大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和36年(う)2228号 判決 1962年10月23日

控訴人 被告人 赤尾敏 外一名

弁護人 中井一夫

検察官 岩川敬喜

主文

被告人両名の本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人両名の弁護人中井一夫提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用する。

第一点について。

原判決挙示の証拠によれば、原判決判示第一の事実は十分これを認めることができる。所論は、原審証人吉村法俊、同中堂利夫の各証言は信用すべからざるものであると主張する。しかし、右各証言を録取した原審第三回公判調書を見ればこれを信用し得るものであるから、原判決にはなんら所論の過誤は存しない。

次に原判決挙示の木下淳美の検察官に対する供述調書及び藤原哲太郎の司法警察員に対する供述調書によると、判示民主社会党結党大会は、判示一月二十四日午前十時三十分頃開会の辞を以て開始され、大会議長選出、議長挨拶、書記任命、各種委員選出、大会成立宣言、大会準備委員長伊藤卯四郎挨拶に引き続いて大会議事に入り、党名決定、綱領規約、政策及び活動計画、財政に関する諸件を提案し、各委員会に附託し、午後二時三十分頃附託議事の報告承認後役員詮衡に関する件を議題に供し、詮衡結果の発表承認に次いで役員代表西尾末広の挨拶、結党宣言の発表を行い閉会の辞を以て午後五時頃終了する予定となつており、本件は正に同日午前十時五十分頃右大会準備委員長伊藤卯四郎が挨拶の演説を行おうとした際に発生したものであることが明らかである。

ところで右大会議事日程によると、民主社会党は判示結党大会において初めて党名、綱領規約、政策及び活動計画が決定され、委員長以下の各種役員が詮衡決定され、結党宣言が発表され、茲に初めて正式に政党として発足するに至るものと認められる。

従つて、政党の結成大会は党員となろうとする者及び関係者によつて党の創立を決定するために開催されるもので、その開催は一回に限り、再度又は継続して開催されるべきものでないことは所論のとおりであつて、判示民主社会党結党大会の開催を目して同党そのものの政策発表の業務であると解した原判決は正鵠を得たものではない。

しかし、前掲木下淳美の検察官に対する供述調書及び藤原哲太郎の司法警察員に対する供述調書によると、判示民主社会完結党大会は同大会準備委員長伊藤卯四郎等より成る民主社会党結党大会準備委員会によつて主催され、右準備委員会には専任書記も配置され、判示一月二十四日の結党大会開催に備え、前以て開催の日時及び場所、議事日程及び上程議案の作成、代議員その他の関係者に対する通知、招待券及び傍聴券の用意、会場内外の警備等結党大会の運営に関する事務が行われていたこと、判示結党大会は右準備委員会の事務の一環として開催されたことを窺うに足り、かかる準備委員会の結党大会運営に関する事務は、準備委員長を始めとする準備委員及び専任書記等一団の人々の行う仕事であり、且つそれは結党準備着手の時から結党完了の時まで継続して行われるべき要素を備えているのであるから、これを刑法第二百三十四条にいわゆる「業務」に当ると解して妨げなく、かように解したからといつて、決して所論引用の判例の趣旨に抵触するものではない。

してみると、本件において妨害された業務は民主社会党そのものの業務ではなくて、伊藤卯四郎を委員長とする同党結党大会準備委員会がその事務として行つた同党結党大会の運営に関する右結党大会準備委員会の業務であつたと解するのが相当である。

因みに本件起訴状記載の公訴事実によれば、被告人赤尾は民主社会党結党大会を妨害すべきことを企図し、吉村法俊と共謀の上、右吉村において、同党結党準備委員長伊藤卯四郎ら結党準備委員、代議員その他同党関係者千数百名が参集して同党結党大会が開備され、右伊藤卯四郎が演説を行おうとした際発煙筒をたきビラを撒布するなどして会場を混乱におとしいれ右演説を一時中止するのやむなきに至らしめ、以て威力を用いて同党(民主社会党)の政策発表の業務を妨害したものであるというにあり、これに対し原判決の認定するところも同趣旨であるが、起訴状が被告人の犯行として表示している事実も又原判決が被告人の犯行として判示した事実も共に、被告人等が民主社会党結党大会準備委員会がその事務の一環として行つた同党結党大会を混乱に陥れて大会の運営を一時中止するのやむなきに至らしめたという事実であつて威力業務妨害の罪となるべき事実の表示として欠けるところはなく、起訴状並びに原判決がその罪となるべき事実の末尾に、いずれも「もつて同党(民主社会党)の政策発表の業務を妨害したものである」と判示したのは被告人等の罪となるべき事実に対する法的解釈を誤つたものに過ぎない。起訴状並びに原判決が被告人の罪となるべき事実として具体的に前記結党大会の業務を妨害した事実を明示していること前記のとおりであり、この事実に対し起訴状は罰条として刑法第二百三十四条を掲げ原判決が同条を適用したのは、いずれも正当であるから、原判決の右誤は何ら原判決に影響を及ぼさない。論旨は結局理由がない。

(その余の判決理由は省略する)

(裁判長判事 岩田誠 判事 高野重秋 判事 栗田正)

弁護人中井一夫の控訴趣意

第一点B、法令の適用の誤について。

一、本事件につき原判決の認定せられた事実は前記の通りであつて之を赤尾被告人に問擬するに刑法第二三四条及び同法第六〇条を以つてせられた。然し乍ら政党の結成大会はその党員及び関係者によつてその党の創立を決定するために開催せられるものであり、従つてその開催は一度に限り再度又は継続して開催せらるべきものでないことは同大会本来の趣旨に照して明白である。果して然らば右結成大会は正に高等裁判所及び大審院の判例とする「ある団体の結成式のような行事はその性質上一回的、一時的なもので何等継続的要素を含まないから刑法第二三四条にいう業務にあたらない」と謂う所に相当すること明かである。(東京高等裁判所昭和三〇年(う)第八一〇号第八巻八六〇頁)(大審院大正十年十月二十四日判決、判決録二七輯六四三頁御参照)従つて本事案が右原審認定の通りであるとするも赤尾被告人の行為は他の法令に触るる所あるは格別刑法第二三四条を以つて問擬することは失当であると謂わなければならない。

二、此の点につき原判決はその(弁護人の主張に対する判断)(一)に於て左の如く判定し、前述の如き弁護人の主張は之を採用するに由なしとて排斥せられた。即ち「なるほど弁護人主張のとおり、大韓民国青年団支部結成式会場内に故なく侵入してその挙式を妨害した事案につき、ある団体の結成式というような行事は、その性質上一回的一時的なもので、何ら継続的要素を含まないから、これをもつてその団体の業務とすることはできない旨の判例(東京高裁、昭和三〇、八、三〇判決、高裁判例集八巻六号八六〇頁)があるが、この判例は本件とは事実関係を異にし、本件には適切でない。即ち判示第一の民社党の結党大会の如きは、政党がその結党の趣旨を広く世間に訴え、その政策、政見等の党の活動方針を国民全般に宣明するの実を伴うものであつて、政党が日常行う政策、政見等の宣伝、啓蒙の一手段ないしは一機会である。従つて政党が結党大会の際に行う政策発表等は当然業務性を帯びているというべきである、この点単なる儀式ともいうべき前記判例の青年団支部結成式の場合と同一に論ずべき筋合ではないと考える」。然し乍ら本弁護人は右判例こそ本件とはその事実関係を等しくし本件に最も適切なものであり、正に本件に該当するものと信じる。即ち前記東京高等裁判所判例の基本たる事実に曰く(第一審千葉地方裁判所第一刑事部昭和二六年五月三〇日判決被告人呉正泰、前掲判例集御参照)「被告人は元朝鮮人連盟員であつたものであるが朝鮮人連盟匝瑳支部が置かれてあつた千葉県海上郡旭町干潟を中心として元朝鮮人連盟(以下元朝連とも略称する)と大韓民国居留民団(以下民団とも略称する)とは互に相反目し両者の間に屡々軋轢を生じていたところ同県山武郡横芝町の元朝連に属していた朝鮮人間に漸く民団の勢力が滲透し初め同町居住の韓鍾哲、李泰学、林述伊等はこれに入団し右民団の横芝支部を結成しようとする動きを示した」云々「第三、昭和二十五年六月三日盧顕容、韓鍾哲、李泰学及び林述伊等は再び前記民団員多数の参加応援を得て横芝町に隣接する山武郡松尾町八田五十一番地琴平公会堂を借り受けてそこで今度は大韓民国青年団横芝支部の結成式を挙行することになつたので被告人は南万植等と前記のような人々に前記のように来集を求めこれに応じて集つた元朝連員約百四、五十名は又もや右会場に続々来集し既に会場内に入つていた民団員に対し傍聴させてくれと入場方を要求しこれを拒絶されて激昂し同日正午頃右結成式が開始せられようとするに当り被告人は南万植等多数と共に同会場内に故なく侵入し以つて元朝連側多数の威力を示した為右威圧に押されて会場内の民団員は結成式の開始に至らない前に場外に退去するを余儀なくせられ以つて大衆の威力を用いて前記青年団横芝支部の業務を妨害したものである」。

以上の事実によれば右大韓民国青年団横芝支部の結成は建国の精神を絶対に異にせる南北両朝鮮人が旭町干潟を中心として相反目し互にその勢力の拡大競争の最中にあつて、北鮮人の朝鮮人連盟匝瑳支部に対抗して南鮮人がその団結を組織するためになすものなることを看取し得べく、従つてその結成式が単なる儀式に止まらず大韓民国居留民団の主張、政策等についても宣伝啓蒙の一手段ないしは一機会として利用せられることのあるべきことは当然の事態である。前記判例亦同結成式を以つて単なる儀式に過ぎないものとして論定をして居ないのであつて、それが継続して行なわれるものでない所に「業務」の否定が結論されたものと信じる。然るに之を以て原判決が「単なる儀式ともいうべき前記判例の青年団支部結成式の場合」と呼称するのは、その独断でなければ誤解である。況んや業務の主体たるべき青年団横芝支部も、民主社会党も夫々その結成式又は結党大会を完了するによつて始めてその存在を実現さすことができるのであるから、その実現以前に於て之を実現さすためにする集会を以て青年団支部又は民社党の業務であるとすることは不合理であり、殊に該集会に継続性を認めるが如きは全くナンセンスであると謂わざるを得ない。斯くて本件結党大会は判例の結成式に等しく刑法第二三四条に所謂業務となすことはできないものであるから原判決は判例に反し法令の適用を誤まりたるものであつて、その結果が判決に影響を及ぼすことは勿論である。

(その余の控訴趣意は省略する)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例