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東京高等裁判所 昭和33年(う)2032号 判決 1959年2月26日

控訴人 被告人 黄敬連

弁護人 桝井雅生

検察官 大津広吉

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人桝井雅生作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これをここに引用し、これに対し次のとおり判断する。

論旨第一点

原判決援用の証拠によれば、原判示第二、第三の如く被告人が夫々麻薬を所持していたことを認めるに十分である。

而して、右各麻薬は被告人が麻薬中毒者であつた為何れも自己施用の目的をもつて、密かに所持していたものであり、入手の時期及び径路も同一であることは本件記録によつて明白である。しかし、被告人の検察官に対する昭和三三年八月二六日附供述調書によれば、被告人は原判示第二、第三の各麻薬を順次吉本某方から譲り受け一括して自宅に所持していたのであるが、同年五月二六日頃取締官憲に発見されることをまぬかれる為その一部を分散すべく、原判示第三の二二包の麻薬を原判示梅井勇二方玄関入口上部ののき桁の上に隠匿したものである事実が認められるのである。

ところで、所持は人が物を保管するためその物に対して実力支配関係を開始する行為とその実力関係の持続を客観的に表明する容態とから成り立つていると見られ、人が多数の物を同時に所持する場合、人と物との間にその物の個数に相当するだけの実力支配関係が存在することは云うまでもないが、所持をこれを開始する行為とこれを持続する容態として観察するときその個数は必ずしもその物との間に存在する実力支配関係の個数即ち物の個数と一致するとは限らないのである。

所持という行為乃至容態が一個あるか数個あるかを決定するのは必ずしも人と物との間に存在する実力支配関係にあるのではなく、その行為乃至容態そのものの形態が社会生活上有する個別性的意義にあるといわなければならない。そしてこの社会生活上における行為の個別的意義はかかる数的衡量を必要とする社会生活上の要求殊に刑罰法規、手続規定等の立法の目的に立脚する目的論的観点に立つて所持という行為乃至容態を内心的、物理的、時間的、空間的関係はもとよりその他各場合における諸般の事情に従つて仔細に考察して、社会通念によつて、それが人と物との間に存する実力支配関係を客観的に表明するに足りる個別性を有するか否かを究めて所持の個数は決定せらるべきものと解せられる(昭和二三年(れ)第九五六号事件、昭和二四年五月一八日最高裁大法廷判決、判例集第三巻第六号七九六頁参照)から、右のように従来は一括して同一場所に所持していたものであつても、官憲の捜索によつて発見されることを妨げる目的で、一括所持していたものの内から特に一部を分割して他の場所に隠匿所持するに至つたような場合には、最早右両者をもつて包括単一の所持とは認められず、分割所持するに至つたものについては、分割されたときから従来の場所に引続き所持するものとは別個に新たな所持が開始されたものと認めるのを相当とする。

従つて、原判決が原判示第二、第三の麻薬につき各別の所持を認めたのは相当であつて、原判決には所論のような事実誤認の存するものとは認められない。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 山本謹吾 判事 渡辺好人 判事 石井文治)

弁護人桝井雅生の控訴趣意

第一点原判決には事実の誤認があつてその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである。

原判決に判示する第二及び第三の各麻薬たる所謂ヘロインの所持は同判示の如く被告人が同一の日時に被告人の居宅内及びその隣家に夫々隠匿所持したるものであつて這の所持たるや原判示の如く決して二個あるのではなく単に一個の所持であると認定すべきである。即ち一件記録上次の諸点が明らかに肯定され得るからである。一、所持の目的は被告人が麻薬中毒者なるが故に(第九九丁診断書)何れも自己施用の目的を以て密に所持したるものであつて所持の目的が同一であつた事実(原審第一、二回法廷に於ける被告人の自供)、二、入手の時期及び経路が同一であると認め得らるる点(原審法廷に於ける被告人の供述及び麻薬取締官作成の金玉圭に対する供述調書中同人の供述参照)、三、隠匿所持の原判示の場所は相互に近接して居り其の隠匿方法を観ても社会通念上特に別個独立の所持の形態とは認め難い、四、前述の如く所持の日時が同一である事実。果して然らば一箇の所持罪を二個の所持罪であると誤認し之に対し単一の刑罰法規を適用することなく二個の処罰規定を適用し其の結果は併合罪として法定加重をせねばならぬことになつて被告人に対し著しく不利益なる処断を招くに至つたことは明らかであるから原判決は事実誤認に依る破棄を免れない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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