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東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)154号 判決 1965年6月10日

原告 アメリカン・マシン・エンド・フアウンドリ・コンパニー

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和三一年抗告審判第二、七五四号事件について昭和三五年六月二九日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨並びに請求の原因

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求の原因としてつぎのように述べた。

一  原告は、昭和三〇年五月一六日特許庁に対し「煙草シート、フイルム等の改良及其の製造法」(後に抗告審判の過程において発明の名称を「複合たばこシート材料製造方法」と訂正)の発明について特許出願をしたが(昭和三〇年特許願第一三、五三二号事件)、同三一年五月一六日附で拒絶査定を受けた。そこで、同年一二月二〇日に抗告審判を請求したが(昭和三一年抗告審判第二、七五四号事件)、特許庁は、同三五年六月二九日附で抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をし、右審決書謄本は同年七月一三日に原告に送達された。なお、右審決に対する訴提起の期間は特許庁長官の職権により同年一二月一二日まで延長された。

二  審決は、本件発明の要旨は、「粘着性薄膜形成材料で喫煙上悪影響を及ぼさない香気を以て燃焼する材料例えば多糖類材料に極少量の繊維を分散させたものを薄膜となし、その薄膜の表面にたばこ粉粒を被着させ、斯くして得た可撓性複合シートを乾燥させることより成る複合たばこシート材料の製造法」にあると認めた上、拒絶査定で引用された大正一五年実用新案出願公告第二六、二六〇号公報(以下引用例という。)の記載とを比較し、「右公報には、薄い強靱な紙の表裏両面に稀薄な糊液を塗りこれに粉末たばこを撤布し強圧を加え乾燥して成る板状たばこを製造することが記載せられている。本願の方法と前記引用例の方法とを比較してみると、両者は共に強靱で可撓性のあるシート材料の表面にたばこ粉粒を被着させて乾燥した複合たばこシート材料を製造する点において一致しており、唯前者は粘着性薄膜形成材料(例えば多糖類材料)に極少量の繊維を分散させたものを薄膜として使用するのに対し、後者は薄い強靱な紙を薄膜として使用する点で相違しているに過ぎない。しかし、少くとも本願のような場合においては多糖類材料に繊維を分散させたものは引用例の薄い強靱な紙と均等物であると認められるばかりでなく、明細書全文の記載から見て、薄膜に関してはその性質から当然予期し得られる結果以外、引用例に比し特に優れた効果を奏するものとは認められないから、結局本願の発明は引用刊行物に容易に実施することができる程度において記載されたものと認める。」 と説示し、「本願の発明は旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第四条第二号に該当し、同法第一条に規定する特許要件を具備しない。」として、原告の抗告審判の請求を排斥している。

三  しかしながら、右審決はつぎの理由により違法であつて、取り消されるべきものである。

(一)  本件発明の方法と引用例の方法とを比較すれば、つぎのような相違がある。

(1) 本件発明の対象とする複合たばこシート材料は、これを切断して通常の巻たばこ、パイプたばこ、葉巻たばことして使うものであり、天然のたばこの切断しない状態の葉に相当するものであるが、引用例の方法が薄い強靱な紙を使つて製造するのに対し、本件発明の方法においては、「成るべくは特別に作られた食用接合剤」たとえばカルボキシメチル繊維素のような多糖類材料から成り、この中に補強材として極少量の無害な繊維(必ずしも紙繊維やパルプ繊維である必要はなくたばこ繊維でもよい)をでたらめに雑然とかつ粗に分散させた薄膜を使つて製造する。その製造方法を明細書(甲第一二号証)に記載の実施例につき説明すれば、つぎのとおりである。すなわち、「粘着性薄膜形成材料で喫煙上悪影響を及ぼさない香気を以て燃焼する材料例えば多糖類材料」とは、CMC(カルボキシメチル繊維素またの化学名繊維素グリコル酸)またはCMHEC(カルボキシメチルヒドロシキエチル繊維素またの化学名繊維素ヒドロキシグリコル酸)であり、これらの物質は他の夾雑成分を含まない化学的に純粋な物質であり水に分散させた状態ではそれ自体粘着性をもつている。「極少量の繊維」とは、たとえばたばこ繊維である。このような繊維を極少量分散させたCMC等の薄膜が湿つて粘着性を有している間にたばこ粉粒を被着させるのであるが、詳述すれば、製造用ベルト表面を湿らしてたばこ粉粒をふりかけ、つぎに極少量の繊維を含んだCMC等の液を右たばこ粉粒層の上に吹き付け、このCMC等の層の粘着性ある表面に再びたばこ粉粒をふりかけて、乾燥させた後にベルトからはがすのである。このようにして、複合たばこシート材料が製造されるが、ここにいう複合とは薄膜とたばこ粉粒の各層が合体していることの意である。なお、明細書添附図面(甲第一号証の五)のうち第一図と第四図に記載した二つの実施例が特許請求の範囲に記載した製造法に従うものである。

これに対し、引用例は、公報に記載されているように、「薄き雁皮紙の如き強靱なる紙」を用いるが、このような紙を本件発明のCMC等の薄膜と均等物とみなすことは到底できない。引用例のこのような紙は、主として雁皮等の木の皮の繊維とこれら繊維を相互につなぐ雑多な糊質または膠質の物質(たとえば、脂肪、蝋、リグニン、ペクチン、樹脂、灰分等)から成るもので、しかも繊維の占める重量割合は甚だ大きく全体の四分の一重量部にも達する。これに比し、本件発明における薄膜は化学的に純粋なCMCまたはCMHEC中に極少量の繊維を補強材として加えたものであり、これら補強繊維が全体中に占める重量割合は二〇分の一重量部程度にすぎない。したがつて、本件発明における薄膜は、引用例における紙とその材質および構成において著しく相違し、ひいて作用効果にも重要な差異が生ずる。

(2) 本件発明における多糖類材料の薄膜は、湿潤状態において粘着性を有するので、引用例におけるように糊液を塗布してたばこ粉粒を被着させるのでなく、この粘着性を利用してたばこ粉粒を薄膜に被着させる。したがつて、糊液のような接着剤を必要としないばかりでなく、噴霧ノズル等により吹き付けることにより薄膜を形成するので、本件発明の方法による製品たばこシートは、引用例の方法による製品と構造上も著しい相違がある。すなわち、引用例においては、たばこ粉粒は紙の表面に塗布した稀薄な糊液により間接に支持体である紙に被着されるのに対し、本件発明においては、支持体である薄膜は直接かつ一層緊密にたばこ粉粒を支えるのである。

(3) 前記のように、引用例においては、薄い強靱な紙は繊維を主材料としこの紙に稀薄な糊液を塗つて粉末たばこを被着させるので、たばこ量に比して多量なこれら繊維と糊液は、燃焼に際し喫煙者の健康上有害な影響を及ぼすのみならず、たばこの風味および香気を損い、喫煙上悪影響を及ぼす。これに比べ、本件発明における薄膜形成材料である多糖類材料は、人体に無害であり、喫煙上悪影響を及ぼさない香気を以て燃焼し、また含有する繊維も極少量であるから、たばこの風味、香気をほとんど損わず、しかも補強繊維としてたばこ繊維を使うことにより一層良好な効果が得られる。

(4) 本件発明の方法では、引用例の方法のように紙を製造したり購入したりする必要がないので経済的である。

(5) なお、引用例の方法では、糊液を塗つた紙に粉末たばこを撒布して被着させる際に強圧を加えるのに対し、本件発明の方法によるときは、何等強圧を加える必要はなく、直ちに乾燥することによりたばこシートを得られる。このように本件発明によれば、天然たばこは過激な処理を受けず単に乾燥細断されるだけであるから、原料たばこの天然の性質をほとんどそのまま保つことができ、喫煙特性が極めて良好になる。

(二)  以上のように、本件発明の方法によれば、引用例の方法によるものとその構成において著しく異り、作用効果において格段に優れたたばこシート材料を、経済上極めて有利に製造できる。しかるに、審決は、両者を対比する際に、引用例の方法が糊液の使用を是非とも必要とすることを無視する誤りをおかし、また、審決は「本願のような場合においては多糖類材料に繊維を分散させたものは引用例の薄い強靱な紙と均等物である」と認めているのは当を得ない。すなわち、たばこシート材料に関係のないものに使用するものであればともかく、本件のようなたばこシート材料に限定するとき、前記のような顕著な作用効果上の差異がある以上、右両者を均等物とみることができないことは明らかである。さらに、審決は、「明細書全文の記載からみて、薄膜に関してはその性質から当然予期し得られる結果以外、引用例に比し特に優れた効果を奏するものとは認められない」としているが、本件発明は前述の独特な構成の薄膜をたばこシート材料との関連において使用するのであつて、これによつて複合たばこシート材料として従来達成できなかつた優れた効果を相乗的効果として奏し得るのである。薄膜の構成材料から考えて、その単独の効果としては結果からみれば予期できるものであつても、そのような新規な薄膜を特にたばこシート材料に使つて前述の卓越したたばこシート材料としての作用効果を得られるのであるから、この特に優れた相乗的効果に言及しないでなされた審決は当を失するものである。要するに、本件発明は旧特許法第一条の新規なる工業的発明に充分に該当する。

第二被告の答弁

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁としてつぎのとおり述べた。

一  原告主張の一、二の事実を認める。

二  原告主張の三を争う。

(一)(1)  原告は、本願においては「成るべくは特別に作られた食用接合剤」たとえばカルボキシメチル繊維素のような多糖類材料から成りこの材料中に補強材として極少量の無害な繊維を分散させた薄膜を使つてあるから引用例のものとは作用効果において重要な相違が生ずると述べているけれども、カルボキシメチル繊維素は周知の糊料として使用されるものであり、ただこのものに極少量の繊維を分散させた薄膜であつて、引用例のものに比較して何等優れた作用効果を奏するものとは認められない。いうまでもなく、引用例における薄い強靱な紙とは、新聞紙や障子紙のようなものとは全然相違し、喫煙の際なるべくたばこの風味に悪い影響を及ぼさないような特殊な紙を称するのであつて、この特殊な紙が本願でいう多糖類材料に繊維を分散させたものと均等物であると審決は認めたのであつて、この審決の判断に誤りはない。

(2)  本願のものは粘着性薄膜形成材料を使用するから糊液を必要としないのは当然のことであり、引用例において糊液を使用するといつてもこれまた程度問題で、喫煙の際たばこの風味をそこなわない程度のものであることはもちろんである。すなわち、本願のような場合において糊液の有無は問題とするに当らない。なお、原告は本願における製品たばこシートは引用例のものとは構造上も著しい相違があると主張しているが、本願の要旨はその明細書に記載されているとおりのものであるから、構造上においても著しい相違があるとはいえない。

(3)  原告は、引用例においては燃焼に際して喫煙者の健康上有害な影響を及ぼすのみならず、製品たばこの風味や香気を損い悪影響を及ぼすと主張しているが、前述のように引用例においてもたばこ用として特殊の紙ならびに特別の糊料を使用するのが常識であるから、種々の点からみて喫煙者に悪影響を及ぼすものとは認められない。

(4)  本願における薄膜形成材料は引用例の紙より経済的であると原告は主張するが、たばこ用として大量生産される紙が、問題とする程不経済なものとは考えられない。

(二)  本件発明の方法によれば引用例の方法によるものとその構成において著しく異り、作用効果において格段に優れたたばこシート材料を経済上極めて有利に製造できると原告は主張している。しかし、本件発明は明細書全文からみて特に優れた効果を奏するものとは認められないから、結局本件発明は引用刊行物に容易に実施することができる程度において記載されたものとなしたのであつて、審決のこの認定は妥当である。

第三証拠関係<省略>

理由

一、原告主張の一、二の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで本願特許発明の要旨とするところについて検討して見るのに、成立に争いのない甲第一五号証(本願についての特許請求範囲及び附記の部分の最終訂正書)によれば、その特許請求の範囲は、「粘着性薄膜形成材料で喫煙上悪影響を及ぼさない香気をもつて燃焼する材料、例えば多糖類材料に極少量の繊維を分散させたものを薄膜となし、その薄膜の表面にたばこ粉粒を被着させ、かくして得た可撓性複合シートを乾燥させることより成る複合たばこシート材料の製造法」とせられていることが認められる。しかし、右にいう「粘着性薄膜形成材料で喫煙上悪影響を及ぼさない香気をもつて燃焼する材料」との表現は相当抽象的な表現であり、またその例示として「多糖類材料」とせられてはいるが、多糖類材料中にも右のような性質を持たないものもあり得ることではあり、右請求範囲の記載自体だけでは必ずしも本願発明の要旨が明らかであるとすることはできない。そこで右請求範囲の記載を前示甲第一五号証中の附記の部分の記載及び成立に争いのない甲第一二号証(本願における前記特許請求範囲等以外の部分の最終全文訂正明細書)の記載と対照考案すれば、右請求範囲にいう「粘着性薄膜形成材料」の「粘着性」とは、湿潤状態において粘着性を有するの意であり、また「喫煙上悪影響を及ぼさない香気をもつて燃焼する材料、例えば多糖類材料」とは、明細書中に繰り返し説明せられているCMC(カルボキシメチル繊維素)またはCMHEC(カルボキシメチルヒドロキシエチル繊維素)の水溶性塩或いはこれら繊維素の水分散体及びその均等物と解するのが相当であつて、右材料等に加える繊維は薄膜の補強材として極少量を加えるものであり、従つて本願発明の要旨は「湿潤状態において粘着性を有するCMCまたはCMHEC及びその均等物の水溶液または分散液に極少量の繊維を分散させたものを薄膜とし、その薄膜の表面にたばこ粉粒を被着させ、かくして得た可撓性複合シートを乾燥させることより成る複合たばこシート材料の製造法」にあるものと認めるのが相当である。

三、そして審決において引用例とせられた大正一五年実用新案出願公告第二六、二六〇号は成立に争いのない甲第二号証の二によれば同年六月三日に出願公告せられたものであつて、その公報には、薄い雁皮紙のような強靱な紙の表裏両面に稀薄な糊液を塗り、これに粉末煙草を撒布し、強圧を加え乾燥して成る板状煙草の構造が開示せられていることが認められる。

四、そこで、本願発明が果して右引用例に容易に実施できる程度に記載せられているか否かについて考えてみるのに、本願発明のものにおいては、煙草の粉粒を被着せしむべき薄膜は湿潤状態において粘着性を有するCMCまたはCMHEC等をその主材料とするものであつて、それ自体喫煙上悪影響を及ぼさない香気をもつて燃焼する性質のものであり、これに極少量の繊維を補強材として加えるものであるに反し、引用例のものにあつては、粉末煙草を附着させるものは薄い強靱な紙であり、その紙自体には粘着性がないので、これに稀薄な糊液を塗り、これによつて粉末煙草の附着をさせ、しかもその附着を強固にするため強圧を加えるものである。右の点から考えれば、本願のものと引用例との間にあつては、まず(1)本願のものにあつては、薄膜の主材料たるCMC等は水溶性ないし安定な水分散体とすることができるものであるに反し、引用例のものにおける薄い強靱な紙は、紙一般の性質として水に不溶のものであり、また右CMC等のような安定な水分散体とすることができない点において既に大きな差があり、また(2)前者における右CMC等は湿潤状態において自己粘着性があり、これによつて何ら糊液等を使用することなしに煙草粉粒を附着せしめ得るに反し、後者における紙にはかような粘着力がなく、煙草粉を附着せしめるためには糊液なる中間材を介在せしめるを要するの差があり、なお(3)前者におけるCMC等は喫煙上悪影響を及ぼさない香気をもつて燃焼する性質のものであるに対し、後者の紙は煙草用の紙として特別のものを択ぶとしても、これに糊液を使用する点をも加えて考えれば、後者は前者に比して相当程度の喫煙上の悪影響はこれを免れ難いものと認めるの外はなく、以上の諸点において前者と後者との間には相当大きな差異があるものと認めざるを得ない(本願のものにおいても、薄膜補強の意味において繊維が加えられてはいるが、これは極少量のことであり、右(3)の点においては多少の影響はないではないにしても、その全体的差異を見る場合においては、殆んど考慮に値しないものと見てよいであろう)。

そして以上の差異からこれを考えれば、本願のものが単なる紙に煙草粉を糊付けする引用例のものに容易に実施することができる程度に記載せられているものとはこれを解し難く、また引用例のものにおける薄い強靱な紙が本願のものの薄膜と均等物であるとは到底これを認めることはできないところであり、なおその作用効果においても、両者間には相当の差異があるものと認められる。

五、以上の通りであるから、右と趣旨を異にして、本願のものが引用例のものに容易に実施し得る程度に既にその記載があるものとしてその新規性を否定した本件審決は失当であり、その取消を求める原告の請求は相当であつてこれを認容すべきである。よつて訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 山下朝一 吉井参也 田倉整)

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