大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和33年(ラ)856号 決定 1959年6月26日

抗告人 株式会社日本殖産 外一名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人等の負担とする。

理由

本件抗告の理由は別紙抗告理由書記載のとおりである。

抗告理由第一点について。

破産者は破産宣告決定確定の前後を問わず最後の配当の許可あるまでは原則として何時でも強制和議の提供をすることができるのであるが、強制和議の提供者の所在が不明なとき又は詐欺破産の公訴が繋属するときは強制和議をすることができないものであることは破産法第二九五条の規定するところである。そこで破産者が法人である場合はどうかというに、この場合においてはその法人の代表機関を組織する者に右法条の規定する事由があるときは強制和議をすることができないものと解するのを相当とする。何故ならば、破産法第二九五条は、強制和議の提供者にこれを履行する誠意がなく又は不正行為があるときは破産手続を遅延させる結果をきたすこととなるので、このような場合に強制和議をするのは相当でないものとし、これを制限するために設けられた規定というべきであるところ、強制和議の提供者が法人である場合には、同法第二九一条において、その強制和議の提供は法人の理事又はこれに準ずべき者の一致あることを要するものとし、強制和議の提供につきこれらの者の同意あることを要件として規定しているばかりでなく、同法第三七六条において、これらの者が同法第三七四条又は第三七五条所定の不正行為をし債務者に対する破産宣告確定したときは詐欺破産罪又は過怠破産罪が成立するものとして刑事責任を負担させていることから考えて、上記のように解するのが同法第二九五条の立法の趣旨に合するものということができるからである。従つて本件において破産者である株式会社日本殖産は本件強制和議の提供をしたのであるが、その強制和議の決議前、右会社の代表者である代表取締役下ノ村勗につき詐欺破産の公訴が繋属するに至つたものである以上、破産法第二九五条により強制和議をすることができなくなつたものといわなければならない。抗告人等は、破産者である法人の代表者につき詐欺破産の公訴が繋属しても強制和議をする妨げとなるものでない旨主張するが、抗告人等の主張は右と反対の見解に立つものでこれを採用することができない。

そして破産者である法人の代表者につき上記のように破産法第二九五条の規定する事由のあることにより強制和議をすることができないものであるときは、その強制和議の提供は不適法なものであることを免れないからこれを棄却すべきものであることはいうまでもないところである。抗告人等は、この場合において強制和議の提供を当然且直に棄却すべきものであるとするのは不当である旨主張し、所論の破産法各法条を挙示引用するけれども、これらの法条は右の点に牴触するものとは認められず、この点の抗告人等の主張もこれを採用することができない。論旨はその理由がない。

抗告理由第二点について。

破産手続に関する裁判は口頭弁論を経ないでこれをすることができ又裁判所は職権をもつて破産手続に関し必要な調査をすることができるものであることは破産法第一一〇条の規定するところであるが、強制和議の提供が適法なものであるかどうかはもともと裁判所の職権調査事項であるから、これについて裁判所が書面審理により裁判し得るものであることはいうまでもないところである。そして書面審理による裁判にあつては、書面の内容はそのまま保存されているのであるから、当時における裁判官において裁判することができるのであつて、口頭弁論における場合のように基本の口頭弁論に関与した裁判官が裁判をし、従つて裁判官に更迭があつた場合には弁論の更新をしなければならない関係にあるものではない。従つて又書面審理による裁判の場合にあつては裁判官の更迭があつてもこれを当事者に告知しなければならないものではないといわなければならない。本件についてみるに、原決定は、当時における原裁判所の裁判官である石原辰次郎、玉重一之、中久喜俊世の三裁判官が書面審理によつて本件強制和議の提供の適否を審理しこれを不適法として棄却したものであることは記録によつて明かなところである。もつとも原裁判所は昭和三十三年三月八日、当時の裁判官である石原辰次郎、中久喜俊世、宍戸清七の三裁判官において、本件を合議体で審理裁判する旨の決定をしたことは所論のとおりであるが、その後裁判官の更迭があつて原決定当時における原裁判所の裁判官は前記石原、玉重、中久喜の三裁判官であつたことは記録上明かなところであり、又書面審理による裁判の場合において右の裁判官の更迭につきこれを当事者に告知しなければならないものでないことは上記のとおりである。従つて原決定は、当時における原裁判所の裁判官である前記石原、玉重、中久喜の三裁判官がこれに関与したものである以上右裁判官等において署名捺印したのは相当であつて、所論の違法があるものではない。この点の論旨もその理由がない。

他に原決定にはこれを取消すべき違法の点がないから本件抗告を棄却すべきものとし、抗告費用の負担につき破産法第一〇八条民事訴訟法第九三条第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 薄根正男 村木達夫 山下朝一)

抗告理由書

第一点

第一、原裁判所が決定理由中に明示された如く本件和議提供事件は最後の条件として提供者より提出したる和議条件の適否並びに破産債権者の代理権の存否及びその範囲につき、御調査中の段階でありまして最後の御審理の期日においては、昭和三十三年六月二十五日においては裁判所及管財人並びに和議提供代理人間において和議手続の打合せのため懇談会合をなすことの予定にまでなつておりました。

ところが昭和三十三年六月十六日付東京地方検察庁海治検事より強制和議の提供会社の代表取締役下ノ村勗に対し既に公訴係属中の同人の刑事々件たる強制執行妨害公正証書原本不実記載及同行使等の公訴に対し訴因並びに罰条を追加し、下ノ村勗に対する詐欺破産罪の公訴が係属する旨、通告があつたために、本件強制和議提供事件は審理中止のまま経過しておりましたが、昭和三十三年十二月二十二日、東京地方裁判所民事第二十部は、本件強制和議の提供は、不適法として棄却したのであります。

第二、原裁判所は法人の破産の場合にその代表機関を組織するものに強制和議提供後破産法第二九五条所定の事由が生じたときは、法人たる破産者は和議をなすことができるかどうかについて、検討されたものの如くであるが、こ点については、松岡博士の学説(破産法六四一頁)を考慮されたものと思はれますが右の学説によれば、

「法人にありてはその代表機関を組織するものに強制和議を許さざる事由あるときは、(中略)破産したる法人の強制和議をなすの妨げとならずと論結するを妥当なりとす」とあり原判決は、これに反し、株式日殖の強制和議に対しその会社の代表取締役たる下ノ村勗に対し、詐欺破産の公訴が係属した以上は、会社そのものが和議提供の欠格者となつてその提供は法律上不適法となるから棄却すべきであると断定せられたのである。

然れども、現在の事例としては右松岡博士の学説を一般の採用するところとなつて今日では学者間の通説となつておると思はれます。

殊に法人の人格と代表取締役たるものの、人格は勿論別異の人格であり、なお刑事々件の影響は原則として一身に止まるベく、裁判上有罪の確定せざる間は勿論犯罪人に非ず、而も人格上には何等瑕疵なきものであることは、法制上の大原則であるに拘らず、特に破産法第二九五条においては、有罪の裁判前の状態における事実をも和議提供者に対し及ぼさんとしたる特例法文であつて法制上の特別異例の規定である。

従つてこれを和議提供者本人の範囲において適用することは当然であるが、原審理由の如くその者を法定代理人として存在する別個の人格者たる法人(会社)にまで拡張してその法人おも強制和議提供の欠格者と断定することは右法制上の原則を破り裁判前の事実をも斟酌して取入れた特例規定たる破産法第二九五条の法意を無視したる不当の拡張解釈であるというべきである。

第三、なお原決定は和議提供者に対し、詐欺破産罪の公訴が係属するときは破産法第二九五条により強制和議の提供は当然棄却ができるものとの理由をもつて、本件強制和議を棄却したことが違法であると信ずる。

破産法第二九五条においては和議提供者に対し、詐欺破産の公訴が係属するときは強制和議をなすことを得ず、と規定されているのであつて、和議の提供を棄却すべき場合を規定したる破産法第二九六条第一号乃至四号中にはこの場合を棄却の事由となさず、更に強制和議不認可の事由を定めたる破産法第三一〇条の一号乃至四号までの事由の中には同第二号において、「破産法第二九五条に規定する事由が強制和議決議後に生じたるときは不認可の理由となることを規定すれども右は強制和議決議後に詐欺破産の公訴が係属したる場合に限るものであつて本件の如く合法的の強制和議の提供後強制和議の決議前に詐欺破産罪の公訴が係属した場合は法文上何等の予想をしていないのである。

然しながら破産法第三三三条において詐欺破産につき有罪の判決が確定したるときは裁判所は破産債権者の申立により、又は職権をもつて強制和議の取消の決定をなすことを得。と規定しているのであつて、詐欺破産罪の有罪判決確定までの間には債権者集会も許され、なお強制和議の認可決定もあり得ることであることは同法文の文理上からも判明しているのである。

而もかりに有罪判決が確定したればとて、必ず強制和議を取消すべしと要求しているのではなく債権者の申立により又は職権をもつて強制和議取消の決定をなすことを得。と定めたのであるから、有罪判決が確定しても必ずしも強制和議が取消さるるものとは限らないのであることは明文の示すところである。

然るに原決定は和議提供者の詐欺破産罪の公訴が確定すれば絶対に強制和議の取消がなされるものと解するのあまり確定判決前の状態においても苟しくも詐欺破産罪の公訴が係属する以上は最早犯罪者の如く速断したる結果強制和議の提供資格おも失うものとの拡張解釈から本件の棄却決定にまで結論されたものであつて、その理由は至つて妥当ならずと信ずる。

尚右の如く有罪判決の確定までは原審は審理停止の状態において経過してゆくことが妥当なりと信じております。

かりに、原審の理由の如く解するとせば詐欺破産罪の刑事事件が後日無罪となつた場合は如何にして本件を復活するかの難関に遭遇すると信じます。

従つて以上の諸点を御考慮の上、原決定を取消し、適当なる御決定相成りますよう、本件を提起いたしました。

第二点尚原裁判所は昭和三十三年三月八日本件につき合議体で審理及裁判をする旨の決定をなし、強制和議申立代理人は当日その決定の送達を受けました。それによりますと

東京地方裁判所民事第二十部

裁判長裁判官 石原辰次郎

裁判官 中久喜俊世

裁判官 宍戸清七

右三名の裁判官の合議体によつて審理及裁判をせらるべきものであり、その審理の中間において裁判所の構成変更について何等の告知を受けておりません。

然るに原裁判所の決定は石原判事及中久喜判事のほかに玉重一之判事の署名があつて部員たる宍戸判事の署名がありません。尤も裁判官が署名捺印することの支障あることは予想されておるのでありますが、この場合においては民事訴訟法第一九一条第三項により他の裁判官その事由を記載して署名捺印することを規定されており、同規定は同法第二〇七条により決定の場合にも準用されているのでありますから、その記載のない決定は違法の決定としてこの点においても本件は原裁判所に差戻しあるべきものと信じます。

右の理由により抗告趣旨の如く御決定あらんことを求めます。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例