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東京高等裁判所 昭和35年(ツ)171号 判決 1962年10月23日

上告人 君島ミヨ

被上告人 手塚又次郎

主文

被上告人の請求中礼拝堂一棟建坪五坪を収去してその敷地五坪の明渡を求める部分に関する原判決並びに第一審判決を破棄し、右の請求を却下する。

原判決中上告人に対し延滞賃料並びに賃料相当の損害金の支払を命じた第一審判決に対する控訴を棄却した部分を破棄し、右の部分を宇都宮地方裁判所に差戻す。

理由

本件上告理由は別紙上告理由書記載の通りである。

上告理由第一点について、

原審は栃木県塩谷郡塩原町大字下塩原七五〇番地所在木造亜鉛葺平家建礼拝堂一棟建坪五坪が上告人と訴外君島ヒサ、同君島喜世及び同君島勝馬の共有に係ることを認めながら、右礼拝堂の収去並びにその敷地の明渡を求める債務名義は必ずしも共有者全員に対し同時にこれを得る必要はないとして、上告人のみを相手方とした右礼拝堂の収去並びに敷地五坪の明渡の請求を適法と判断したものである。然しながら建物収去土地明渡を求める訴では建物収去の権能を有するもの即ち建物所有者が訴訟追行権を有し、従つて被告適格があると解すべきところ、建物の収去は建物の消失をきたす行為であるから、建物が共有の場合は共有者の一人は民法第二五一条により他の共有者の同意を得なければ共有建物を収去できないわけである。かように共有者は単独では共有建物の収去の権能がなく共有者全員でこれをなしうるにすぎないのであるから、建物収去土地明渡を求める訴は共有者全員を被告とすることを要する固有必要的共同訴訟と解するのが相当である。従つて礼拝堂の共有者の一人にすぎない上告人のみを相手方とした本件礼拝堂の収去及びその敷地の明渡を求める被上告人の請求は不適法としてこれを却下すべきものであるのに拘らず、これを適法とした第一審判決及びこれを支持した原判決はいずれも失当であつて破棄を免れない。而して右の部分は当審において判決するに熟しているので、被上告人の本件請求中前記礼拝堂一棟建坪五坪の収去並びにその敷地五坪の明渡を求める部分に関する原判決及び第一審判決を破棄し右請求を却下することとする。

上告理由第二点について、

上告人は原審において、被上告人は上告人所有の畳建具類を何らの権原なく使用してきたからこの使用による不当利得返還義務があると主張し、この不当利得返還請求権と被上告人の請求する延滞賃料並びに賃料相当の損害金とを相殺する旨の抗弁を提出したところ、原審は被上告人は右畳建具類について従来善意の占有者であるからその占有中は利用による利益を受ける権利があつて、不当利得は成立しないと判断した上、本件の如く被上告人が従前からこれら畳建具類を自己の所有物として占有し来り、訴訟の終結に至るまで依然として相手方の所有に属することを争つているような場合は、本判決の確定するまでは被上告人は悪意の占有者に転化するものではないと判示して上告人の前記相殺の抗弁を全面的に排斥したことは原判文上明らかである。ところで民法第一八九条第一項の善意の占有者とは自己に使用収益権があると誤信する占有者に限られるべきであつてその者が権原の有無に疑念を抱くに至つたときは、その時から悪意の占有者となるものと解するのが相当である。本件において原審は証拠により被上告人の現在使用している畳建具類中襖四枚、中硝子障子五枚、硝子戸五枚及び畳の一部は上告人の所有に属することは明らかであると認定しているのであるから、特段の事情がない限り被上告人がこれら証拠のあることを知れば自己に所有権があることについて疑をさしはさむであろうと認めることが経験則に合するものといわねばならない。然るに原判決が首肯しうる理由を示すことなく本判決の確定するまで被上告人は悪意の占有者に転化するものではないと判断し、上告人の前記相殺の抗弁を全面的に排斥し、以つて延滞賃料及び賃料相当の損害金の支払を求める被上告人の請求をすべて理由があると認め、この部分に対する上告人の控訴を棄却したことは理由不備の違法があり破棄を免れない。よつて右の部分に関する原判決を破棄し、この部分を原審に差戻すこととする。

よつて民事訴訟法第四〇七条第四〇八条の規定を各適用して主文の通り判決した。

(裁判官 梶村敏樹 岡崎隆 室伏壮一郎)

別紙 上告理由書

第一点

原審ハ「共同相続人ニ対シ訴ヲ提起スル場合ニハ共同相続人全員ニ対スル債務名義ヲ得ナケレバ相続財産ニ対シテ執行スルコトハデキナイコトハ言フマデモナイコトデアルケレドモソノ債務名義ハ必ズ同時ニ得ルコトヲ要スルト解スベキ必要ハナイカラ共同相続人ニ対シテ別々ニ共有建物ノ収去ヲ求メル訴ヲ提起スルコトハ適法デアル」ト判示シテイルガコレハ法律ノ解釈ヲ誤ツテイルト存ジマス

共有建物ノ収去ヲ求メル訴ハ共有者全員ニ対シ合一ニナシ判決ガ確定セラルベキモノデ共有者ノ一人ニ対スル共有建物ノ収去ヲ求メル訴ハ棄却セラルベキモノト存ジマス

第二点

本件ニ於ケル建物ト畳建具ハ夫々別個ニ競売ニ附セラレ別個ノ人ニ競落サレタモノデアルカラ特別ナル事情ノナイ限リソノ建物トソノ畳建具ハ一体トシテ取扱ハレルベキモノデナイ建物ノ所有者タル被上告人ハソノ畳建具ヲ占有スベキ本権ハナイノデ畳建具ノ所有者タル上告人ハ被上告人ニ対シテ畳建具ノ所有権ガ上告人ニアリ畳建具ヲ使用スベキ本権ノナイ被上告人ハソノ使用ニヨリ上告人ニ対シ使用料相当ノ不当利得ヲシテイルノデアルカラ上告人ハ被上告人ニ支払フベキ建物ノ賃料債務ト上告人ガ前記被上告人ニ対シテ有スル畳建具ノ使用料相当不当利得返還債権ト相殺スルトノ抗弁ヲシテ来タノデアル而シテ被上告人ハ畳建具ノ所有権ガ上告人ニアルコトハ争ツテ来タガ少クトモ前記抗弁提出以後ハ畳建具ノ所有権ガ被上告人ニアルコトハ主張シテ来ナイ従ツテ前記抗弁ヲ上告人ニ於イテ提出以後ハ畳建具ノ占有ガ善意ナルヤ否ヤハ被上告人ニ於イテ畳建具ヲ占有スベキ本権ガアルカ否カヲ知ツタカ否カニヨリ判断セラルベキモノデアルノニ原審判示ハ苟クモ畳建具ノ所有権ガ上告人ニアルコトノ判決ガ確定スル迄ハ被上告人ノ畳建具ニ対スル占有ハ悪意ノ占有者ニ転化シナイト解釈シタノハ誤ツテイルト存ジマス

即チ原審ハ「本件ノ場合ノ如ク被控訴人ガ従前カラ自己ノ所有者ト信ジテ占有シテ来タリ訴訟ノ終結ニ至ル迄依然トシテ相手方ノ所有ニ属スルコトヲ争ツテイルヨウナ場合ニオイテハソノ理由中デ判断サレタ所有権ノ帰属ニツイテノ判決ガ確定スルマデハ悪意ノ占有者ニ転化スルモノデハナイトイウベキデアル」ト判示シタ

又被上告人ハ畳建具ノ所有権ガ被上告人ニアルトノ主張ハ少クトモ相殺抗弁ノ提出サレタ後ハシテイナイ只上告人ガ所有者デアルコトヲ争ツテイタ占有ノ善意ヲ主張シテ来タダケデアル被上告人ノ所有デアルカラ占有ハ善意デアルトノ主張ハシテイナイカラ「被上告人ノ所有物ト信ジテ占有シテ来タ」トノ判示ハ主張ノナイコトニツイテノ判断デアルト言フコトモ出来ル即チ占有スベキ権限ノナイコトガ判決ニ於イテ確定スル迄ハ苟モ争ノアル限リ悪意ノ占有トハナラナイト言ウ趣旨ノ判示ハ誤ツテイルト存ジマス理由二齟齬ガアリ審理不尽デアルト存ジマス

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