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東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)106号 判決 1961年4月27日

原告 津田亀吉

被告 宮本福太郎

主文

昭和三十四年審判第三三七号商標登録無効審判請求事件について、特許庁が昭和三十五年八月十九日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、被告は登録第四七七二〇三号商標(昭和三十一年二月二十三日登録、以下甲商標と称する。)の商標権者であるが、原告は昭和三十四年六月二十日被告を被請求人として、特許庁に旧商標法(大正十年法律第九十九号)第十六条、第二条第一項九号により、右甲商標の登録無効の審判を請求した(昭和三十四年審判第三三七号事件、以下本件審判事件と称する。)。一方原告は登録第五一五九二〇号及び第五一五九二一号(両商標は連合するもので、以下乙商標と称する。)の商標権者であるが、これより先、被告は、原告の有する右乙商標は、被告の有する右甲商標と類似し、かつ同一の商品に使用されるものであるとして(甲、乙両商標とも旧商標法施行規則第十五条に規定する第六十一類靴その他を指定商品としている。)、原告を被請求人として特許庁に乙号商標の登録無効の審判を請求していた(昭和三十三年審判第五九三号、同第五九四号事件)。

ところが原告は、被告の有する右甲商標が却つて第三者の有する登録第二八二五六三号商標(以下丙商標と称する。)と類似し、かつ同一の指定商品に使用されているものと思料したので、本件審判の請求は、右丙商標を引用して、被告の甲商標の登録の無効審判を請求したものである。

二、特許庁は本件審判事件について昭和三十五年八月十九日原告の請求を却下する旨の審決をなし、その謄本は同年九月三日原告に送達されたが、その理由の要旨は、次のとおりである。

職権によつて請求人(本訴原告)が、本件審判請求をするについて利害関係を有するか否かについて審理するに、請求人は旧商標法第二十二条第一項第二号、同第十六条第一項第一号及び同第二条第一項第九号の規定によつて本件審判請求をしているが、この場合に自己の有する登録商標を引用して審判請求をなすのでなければ適法なものと認めることができないことは、上記法条の法意に徴し至当とするところといわなければならない。そこで請求人の引用商標として挙げる登録第二八二五六三号商標(本訴丙商標)は、(中略)請求人の権利に属しないものであることは明らかであるから、請求人は本訴審判請求をなすについて正当の利害関係人というを得ず、本件審判請求は不適法であつて、到底却下を免れない。

三、しかしながら、原告は先にも述べたように、被告から甲登録商標の存在を理由に、乙商標の登録の無効を主張されておるものであるから、これを防衛するために、甲商標の登録の効力を争う直接の必要がある。原告は本件審判の請求にあたりこれを強調したのにかゝわらず、審決がこれを省みず、前記理由で原告の請求を却下したのは違法であつて、右審決は取り消されるべきものである。

第三被告の答弁

被告は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張の請求原因の事実中、一及び二の事実はこれを認める(但し丙商標と甲商標と類似することは争う。)が、同三の主張は否認すると述べた。

第四証拠<省略>

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実(但し甲商標と丙商標とが類似することを除く。)は、当事者間に争がない。

二、右当事者間に争のない事実に基いて、本件における要点を書き抜くと次のとおりである。すなわち被告はその有する登録商標甲の存在を理由として、後に登録された原告の乙商標の登録は無効とせられるべきものとして審判を請求した。ところが原告は被告の甲商標の登録は、それ以前第三者のため同一指定商品について登録された丙商標と類似するとしてこれを引用して甲商標の登録無効の審判を請求した。この場合原告は果して被告の有する甲商標の登録の無効審判を請求するについて利害関係を有しないものであるかどうか。これが本訴における唯一の争点である。

三、ところで旧商標法において商標の登録を無効となすべき事由を規定した第十六条第一項、無効審判の請求をすることのできる者の適格について規定した第二十二条第二項について考えてみるに、右無効事由ことに本件で直接問題となつている「登録ガ第一条乃至第四条ノ規定ニ違反シテ為サレタルトキ」の如きは、もしこの事由が事前に判明したならば、出願は当然拒絶され、その登録はもともと許されなかつたはずのものである。それにもかゝわらず一旦これが登録されると、何人にも対抗することができるいわゆる対世的の専用権が発生するものであるから、純理だけからいえば、その無効の審判の請求の如きは、何人からさせても差し支えないはずのものである。

しかしながらいかなる事由に基くにもせよ、一旦登録がなされた以上、法律はこの登録の存することにより、別に何等直接の利害、痛ようをも感じない路傍の人にまで、一々他人の登録の効力についてくちばしを入れさせることは、そのようなことは実際上も稀有であろうし、また立法政策上からいつても当を得たものではないから(いわゆる「利益なければ訴なし」の原則)、この無効審判の請求をなし得るものを利害関係人及び審査官に限り、更に審査官についてはこれを公共の立場上特にこれを必要とする場合に限つているものであることが認められる。

してみれば、ある商標の登録の存在することによつて直接不利益を被る関係にある者は、それだけで同条にいう利害関係人としてその商標の登録の無効審判を請求する利害関係を有するものというべく、本件において原告は被告から被告の有する甲商標の登録の存在を理由として、自己の有する乙商標の登録の無効審判を請求されているものであるから、もしそのいうが如き甲商標の登録が無効とすべきものであるならば、その存在によつて直接重大な不利益を被るものであることは疑なく、これが無効審判を請求するについて利害関係を有するものといわなければならない。

四、以上の理由により、これと反対の見解に出でた審決は違法であつて、これが取消を求める原告の本訴請求はその理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決した。

(裁判官 原増司 山下朝一 多田貞治)

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