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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)190号 判決 1961年4月26日

控訴人 鈴木武夫

被控訴人 神奈川石炭株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

被控訴人は、請求の原因として、被控訴人は訴外鈴木通夫に対し昭和三十三年五月より同年十月末頃まで石炭を売渡し、同年十二月末日現在において金百三万五十二円の売掛代金債権があつたところ、昭和三十四年一月一日同人との間において、右債権につき同年六月三十日以降三箇月毎に元金に対する日歩三銭の割合による損害金及び元金の内金五万円を下らない額の支払を受け昭和三十七年六月三十日を最終期として全額の分割弁済を受くべきことを約定し、控訴人は当時鈴木通夫を使者として右債務につさ連帯保証をした、仮に同人が控訴人の使者でなかつたとしても、鈴木通夫は控訴人の代理人として右連帯保証の意思表示をした、仮に代理権がなかつたとしても、控訴人は鈴木通夫に自己の印鑑証明書を交付し控訴人のため連帯保証をなす代理権を与えた旨被控訴人に表示したのであるから、同人を控訴人の代理人と信じた被控訴人に対し控訴人は連帯保証の責に任じなければならない、仮にそうでないとしても、控訴人は当時鈴木通夫に対し少くとも同人と被控訴人との間の将来の石炭取引より生ずべき代金債務については連帯保証をなす代理権を鈴木通夫に与えていたのであるから、本件連帯保証は右代理権の範囲を超えることにはなるけれども、被控訴人は鈴木通夫に代理権があると信ずべき正当の理由があつたから、控訴人は本件債務についても連帯保証人としての責を負う。よつて控訴人に対し同年九月三十日に支払わるべき五万円の分割弁済金及び損害金合計金十三万四千三百六十一円の支払を求めると陳述した。

控訴人訴訟代理人は、答弁として、被控訴人主張のような石炭取引及び分割弁済契約があつたことは知らない、控訴人が鈴木通夫を使者とし又は代理人として被控訴人主張の連帯保証をした事実及び被控訴人主張の表見代理に関する事実は否認すると述べた。

証拠として、被控訴人は、甲第一号証の一、二、第三号証ないし第五号証を提出し、当審証人鈴木ひでの証言及び当審における被控訴会社代表者柴田勝男尋問の結果を援用し、控訴人訴訟代理人は、原審及び当審証人鈴木通夫、当審証人鈴木次男の各証言並びに当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、甲第一号証の一は控訴人名下の印影の真正なことを認めるが、その成立は否認する、右印影は控訴人の子鈴木通夫が控訴人の印章を冒用したものである、同号証の二及び同第四号証の成立は認める、同第三、第五号証の成立は不知と述べた。

理由

原審及び当審証人鈴木通夫の証言及び右証言により控訴人関係部分を除き真正に成立したものと認める甲第一号証の一によれば、被控訴人と訴外鈴木通夫との間において被控訴人主張のとおりの石炭取引及び分割弁済契約があつたことを認めることができる。よつて控訴人の連帯保証の点について審究するに、右甲第一号証の一中連帯保証人としての控訴人名下の印影が真正なことは当事者間に争なく、右事実と成立に争のない甲第四号証、原審及び当審証人鈴木通夫の証言並びに当審における被控訴会社代表者柴田勝男尋問の結果を総合すれば、被控訴人は神奈川県に居住する鈴木通夫との石炭取引による未払代金債権額がかさみ、その支払のため受領した手形も不渡となつたので、引続き取引を継続するための条件として鈴木通夫に対し右売掛代金債務及び将来の取引より生ずる債務につき同人の実父で資力のある控訴人の連帯保証を受くべきことを求めたところ、鈴木通夫はこれを了承し、被控訴人より前記分割弁済の約定及び将来の石炭取引に関する定めを記載した契約書に連帯保証人として控訴人の記名をしたものを預かり、控訴人より連帯保証の承諾を受けるため昭和三十四年一月八日頃茨城県に行つて控訴人方に宿泊しその間に控訴人の印章を受取つて右契約書の控訴人名下に控訴人の押印をなし(甲第一号証の一)かつ控訴人の印鑑証明書を受取つて神奈川県に戻り、控訴人が連帯保証を承諾した旨説明してこれらの書類を被控訴人に交付したことを認めることができる。そして鈴木通夫がその実父である控訴人方に滞在中どのような経過で右控訴人の連帯保証の押印を得たかの点については、証人鈴木通夫は、原審においては、控訴人には今後の石炭取引につき保証人になつて貰うことで印鑑を借りて来て自分で甲第一号証の一の控訴人名下に押印した旨の供述をなしたが、当審においては、自分の弟次男(控訴人の次男)が母(控訴人の妻)から借りて来た控訴人の印を自分が受取つて右甲号証に押した旨供述し、当審証人鈴木次男の証言中には自分は兄通夫に頼まれ父には私自身の債務の保証人になつてくれと頼み、それに必要だからと称して控訴人の印鑑証明書を受取りこれを兄通夫に渡した、なお通夫より控訴人の印鑑も必要だといわれ、控訴人の外出中母から控訴人の印を借りて通夫に渡した旨の供述部分があり、当審における控訴人本人の供述中には、甲第一号証の一の控訴人名下の押印は自分は知らない、印鑑証明は次男の債務の保証をするため下附を受けて次男に使わせた旨の供述部分があつて、控訴人が本件分割弁済契約について連帯保証をしたことがないという点では一致しているけれども、証人鈴木通夫の証言は原審と当審とで多少相違し、又前示甲第四号証には、控訴人の供述として、自分は通夫の今後の石炭取引については保証した旨裁判所で述べたがそれは次男にいわれて偽証したものである旨の記載があり、当審における鈴木次男の証言及び控訴人本人の供述中にも右に照応する部分があるところを見れば、これらの各証言供述の信憑性については疑義を免かれず、鈴木通夫が控訴人の連帯保証の押印を得た時の状況については、右のような親子兄弟に当る者等の証言供述のほかには、その間の消息を明らかにすることのできる証拠は全くなく、右摘示した証言供述部分も必しも採用することはできないので、結局これらの証言、供述によつては前示甲第一号証の一の控訴人名下の印影が盗捺に係るものであるという積極的な事実についてこれを肯定すべき心証に到達し難い。従つて右甲第一号証の一の連帯保証人としての控訴人名下の押印そのものは鈴木通夫が控訴人の意を受けその機関としてこれをなしたものと推認すべきであるが、前掲原審証人鈴木通夫の証言によれば、控訴人の鈴木通夫に対する委託の範囲はその将来の取引上の債務についてだけ連帯保証人としての押印をなす程度を出でなかつたものと認められ、鈴木通夫が前記契約書に控訴人の機関となつて押印したことは、過去の債務の分割弁済に関する契約に連帯保証を約した限度においてはその機関としての受託の範囲を超えたものというべきである。しかしながら既に認定したような事情の下に被控訴会社代表者が鈴木通夫を通じて控訴人の連帯保証を求め、鈴木通夫がこれに応じて実際に控訴人方に行き同所に滞在中契約書に控訴人の真正の押印を具備させ、これにその印鑑証明書を添えて被控訴会社代表者に交付し右契約書記載の連帯保証の意思表示を伝達した以上、被控訴会社代表者としては、過去の債務についての本件分割弁済契約に関する右連帯保証の意思表示を以て控訴人の意思に基く真実の意思表示であると信ずべき正当の理由を有していたものということができる。そして鈴木通夫が右のように控訴人に代つて契約書に押印したのはその使者として控訴人の書面による意思表示を作出したものであり、右契約書を持参して被控訴会社代表者に交付したのは右作出された意思表示を控訴人の使者として被控訴会社代表者に伝達したことになるのであるが、使者により意思表示をなす場合に、使者がその委託された権限の範囲を超えて意思表示をなし、相手方がこれを本人の意思に基く意思表示であると信ずべき正当の理由を有するときは、取引上その相手方を保護する必要の程度は、代理人がその権限外の行為をなした場合にその相手方においてその権限があると信ずべき正当の理由を有するときと区別すべき理由がないのであるから、表見代理に関する民法第百十条の規定はかような場合にも類推すべきものと解せられるところ、前認定のように被控訴会社代表者においては前記契約書記載の連帯保証の意思表示が控訴人の意思に基くものと信ずべき正当の理由を有していたのであるから、控訴人は契約書記載のとおり右分割弁済契約において連帯保証人としての責がある。よつて控訴人に対し右分割弁済契約に基き昭和三十四年九月三十日に支払うべき分割弁済金及び損害金の支払を求める被控訴人の請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 川喜多正時 小沢文雄 賀集唱)

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