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東京高等裁判所 昭和35年(う)1280号 判決 1961年6月13日

控訴人 被告人 蓮見敏夫 外五名

弁護人 岡崎一夫 外一名

検察官 岸川敬喜

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

弁護人岡崎一夫の控訴趣意第二点、同山内忠吉の控訴趣意一、及び被告人蓮見の控訴趣意第一、同吉木の控訴趣意二、同加藤の控訴趣意一、同小松の控訴趣意第三点、同鴨志田の控訴趣意第一、について、

各所論は、要するに被告人等に対する本件各起訴状記載の公訴事実によつては、犯行の日時、場所及び方法が特定し得ないから不適法な公訴提起として公訴棄却せらるべきものであるに拘わらず、公訴を容認し、有罪判決をなした原判決には法令の解釈適用を誤つた違法があると主張するにある。よつて所論に基き本件記録を精査して勘案するに、被告人蓮見に対する起訴状記載の公訴事実は「被告人は昭和二七年二月頃より昭和二八年五月頃に至る迄の間に、本邦外の地域におもむく意図を以て、有効な旅券に出国の証印を受けないで、本邦より本邦外へ出国したものである。」と記載してあり、犯行の日時としては昭和二七年二月頃から同二八年五月頃までの間、約一年三ケ月の期間を以て表示し、出国の地点については単に本邦よりとし、その方法については何等これを明らかにするところがない。その他の被告人に対する起訴状においても、犯行の日時は、短きは一年二ケ月位、長きは五年一一ケ月位の期間を以て示し、その出国の地点及び方法についてはいずれも前記同様の記載しか存しない。ところで、刑事訴訟法第二五六条第二項には、起訴状には公訴事実を記載しなければならないとし、同条第三項によると、公訴事実は訴因を明示してこれを記載することを要し、訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならないとしている。ところで右規定の趣旨は、犯罪の日時、場所及び方法は、元来犯罪構成要件たる事実そのものではないが、これを特定するためにできる限りこれらを明示し、以て審判の対象、範囲を明確にし、防禦権の行使に遺憾なからしめることを期するものである。されば、若し、右日時、場所、方法等の記載の一部に不明確の点があつたとしても、全体として公訴事実を特定し得る場合や、起訴状自体によつては公訴事実の特定が不充分であつても、公判審理の過程において特定し得るに至るような場合、或は特定し得た場合であつて、特に被告人の防禦権の行使に支障とならないときは、必ずしも常に公訴提起を違法として、公訴を棄却すべきものとするには当らない。そこで本件につき考察するに、本件起訴状の記載は、前記のとおり、犯行の日時として一年二ケ月ないし五年一一ケ月位という長期の期間を以て表示し、且つ、犯行の地点及び方法については具体的の記載をいずれも欠くものであるから、一般に罪となるべき事実の記載としては特定を欠くものと謂わなければならない。何となれば、本件の如き出入国管理令違反の罪の場合にあつても、右の如き長期間内には、出国、入国を数回繰り返えすことが不可能ではないから、その場合には、果していずれの出国を起訴したのか不明と謂わなければならない。しかしながら、起訴状自体には右の如く公訴事実を特定するに足りる日時、場所及び方法の記載を欠いていても、公判審理の過程において、就中、検察官の冒頭陳述によつて本件起訴事実は被告人等が昭和三三年七月八日白山丸に乗船して中国塘沾港を出港し、同月一三日舞鶴港に入港した原因となつた出国を指称するものであることが明瞭となつたから、これによつて本件起訴状記載の出国は各被告人毎に特定されたものというべく、被告人等もまた、それに対し充分防禦の機会が与えられたものであつて、不当に防禦権の行使が妨げられた状況は認められないから、結局本件各公訴の提起は有効であつて、論旨は理由がない。

弁護人岡崎一夫の控訴趣意第一点及び同第五点について、

所論によると、原判決は罪となるべき事実を明示しないで被告人等に有罪の判決を言渡したものであるから、刑事訴訟法第三三五条第一項に背反し違法であると主張する。よつて所論に基き原判決を検討するに、原判決が罪となるべき事実として記載した事実は、概ね各起訴状記載の公訴事実と同一であつて、犯罪構成要件の記載としては欠くるところがないが、ただ犯行の日時としては短きも三年二カ月、長きは五年一一カ月位の期間を以て示し、且つ、出国の地点としては単に本邦からと丈けの記載しかなく、方法については何等の記載も存しないから、前に説示したとおり、これだけでは各犯罪事実を特定するに足りないと謂わなければならない。しかしながら、原判決中被告人等及び弁護人等の主張に対する判断の部の記載によると、右の出国は被告人等が昭和三三年七月一三日舞鶴港に入港し帰国した原因となる出国を指称するものであることが窺知できるので、原判決を全体としてこれを観察すると、原判決の認定した罪となるべき事実は特定しており、また右事実は原判決挙示の照応証拠によりこれを認めるに充分であるから、原判決には所論のような違法は存せず、論旨はいずれも理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 渡辺好人 判事 目黒太郎 判事 村上幸太郎)

弁護人岡崎一夫の控訴趣意

第一点原判決は罪となるべき事実を明示しないで被告人等に有罪を言渡した違法がある。(刑事訴訟法三三五条第一項違反)

原判決はその「理由」において、(罪となるべき事実)として、第一、被告人蓮見敏夫は昭和二七年一一月頃から昭和三三年六月下旬頃に至る迄の間に、第二、被告人吉木正は昭和二七年七月頃から昭和三三年六月下旬頃に至る迄の間に等、各被告人らが長年月の間に出国したとなすのみで、その間のどの時点に出国したのかを明らかにしていない。これでは具体的な事実、被告人のどんな行為が罪となるべき事実なのであるかを知る由がない。結局原判決は罪となるべき事実を挙示しないで、被告人等に有罪を言渡したことに帰するのであるから、刑事訴訟法第三三五条第一項の規定するところに違反する不法があるものといわざるを得ない。

同第五点 弁護人の可罰性なしとの主張を簡単に斥けたのは、世情の変転に目を蔽い、真実を直視しないもので、正義と公平の原理に背くものである、原判決は、この点においても、事実の認識を誤り、法の趣旨に背くものとして破棄を免れない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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