大判例

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東京高等裁判所 昭和34年(う)742号 判決 1961年4月18日

控訴人 被告人

中山一郎 外一一名

弁護人

東城守一

"

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人中山一郎、同安田浩、同三谷宏、同川井敏正、同鈴木満寿穂、同岡野啓、同伊田公提出の各控訴趣意書各被告人等の弁護人東城守一、被告人伊田公以外の被告人等の弁護人青柳盛雄同植木敬夫各提出の控訴趣意書に記載のとおりであるから、いずれもこれを引用しこれに対し当裁判所は次のように判断する。

被告人鈴木満寿穂の控訴趣意中原審は被告人鈴木に対し証人矢口三郎に対する反対尋問の機会を与えなかつた違法があるとの論旨について、

記録によると原審は第三十八回公判期日において、証人矢口三郎を尋問したが同証人の証言は第一問答より第四百九十二問答に及ぶ詳細なものであるところ被告人鈴木満寿穂は同公判期日に出頭すべき旨告知を受けていながら正当な理由なく同証人に対する第五十一問答の終了まで出廷しなかつたため、同被告人に対しては公判手続を分離し、検察官及び弁護人の同意の下に同被告人に対する関係では刑事訴訟法第二百八十一条による公判準備として右証人を尋問したが、同被告人は第五十二問答より出廷したのでその時から同被告人に対する公判手続を併合し、公判期日として右証人を尋問したこと及び本件公訴事実に関係ある同証人の供述は右第五十二問答より第四百九十二問答までの供述にすべて含まれていることを認めることができる。そして右公判調書によれば弁護人及び鈴木被告人自ら右証人に反対尋問をしているのであるから、被告人に対し反対尋問の機会を与えていること明らかで原審の訴訟手続に所論のような違法はなく、論旨は理由がない。

被告人岡野啓の控訴趣意中検察官調書の任意性を争う論旨について。

所論において供述の任意性を争う各検察官調書については、記録を調査するも、いずれも強制、拷問、脅迫その他供述の任意性を否定すべき事由があることを認め得ないのみならず、右各調書の形式及びその記載内容等に照しいずれも任意性があるものと認めるのが相当であつて、これを証拠として採用した原判決は何等違法でない。論旨は理由がない。

弁護人東城守一の論旨第三の三について。

記録によれば、原審は昭和三十三年四月七日の第七十六回公判期日において本件の弁論を終結したところ(但し同日不出頭の原審相被告人山口貢、被告人堀越久弥及び途中から退廷した被告人木村雄一については同年四月二十八日の第七十七回公判期日において弁論終結)検察官は同年七月十一日被告人川井敏正、同伊田公、原審相被告人香山徳二郎について弁論の再開を請求したので、原審は右三名につき同月十二日再開の決定をなし、同月二十六日の第七十八回公判期日で検察官より右三名に対する傷害の公訴事実中、被告人等三名は共謀の上とあるを、被告人等三名は氏名不詳の者等数名と共謀の上と訴因の変更を請求し、裁判所はこれを許可し、これについて更に弁論をした上、検察官並びに弁護人の弁論及び被告人等の最終陳述があつて弁論を終結したことが明らかである。そして裁判所は検察官の請求があるときは公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因の追加又は変更を許さなければならないのであり、前記訴因の変更は公訴事実の同一性を害するものではない。また訴因の変更により被告人の防禦に実質的に不利益を生ずる虞があると認めるときは被告人又は弁護人の請求により決定で被告人に充分な防禦の準備をさせるため必要な期間公判手続を停止しなければならないのであるが、右訴因の変更は従来の公判審理の経過に鑑み、既になされた証拠調の結果に基きなされたもので、これがため被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞があつたとは認められないし、被告人等又は弁護人からこれを理由として公判手続の停止又は公判期日の変更を求めた形跡もなく即日弁論を終結したのであるから、一旦終結した弁論を再開して訴因の変更を許可したからといつて迅速な裁判を受ける被告人の権利を害したものということはできない。

論旨は理由がない。

被告人中山一郎、同安田浩、弁護人青柳盛雄外一名の控訴趣意中指導者の認定に対する論旨について。

被告人安田は全国印刷出版産業組合総連合会傘下の東京書籍労働組合書記長の職にあつたもので、本件のストライキ規正法反対北部労働者大会に当つては、当日実行委員となつて大会実施の責任者の地位に就き、且つ大会が集団示威行進に移つてからは他の実行委員と共に全隊列の先頭に立つて全隊列の行動全般を指揮掌握していたもので、その指揮掌握下の隊員が条件違反行為に出る場合はこれを制止する責務を有していたに拘らず自己の直後に続く凸版印刷労組の部隊等の集団示威行進参加者が原判決判示の如く許可条件に違反して蛇行進を行つた際これを制止することなく、却つて蛇行進を行うことを容認の上で蛇行進を行つている隊列の先頭附近にあつて、蛇行進の状態のまま隊列(少くも凸版印刷労組)を誘導前進させ、また被告人前田は日本製鋼所赤羽作業所労働組合の副執行委員長であつた関係上、右大会の集団示威行進に当つて右労組の部隊の先頭に立つて同部隊の行動を指揮掌握していたもので、その指揮掌握下の隊員が条件違反行為に出る場合はこれを制止する責務を有していたに拘らず同部隊が原判決判示の如く許可条件に違反して蛇行進を行つた際、これを制止することなく、却つて蛇行進を行うことを容認の上蛇行進を行つている隊列の先頭附近にあつて蛇行進の状態のまま隊列を誘導前進させたことは原判決の認定するところであり右の事実は原判決挙示の証拠で十分認められるところである。かくの如く大会実施の責任者又は労組副執行委員長として集団示威行進部隊を指揮掌握している者が条件違反の蛇行進を行うことを知りながらこれを容認し、その部隊の先頭附近にあつて蛇行進の状態のまま隊列を誘導前進させた場合はこれを昭和二十五年東京都条例第四十四号「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例」第五条にいう「第三条但し書の規定による条件に違反して行われた集団行進の指導者」と認めるのが相当である。してみれば原判決が被告人安田及び同前田を右条件違反の集団行進を指導したものとして右東京都条例第五条に問擬したのは正当である。次に原判決は被告人中山に対しては右条例違反に問擬していないのであるから同被告人の論旨はその前提を欠き不適法である。論旨はいずれも理由がない。

東城弁護人の論旨第三の一及び被告人伊田公の論旨一、二について。

所論は先ず本件起訴は検察官の意識的計画的な思想弾圧で、これを正当化した原判決は憲法第九十九条に違反すると主張するが、原判決は同判示のように被告人等が岡地清美に対し暴行を加へ傷害を与えた犯罪事実を認定したのであり、右事実は原判決挙示の証拠で認めることができる。そして原判決は被告人等の右犯罪行為を処罰したのであつて何ら所論のような違法はない。次に所論はピケツトは労働者の団結を維持するための最後の砦であり、これを暴力で破つたことを適法とし、破られた側の被告人を有罪としたのは憲法第二十八条に違反すると主張し、又被害者岡地清美を含む就業希望者がピケツトの説得を全く無視するような態様の下に作業所に入門を強行することに対し、有形力を行使しこれを説得の機会を得るために阻止することは労働組合の正当な行為であると主張するが、原判決は所論のピケツト破りを適法だと判示しているものではなく又被告人川井及び同伊田は単にピケツト破りを阻止するため説得に努めただけではなく、原判決判示の如く就業を希望して判示作業所の仮門内に入つた岡地清美に対し、その顔面その他を殴打、足蹴りする等の暴行を加え、判示のような傷害を与えたのであつて、かかる行為は労働者の団結権の行使の範囲を逸脱したもので到底労働組合の正当な行為とは認められないし、原判決判示のような情況のもとでは被告人等に暴行に出でないことを期待すること不可能であるということもできない。論旨はいずれも理由がない。

被告人安田浩、同中山一郎、同三谷宏、同川井敏正、同鈴木満寿穂、弁護人東城守一及び同青柳盛雄外一名の各控訴趣意中本件都条例は憲法第二十一条及び第二十八条に違反して無効であるとの論旨及び本件の警察官の執つた行動は適法な公務でないとの論旨について。

昭和二十五年東京都条例第四十四号、集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例が、憲法第二十一条の集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由はこれを保障する旨の規定に違反しないものであることは、最高裁判所が既に判例として示すところであり(昭和三十五年七月二十日大法廷判決参照)、また憲法第二十八条は勤労者の団結する権利及び団体交渉その他団体行動をする権利を保障したもので、即ち被傭者たる勤労者が雇傭主たる資本家に対し、団体を結成してこれと交渉する権利又は勤労者が資本家に対抗するため同盟罷業をする権利を認めたものであるところ、前示東京都条例は勤労者の有する右権利を制限するものではないから、右条例の違憲無効を主張する各論旨はいずれも理由がない。従つて右条例違反事件の証拠蒐集のために本件集団示威行進特に蛇行進の模様を写真撮影の職務に従事した原判決判示第一の三の(一)乃至(三)掲記の各警察官の行為は適法なる公務に属すること勿論であつて、右公務の執行を妨害した被告人等(被告人安田、同前田及び同伊田を除く)の所為を公務執行妨害罪に問擬した原判決は正当であり、各論旨は理由がない。

弁護人東城守一の論旨第一の五について。

憲法第三十六条の残虐なる刑罰とは、不必要な精神的肉体的苦痛を内容とする人道上残酷と認められる刑罰を意味するのであつて、所論東京都条例の定める一年以下の懲役若くは禁錮又は五万円以下の罰金の刑は、右憲法第三十六条にいわゆる残虐なる刑罰ということはできない。論旨は理由がない。

被告人安田浩の控訴趣意中原判決は公平な裁判でないとの論旨について。

憲法第三十七条にいわゆる公平な裁判所の裁判というのは、その組織、構成等において不公平の惧れのない裁判所の裁判をいうのであつて、被告人に不利益な証拠を採用したからといつて、これを目して公平な裁判所の裁判でないということはできない。論旨は理由がない。

被告人中山一郎、同安田浩、同川井敏正、同鈴木満寿穂、同岡野啓、同伊田公、弁護人東城守一及び同青柳盛雄外一名の各控訴趣意中その余の論旨について。

所論はいずれも原判決の事実誤認を主張するに帰するものであるが原判決挙示の各対応証拠をそれぞれ総合すれば各所論において事実誤認ありと主張する事実は、すべて優にこれを認めることができる。そして右対応証拠により各判示事実を認定することは、何ら経験則に反するものでもなく、又記録を精査するも原判決の事実認定に所論のような過誤あることを発見できない。論旨はいずれも理由がない。

以上の如く各論旨はすべて理由がないので刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件各控訴を棄却することとし主文のとおり判決する。

(裁判官 岩田誠 渡辺辰吉 秋葉雄治)

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