控訴人の異議に対し、右土地の借地契約によつて地上権を取得したものであるから右自白は事実に反し、かつ錯誤に基づくものであると主張するのでこの点につき判断する。

自白の対象は法規の適用の対象となるべき事実であるが、この中には単なる事実のみでなく訴訟物についての終局判断の前提となる権利又は法律関係の存否をも含むものと解すべきであるから、本件に於いて被控訴人が第一回口頭弁論期日に控訴人主張の賃貸借関係(前提たる法律関係)の成立を認めたのは法律上之を自白と解すべきである。しかし被控訴人が其後これを地上権の設定であると主張したのは、被控訴人が控訴人から本件土地を使用する権利を許容された事実関係は従前通り認めつつ、唯この事実関係に対する法律上の判断を改めてこれを地上権であると主張するのであるから、斯る法律上の推論の部分については、自白者に於いて特に故意又は不当な意図を以て自白した場合でない限り、これを自由に(即ち自白の撤回の要件の存否に関りなく)撤回し得るものと解するを相当とする。

従つて此点に関する控訴人の主張は採用することを得ない。

そこで本件土地の借地関係について争があるのでこの点につき案ずるに、成立に争のない甲第一号証、第二号証、第五号証、第十五号証の一ないし三、乙第一ないし四号証、成立の真正を認むべき甲第三号証の各記載当審における証人高橋サトの供述によりその成立を認むべき甲第七号証、原審竝びに当審における証人高橋サト及び被控訴会社代表者本人の各供述を綜合すると、(1) 被控訴会社は昭和八年頃控訴人から広告塔建設の目的で本件土地のうちの一部約五〇坪を借受け、その地上に武田製薬株式会社のため鉄骨製広告塔(薬品ノルモザン)を建設し(この塔の基礎であるコンクリート土台は現在の塔のそれと同一)使用してきたが、今次大戦により塔を撤去することを余儀なくされ、その敷地を返還したこと、(2) その後昭和二六年二月一日再び被控訴会社は右返還した土地を含む本件土地一五八坪を右同様の目的で期間を定めず賃料一月一坪につき三円の割(その後値上げとなり現在二〇円)で借受け保証金名義で金五万円を支払つたこと、(3) そして控訴人の許諾を得て前記土台を基礎にして地上約三三米の鉄骨を組みその周囲に鉄板をはりつけ、「お買物は松坂屋」なる文字をのせ、電飾を施した広告塔を建設し之に約四〇〇万円の費用を要したこと、(4) 右広告塔は松坂屋の出捐によつて被控訴人の建設したもので松坂屋の所有に属し、被控訴人は松坂屋から権利金、地代、竝に右広告塔の保守見守費を徴収していたこと、(5) 被控訴人はネオンサインの広告塔建設竝びにその附帯事業をなすを目的とする会社であることを夫々認め得べく、また(6) 本件弁論の全趣旨によれば被控訴人が前示(1) 及び(3) の広告塔を建設し且つ本件土地を右広告塔のために使用することについては控訴人は何等異議なく之を承認していたことが明かである以上(1) ないし(6) の事実を綜合して判断すれば、控訴人は被控訴人に対し被控訴人が相当の永続性ある堅固な広告塔を建築しその利用のために本件土地を使用することを許容したものであつて、建物の所有を目的としたものでないと同時に、民法第六一七条によつて何時にても解約し得るとしたものでもないと認めるに十分であるから、本件土地に関する両者間の使用権設定契約は、法律上は地上権設定契約であり、被控訴人の有する本件土地の使用権は期限の定めない地上権であると認めるを相当とする。尤も前示甲第一号証には表題として「土地賃借契約書」とあり、内容の中には「土地賃借料は一坪につき三円とする」旨其他「賃借地代」等の文言の記載があるが、斯る文言が本件当事者の間に厳格な法律上の意義を意識して使用されたと認むべき資料なく、また広く対価を支払つて他人の土地を使用する総ての場合(地上権または永小作権)を通じその設定契約中には往々にして「賃貸」の文字の使用される例の乏しくないこと、なお控訴人が建物所有の目的を以て土地を賃貸するに際し締結したと称する契約書(甲第十六号証及第十七号証)と本件契約書とを比較考量するにその体裁内容において相違のあること等に鑑みると甲第一号証に右各文言の使用されていることは前記認定の妨となることはなく、他に以上の認定を覆えして本件契約を賃貸借契約と解さねばならぬ証拠はない。

而して右地上権の存続期間については設定行為を以て何等定めのなかつたこと右認定のとおりであるから、その期間は民法第二六八条に基づいて定められるべきところ、未だ当事者からその請求がないことは本件弁論の全趣旨によつて明かであるから現在なお存続しているものと認むべきである。

控訴人は本件土地借地契約はその目的喪失を理由として契約が解除された旨主張するが、本件土地の使用関係は右工作物(広告塔)所有の目的として土地を使用することを本体とする地上権であること前認定のとおりであるから被控訴会社においてその目的を有する限り土地所有者において一方的に解除をなすを得ないし、かつ本件全資料に徴しても未だ客観的に本件土地を以てしては前示使用目的を達成することが不能になつたものとは認められないからこの点の控訴人の主張は理由がない。

次に控訴人は、仮に本件土地の使用関係が被控訴人主張のとおりであるとしてもそれは土地全部についてではなく広告塔の敷地たる分筆後の別紙目録一の(四)の土地にのみ限定さるべきである、と主張するのでこの点につき判断するに、本件契約当時当事者間において右(四)の土地についてのみ特に限定して使用目的を定めたものと認むべき証拠がないばかりでなく、分筆したのは本訴提起の後であることは本件弁論の全趣旨から明らかであり、原審竝びに当審における被控訴会社代表者本人の供述によれば本件広告塔を修理するため、ないしは、管理するためその敷地以外の場所を使用し又は使用すべきことが推認せられるから控訴人主張のとおりその四囲に空間地があつても(この点については当事者間に多少争がある)これを地上権の範囲に包含して差支えないというべきである。従つて控訴人の予備的請求も理由がない。

以上認定のとおり控訴人の本訴請求は理由がなくこれと結論を同じくする原判決は結局相当であり本件控訴はこれを棄却すべきものとし控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木忠一 加藤隆司 宮崎富哉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例