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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)221号 判決 1962年4月18日

理由

被控訴人は、本件手形の振出名義人である日螢工業株式会社は実在しないから、実在しない会社の専務取締役として署名した控訴人において手形法第八条による責任がある、と主張するので、先ずこの点について判断するのに、証拠を綜合すれば、右日螢工業株式会社は昭和三十一年十二月十二日本店を東京都千代田区神田神保町一丁目三十九番地として設立され、控訴人が取締役として選任されその旨の登記がなされ、且つ専務取締役として同会社の業務全般を委され従つて手形振出の権限も有していたこと、右会社は本件手形振出当時事実上本店を振出人肩書所在地たる世田谷区北沢五丁目六百番地に移転して同所において営業を継続していたことが認められる。従つて本件手形は控訴人が実在する右会社の専務取締役としてその権限に基いて会社を代表して振り出したものと認めるべきであるから、被控訴人は右会社に対し手形上の責任を追及すべきで、控訴人個人に対しその責を問うべき筋合はない。尤も右会社は、前示のとおり、本店を移転したにも拘らずその登記を経由しなかつたことは控訴人の認めるところであるが、かかる場合商法第十三条にいわゆる「善意の第三者に対抗することを得ず」とは、これをかかる第三者側より言えば、第三者は会社の本店所在地の変更に拘らず、なお登記されている従前の所在地を会社の本店として対会社の法律関係を処理し得るというにとどまり、変更登記のないことを理由に会社の同一性ないし存在を否定し得ることを意味しないこと勿論であるから、右に反する被控訴人の主張は採用することができない。

よつて、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は失当として棄却すべきところ右認定と異り被控訴人の請求を認容した原判決は不当であるのでこれを取り消す。

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