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東京高等裁判所 昭和36年(ラ)9号 決定 1962年4月13日

抗告人 申立人 協同乳業株式会社

訴訟代理人 原長一 外一名

相手方 相手方 田中鷹之助

主文

原決定を取消す。

本件を東京地方裁判所に差戻す。

理由

抗告代理人は、「原決定を取消す。相手方に対する本件不動産強制競売手続を開始する。」旨の裁判を求め、その理由として、「本件公正証書は民事訴訟法第五五九条にいう一定の金額の支払を以て目的とする請求について作成されたものであり、原決定は誤りであるので、本件抗告に及んだ次第である。」と主張した。

よつて考えるに、本件の債務名義たる東京法務局所属公証人大場十郎作成昭和三四年第一七六七号牛乳売買取引契約公正証書正本には、債権者たる抗告人を甲とし、債務者たる相手を乙として、大体次の各条項が記載されている。

第一条、売主甲と買主乙とは昭和三四年八月二五日以下の条項による牛乳類売買取引契約を締結した。

第二条、甲及び乙は食品衛生法施行規則に基き常に清潔を保つは勿論夫々完全なる設備を以て商品の取扱保管をはかるものとし甲の商品販売を営む乙の東京都江戸川区宇喜田町九六〇番地所在の店舗を宇喜田販売店と呼称することを甲乙は合意した。

第三条、本取引の目的物は甲の処理した牛乳及び乳製品とし甲は昭和三四年九月一日よりこれを乙に供給し乙は甲の専属販売店としてこれを附近の消費者に小売販売するものとする。

なお乙は甲の製品を他の牛乳販売業者に復卸してはならない。

第四条、甲乙間の取引数量は当初一ケ月間一五石とする。(甲は取引の最低限度を定めることを得)但し本契約取引の限度額は総額金七〇万円とする。

第五条、甲乙間の商品受渡場所は乙の店頭とし代金の支払場所は甲の指定する事務所とする。

但し商品受渡後の変質破損返品については甲は原則として責任を負わないものとする。

第六条、取引商品の単価は甲乙の協定により定める。乙の小売販売単価は時価相場とし乱売により甲の売価を傷け並びに同業者に迷惑をかけてはならない。

第七条、本取引による商品及び容器等の代金支払については前月二六日より当月二五日までの受渡し数量を当月二五日に締切り計算し翌月五日までに遅滞なく支払うものとする。

第八条、乙が店舗所在地を移転し商号または経営組織を変更し若くは本契約の履行に支障を及ぼすような資本の変動を行うときは予め甲の承認を得るものとする。

第九条、乙が本契約の条項に違背し、或は左の各号の一に該当したる時は甲は通知催告を要せずして本契約を解除することができる。

一、法令により本契約の履行が不可能になつたとき

二、乙が破産の申立刑事処分を受けたとき

第一〇条、前条の場合乙は本契約により負担する全債務につき期限の利益を失い直ちに全債務を完済しなければならない。

乙は右債務の履行を怠つたときは甲において任意に担保物件を処分し処分代金から処分費用を控除した残額をもつて債務の弁済に充当するも異議なく且つ不足あるときはその不足分を支払うことを約諾した。

第一一条、第九条の場合の外本契約を解除しようとするときは甲乙たがいに相手方に対し三〇日前にその旨を予告するものとする。

第一二条、<省略>

第一三条、当事者甲または乙が本契約に違背し相手方より契約を解除された場合は甲または乙は相手方に対し違約損害金として金五〇万円を支払うものとする。

第一四条、甲乙および保証人は前条の金銭債務を履行しないときは直ちに強制執行を受けてもなんら異議のないことを認諾した。

而して、本件競売の申立は、右公正証書第一三条による金五〇万円の違約損害金とこれに対する昭和三五年六月九日以降完済までの年六分の割合による金員の債権に基くものであることは、申立自体によつて明らかである。

ところで、右違約損害金債権について前記公正証書が果して債務名義となることができるであろうか。右の違約金債権は、当事者の一方が契約に違背し、相手方から契約を解除された場合に、はじめて、発生するもので、右公正証書作成当時にはいまだ存在しない将来の請求権であることが明らかであり、従前の学説の中にはこのような債権について作成された前記公正証書は、たとえ執行認諾条項の記載があつても、債務名義たるの効力を有しないものと解する見解があつた。然し公正証書による執行認諾によつて債務名義となり得べき請求権は現在即時に請求し得べきものであることを要せず、条件或は期限に繋ることを妨げないことは勿論、当事者間に基本たる法律関係が確定して居り且つ之より生ずる将来の請求権が金額に於て一定している限り、斯る将来の請求権についてもこれを認めるを相当とする。蓋し斯る将来の請求権についてこれを認めることは、民訴法五五九条三号の文言に矛盾しないのみならず(同号に「直ちに強制執行を受くべき旨」とある「直ちに」とは「予め訴訟によることなく」の意味である)、これを認めることは取引の実際の要求にも合致するからである。しかして斯る請求権が現実に発生した場合には、民訴法五六〇条、五一八条二項(場合により同法五二一条)によつて執行文の付与を受け得べきこと勿論である。従つて、以上の如き将来の請求権について作成された公正証書も亦執行証書としての効力を有するものと解するを相当とする。而して、本件に於て右債権の発生ありとして執行文の付与のあつたことは記録上明らかである。

果してしからば、本件公正証書は民事訴訟法第五五九条第三号所定の債務名義としての要件を具備しているものというべく、これと反対の見解の下になされた原決定は失当で、本件抗告はその理由があるから、原決定を取消し、本件を原裁判所に差戻すのを相当と認め、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 鈴木忠一 判事 菊池庚子三 判事 加藤隆司)

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