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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)2688号 判決 1961年4月25日

控訴人(原告) 岩崎一

被控訴人(被告) 国

訴訟代理人 家弓吉己 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金十七万九千二円の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次のとおり附加するほか、原判決事実摘示欄に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。(ただし、原判決五枚目表二行目に「佐野文一郎」とあるのを削る。また同四枚目裏九行目に「昭和二七年」とあるのは「昭和二九年」の誤記と認める。)

第一、控訴代理人の陳述

(一)  本件で問題となつている駐留軍技能工系統労務者給与規程(昭和二三年特調庶発第四四六号・以下給与規程という)及び右規定の実施細目である連合国軍関係常傭使用人の給与に関する要綱細目(昭和二二年五月二九日絡設労合第四一九号・以下要綱細目という)並びに右要綱細目に付属する連合国軍関係直用使用人特殊作業手当支給標準表(昭和二六年五月九日特労発第九七五号・以下支給標準表という)は、控訴人の原審以来主張するように、控訴人と被控訴人間の労働契約の内容をなすものであるから、これに定められた特殊作業に該当する労務を提供した控訴人はその定めに従い特殊作業手当の請求権があるといわなければならない。原判決の判示するように、調達庁長官又はその受任者である渉外労務管理事務所長(以下労管所長という)において労務者の従事する作業が特殊作業手当を支給すべき所定の作業に該当するか否かを判断し、これを支給すべき旨の決定があつて始めてその手当を請求する権利が発生するにすぎないものと解するのは、以下に詳述するように労働基準法第二条の労働条件決定における労使対等の原則に違背するのみならず、調達庁長官と全駐留軍労働組合(以下全駐労という)との間の労働協約に違反するものといわなければならない。

すなわち、労働基準法第二条第一項に「労働条件は労働者と使用者が対等の立場において決定すべきものである。」と定める趣旨は、第一に労働条件は団体交渉によつて決定すべきものであるというにある。けだし、個々の労働者は事実上使用者と対等の地位にないから、両者が対等の立場で労働条件を決定することを実際に実現するためには、これを団体交渉によつて決定すべきであるとしなければならないのである。

事実駐留軍労務者の場合も、労働条件については雇用者たる国を代表する調達庁長官と駐留軍労務者をもつて組織される全駐留軍労働組合との間に、右組合の前身である全進駐軍労働組合同盟の時代から労働協約があつて、それによれば団体交渉は調達庁と全駐労本部、都道府県と地方連合会、渉外労務管理事務所と単位組合との間で行われ(協約第一〇条)、団体交渉は通常労働協議会で行い(同第一一条)、必ず団体交渉による決定を経べきものとして「賃金、昇給、諸手当その他の給与に関する事項」「就業規則に関する事項」等があげられ(同第一五条)これに従い占領時代から今日までこれらの事項は労働協議会による団体交渉を通じて協議決定されて来たのであつて、決して調達庁長官が一方的に決定したことはなかつたのである。もつとも駐留軍労務者の場合、法律上の雇傭者は国であつても実際の使用者及び費用の負担者は米軍であるので、実際には調達庁、組合、米軍が所謂三者会談をもち、そこで実質的に合意されたことが国と米軍の間では契約として、国と組合の間では協約として締結されてきたのである。

かようにして、調達庁長官と米軍契約担当官との間で定められた労務基本契約の附属文書たるスケジユールA中に定められている労務者の労務条件と、国と地方団体の間で調達庁長官が定めたものとして通達された労働条件(本件の給与規程・要綱細目・支給標準表等の通達はこれである)と、調達庁長官と組合との間で協議決定された労働条件とは常にその内容が合一に定められてきたのである。

昭和二七年法律第一四七号には駐留軍労務者の給与その他の勤務条件は、調達庁長官がこれを定める趣旨の規定が存するが、これは、すでに述べたところから明らかなように、決して同長官が労務者の意思如何にかかわりなく、一方的にこれらの条件を定め得るとし、労働基準法第二条の適用を排除した趣旨ではなく、雇傭者たる国の内部関係及び国と給与事務の委任を受ける地方団体の間において、給与その他の労働条件の決定につき責任を負う機関が調達庁長官であることを明らかにしたに過ぎないものである。若し、労働基準法第二条の適用を排除するとすれば、国家公務員法第一六条、地方公務員法第五八条の如き規定があるべき筈である。

さらに前記労働基準法第二条の法意の第二は、就業規則も、労働条件に関する定めをなす部分については、使用者は一方的に作成変更し得ないというにある。しかも駐留軍労務者の場合前述のとおり労働協約で「就業規則に関する事項」が労働協議会で協議決定さるべき事項とされているのである。そして給与その他の勤務条件に関する調達庁長官の定めは、労務条件についての就業規則に該当するのであるから、前示労働基準法の規定をまつまでもなく、労働協約の定めるところに従い労働協議会の協議決定を経て行われなければならないこと明らかであり、本件の給与規程、要綱細目、支給標準表も労働協議会における協議決定を経て定められているのである。(協約第四〇条第二号によつて、右給与規程及びその附属文書は協約の別冊附属文書となつている)。

以上詳述したところから明らかなように、もし前示支給標準表に定める基準に従い特殊作業手当を支払うべきことが国と労務者の間の労働契約の内容になつていないとか、あるいは契約の内容となつていても、右基準に該当する労務であるか否かの判断は調達庁長官及びその委任を受けた労管所長において一方的になし得ると解するのは、労働基準法第二条第一項の労働条件決定における労使対等の原則に違背するのみならず、調達庁長官と全駐労との間の協約第一五条の賃金諸手当その他給与に関する事項は労働協議会で協議決定しなければならないとする条項に違反し、またこの条項に基き支給標準表も労働協議会で決定されて、協約第四〇条により、労働協約の内容とされていることに違反するものといわなければならない。

(二)  次に、労働基準法第一五条第一項には、「使用者は労働契約の締結に際し労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。」と規定されている。そして、右の規定により、労働者に明示しなければならない労働条件として、同法施行規則第五条には「就業の場所及び従事すべき業務に関する事項」(同条第一号)並びに「賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切及び支払の時期並びに昇給に関する事項」(同第三号)等があげられている。そして危険業務は経験ある労働者にしか就業せしめ得ない(同法第四九条)のであるから、当該労務者に危険作業を行わしめるか否かは従事すべき業務に関する事項として明示すべき労働条件である。また特殊作業手当は危険作業に従事するために必要とされる特別の経験をもつ労務者の労務提供に対する対価であるから、前記規則に所謂「賃金」として明示さるべき労働条件にほかならない。

もし本件において、何が特殊作業手当を支払うべき危険作業にあたるかを使用者側において一方的恣意的に決し得るものであるとすれば、要綱細目や支給標準表が一応存在していても、右作業が客観的にこれらに定めた作業に該当するかどうかにかかわりなく使用者側において危険手当の支給を拒み得ることになるから、労務者にとつて右手当が支給されるかどうかは具体的には、労管所長の決定のない限り作業が終了し賃金を貰う時になるまでは判らないことになるのである。かようなことは、さきに述べた当事者の対等の原則に反するのみならず、前示労働条件明示の原則に違背するものといわねばならない。

従つて、前記支給標準表に、「危険物の取扱い又はこれに近接して行う作業であつても、その地形、設備、危険物の性質数量により危険性がないと認められたものは、この手当を支給しない。」と定めるのは、「危険性がないと客観的に認められたものについては支給しない」という趣旨であつて、決して「危険性がないと調達庁長官又は労管所長に認められたものは支給しない」という意味ではないと解しなければならない。

(三)  さらに、労働基準法は、「使用者は機械、器具その他の設備、原料若しくは材料又はガス、蒸気、粉じん等による危害を防止するために、必要な措置を講じなければならない。」(第四二条)、「労働者は危害防止のために必要な事項を遵守しなければならない。」(第四四条)、とそれぞれ定め、同法第四五条は、使用者が右第四二条等の規定によつて講ずべき措置の基準及び労働者が第四四条の規定によつて遵守すべき事項は命令で定める旨規定している。すなわち、一定の危険作業を必要とする事業場では、使用者は命令で定める安全措置をとる義務があり、労働者は通常の労務提供の義務のほかに命令で定める特別の注意義務を負つているのである。そして本件におけるガソリンの取扱が右にいわゆる危険作業に属することは、前記命令にあたる労働安全衞生規則第一〇条第四号並びに同規則別表によつて明らかである。

控訴人はポンプオペレーター兼整備工であつて、ポンプハウスで油運送船からタンクへのガソリンの受入、タンク車、タンクトラツク、ドラムへのガソリンの供給等のため、ポンプ、バルブの操作の作業を行うものであるから、危険物の取扱者として一般の労務者に比し加重された義務を負担するものであり、また作業監督者の立場にもあるから、前記規則にいう危険物取扱作業主任者または少なくともこれに準ずる特別の義務を負う立場にあるものである。

よつて控訴人の作業が危険であるかどうかを客観的に判定するを要しないとし、特殊作業手当を支払わないことは、前記労働基準法及び労務安全衛生規則の法意に背き、また加重された義務に対し全然対価を支払わないことになるので、意に反する苦役に服せしめられないとする憲法第一八条の規定にも違反するものである。

(四)  最後に、全駐労佐世保支部と佐世保労管所長との間で支給標準表に基く支給をすることないし一律に二割の特殊作業手当を支給する趣旨の労働協約が成立したとの点について次のように補足する。

すでに述べたように、調達庁と全駐労との間に成立した労働協約第一五条に基いて、支給標準表は調達庁と全駐労本部の労働協議会の協議決定を経て同協約第四〇条により右協約の附属文書となつたものである。従つて支給標準表に関し、各都道府県と全駐労地方本部、労管と単位組合の間の協約で更に明細を定めない限り、支給標準表によつて特殊作業手当を支給すべきことが調達庁と組合との協約の内容なのである。

そして、昭和二七年二月より佐世保石油廠でも支給標準表に基き特殊作業手当を支給するに至つたのは、労管と組合の交渉の結果、中央労務協議会の決定を確認し、これによつて支給を行うのを昭和二七年二月からとすることによつて、中央労働協議会の決定を具体化する協約を締結したからである。また同年三月以降は同石油廠に勤務する全員について一律に二割を支給することとしたのは、労管所長と組合の間で、支給標準表の範囲内でこれを具体化する明細を定める協約を定めたからである。決して労管において無用のまさつの生ずることを避けるため組合側と話し合いその了解を得たにすぎないものではない。若し、右の労管と組合の間の協約が成立しなかつたとすれば、右に述べたところから明らかなように、支給標準表に従つて支給すべきことの中央労働協議会の決定が当事者を拘束するのである。

なお、昭和二九年二月以降特殊作業手当の支給が打切られたのは、労管所長が事実上その支給を停止したにすぎないものでこれを支給すべき場合に該当しないものとして労管所長が権限により決定したものではない。労管所長は問題が中央労働協議会の決定を経た労働協約の解釈に関する事項であるので、一応支給を停止したうえ、問題の解決を中央労働協議会に移牒しただけで、なおこの問題は同協議会でも懸案事項として未解決のまま残されているのである。

第二、被控訴人代理人の陳述

(一)  控訴人主張の(一)について。

駐留軍労務者については、調達庁長官と全駐労との間に控訴人主張のような労働協約があつて、労務者の賃金、昇給、諸手当、その他給与に関する事項、就業規則に関する事項等の一般的基準が労働協議会による団体交渉を通じて協議決定されてきたこと、調達庁長官と米軍契約担当官との間で定められた労務基本契約の附属文書たるスケジユールA中に定められている労務者の労働条件と、国と地方団体の間で調達庁長官が定めたものとして通達された労務者の労働条件と、調達庁長官と組合との間で協議決定された労務条件とは常にその内容が合一に定められてきたものであること及び本件給与規定、要綱細目、支給標準表が労働協議会における協議決定を経て定められていることは認めるが、その余の主張は争う。

昭和二七年法律第一七四号によれば、駐留軍労務者の給与その他の勤務条件は調達庁長官が法令の定めるところに従い一方的に決定することができるのであるが、労働基準法第二条の趣旨に従い控訴人も主張するとおり、駐留軍労務者の労働条件は従来調達庁長官と全駐労との間の労働協約により労働協議会で協議決定することになつているのであつて、本件支給標準表も労働協議会で協議決定されたものであるから、右支給標準表の記載は、駐留軍労務者の労働条件として、労働契約の内容となつているものとみるべきであろう。

ところで、右標準表によれば、危険物を取扱い又はこれに近接して行う作業であつても、「地形設備及び危険物の性質数量により危険性がないと認められたものにはこの手当を支給しない」と規定されていて、労務者の作業が支給標準表所定の作業に該当しかつ危険性があるかどうかについての認定権は調達庁長官又はその受任者である渉外労務管理事務所長に与えられているのである。従つて、労働協約に基き調達庁長官と全駐労との労働協議会において、右標準表記載のとおりに協議決定されている以上、労働組合はもちろんのこと控訴人もまたこれに服すべきことは当然で、このことはなんら労働基準法第二条の労使対等の原則に違反しないし、また労働協約にも違反しない。

(二)  控訴人主張の(二)について。

労働基準法第一五条及び同法施行規則第五条に控訴人主張の規定の存することは認めるが、その余の控訴人の主張は争う。

労働基準法第一五条の労働条件明示の原則は、使用者と労働者が労働契約を締結する際の規定であるが、労働協約に基く労働協議会において協議決定された本件給与規程、要綱細目、支給標準表によれば、駐留軍労務者の賃金、労働時間その他の労働条件は一般的に明示されており、また危険作業の認定権及び特殊作業手当支給の決定権が調達庁長官又は労管所長にあることも明示されているところであつて、控訴人に対しても駐留軍労務者として採用される際に労管所長よりこれらの労働条件は口頭又は書面等により明示されているのである。

なお、右の認定権ないし決定権が使用者側に与えられているのは、実際問題として、駐留軍においては多数の労務者が危険度の異る種々の仕事に従事しているため、労務者個々につき具体的に前記支給標準表の該当項目と危険性の有無を決定することは著しく困難であるので、労管所長が軍機関と密接な連絡を保ちその協力を得て適正に決定することが最も合理的であるからであり、右の認定権が、使用者側に与えられていることをとらえて労働条件明示の原則に反するという控訴人の主張は失当である。

(三)  控訴人主張の(三)について。

労働基準法第四二条ないし第四五条及び労働安全衛生規則に控訴人主張の規定のあることは認めるが、その余の控訴人の主張は争う。

(四)  控訴人主張の(四)について。

控訴人主張のとおり本件支給標準表が調達庁と全駐労中央本部の労働協議会の協議決定を経、協約第四〇条によつて同協約の附属文書となつたものであること及び支給標準表は、各都道府県と全駐労地方本部、労管と単位組合の間の協約で更に明細を定めない限り、支給標準表によつて特殊作業手当を支給すべきことが調達庁と組合との協約の内容となつていることは認めるが、その余の控訴人の主張は争う。

第三、当審における新たな証拠関係<省略>

理由

(一)  控訴人が被控訴人に雇傭されるいわゆる駐留軍労務者であつて、本件で問題となつている、昭和二九年二月一日以前から米軍佐世保石油廠に勤務している技能工系統の労務者であることは当事者間に争がなく、また控訴人が前記の時期以前から引続き全駐留軍労働組合の佐世保支部に属する組合員であることは原審における控訴本人の供述によつてこれを認めることができる。

(二)  控訴人は、右駐留軍労務者のうち技能工系統労務者の給与は駐留軍技能工系統労務者給与規程(昭和二三年特調庶発第四四六号)並びに右規程の実施細目である連合国軍関係常傭使用人の給与に関する要綱細目(昭和二二年五月二九日絡設労合第四一九号)及びこれに付属する特殊作業手当支給標準表(昭和二六年五月九日特労発第九七五号)により規律されると主張する。

これらは、駐留軍労務者が国家公務員とされた当時昭和二四年法律第二五二号「特別職の職員の給与に関する法律」第一一条の「その給与の種類、額、支給条件及び支給方法は特別調達庁長官が大蔵大臣と協議して定める、」旨の規定により、特別調達庁長官の定めたものとして実施されたものであるところ、その後昭和二七年法律第一七四号「日本国との平和条約の効力の発生及び日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施等に伴い国家公務員法等の一部を改正する等の法律」により駐留軍労務者は国家公務員でないこととなり(同法第八条)、その給与その他の勤務条件は、生計費並びに国家公務員及び民間事業の従業員における給与その他の勤務条件を考慮して、調達庁長官が定める(同法第九条第二項)こととなつたが、同法附則第二項により「右給与その他の勤務条件については調達庁長官が第九条第二項の規定により定めるまでは、同項の規定にかかわらず条約の効力の発生の日において定められている連合国の需要に応じ連合国軍のために労務に服する者の給与その他の勤務条件の例による」旨定められ、これらの諸条項は条約の効力発生の日から適用されたが、調達庁長官の右規定による定めがなされないため前記給与規程、要綱細目及び支給標準表はそのまま駐留軍労務者の給与を規律するものとして運用されてきたものでこのことは本件で問題となる昭和三十二年末までも変更されるところがなかつたと認められる。

(三)  次に右給与規定等により、本件で問題となる特殊作業手当の支給につきいかに規律されているかについてみるに、いずれも原本の存在及び成立に争のない甲第一号証、同第三号証、第四号証(乙第九号証)によれば、前記連合国軍関係技能工系統使用人給与規程には、高圧電線、高熱物、爆発物若しくは劇毒物を取扱う作業又はこれに近接してなす作業で危険を伴う場合は、一時間につき基本給与月額の一七六分の一(役付者にあつては役付手当を加えた額)の三割以内に相当する額の特殊作業手当を支給する旨定められ、連合国関係常傭使用人の給与に関する要綱細目には、特殊作業手当支給の標準については予め職種別に明細表を作成し、例規的に取扱うことと定められ、右要綱細目に付属する連合国軍関係常傭使用人特殊作業手当割増標準表を改正した昭和二六年五月九日特労発第九七五号(支給標準表)によれば、雑役夫、荷扱夫、運搬夫、ガード、爆発操作工、爆薬処理夫その他PW(一般職種別賃金系統使用人)及び事務系統使用人で、爆発性、発火性若しくは強力引火性危険物の処理、貯蔵、集積、運搬、警戒等の作業及びこれらの危険物に近接して行う作業に従事する場合の支給基準及び率は、(1)爆発性、発火性若しくは強力引火性の危険物の処理、貯蔵、集積運搬等の作業を行うものには三割、(2)右の作業現場に近接して警戒その他の作業に従事するものには二割、(3)右(1)の作業現場より危険のおそれある距離(概ね六〇〇米)内の区域において警戒その他の作業に従事するものには一割とする。但し、右(1)(2)(3)の場合であつても、地形、設備及び危険物の性質数量により危険性がないと認められたものにはこの手当を支給しない旨定められ、かつ、右引火性危険物としてガソリン(屋外集積を除く)が挙げられていることを認めることができる。

(四)  しかして控訴人は、右支給標準表はこれと異る別段の約定のない限り、労働条件として労働契約の内容をなすのみならず本件においては、右標準表は全駐労と調達庁長官の間の労働協議会で協議決定され、これに従い特殊作業手当を支給すべきことが全駐労と調達庁長官の間の労働協約の内容となつており、佐世保石油廠においても全駐労佐世保支部と佐世保渉外労務管理事務所長との間で同趣旨の協約が成立しているので、いずれにしても、前記支給標準表によつて特殊作業手当を支給すべきことが、控訴人と被控訴人との間の労働契約の内容となつている旨主張する。

よつて考察するに、原本の存在及び成立に争ない甲第十三号証及び成立に争ない乙第四、第九号証の各記載によると、右支給標準表は各都道府県においてこれをいわゆる例規的に取扱いこれを参照して現地の実情に応じその明細を定め運用すべきものであり、別段の定めをしない限り労働条件として労働契約の内容を決定すべきものと認められるのみならず、右支給標準表は調達庁長官と全駐労本部との間で、労働協約に定めるところに従い、労働協議会で協議決定され(この点当事者間に争がない)右協約第四〇条により駐留軍技能工系統労務者給与規程の附属文書として右協約の内容とされていることが認められる。そして控訴人の関係において他にこれと異る格別の定めのなされたことは認められないから、(もつとも控訴人主張の一律二割の特殊作業手当を支給すべき約の有無については後に触れる)、右支給標準表に従い特殊作業手当を支給すべきことが控訴人と被控訴人の間の労働契約の内容となつていると解すべきである。

(五)  控訴人は、昭和二六年三月一日以降ポンプオペレーター兼整備工として佐世保石油廠内ポンプハウスにおいてガソリンの受入、供給のためのポンプの運転、バルブの操作等前記支給標準表(1)に該当する作業に従事していたのであるから、その定めるところに従い当然基本給与月額の三割に相当する特殊作業手当請求権を有すると主張する。

よつて検討するに、すでに述べたように、前記支給標準表には但書として、その作業が危険物を取扱い又はこれに近接して行う作業であつても、地形、設備及び危険物の性質、数量により危険性がないと認められたものはこの手当を支給しない旨定められており、これもまた控訴人と被控訴人の間の労働契約の内容となつているとみるべきことは、すでに述べたところから明らかである。右但書の趣旨は、一応支給標準表の各項目に該当する場合でも、実質的に特殊作業手当の支給に値するような危険を伴わないときは、手当を支給する理由はないのでこれを除外せんとするものであるが、多数の労務者が多種多様の作業に従事する関係から、具体的に労務者個々につき特殊作業手当を支給すべき危険作業に従事するかどうかの判断の当否につき、当事者間に見解の相違が頻発することが予想されるのみならず、事実いずれに解すべきか疑義を免かれない事例も考えられるので、その紛議を避ける趣旨で使用者側にその点の判断を委ねた(本件においては実質的には駐留軍の認定によつて決することが多いと考えられるが)ものと解するのが相当である。しかして弁論の全趣旨によれば、被控訴人が控訴人に対し特殊作業手当の支給を拒んでいるのは、控訴人の作業が危険性がなく支給標準表の但書に該当すると認定したからであると認められる。要するに被控訴人は控訴人との間の労働契約(契約の内容となつた支給標準表但書)によつて容認された危険性の有無の認定権に基く危険性なしとの認定(受任機関、佐世保労管所長の認定)を理由に控訴人に対する支給を拒んでいるものとみられるのであるが、右の認定も決して被控訴人の恣意を許すものではなく、右に述べた但書の設けられた趣旨を逸脱し、恣にその認定権に藉口して特殊作業手当の支給を拒むことは許されないものといわなければならない。そこで以下にこの点について検討する。

(六)  いずれも成立に争のない甲第十号証、乙第一、二号証、同第四号証、同第十二、十三号証、原本の存在及び成立に争ない甲第五、六号証、同第八、九号証、同第十一号証、弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認める乙第十六号証の各記載、原審証人吉永寿一、同及川陽、同福島庄三郎、同山崎信雄の各証言並びに原審及び当審における控訴人本人尋問の結果を綜合すると、次の各事実が認められる。

(1)  駐留軍労務者に対する通常給与及び諸手当の支払は次のようにして行われていた。すなわち、在日米軍基地において実際に労務者の作業を決定し、指揮監督するのは米軍担当者(労務士官)であるから、被控訴人の受任機関である渉外労務管理機関は、個々の労務者の作業内容、時間等についての米軍労務連絡士官の報告に基き計算の上、これを支払うこととなつており、特殊作業手当の支給をすべきかどうかについての認定の資料も事実上専ら直接使用者たる米軍担当者の報告によるほかなく、かようにして支給標準表を実施して来たのが実情であり、佐世保石油廠においてもこの例にもれなかつた。同石油廠における特殊作業手当としては昭和二六年六月から特殊警備員に対し支給されたに過ぎなかつたが、昭和二七年二月から米軍労務士官より佐世保渉外労務管理事務所長に特殊作業手当の支給をする旨の申入れがあり作業内容について報告があつたので、同労管所長においてそのままこれを容れて同月分の手当を支給したところ、翌三月からは、個々の労務者につき標準表に定める危険度を査定せず一律に二割として支給したい旨の申入れがあり、労管としては、それが標準表に定める趣旨に適するかどうか疑問をもつたものの手当の支給は労務者の利益になることでもあるのでこれを問題にして折角開始された手当の支給が取止めとなるおそれのあることを慮りそのまま右申入に従い支給することとした。

(2)  ところが、右米軍担当官からの申入れは、米軍上級司令部の了解なしになされたものであり、在日米軍における他のほぼ同一条件の貯油施設においてはその保安設備等から危険性がないものとして特殊作業手当が支給されていなかつたので、佐世保石油廠における処置が問題とされ、米軍上級司令部において検討の結果右処置は誤つているとして、その支給を打切る旨の申入れがあり、その当否について米軍上級司令部と調達庁の間で再三折衝があり、日米合同の現地調査も行われ、佐世保労管の担当者も労務者の利益になるよう支給の続行のための努力をしたが、米軍側も具体的な資料をあげて危険性がないとして譲らず、結局米軍の判断を容認して労管においても昭和二九年一月末限りその支給を打切つた。

以上の事実を認めることができる。

右の事実と前示乙第十六号証の記載によれば、被控訴人(その受任機関、佐世保労管所長―その権限については原本の存在及び成立に争ない乙第三号証により認められる)が特殊作業手当の支給をしないのは、佐世保石油廠で行われていた作業は一応前記標準表の(1)ないし(3)の項目に該当するけれども実際には危険性がないものと認められるとしてその但書により手当を支給しないことにしたものであり、その認定に至る経過として、米軍との間でも十分意をつくして論議もし現場の調査に基く検討もしたのであるが、米軍の見解は同石油廠においてはガソリンは屋外に貯蔵され危険なガス蓄積等の可能性はなく厳格な事故防止のための規則が施行されており、その設備並びに作業の運営の実際からして危険性がないものとするのであつて、これはその現状を無視するものでもなくかつ詳細な根拠を付したものであるので、結局労管所長としても、給与の実質的負担者でありかつ現実に作業を決定指揮する米軍側の見解を容認せざるを得なかつたものと推認される。右事実によれば佐世保石油廠において実施されていた作業が危険かどうかにつき疑が残る余地がない訳ではないとしても、右の認定が労働契約の内容となる標準表の趣旨に反し恣に契約上認められた認定権に藉口して手当の支給を拒んでいるともいえず結局右の認定は与えられた認定権の範囲内のものといわなければならない。

当審における控訴人本人の供述によれば、控訴人はその主張の期間中佐世保石油廠においてその主張の内容の作業に従事していたものと認められるけれども、右に述べた事実関係の下において、佐世保労管所長が控訴人の作業を含め、同石油廠における作業は標準表にいう危険性がないものに該当するとの認定をした以上控訴人が右作業に従事したことから当然に標準表に定める三割の特殊作業手当の請求権を取得したものということはできないのであつて、控訴人のこの主張は採用できない。

(七)  なお、控訴人は、何が特殊作業手当を支給すべき危険作業にあたるかを調達庁長官又はその委任を受けた労管所長において一方的、恣意的に決め得るとすることは、労働基準法第二条、第一五条及び調達庁長官と全駐労との間の労働協約に違背するとも主張する。しかし、特殊作業手当支給の基準については前示支給標準表但書をも含め調達庁と全駐労の間の労働協約に則り、労働協議会で協議決定されたもので、労働契約の内容をなすものとして、当事者双方ともこれに拘束されるものとみるべきこと既に述べたとおりであり、また危険性の認定が使用者側に委ねられているのもさきに(五)において述べた事情によるもので、合理的な理由が存するのであり決して特殊作業手当を支払うかどうかを使用者側において恣意的に決定し得るものでもないのであるから、控訴人主張のように労働基準法第二条の労使対等の原則に反するものとはいえず、また控訴人主張の労働協約の条項に違反するとも考えられない。

またすでに述べたように特殊作業手当支給の基準は労働協約に基き労働協議会で協議決定されて、協約の内容とされており、その支給標準表によれば作業に危険性がないとの認定があつた場合には特殊作業手当が支給されないこと及びその危険性の認定権は使用者側にあることが示されているのであるから、これらは一般的に明示されているものと解して妨げなく、また右認定権が使用者側に与えられているのは合理的な理由に基くものであつて認定権に藉口して労働条件明示の趣旨を没却せしめんとするものでもないから、労働条件明示の原則に違背するとの控訴人の非難もまたあたらないものと考えられる。

(八)  次に控訴人は昭和二七年三月下旬佐世保渉外労務管理事務所長と全駐労佐世保支部との間に、同年三月一日以降控訴人ら組合員に対し一律に基本給与額の二割の特殊作業手当を支給する旨の労働協約ないし第三者のためにする契約が成立したと主張する。

よつて考えるに、昭和二七年三月分から同二九年一月分まで佐世保石油廠に勤務する控訴人ら労務者に対し一律に基本給与額の二割の特殊作業手当が支給されていたことは当事者間に争ないところである。しかしそれが支給されるに至つた経過はすでに(六)の(1)に認定したとおりであつて米軍担当官の申入に基くものであるが、佐世保労管側としては一律に二割の手当を支給する根拠について疑をもつたものの結局そのまま右申入れに従い支給を開始したものであり、原審証人福富庄三郎、同山崎信雄、同吉永寿一(但し、後記措信しない部分を除く)原審における控訴本人の供述を綜合によれば、佐世保労管の担当者は、全駐労佐世保支部に一律二割の支給についての米軍の意向を伝え、かつ既に同年二月分につき三割の手当の支給を受け一律に二割とすることによつて不利益を受ける者もあるので組合側の了解を得るため話合をしたことは認められるが、佐世保労管所長と組合との間において控訴人主張のような労働協約ないし第三者のためにする契約が成立したようなことはなかつたものと認められる。前記吉永証人の証言中右認定に反する部分はそのまま措信し難く他に上記認定を左右するに足る証拠はない。よつて控訴人の右主張も採用できず、また佐世保労管所長と組合との間に前記控訴人主張の内容の合意が成立したことを前提とする表見代理の主張も理由がない。

(九)  最後に控訴人は、被控訴人が控訴人に対し、危険な作業に服せしめながら特殊作業手当の支給をしないことは、意に反する苦役に服せしめられないとする憲法第一八条等に違反すると主張するけれども、すでに判断したところから明らかなように控訴人は被控訴人との労働契約に基き労務を提供するもので、本件においてこれに対する対価が相当であるかどうかの問題はあり得ても、特殊作業手当を支給しないことが憲法第一八条その他控訴人主張の法令に違反するものとは考えられない。よつて控訴人の当審における(三)の主張も理由がない。

(一〇)  以上判断したとおり、控訴人の請求はこれを認容することができず、これと同趣旨の原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 谷本仙一郎 鈴木良一 安岡満彦)

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