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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)1662号 判決 1962年9月26日

控訴人 伏見市太郎外八名

被控訴人 明治生命保険相互会社

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等訴訟代理人は、原判決中控訴人等敗訴の部分を取消す、被控訴人は控訴人等に対し更にそれぞれ別紙目録記載の金品及びこれに対する昭和三二年八月二日以降完済に至るまで年五分の割合による金品を支払うべし、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人等訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、援用及び認否は、……(証拠省略)……ほかは、いずれも原判決事実摘示の記載と同一であるから、これをここに引用する。

理由

(控訴人等の給与と争議による削減)

控訴人等は被控訴会社の外勤職員であつて、被控訴会社の取扱う月掛生命保険契約の募集に従事するほか、日常一定の地区を管理して既契約の継続保険料の集金に従事していたこと、被控訴会社においては、外勤職員は給与の面において(イ)係長(ロ)係長補(ハ)主任の三階級に格付されており、昭和三二年六月当時控訴人小栗は主任、その他の控訴人等はいずれも係長で、なお控訴人山本を除くその他の控訴人等は同時に地区主任の地位に在り、同月分の控訴人等の給与額は、もし争議がなかつたとすれば原判決末尾の別表(二)の記載(ただし「削減額」欄を除く。)のとおりであつたこと(控訴人等は争議の有無にかかわらず右の額のとおりであると主張する。)、控訴人等が昭和三二年六月二五日、二六日の両日同盟罷業を行つたこと、被控訴人が、控訴人等の右同盟罷業を理由として、控訴人等に対し、同月末日までに支給さるべき同月分の給与のうち前記別表(二)の(1)(2)(3)(4)(7)(8)の各項目の各二五分の二に当る分(その合計額は右別表(二)の削減額欄記載のとおり)を削減して支給したことは、いずれも当事者間に争がない。

(給与削減の根拠と労働協約第四条について)

被控訴人は、給与削減の理由として、被控訴会社外勤職員の給与は能率給と固定給とより成り、本件削減の対象としたのは右の内固定給の部分であつて、これを削減すべきことは、控訴人等が職務に従事しなかつた以上当然であるのみならず、かような削減のできることは控訴人等の所属する明治生命月掛労働組合と被控訴人との間に締結されている労働協約第四条においても明確にされていると抗争する。控訴人等の所属する明治生命月掛労働組合と被控訴人との間に労働協約が締結され、その第四条に「(第一項)組合活動は原則として執務時間外に行うものとする。但し左の各号の一に該当する場合はこの限りではない。一、この協約で定めた経営協議会とその分科会。二、組合規約で定めてある左の集会(イ)大会、(ロ)中央執行委員会、(ハ)中央委員会、(ニ)地区協議会。三、会社の許可を得て上部団体の会議にその構成員として出席するとき。四、緊急を要する組合活動であつてそのつどあらかじめ会社の承諾を得たもの。(第二項)会社は前項第一号の場合、これに出席する職員の固定給を削減しない。」と定められていることは、当事者間に争がない。右条項によれば組合活動は原則として執務時間外に行うものとし、例外として同条第一項第一号ないし第四号に定める組合活動だけは執務時間内でもこれを行うことができ、その内第一号の組合活動は執務時間中に行われたときでもこれを理由に職員の固定給を削減しないものと定められているので、その反対解釈として、同条第一項第一号に掲げるもの以外の組合活動が執務時間中に行われた場合には、会社は固定給を削減できるとの解釈が成り立つようであるが、一方当審証人石坂実の証言(第二回)によれば、従来被控訴会社では同条第二号ないし第四号に掲げる組合活動が執務時間中になされた場合でも固定給の削減をした例はないことが認められる。しかしながらそもそも右第四条が争議行為としての同盟罷業のような場合を規定するものであるか否かが問題である。争議行為としての同盟罷業そのものはたまたま右第一号ないし第四号の組合活動と同時にこれを並行してなされることはあつても、それ自体は右各号のいずれの場合にも該当しないものであり、成立に争のない甲第一号証中労働協約第二章の規定を通覧すれば、第四条は第一節組合活動の部に規定されていて争議に関する第四節の諸規定とは節を異にしており、第四条の冒頭に掲げる大原則すなわち組合活動は原則として執務時間外に行うものとするという規制は事柄の性質上争議行為としての同盟罷業には適用できないことであつて、これらの諸点を考慮するときは、協約第四条は平常時の各種組合活動について規定したもので争議行為としての同盟罷業には関係のないものと解すべきである。もつとも右労働協約の当事者間において、規定の文言いかんにかかわりなく右条項に同盟罷業の場合の固定給削減の趣旨を含ませる旨の合意ないし了解があれば格別であるが、本件の場合には、かような合意ないし了解があつたこともこれを認めることのできる証拠はない。協約第四条が職員の固定給を削減しない場合として、同協約で定めた経営協議会とその分科会に出席する場合についてのみ規定し、組合大会や中央執行委員会への出席等の場合について規定していない以上、労使の対立の更に甚しい同盟罷業の場合につき固定給不削減の原則を採らないことは一応推測であるとはいえ、その反面協約が積極的に同盟罷業の場合には固定給を削減する旨を定めたものとは必ずしも確言できないのであり、この場合は、そもそも協約に規定を欠くのであつて、法令の一般的解釈に従い決するのほかなく、同盟罷業の場合に固定給が削減されるか否かの問題は、協約の右規定によつては解決することができない。従つて同条が単に労働協約の体裁上形式的に挿入されたものであつて労使双方を拘束しない特約がある旨の控訴人等の主張及び被控訴人の削減した給与の各項目が同条にいう「固定給」に該当するか否かについての被控訴人及び控訴人等双方の主張を判断して同条の解釈適用を明らかにすることは、本訴においては必要でない。

(固定給と能率給の別と賃金削減との関係)

むしろ本件において控訴人等が勤務を拒否した同盟罷業二日分につき被控訴人のなした給与の削減が正当であるか否かは、削減の対象となつた各給与項目が控訴人等のなした仕事の量に関係なくその拘束された勤務時間に応じて支払われるべきものか(いわゆる固定給)、又は勤務した時間に関係なく、控訴人等の完成した仕事の量に比例して支払われるべきものであるか(いわゆる能率給)の一般的観点から定まるものというべきである。すなわち労働の対価である賃金が所定時間勤務に服したということに対して支払われ、その時間中になされた労働の成果の量が賃金の額に無関係ないわゆる固定給制をとる場合においては、労働者は労務の給付を拒否してその債務の履行をしなかつた以上、その期間に応ずる賃金の請求ができないことは労働契約が双務契約である性質から来る当然の帰結であり、本件においても、控訴人等の請求する各給与項目は、もしそれが固定給の性質を有するならば、控訴人等の同盟罷業期間に応ずる分はこれを請求することができないことになる。これに反しこれらの各給与項目が労働の成果換言すれば出来高に対して支払われるもので、勤務に服した時間の長短いかんを問わないものであるとするならば、たとえ控訴人等が二日間の同盟罷業によりその間勤務に服しなかつたとしても、被控訴人は単にそれだけの理由では月間を通じた労働の成果に対する給与の支払を削減することはできない。よつて以下控訴人等の時間的勤務拘束の有無等勤務の実態を明らかにした上、被控訴人が支払を削減した各給与項目が右両者の内いずれの性質を有するかを検討する。

(勤務の実態)

前示甲第一号証、成立に争のない乙第一号証、原審証人小林英三郎、原審及び当審証人石坂実(原審は第一、二回、当審は第二回)、当審証人伊藤金蔵(第一回)、同山川治の各証言並びに原審における控訴人児玉輝男(第二回)、当審における控訴人小栗正映各本人尋問の結果を総合すれば、控訴人等月掛外勤職員は、就業規則の定めるところにより、会社の取扱う生命保険類のうち、主として月掛契約の募集及びその継続保険料の集金に従事し(就業規則第一章第二条)、仕事の性質上概して勤務時間を事実上問題にせず、訪問先の都合によつては夕方ないし夜間に勧誘ないし集金を行い、或は日曜祭日を選んでこれを行うことも普通であるけれども、新契約事務及び集金事務処理に当り受付けた金銭、書類等は、その日の内に必ず会社に提出しなければならず、特別の事由により右の処置をなし得なかつた場合は、翌日遅滞なくその事由を会社に申告しなければならないものと定められ(同第一章第四条)、その勤務時間は休憩時間を除き一日につき八時間、四週間を平均し一週間につき四十八時間以内とし(同第三章第一条)(但し全時間に亘る社内勤務は要求されていないので、社外で行う事務に従事する時間も右に定める範囲内で当然勤務時間に計算されることになる。)、平日は始業時を午前八時三〇分、終業時を午後五時三〇分とし、土曜日の終業時は正午とし、休憩時間は正午より午後一時までとし(同第二条)、日曜日、祝祭日その他一定の休日の定があり(同第四条)、自己の成績を挙げるため自己の負担で時間外勤務をなすことは自由に委されているが超過勤務としての取扱は認められず、休日以外は、定刻までに出勤して、勤務手帳に所轄管長の捺印を求めなければならず、遅刻した場合には、出勤後直ちにその事由を所轄管長に申出なければならないものとされ(同第四章第一条)、早退又は勤務時間中に勤務(社内勤務と社外勤務とを区別しないものと解する。)から離れる場合にはあらかじめ所轄管長に申出でて許可を受けなければならないことと定められていること(同第二条)、外勤職員における右のような勤務時間等の拘束は比較的新しいもので、旧時は外務員の募集活動は時間的には極めて自由であり、又保険料の払込は一年又は半年払で代理店又は郵便によりなされ外務員の手を煩わさないのが例であつたが、近来月掛保険制度が広く採用されてからは、継続保険料の集金事務が増加し、毎回の集金額が零細化して、その増大した集金事務も外勤職員が行うようになり、その事務が著しく増加したので、会社としては契約の募集及び募集された保険契約に基く集金を保全するため、外勤職員に対し常時指導教育を行いかつその事務を把握管理するため前記のような勤務上の拘束を制度として設けるに至つたものであることを認めることができる。これによれば外勤職員は勤務時間の拘束なく単に募集及び集金の実績を挙げさえすれば良いものではなくて、出勤及び退勤時刻が定められ、社内勤務中であると社外勤務中であるとを問わずその勤務は一定の勤務時間の拘束を受けるものであることは否定できない。

(各給与項目の支給態様)

次に控訴人等の勤務に対し被控訴人から支払われる給与の各項目について検討する。控訴人等が被控訴人より受ける給与に次の各項目があることは当事者間に争がない。

(1)  給料     (5) 超過奨励金 (9) 集金奨励金

(2)  勤務手当   (6) (削除)  (10) 募集旅費

(3)  地区主任手当 (7) 出勤手当  (11) 集金旅費

(4)  功労加俸   (8) 交通費補助

前示甲第一号証中月掛外勤職員支給に関する規定及び月掛外勤員旅費(募集、集金手数料)に関する規定並びに原審における控訴人児玉輝男の本人尋問の結果(第一回)によれば、右各項目の内(2)勤務手当及び(8)交通費補助(支給規定の上では通勤定期乗車券を交付するとなつているけれども実際は一箇月金五百円の定額を金銭で給与として支払つていることが原審における控訴人児玉輝男本人尋問の結果(第一回)により認められる。)は、職員の資格や募集集金成績に関係なく一率に定額が毎月支給され、(1)給料及び(7)出勤手当は、職員の資格が係長、係長補、主任のいずれに属するかにより金額を異にするけれどもその者がその資格を有する限り、その間の募集集金成績に関係なく一率に定額が毎月支給され、(4)功労加俸は、勤務成績が一定の基準を超えた者に対し毎年四月一日に前年度の成績等を考慮して算出された一定の金額を、その者の資格に変動のない限り、その年度中は募集集金成績に関係なく毎月支給され、(3)地区主任手当は、地区主任の資格を有し受持地区内の要集金額が一定額以上の者に対し、その額の多寡に応じて級別の差を設けられた一定の金額を毎月支給され、右級別は毎年四月一日及び一〇月一日に改訂されるけれども改訂されるまでの間は、支給される金額は、その月の要集金額の変動に関係なく一定しており、(5)超過奨励金、(9)集金奨励金、(10)募集旅費、(11)集金旅費は、いずれも募集又は集金成績に比例して毎月変動する金額を毎月支給されることが認められる。すなわち右各項目の内(1)(2)(3)(4)(7)(8)は当該月の募集集金成績に関係なく定額が毎月支給され、(5)(9)(10)(11)は募集集金成績に応じて毎月変動する金額が支給されるものである。従つて給与項目を固定給と能率給との二者に分類するとすれば、右(1)(2)(3)(4)(7)(8)の各項目は形式上固定給に属し、(5)(9)(10)(11)の各項目は形式上能率給に属するものといえよう。

(職員資格の昇格、格下との関係)

もつとも右の内一定額の給与で年月を経ても金額の変動のないものは(2)勤務手当、(8)交通費補助の二項目に過ぎず、(3)地区主任手当、(4)功労加俸の額が年二回又は一回改訂されることは前記のとおりであり、(1)給料、(7)出勤手当も、当該職員が係長、係長補、主任等の各資格に止まる限りその金額に変動がないとはいえ、前示甲第一号証中の月掛外勤員の昇格及び格下基準に関する規定、成立に争のない甲第二号証の一、二、当審における控訴人小栗正映本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第二二号証、原審証人小林英三郎、当審証人伊藤金蔵(第一回)、同山川治の各証言並びに原審における控訴人児玉輝男(第一、二回)、当審における控訴人小栗正映各本人尋問の結果を総合すれば、係長、係長補、主任等の資格は、純然たる給与の級別を示すものに過ぎず、その職務内容においては相互に指揮監督の関係その他の区別はなく全く同一の事務に従事するものであつて、その資格も頗る不安定であり、主任、係長補は過去三箇月間の成績が良好で一定の基準に達したときは四箇月目からそれぞれ係長補又は係長に当然昇格し、係長、係長補、主任の資格に在る者でも過去三箇月又は四箇月間の成績が一定の基準に達しないときは、四箇月目又は五箇月目には、それぞれ係長補、主任又は主任補に格下げされることになつていて、昇格、格下の結果は直ちに(1)給料、(3)地区主任手当、(4)功労加俸、(7)出勤手当として受ける給与の額に変動をもたらし、主任補以下に格下げされた場合は外勤職員の地位を失いこれに伴う利益も消滅することになつていること、従つて例を係長にとれば、その成績が連続して極端に不良の場合は、最初の三箇月はなおその資格を失わないけれども四箇月目には係長補に、五箇月目には主任に、六箇月目には主任補に格下げされて外勤職員の地位を失うこともあり得るものであることが認められる。

右のような昇格、格下の実情に着眼するときは、本件給与項目の内(1)給料、(3)地区主任手当、(4)功労加俸、(7)出勤手当は、形態の上では固定給の形を採つているとはいえ、仕事の成果が遠くない将来に昇格、格下を通じてこれらの給与の額に影響する点において、ある程度能率給に類似した性格を帯びるものということができ、殊に一箇月を単位とせず半年ないし一年を一単位としてその期間中における仕事の成果と給与の総額とを比較考察するときは、ほとんど能率給の場合と選ぶところのない結果となるであろう。しかしながら、かようなことは典型的な固定給受給者と目せられる一般勤労者についても、その程度こそ軽微ではあるが、やはり、いい得るところであつて、それらの者の昇任昇格とこれに伴う給与の増減がその者の日常における仕事の成果をも考慮して定められるのが一般であることは、いうをまたないところであり、ただ本件保険会社外勤職員の場合のようにその影響が極めて短期間に現実化することがないだけである。そのために一般勤労者の受ける給与が能率給であるとはいえない。固定給における昇給、減給の問題と固定給と能率給の区別の問題とは区別して考えられなければならない。ただ、本件保険会社外勤職員におけるように短期間内の仕事の成果に基いて頻繁に昇格、格下を実施しこれに伴い固定的給与の額を変動させる方式は、固定給としては異色のものであつて、その昇格、格下の頻度を大にし、同一給与額の据置かれる期間を短縮するときは、遂にはこれを固定給ではなく名実とも能率給であると考えるのを相当とするに至ることもあり得るのであり、その転移点を具体的に何処に定めるかは必ずしも容易でないが、本件の場合は、原審証人石坂実の証言(第一回)によれば、既に示したように月掛外勤職員には従前の他の外務員と異る勤務拘束が設定せられ、これに応じて月々一定の固定的給与を支給することにより、外勤職員の所得の安定、会社との関係の緊密化を図つたことが認められるので、それはもともと単なる仕事の成果に応ずる能率給の実を挙げるために設けられた制度ではなく、職員の時間的継続的勤務に対する対価たる固定給として定められたものというべく、かつ実質的に見ても、本件事案の程度では、職員は前記各項目については、ともかく三箇月間は仕事の成果に関係なく一定した給与の額を受けるものであり、職員資格の昇格、格下も、勤務の質の向上又は低下に伴う昇給、減給と解して妨げないものである。

(給与の性質についての結論)

以上形式上及び実質上のすべての角度から本件各給与項目を観察し検討するときは、前掲(2)勤務手当、(8)交通費補助はもちろん、(1)給料、(3)地区主任手当、(4)功労加俸、(7)出勤手当もまた、固定給と解するのが相当である。控訴人等の昭和三六年二月分の給与がその前の控訴人等の募集集金高によつて決定された能率給である旨の控訴人等の主張は、右に挙げた固定給に相当する給与項目については、これを採用することができない。

控訴人等は昭和三〇年三月一日付大蔵省銀行局長の通達を引用し、控訴人等の給与がすべて能率給である根本的の理由であるとしているけれども、成立に争のない乙第七号証によれば、右通達は、被控訴会社の事業費中新契約費は保険契約高に対し一定の比率以下に止むべきことを示しているに過ぎないものと認められ、被控訴人が外勤職員の給与体系をいかに構成すべきかは、右通達の範囲内において適宜自由に定めることができるのであるから、右は控訴人等の主張を支持するに足りない。控訴人等の引用する昭和三一年三月二六日付国税庁長官通達の趣旨も、成立に争のない甲第三号証によれば、必ずしも以上説示するところを動かすに足りないものと認められる。

以上によれば、控訴人等の給与が能率給であることを理由として、本件当事者間に、争議行為による不就労の場合にも約定の給与月額全額を支払うべきである旨の控訴人等の主張の採るべきでないことは明らかである。

(争議中の賃金支払の合意の有無)

前示甲第一号証中月掛外勤職員支給に関する規定によれば、被控訴会社では、出勤手当については欠勤した場合の金額控除の定めがあつて、その他の諸給与項目についてはかような定めのないことが認められ、原審証人石坂実の証言(第二回)及び原審における控訴人児玉輝男本人尋問の結果(第一、二回)によれば、被控訴会社では、平常時職員が数日程度欠勤しても、出勤手当以外の給与については、控除をしないで全額を支給する例であることが認められる。しかしながら、平時職員の一部が欠勤しその者の事務を他の職員が補い全体として会社の事務に特段の支障を生じないような場合と、争議行為による一斉不就労の場合とを同日に論ずることのできないことは明らかであるから、平常時における被控訴会社の右のような取扱例を根拠に、同盟罷業による欠勤の場合にもその間の給与を支払う合意があると推認することはできない。又、成立に争のない甲第九号証の一、二、乙第一〇号証の一、二、原審証人福田勝之の証言(第一回)により真正に成立したものと認める乙第十号証の三及び原審証人小林英三郎、同石坂実(第二回)、同福田勝之(第一回)、当審証人伊藤金蔵(第一回)の各証言を総合すれば、被控訴会社においては、昭和三一年六月中にも月掛外勤職員の争議による不就労の例があり、その際は賃金の控除は行われなかつたことを認めることができるけれども、右争議は結局勤務時間中の職場大会の形で当日中に終り二日以上に亘らず、被控訴会社においてはその一方的な自発的措置としてこれを争議としては扱わず、労働協約第四条に定める経営協議会に準ずるものとして取扱うことにより処理した結果賃金の控除もしなかつたものであることが、右各証拠により認められるので、この例を採つて同盟罷業による不就労の場合にも賃金を支払う合意があることの証左とすることはできない。その他かような合意があることを認めることのできる資料はない。

(罷業中の固定給与削減の適法)

以上のとおり(1)給料、(2)勤務手当、(3)地区主任手当、(4)功労加俸、(7)出勤手当、(8)交通費補助の各給与項目は時間的継続的勤務に対する反対給付たる固定給の性質を有するものであるから、控訴人等が同盟罷業により二日間勤務に服せず、その労務の給付を拒否した以上、被控訴人よりこれに対する反対給付としての右各給与を受けることのできないことは、双務契約たる労働契約の性質上当然であり、この場合には二日分に相当する賃金請求権は最初から発生しないのであるから、その場合の給与の減額について特に労働協約ないし就業規則にこれを許す旨の定めがなくとも、控訴人等においてはその支払を請求することを得ず、しかもこの場合は一旦発生した賃金につき使用者がその一部の控除を行うものではなく、最初から賃金債権が発生しないのであるから、その支払をしないことは労働基準法第二四条に違反するものでもない。そして本件において問題となつた昭和三二年六月は、暦によれば日数五日の日曜日を含み、実労働日数は二五日となるから、日割計算に従い本件同盟罷業日数二日分を給与月額の二五分の二に当るものとしてその分を減額し実際の給与月額を算出した被控訴人の計算方法は正当であり、敢て甲第一号証中就業規則第七章第五条に定める入退社の場合の日割計算の定めを類推する必要もない。

もつとも出勤手当については、欠勤の場合の出勤手当減額に関する前掲月掛外勤職員支給に関する規定の第三条第二項(日割計算よりも職員に対し有利な計算方法を定めた規定)が同盟罷業による欠勤の場合にも適用されるか否かにつき議論の余地なしとしないけれども、この点については右規定を適用して控訴人等のため有利に賃金を計算し請求の一部を認容した原判決に対し、被控訴人からは控訴又は付帯控訴の申立がないので、当審においてはその点に論及する必要を見ない。

なお、成立に争のない甲第一七号証の一ないし一五、原審証人福田勝之の証言(第一回)及び同証言により真正に成立したものと認める乙第三号証、当審証人伊藤金蔵の証言(第一回)を総合すれば、被控訴人は、控訴人等に対し、昭和三二年六月一五日に同月分の(1)給料、(2)勤務手当、(3)地区主任手当、(4)功労加俸の所定月額全額を支払い、同月二九日に同月分の(7)出勤手当、(8)交通費補助を支払う際右(1)(2)(3)(4)(7)(8)の全部についての二日分すなわち所定月額の二五分の二に相当する金額(原判決別表(二)の削減額欄記載の金額)を右(7)(8)の所定月額(同表(7)(8)欄記載の金額)より控除した残額を支払つたことが認められるので、このような控除をすることは、賃金全額払の原則を定めた労働基準法第二四条の規定に違反しないかという疑義を生ずるかも知れない。賃金はその全額を支払わなければならず、法令又は一定の労働協約に別段の定がない限り、一切の控除を認めないことは同条により明らかである。しかしながら本件においては、昭和三二年六月分の賃金は同月一日より同月末日に至るまでの労務に対する報酬であるから、第一回の支払をした同月一五日当時においては、その後月末までに給付される労務の内容は確知できないものであり、従つて同月一五日支給された同月分の一部賃金は、同月末までに現実に給付される労務の内容に応じて確定額を計算の上清算調整されることを最初から前提として支払われた仮の金額に過ぎないものであり、右支払に続く次の最初の賃金支払日である同月二九日に賃金の残額を支払うに当り、被控訴人が同月一五日の支払分につき実際の労働日数に応じ清算調整を行つて確定額を支払つたことは、すなわち同月分の賃金全額を同月の給与支払日に支払つたものにほかならず、これを以て労働基準法第二四条に違反して賃金より違法な控除を行つたものということはできない。

以上のとおり、原判決が控訴人等の請求を棄却した部分については、被控訴人のなした本件賃金に関する措置は正当で、原判決は相当であり、原判決が控訴人等の請求を認容した部分につき被控訴人より控訴又は付帯控訴のない本件に在つては、いわゆる増産手当の支給に関連して被控訴人の提出した和解、権利濫用ないし弁済の各抗弁については、当審においてはこれに判断を加える必要がない。よつて本件各控訴は棄却すべきものとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 川喜多正時 小沢文雄 中田秀慧)

(別紙省略)

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