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東京高等裁判所 昭和37年(う)1299号 判決 1963年6月24日

被告人 山本博 外一名

主文

原判決を破棄する。

本件を東京地方裁判所八王子支部に差戻す。

理由

検察官所論の要旨は、原裁判所は審理に入るに先ち本件起訴状謄本が各被告人に対し適法に送達されたかどうか、証拠調をなした上、被告人山本博には右起訴状謄本が送達されたものと認め、被告人小野田啓俊には右起訴状謄本が送達されたかどうか判断を留保した上、本件訴訟手続が第一回公判期日から第二回公判期日まで一〇年余を経過し遅滞したことは迅速な裁判を受ける権利を保障する憲法第三七条第一項の規定に違反したものであり、被告人両名に対する本件公訴は適法要件を缺くに至つたものとして刑訴法第三三八条第四号を準用し公訴を棄却した。然し乍ら右は最高裁判所の判例に違反し、刑訴法の解釈適用を誤つたものであるから破棄を免れないと云うに在る。

よつて按ずるに被告人山本博同小野田啓俊は、宮田日出吉、豊田春二、光石栄二、張錫公等と共に、昭和二五年三月一五日本件建造物侵入被告事件につき公訴を提起され、そうしていずれも起訴状謄本の送達をうけた事実は各起訴状謄本送達報告書原審証人橋本郡次郎、同三木敏行(二回)鑑定人三木敏行作成の鑑定書を綜合すれば、優に、これを認めることができる。(原判決は被告人小野田啓俊に対する起訴状謄本の送達が適法であつたかどうかについての判断を留保するといいながら、同被告人に対する本件公訴を被告人山本博に対するそれと共に、決定によらず判決をもつて棄却したところからみて、右送達が適法であつたとみた趣旨であろう。)ところで、原裁判所は昭和二五年一二月八日第一回公判を開廷したが弁護人村川保蔵のみ出頭し、被告人山本同小野田を含む被告人等は出頭しなかつたので同裁判所は公判を延期し次回期日は追て指定する旨告知したそうして、原裁判所は昭和二六年二月一日右召喚状が送達できなかつたと思われる宮田日出吉、豊田春二、光石栄二に対する所在捜査を東京高等検察庁に依頼したところ、昭和三五年一〇月に至り右宮田、豊田、光石の外被告人両名の各所在を通知して来たので、原裁判所は昭和三六年五月九日第二回公判を開廷したのであるが、同期日には張錫公を除く全員出頭し被告人両名は勿論その他の被告人も概ね起訴状謄本の送達を受け乍らこれが送達を受けない旨及び本件につき一〇年余公判を開廷しなかつたのは憲法違反である旨主張し、爾後原裁判所は起訴状謄本の送達につき証拠調を重ねた末、昭和三七年五月一六日被告人両名に対し本件各公訴を棄却する旨判決をしたのであつた。そうして、その理由としていう所によれば、本件のごとき建造物侵入被告事件について、約一〇年余も審判を放置するのは、その公訴時効期間や刑の時効期間に留意するとき、単なる当否の問題のわくをこえ、訴追の相当性は救いがたい影響をうけ、手続の正義を支えるべき訴追の正当な利益が失われるに至り、結局、被告人両名に対する本件公訴は適法要件を欠くに至つたものであり、公訴提起の手続自体が不適法であつた場合に準じ刑訴法第三三八条第四号によつて公訴を棄却しなければならないというのである。

ところで、約一〇年余の審判の放置は、たしかに迅速な裁判の要請を無視するものであつて、大いに責められなければならない。しかし、それが裁判官の審判意思と検察官の訴追意思の喪失だと見るべき跡は見い出されないし、また仮りに、そうであつたとしても、そのことの故に、訴訟放棄の効果を生じたと断ずべき根拠は存しない。また、本件が訴訟の遅延でなく、訴訟の放棄にひとしいとしても、その責任たるや、司法行政上のそれであつて、訴訟手続法は全く関知しないのである。最高裁判所の裁判が遅延したかどうかに関する従来の判例にあらわれた事案と本件の事案とは、まつたく、その選を異にするけれどその判例の趣旨とする所は、本件の場合にも適用することができるのであつて、これを斥けようとする弁護人の所論は賛同するわけにはいかない。

刑訴法第三三八条第四号は、公訴の提起の手続がその規定に違反して無効であるときに、判決で公訴を棄却しなければならないとしているが、この規定たるや、公訴の提起がその提起のときに、その手続規定に違反した場合のみに関するのであつて、それ以外の場合を全く予想してはいないし、なお、また適式に提起された公訴が、その後の事情により無効に帰するというがごとき理論の正当性も認め得ない。本件のごとく十年余も審判を放置しながら、訴追の正当な利益が失われたとか、公訴が適法要件を欠くに至つたというがごとき理論は、とうてい肯認すべくもない。仮りに訴追が正当な利益を失うに至つたと判断される場合があるとするならば、公訴にかかる事件の実体関係に対する判決において、その趣旨を盛るような判断を示すべきであつて、本件のごとく、手続関係に対する判決をもつて公訴を棄却すべきものではない。このことは、訴追を検察官をして行わしめ、裁判所は、その相当性の有無につき審理する権限を有つていない、わが国の制度上当然のことである。してみれば、原判決は刑訴法第三三八条第四号の規定の解釈を誤り、これによつて本件公訴を棄却したのであるから、まさに違法を敢てしたものというの外はないのであつて、検察官の論旨は理由あるものというべく、原判決は破棄を免れない。それで、刑訴法第三九七条に則つて原判決を破棄した上、同法第四〇〇条本文を適用して主文のごとく判決する。

(裁判官 尾後貫荘太郎 鈴木良一 飯守重任)

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