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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)672号 判決 1962年8月20日

控訴人 岡本郁朗

被控訴人 鶴谷二利三郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決中控訴人敗訴の部分を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、被控訴代理人において、

一、控訴人は、本件売買の目的物である被控訴人主張の(一)及び(二)の土地のうち、(一)の土地を、さきに本件外の山林と共に親戚の岡本泰に売渡し、同人名義に所有権移転登記を経由していたのであるが、控訴人はその後も依然右土地を占有管理し、又右所有権移転は右岡本に対する債務担保のためであつて債務額及び登記費用等を支払えば何時でも自己名義に返還を受け得るものと信じていたため、本件売買に際し、控訴人は右(一)の土地が岡本泰名義となつていることを念頭におかずこれを被控訴人に知らせなかつたものであり、被控訴人もこれを知らなかつたものである。しかるに控訴人は右(一)の土地の被控訴人に対する所有権移転登記手続が遅れて弁解に窮した結果、昭和十九年七月下旬頃始めて被控訴人の代理人大塚喜四郎に対し右(一)の土地が親戚の者の名義になつている旨を話したので、被控訴人も当時右(一)の土地が控訴人の親戚の者の名義になつていることを知つたが、それが岡本泰名義になつていたものでありその後右(一)の土地(但し被控訴人従前主張の農地買収及び売渡のあつた部分を除く)が同人の相続人等による相続登記を経た上売買により更に第三者である鍵和田康の所有名義となり、従つて控訴人においてもはや右土地部分の所有権を被控訴人に移転することが不能となつたことを知つたのは、昭和三十三年二月五日右鍵和田が右(一)の土地内に立札をたてたので被控訴人において驚いて登記簿を調査した結果これを知つた、右鍵和田康名義の所有権移転登記がなされた日である同月十日のことである。原判決事実摘示の被控訴人の主張中、第二項(原判決二枚目裏六行目)に昭和十九年八月頃に至つて右(一)の土地が岡本泰名義に登記されていることが判明した旨の部分は、これを右のように訂正する。

二、売買における売主の担保責任は過失の有無を問わないのであるが、本件において右(一)の土地(但し前記農地買収及び売渡のあつた部分を除く)につき、控訴人がその所有権を取得してこれを被控訴人に移転することができずその履行不能となつたのは、当時控訴人が右権利の取得移転のために努力し、又は相当の出捐を覚悟して手段をつくしたならばその可能であつたのにかかわらず、これをつくさないで放置していたために生ずるに至つたものであるから、控訴人の過失の責任を免れないものである。従つて被控訴人は売主である控訴人の担保責任を免れないものとしてこの点の履行不能による損害賠償を求めるものである。

三、仮にこの点が認められないとしても、被控訴人は第二次的に控訴人に対し債務不履行に基く損害賠償を求める。即ち、本件土地売買契約のうち、右(一)の土地(但し前記農地買収及び売渡のあつた部分を除く)の部分は、右に述べたように岡本泰の所有名義がその相続人等の相続登記を経た上売買により更に鍵和田康の所有名義に移転し、その所有権移転登記がなされた昭和三十三年二月十日履行不能となつたものであるところ、右履行不能は右に述べたように控訴人の過失に基因するものであり、これがため被控訴人は当時の右土地の時価相当額の損害を被つたものであるから、控訴人に対しその損害賠償を求める。

と述べ、控訴代理人において、

一、本件の(一)の土地が控訴人の親戚である岡本泰名義のものであつたことは、昭和十八年五月の売買契約の当時、買主である大塚喜四郎において、仮に右買主が被控訴人であつたとしてもその代理人であつた右大塚において、すでにこれを知つていたものである。

二、仮にそうでないとしても、右の事実は昭和十九年七月頃右大塚においてこれを知つたものである。

三、仮にそうでないとしても、右岡本泰はすでに昭和十一年三月十六日死亡したものであるが、その相続人の一人である岡本孝行は右(一)の土地が右岡本泰名義となつた事情を知り且本件売買についても控訴人に諒解を与えていたので、当時は控訴人において被控訴人に対し右土地の登記手続を履行することが可能であつたが(もつとも、本件売買契約の代金は、一部金五千円の支払があつただけで、残金三千円についてはその支払も提供もなかつたのであるところ、右登記手続の履行は右残代金の支払と同時の約であつたから、右登記手続の履行期は未だ到来しなかつた)、昭和二十年五月右岡本孝行が死亡した後は相続人等の協力を得る見込がなかつたので、右登記手続は履行不能となつた。そこで控訴人は同年六月頃右大塚に対し右のような事情により右(一)の土地について所有権移転登記手続をすることができなくなつた旨を告げ、売買契約を解約したい旨を申入れた。従つて右大塚又は被控訴人は右土地が岡本泰名義のものであることは勿論、その所有権移転登記を受けることが不能となつたことを少くとも右の当時知つたものである。

四、仮にそうでないとしても、右(一)の土地のうち被控訴人主張の現況畑の部分六反歩は昭和二十三年二月二日、同じく宅地の部分三百坪は昭和二十五年七月二日、いずれも当時施行の自作農創設特別措置法により買収の上被控訴人に売渡されたのであつて、右宅地売渡があつたのは本件売買契約のときから七年二月も経過したときであり、しかも当時被控訴人は右宅地のほか他の山林についても採草地として農地解放申請をしたのであるが、農地委員会の許可するところとたらなかつたものである。従つて右畑の部分の売渡のあつた昭和二十三年二月当時には、仮にそうでないとしても右宅地売渡のあつた昭和二十五年七月当時には、右(一)の土地が岡本泰名義のもので被控訴人に所有権移転登記をすることが不能なことを知つたものというべきである。

五、被控訴人の本件第一次請求は、民法第五六三条の売主の担保責任に対する買主の権利を行使するというのであるが、本件売買契約において仮に被控訴人が買主であつたとしても、被控訴人は右に述べたように悪意の買主である。仮に被控訴人が善意の買主であつたとしても、右権利行使の期間は同法第五六四条の定めるところにより、善意の買主が事実を知つたときから一年内なのであり、右の事実を知つたときとは、売買の目的たる権利の一部が他人に属することを知つたときと解すべきである。仮に、右事実を知つたときとは、売買の目的たる権利の一部が他人に属するにより売主がこれを買主に移転することが不能となつたことを知つたときをいうものとしても、被控訴人は右に述べたようにこれを知つたときからでもすでに一年以上を経過したものであるから、いずれの点からみても被控訴人の右請求は、その権利行使につき定められた除斥期間経過後になされたもので失当である。

六、仮に控訴人に右損害賠償の責任があるとしても、売主の担保責任は過失の有無を問わないのであるから、その損害賠償の範囲は、買主において契約を有効と信じたために出捐した損害、即ち信頼利益の範囲に限られるべきであつて、履行利益の範囲にわたるものではない。

七、被控訴人の本件第二次請求である債務不履行に基く損害賠償請求については、控訴人はそもそも過失のなかつたものであるから、その賠償責任がない。即ち、さきに述べたように本件土地((一)及び(二)の土地)の売買代金は一部金五千円の支払があつただけで残代金三千円については支払も提供もなかつたものであるところ、右土地の所有権移転登記手続の履行は右残代金の支払と同時の約であつたから、右登記手続の履行期は未だ到来しなかつた。しかるに右(一)の土地については、さきに述べたように登記名義人であつた岡本泰が、次でその相続人の一人である岡本孝行が死亡し、更にその後右(一)の土地(但し前記農地買収及び売渡のあつた部分を除く)が鍵和田康名義に移転したのであつて、これらの事情は控訴人の力の及ばないところであつたのである。従つて右(一)の土地(但し右農地買収及び売渡のあつた部分を除く)の売買契約は、その土地が岡本泰名義になつた事情を知り且本件売買について諒解を与えていた岡本孝行の存命中は、被控訴人に対する登記手続の履行が可能であつたが、同人の死亡後その履行不能となつたけれども、それは不可抗力によるものであつて控訴人の過失によるものではない。

八、仮に控訴人に右損害賠償の責任があるとしても、その賠償の範囲は通常生ずべき損害の範囲に限られるものであるが、被控訴人がその損害として主張するところはこの範囲に止らず、契約後の土地価格の異常な高騰という特別事情によつて生じた損害であるところ、このような特別事情は当時控訴人の予見しなかつたものであり又何人も予見し得ないものというべきであるから、この点の被控訴人の請求も失当である。

と述べた。<証拠省略>

理由

一、被控訴人主張の(一)の山林三町七反一畝二十八歩及び(二)の山林一反六畝歩がいずれももと控訴人の所有であつたことは、当事者間に争がない。

原審証人大塚喜四郎の証言により成立を認める甲第五号証の一、二、第六号証(但し甲第五号証の一及び第六号証中郵便局作成の部分は、当裁判所においていずれも真正に成立したものと認める)、成立に争のない甲第七号証、第八号証の一、二、原審証人大塚喜四郎、風戸一雄、鶴谷光三郎の各証言、原審における被控訴人本人の供述及び控訴人本人の供述の一部を綜合すると、昭和十八年五月一日控訴人と被控訴人の代理人である大塚喜四郎との間に、右(一)及び(二)の土地につき代金を金八千円として売買契約を締結し、同日右代金のうち金五千円を支払い残金は所有権移転登記を受けると同時に支払うことと定めたこと及び被控訴人はその頃右土地の引渡を受け、その一部に家屋を建て植林耕作を始めたことが、いずれも認められる。もつとも右甲第七号証によると、右金五千円の受領証の宛名は大塚喜四郎と記載されていることが認められるが前掲甲第五号証の一、二、第六号証、原審における証人大塚喜四郎の証言及び被控訴人本人の供述を綜合すると、右金五千円は被控訴人が大塚喜四郎にその支払を委託して届けたものであるが、右大塚はたまたま使いの者に託してこれを控訴人に支払つたため右受領証の宛名が大塚喜四郎と記載されたのに過ぎないものであることが認められるから、右甲第七号証の宛名の記載によつては右認定を左右するに足らない。原審(第一、二回)及び当審における控訴人本人の供述中右認定に反する部分は採用し難く、乙第一号証によつても右認定を左右し難く、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

二、次に右(一)の土地は、これよりさき昭和八年三月四日控訴人から岡本泰に対し、昭和十八年二月二十八日までに買戻し得る旨の特約付で売渡され、その旨の登記を経由していたものであること、右岡本泰は昭和十一年三月十六日死亡し、岡本孝行ほか五名がその遺産相続をし、昭和十九年六月十九日その相続登記を経由したこと、右岡本孝行は昭和二十年五月三十日死亡し、岡本静枝がその家督相続をして右(一)の土地に対する右孝行の持分権を取得したが、その後昭和二十三年二月二日及び昭和二十五年七月二日それぞれ右(一)の土地のうち現況畑の部分六反歩及び被控訴人の家屋のある部分三百坪は、自作農創設特別措置法により国に買収され、右畑の部分は同番の五十四畑六反歩として又右家屋のある部分三百坪は同番の五十五宅地三百坪として分筆の上いずれも被控訴人に売渡されたこと、その後右(一)の土地のうち残部の三町一畝二十八歩は昭和三十三年二月七日右岡本静枝ほか四名から本件外の土地と共に鍵和田康に売渡され、同月十日右岡本静枝のための家督相続による持分権移転登記を経由した上右鍵和田康に所有権移転登記を経由したこと、なお右(二)の土地の分はさきに昭和三十三年二月五日控訴人から被控訴人に対し前記売買による所有権移転登記がなされたことは、いずれも当事者間に争がない。

前掲甲第八号証、成立に争のない甲第一号証、第十二号証の一、二、原審証人大塚喜四郎、風戸一雄、鶴谷光三郎、和田俊郎の各証言、原審における被控訴人本人の供述、原審及び当審(第一、二回)証人岡本達太郎の証言の一部及び原審(第一、二回)及び当審における控訴人本人の供述の一部を綜合すると右(一)の土地は、さきに控訴人において先代当時の借財があつたのでその解決方を姉の夫に当る岡本泰に依頼するにあたりこれを前記のように買戻約款付で同人名義に移転したのであるが、右土地の管理は従前と同じように控訴人においてこれを行い、右泰が死亡し岡本孝行ほか五名においてその遺産相続をした後も依然右泰の所有名義に登記されたまま控訴人においてその管理を継続してきたものであること、その後控訴人は右(一)の土地を前記(二)の土地と共に被控訴人に売却しようとし、あらかじめこれを右泰の遺産相続人の一人である岡本孝行に相談したが、同人は右の事情をよく知つていたので異議なくこれを承諾したこと、当時は右孝行の諒解があれば他の遺産相続人等につき一々諒解を得なくても右(一)の土地を処分するのに支障を生ずる虞がなかつたので、控訴人は右(一)の土地が泰名義に登記されていることを特別に顧慮することなくこれを秘して、右(一)の土地を前記のように(二)の土地と共に被控訴人に売却し、被控訴人及び同人を代理して売買の衝に当つた大塚喜四郎も右(一)の土地が他人の所有名義のものであることを知らないでこれを買受けたものであること、その後被控訴人は控訴人に対したびたび登記手続の履行を求めたが控訴人は当時右のように直に登記手続にとりかかることができ又その履行の際に同時に残代金の支払を受けることにつき懸念される事情もなかつたのにかかわらずただ心配はない旨をいうだけでこれに応じて手続を進めようとせずそのまま延引しているうち、被控訴人は昭和十九年七月下旬に至つて始めて右(一)の土地が控訴人の親戚の者の名義に登記されていることを知つたが、控訴人はこれより少しさき同年六月下旬ようやく右(一)の土地につき岡本孝行等のために遺産相続の登記手続を代行しこれを完了したばかりであり、被控訴人に対し所有者側と交渉中だからなおしばらく登記手続の履行を猶予されたく決して不都合はかけない旨申送り、当時も右登記手続を進める上に残代金の支払を受けることその他に関し特別支障を生じるような事情はなかつたのにかかわらずこれを延引していたこと、その後昭和二十年五月右岡本孝行が死亡し岡本静枝において右孝行の持分権を相続承継し、又昭和二十三年二月及び昭和二十五年七月にはそれぞれ前記のように右(一)の土地の一部が国に買収され、被控訴人においてその売渡を受けるに至つたが、当時も控訴人において右岡本静枝によく事情を説明すれば前記被控訴人に対する(一)の土地の売買について諒解を得その残地の登記履行を果すことに困難でなかつた事情にあつたのであり、控訴人もこれを確信しこの点の解決を図るつもりでおりながらついこれを延引していたことところがその後昭和三十二年になつて右岡本静枝は、当時右(一)の土地は被控訴人が買受けたものであることを知らずたまたま家計上の必要からこれを他に売却処分することを岡本達太郎に依頼し、右達太郎は被控訴人から同人がこれを買受けたものである事情をきき同人に対し更に金員支出方を交渉したが、その交渉が思うように進まなかつたので、控訴人及び被控訴人等の知らない間に和田俊郎を介し昭和三十三年二月七日右(一)の残地を第三者である鍵和田康に売却し、同月十日前記のように岡本静枝の相続登記を経て右鍵和田に対する所有権移転登記を経由したこと、被控訴人はその頃始めて登記簿により右岡本泰及びその相続人等の氏名や右鍵和田に対する売買及び登記のなされたものであることを知つたことが、いずれも認められる。原審及び当審(第一、二回)証人岡本達太郎の証言、原審(第一、二回)及び当審における控訴人本人の供述中右認定に反する部分は採用し難く、当審証人笠川栄三の証言によつても右認定を左右し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない(なお被控訴人は、当初、右(一)の土地が岡本泰名義に登記されていることを知つたのは昭和十九年八月頃である旨主張しながら、当審において、同年七月下旬頃同土地が控訴人の親戚の者の名義になつていることを知つたがこれが岡本泰名義に登記されているものであることを知つたのは、前記のように、昭和三十三年二月十日である旨訂正したが、これが自白の撤回に当るとしても、さきの主張事実が真実に反するものであることは前認定によつてこれを認め得るところであり、又右自白は錯誤によるものと推認することができるから、右自白の撤回は許されるものと認める)。右認定事実によると、本件(一)及び(二)の土地の売買契約の買主は被控訴人であること、控訴人は右売買の目的の一部である右(一)の土地の所有権が、さきに控訴人において右(一)の土地を他人に売却したものであるため、当時他人の権利に属していたものであるのにかかわらずこれを秘し、被控訴人はこの点につき善意で契約を締結し土地の引渡を受けたものであること、その後被控訴人は昭和十九年七月下旬右(一)の土地が他人の所有に属するものであることを知つたが、控訴人はその登記名義を被控訴人に移転する手続を進めるのに特別支障を生ずるような事情はなかつたのにかかわらずこれを延引しているうち(その間右(一)の土地の一部につき前記のように国の買収及び売渡があつた)、昭和三十三年二月十日右(一)の土地の残部が更に第三者に売却されその者の所有となりその登記を経由するに至つたため、この分については控訴人において右第三者から所有権を取得してこれを被控訴人に移転することが不能となつたこと、被控訴人は同日始めて右履行不能を知つたこと及び右履行不能については控訴人において売主として被控訴人に対し過失の責任を免れ得ないものであることをいずれも認めることができる。

控訴人は、右の登記履行は被控訴人の残代金支払と同時の約であるところ、被控訴人において右残代金の支払又は提供をしなかつたものであるから、控訴人は右(一)の土地につき被控訴人に対し登記手続の履行をしなくても履行遅滞はなく従つて履行不能についても控訴人の責に帰せしめることができないものである旨主張するが、右登記履行の点については控訴人においてもともと被控訴人の催促に応じてその手続を進めようとせず又はその猶予を求めて延引しているうち履行不能となつたものであることは前認定のとおりであるから、被控訴人において未だ残代金の支払又は提供をしなかつたとしても、控訴人の前記責任を免れ得るものではない。

以上によると、本件売買の目的たる権利の一部、即ち前記(一)の土地(但し農地買収及び売渡のあつた部分を除く残部山林三町一畝二十八歩)の所有権は、それが他人の権利に属したことにより控訴人においてこれを被控訴人に移転することが不能となつたのであるから、被控訴人は控訴人に対しこれがために被つた損害の賠償を求めることができるものである。

三、控訴人は、売買の目的たる権利の一部が他人に属する場合の売主の担保責任は、買主が善意であつたときは、民法第五六三条第五六四条により善意の買主が事実を知つたときから一年内に限りこれを追及し得るものであるところ、右の事実を知つたときとは、権利の一部が他人に属することを知つたときをいうものと解すべきである、従つて本件土地売買契約において、買主である被控訴人が善意であつたとしても、被控訴人においてその権利の一部が他人に属することを知つたときから一年以上を経過したことが明らかな本件においては、その損害賠償請求権を行使し得ないものである旨主張する。しかし同法第五六四条に規定する、善意の買主が同法第五六三条に定める代金減額請求権、契約解除権又は損害賠償請求権を行使すべき期間につき、事実を知つたときから一年内というのは、善意の買主が、売買の目的たる権利の一部が他人に属するにより売主がこれを買主に移転することが不能となつた事実を知つたときから一年内をいうものとするのを相当とする。それはこれらの買主の権利は、売買の目的たる権利の一部が他人に属するにより売主がこれを買主に移転することが不能となつたときに行使し得るものであることは、同法第五六三条の定めるところによつて明かであり、従つて善意の買主が右権利の一部が他人に属することを知つたとしても売主においてなおこれを買主に移転することが不能となつたものでない限り、買主はこれらの権利を行使することができないものというべきであるから、同法第五六四条に規定する右の場合における権利行使の期間の進行は、善意の買主において右権利の一部が他人に属することを知つただけでなく、これにより売主においてこれを買主に移転することが不能となつたことを知つたときから進行するものとするのが相当であり、若しこれに反し善意の買主において右権利の一部が他人に属することを知つたときから直に右期間の進行を始めるものとすれば未だ売主において右権利の一部を買主に移転することが不能となつたものでなく、従つて買主において右の権利を行使し得ない間に、期間を徒過する虞を生じ、不当な結果を免れないからである。

四、次に控訴人は、民法第五六四条に規定する、事実を知つたときというのは、右に説明するとおりに解すべきものとしても本件において被控訴人がこれを知つたのは昭和二十年六月頃であり、仮にそうでないとしても昭和二十三年二月頃又は昭和二十五年七月当時であるから、そのときから一年を経過した後になされた本件損害賠償請求権の行使は失当である旨主張する。

しかし被控訴人が、本件売買の目的たる権利の一部が他人に属するにより売主である控訴人においてこれを被控訴人に移転することが不能となつた事実を知つたのは昭和三十三年二月十日であることは前認定のとおりであつて、これを控訴人の主張する日時の当時であるとは認められない。従つて被控訴人の損害賠償請求権の行使は、右の昭和三十三年二月十日から一年の期間内に行使することを要するものであるところ本件損害賠償請求の訴は右期間内である同年三月十七日に提起されたものであることは記録によつて明かであるから、被控訴人の右権利行使はこの点において適法であり、控訴人の右主張はこれを採用することができない。

五、そこで本件損害の発生の有無、その賠償の範囲及び額について判断するに、本件売買の目的たる権利の一部、即ち被控訴人主張の前記(一)の土地(但し農地買収及び売渡のあつた部分を除く)の所有権は、それが他人に属したことにより控訴人においてこれを被控訴人に移転することが不能となつたものであり、しかも右の履行不能は控訴人に過失の責任のあることを免れないものであることは前認定のとおりであるから、買主である被控訴人は右履行不能によつて控訴人から右土地部分の所有権の移転を受けることができなくなつたために、この場合における通常生ずべき損害、即ち右履行不能の当時における右土地部分の時価相当額の損害を被つたものと認められる。

控訴人は、右損害賠償の範囲は、買主において契約を有効であると信じたがために出捐した損害、即ち信頼利益の範囲に限られる旨主張するが、前記のように履行不能について売主である控訴人に過失の責任のあることを免れない本件のような場合においては、無過失の売主が買主に対し担保責任を負担する場合と異り、その賠償の範囲は、履行不能によつて通常生ずべき損害の全部にわたるものとするのが相当である。又控訴人は、右履行不能の当時における土地の価格は、契約後の異常な高騰という特別の事情によつて生じたものであるから、これを通常生ずべき損害とはいわれない旨主張するが右の履行不能の当時における土地の価格が契約後高騰したものであつて契約当時におけるそれに比し高額なものであるとしても、右履行不能について控訴人に過失の責任のあることは前認定のとおりであり、又右土地価格の高騰は右土地だけに限られたものでなく一般物価の高騰によるものと推認される本件においては、前記損害をもつて特別の事情によつて生じたものとは認められない。

そして原審証人和田俊郎の証言により成立を認める甲第九、十号証、成立に争のない同第十一号証、第十二号証の一、二、原証人和田俊郎の証言及び原審における被控訴人本人の供述を綜合すると、被控訴人は右(一)の土地(但し農地買収及び売渡のあつた部分を除く)につき前記鍵和田康に買取の交渉をした結果、昭和三十三年五月十二日代金百万円で買受けたことが認められ、右事実に右和田証人の証言及び被控訴人本人の供述を綜合すると、前記履行不能の同月十日当時における右土地部分の時価は少くとも金百万円であつたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。従つて被控訴人は右履行不能により当時金百万円相当の損害を被つたものと認められる。

しかるところ被控訴人は、右の損害額から本件土地の残代金を控除した残額につきその賠償を求めるものであることは、その主張自体によつてこれを認め得るところであるから、結局被控訴人の本件損害額は、右土地部分の時価相当額百万円の損害額から右残代金額三千円を控除した金九十九万七千円となるものである。

六、控訴人は、被控訴人はあらかじめ登記簿等を閲覧して当該不動産の所有権の帰属を調査せず又権利保全の措置をとることなく放置して損害の発生防止に努めなかつたことについて過失がある旨主張するが、原審における証人大塚喜四郎、風戸一雄の各証言及び被控訴人本人の供述を綜合すると、当時控訴人は町の有力者で相当大きな地主であり、被控訴人は同人等の案内を受けて土地を検分の上控訴人のいうところを信用して売買契約を締結したものであることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はなく、これと前認定の事実を併せ考えると、本件においては被控訴人においてあらかじめ登記簿等を閲覧して右土地の所有権の帰属を調査しなかつたとしてもそのことだけから被控訴人に過失の責任を免れないものとは認められない。又右土地部分は他人の権利に属し、控訴人はその権利の主体ではなかつたものであり、前認定の事実に照しても被控訴人において控訴人に対し権利保全の措置を採らなかつたからといつて被控訴人に過失の責任があるものとは認められない。よつて右の過失を前提とする控訴人の主張はこれを採用することができない。

七、控訴人は、被控訴人が本件売買の目的物である土地を使用収益して得た利益相当額は損害賠償の額から控除されるべきものである旨主張する。

しかし本件売買においては、その契約がなされた頃その目的物である前記(一)及び(二)の土地が、売主である控訴人から買主である被控訴人に合意の上引渡されたものであることは、前認定の事実からこれを認め得るところであるから、右土地の使用収益による利益は、右の契約が解消されない限り、控訴人との間においてはもともと被控訴人の所得に帰すべきものであつて、被控訴人の前記損害と損益相殺されるべき性質のものではない。しかも本件においては被控訴人は契約解除権を行使するものではなく、右契約が解除されたことも認められないのであるから、右(一)の土地の一部が前記のように控訴人においてその権利を被控訴人に移転することが不能となつたからといつて、直に控訴人において被控訴人に対し右土地の使用収益による利益相当額の返還を求め得る権利を取得するものではなく、従つて右利益相当額をもつて前記損害額との相殺の用に供することを得ないものであることも勿論である。この点の控訴人の主張もこれを採用することができない。

以上により控訴人は被控訴人に対し前記損害額九十九万七千円及び被控訴人主張の内金九十万三千六百二十三円については訴状送達の日の翌日であることが記録上明かである昭和三十三年三月二十一日以降、残金九万三千三百七十七円については請求の趣旨拡張申立書陳述の翌日であることが記録上明かである同年七月十日以降各完済までこれに対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、被控訴人の本訴請求は他の争点につき判断するまでもなく右の範囲内において一部正当であるが、その余は失当である。

右と同趣旨に帰する原判決は結局相当で本件控訴はその理由がない。よつて民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 薄根正男 村木達夫 元岡道雄)

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