大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和32年(ネ)347号 判決 1959年4月30日

控訴人 被告 滝川二一

訴訟代理人 鴛海隆

被控訴人 原告 能生町

訴訟代理人 横尾義男 外一名

主文

原判決中控訴人に関する部分を次のように変更する。

控訴人は被控訴人に対し金九十三万六百二十六円及びこれに対する昭和三十年十二月二十六日からその支払ずみまで年五分の金員並びに金二十一万八千六十二円を支払え。

被控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。」との判決を求め、なお当審にいたり、請求を減縮して、「控訴人は被控訴人に対し金九十三万六百二十六円及びこれに対する昭和三十年十二月九日からその支払ずみまで年五分の金員並びに金二十二万千六百三十四円を支払え。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、次の事項を付け加える外、原判決の記載と同一であるから、これを引用する。

一、被控訴代理人は、次のように付け加えて述べた。

(一)  被控訴人は控訴人に対し旧能生谷村及び能生町会計の亡失金弁償請求債権(元本)金三百一万五千三百四十六円を有したところ、第一審判決後の昭和三十二年三月八日、これより先控訴人が右債権の一部(金七十五万円)の担保のため同人所有の宅地、建物について設定した抵当権の実行により、金五十五万千百二十五円の弁済を受けた。これにより被控訴人が控訴人に対して有する債権は、金二百四十六万四千二百二十一円となつたので、従来第一審において主張した金二百万円の請求を拡張して(右請求は、原判決にも記載されているように、当時未だ実行されていなかつた右抵当権設定の事実等を考慮に入れ、債権全額三百一万五千三百四十六円の一部として請求したものである。)、右残額債権全部及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三十年十二月九日からその支払ずみまで年五分の割合の損害金の支払を求めることとしたが、その後更に被控訴人は昭和三十三年十月三十日控訴人からこれら債務の弁済として金百五十三万三千五百九十五円の支払を受けたので、これを元本の支払に充当し、その結果被控訴人が控訴人に対し現在有する債権は、元本残額九十三万六百二十六円及びこれに対する前記昭和三十年十二月九日からその支払ずみまで年五分の遅延損害金並びに弁済された元本百五十三万三千五百九十五円に対する昭和三十年十二月九日から、昭和三十三年十月二十九日まで年五分の遅延損害金二十二万千六百三十四円となつた。(なおこの外に、被控訴人は第一審判決の仮執行により、金五十八万四千二百十三円を本件債権元利金のうちへ支払われたが、これは仮執行の性質上本訴においては控除していない。)よつて第一審において主張した請求額を、右現存債権の額に減縮する。

(二)  被控訴人が控訴人に対し右金員の支払を請求する原因は、控訴人の不法行為を原因とするものである。すなわち控訴人が旧能生谷村の収入役又は能生町支所の出納員として、出納金の経理に際し、農調補助金、児童措置費、寄付金、平衡交付金、保険料一部負担金、食費、預金利子等について、収入金を全然受入記帳せず、若しくは金額過少に記帳し、又は支出金を過大に記帳し、以て差引き余剰分相当額の公金を亡失して了つたものであつて、これら行為は控訴人の故意少くとも重大なる過失、怠慢によつて生じたものに外ならない。

仮りに控訴人が右亡失金について不法行為上の賠償責任を負わないとしても、控訴人は旧能生谷村の収入役、町支所の出納員として、法令の規定に基いて保管していた公金を、職務上善良な管理者の注意を欠き亡失したもので、地方自治法第二百四十四条の二により被控訴人に賠償しなければならないものである。

(三)  控訴人が当審にいたり付け加えて述べた事実は、これを否認する。

ことに記帳漏れが損失を生ずるものではないとの主張に対し、本件においては、旧能生谷村及び能生町の歳入簿、決算書等の帳簿上、平衡交付金、銀行預金利子その他が、記帳脱落されたままの実際帳簿上における帳尻残高に対して、控訴人が退職し、会計引継時における現金、預金等の実際不足額を引継現金の不足亡失金として算定されたものであつて(この金額は百六万千五百九十二円である。)、もし問題の平衡交付金や銀行預金利子が、正しく歳入簿等に記入されていたならば、引継現金の不足は、それだけ増加したわけである。

また旧能生谷村及び能生町の町村長、助役、監査委員、町村議会議員等が本件亡失金の存在に気がつかなかつたとしても、これら監督、監査の立場にある人々は、監査的責任を負うに過ぎず、村会計について第一次の直接の管理責任を負つているものは収入役であるから、これらの人々が亡失金の存在を見落していたとしても、その過失怠慢が論ぜられるのは別として、これによつて控訴人の過失がなかつたということにはならない。

二、控訴代理人は、次のようにつけ加えて述べた。

(一)  控訴人が旧能生谷村収入役として勤務中昭和二十三年四月から昭和二十九年九月までの間に、同村公金二十万円を費消したことはこれを認めるが、これを超える金額については消費又は領得したことはない。たとい控訴人の在任中被控訴人主張のような不足金ができたとしても、当時控訴人の部下で金銭出納の事務に従事していた者が数名あるから、それらの人々による亡失を控訴人の行為によるものと断ずることはできない。ことに昭和二十五年四月から昭和二十九年八月十日までの間旧能生谷村役場には、訴外井伊正雄が補助出納員として勤務したが、もし仮りに二十万円を超す亡失金がありとすれば、それは同人の行為に基くものである。控訴人は右井伊正雄を、犯罪者又は犯罪の虞れのある者として看視はしなかつたけれども、同人の執務について善良な管理者としての注意を怠らなかつた。すなわち前記二十万円を超える金額の亡失については、控訴人は故意はもとより、過失による不法行為の責任に任ずるものでもなければ、地方自治法第二百四十四条の二の責任を負うものでもない。

しかのみならず、平衡交付金又は銀行預金利子の記帳漏れがあつたとしても、これら金員が雲散霧消するものではなく、厳として取扱銀行に村の預金として存在しているものであるから、村有金員には消長がなく、損害を生ずる道理がない。

更に旧能生谷村及び能生町も地方自治法第二百四十条に基き、監査委員が毎月出納の検査をなし、その上年二回の臨時検査も行われたが、その監査においても亡失金のあることは見出されず、また両町村の合併直前である昭和二十九年九月二十七日、二十八日の旧能生谷村村議会においても、昭和二十八年度の歳出、歳入の決算は承認されており、更に控訴人の上司であり監督者である村長、助役においても亡失金のあることに気付かなかつたほどであるから、控訴人に過失の責任はあり得ない。

(二)  被控訴人は、本訴請求の原因として、地方自治法第二百四十四条の二の規定による責任をも追及する旨主張するが、同条は不法行為の要件を具備しないにもかかわらず、会計責任者に弁償責任を課する趣旨の法文であり、従来主張した不法行為とは、その原因を異にし、許すべからざる訴の変更であるから、控訴人はこれに異議を主張する。

仮りに右変更が計されるものであるとしても、二十万円を超える金額の亡失について、控訴人が責に任ずべからざることは、不法行為について述べたと同様である。

(三)  被控訴人は当審の最初にあたり、原審で主張して来た金二百万円及びこれに対する損害金の請求を拡張して、控訴人に対し金二百四十六万四千二百二十一円及びこれに対する損害金の支払を求めたが、(被控訴人は、この部分について、管轄権のない新潟地方裁判所高田支部に仮差押命令の申請をなし、同裁判所から仮差押命令を得た。)この部分については第一審の審理を欠き、第三審の裁判を受け得べき日本国民の憲法上の権利を失わしめるもので、許されるべきものではない。

当事者双方の提出、援用した証拠及びこれに対する陳述は、次の事項の外、原判決の記載と同一であるからこれを引用する。

被控訴代理人は、新たに甲第十五号証から第二十四号証まで(第十九号証はその一、二、三、第二十号証はその一、二に分れる。)を提出し、当審における証人渡辺一男、稲崎義信、宮島康雄、矢沢正治、斎藤八郎、小池与三治、白石茂忠、斎藤フサ、の各証言及び鑑定人佐藤優の鑑定の結果を援用し、控訴代理人が当審にいたり新たに提出した乙号各証のうち、乙第四号証及び乙第九号証の成立は知らない。その余の乙号各証の成立は認めると述べた。控訴代理人は、新たに乙第四号証から第十二号証まで(第十一号、第十二号証は、いずれもその一、二、三に分れる。)を提出し、当審における証人稲崎義信、宮島康男、矢沢正治、斎藤八郎、小池与三治、白石茂忠、斎藤フサ、早瀬保の各証言、鑑定人佐藤優の鑑定並びに同人に対する請求の放棄がなされる以前における黒石正治及び控訴人本人の各尋問の結果を援用し、被控訴代理人が当審にいたり新たに提出した甲号各証のうち、甲第十七号、第十八号証の成立は知らない。

その余の甲号各証の成立を認める。なお被控訴人が原審で提出した甲第一号証を援用すると述べた。

理由

一、控訴人が昭和二十一年八月から昭和二十九年九月末日まで新潟県西頸城郡旧能生谷村に収入役として在勤したこと。旧能生谷村が昭和二十九年十月一日被控訴人能生町と合併し、被控訴人町が旧能生谷村の権利義務一切を引継いだこと、控訴人は右合併後も昭和三十年三月末日まで旧能生谷村役場に設けられた能生町役場支所出納員として、被控訴人町の現金出納の事務を取り扱つたことは、当事者間に争がない。

二、原審及び当審証人渡辺一男、原審証人笠井貢、小笠原忠治の各証言並びにその成立に争のない甲第一号証を総合すれば、被控訴人町は、前記のように昭和二十九年十月一日町村合併により旧能生谷村の権利義務一切を承継したが、同村の収入役であつた控訴人は、昭和三十年三月にいたるも書面上の引継をしただけで、現金等実質の引継をしなかつたので、被控訴人町町長は、同年五月二十三日監査委員に対し監査を依嘱調査せしめた結果、同年七月二十五日及び同年九月二十一日の報告により、控訴人が前記村の収入役及び被控訴人町の支所出納員として現金出納の事務の取扱中、その法令の規定に基いて保管する金員について次のような現金を亡失せしめたことが判明したことを認定することができる。

右亡失金の内容は、次のとおりである。

(一)  昭和三十年三月三十一日における能生町能生谷村支所の歳入歳出簿による現金在高の亡失不足額

前年度諸繰越金計 七、二六五、五一一円

諸歳入計 一六、七五三、三一三円

総計 二四、〇一八、八二四円

諸歳出総計 二二、一八七、七七一円

差引現金在高(帳尻残高) 一、八三一、〇五三円

実在現金(現金、預金、未処理受領書分等)計 七六九、四六一円

再差引亡失不足額 一、〇六一、五九二円

(二)  決算済の歳入歳出の亡失分

旧能生谷村分 二、四四四、一七九円

能生町分 二〇、〇四二円

亡失額計 二、四六四、二二一円

以上亡失額総計 三、五二五、八一三円

右(二)の決算済の歳入歳出の亡失分は、農調補助金、児童措置費、寄付金、平衡交付金、保険料一部負担金、食費、預金利子等出納金の経理に際し、収入金を全然受入記帳せず、若しくは金額を過少に記帳し、又は支出金を過大に記帳し、以て差引き余剰分相当額の公金を亡失させたものであるが、控訴代理人は、これら収入金の記帳漏があつたとしても、これら金員が雲散霧消するものではなく、厳として取扱銀行に村の預金として存在するものであるから村有金員には消長がなく、損害を生ずる道理がないと主張する。しかしながら、右(一)で認定した亡失不足額は、昭和三十年三月三十一日現在における現金、預金、未処理受領書等一切の現金及びこれと同一視すべきものと、(二)の記帳漏のままの同日現在の歳入歳出帳簿による帳尻残高との差引額によつて算定したもので、他に記帳漏の出納金が現金、預金その他これと同一視すべきものとして存在することの全然認め得られない本件においては、(二)の記帳漏等の合計金二百四十六万四千二百二十一円は、これが正確に記帳されていたならば、それだけ(一)の前年度諸繰越金、従つて、差引現金在高、(帳尻残高)は増殖し、当然同額の実在現金の差引不足額として表われるべきものであるから、これらをそのままに亡失金として認定すべきは、多くいうをまたない。

三、よつて右現金の亡失が、収入役又は支所出納員として現金出納の事務を取扱つた控訴人が善良な管理者の注意を怠つたのに基因するものであるかどうかを判断するに、右亡失金のうち金二十万円を、控訴人が旧能生谷村収入役として在職中みずから費消したものであることは、控訴人の自認するところであり、更に前掲各証言及び甲第一号証並びにその成立に争のない甲第十九号証の一、二、三、第二十号証の一、二及び当裁判所が真正に成立したと認める甲第十七号証、甲第十八号証、当審における控訴人本人尋問の結果を総合すれば、控訴人は、前にも一部認定したように、昭和二十九年度の平衡交付金百七十一万五千円が交付されたのにもかかわらず、これを同村の歳入簿に記載せず、銀行、農業協同組合等に対する預金の利子は昭和二十三年度以降歳入簿へ記載せず、昭和二十七年度には給料の実際の支出十三万円を三十万円として歳出簿に記載し、また昭和二十八年十月地方事務所による会計監査に当つては、保管現金の不足を隠すため、その前日訴外株式会社第四銀行から金五十万円を借り受けて、これを日計簿に記載せず、また同帳簿に訴外能生谷農業協同組合へ金百万円を返済した旨の虚偽の記載をする等の作為をしたことが認められる。これら事実を前掲各証言及び甲第一号証の記載と総合すれば、前記保管金の亡失は、町村の現金出納事務を取り扱つた控訴人が善良な管理者の注意を怠つたのに基因するものと認定せざるを得ない。

控訴人はその自認する金二十万円の費消の外には、たといこれを超過する金額について亡失の事実があつたとしても、当時控訴人の部下で金銭出納の事務に従事した者が数名あり、ことに旧能生谷村役場に補助出納員として勤務した訴外井伊正雄の行為に基くものが多く、控訴人の全く関知しないところである。また控訴人は同人等の監督について善良な管理者としての注意を怠らなかつたと主張するが、控訴人の自認する金二十万円を超ゆる金額の亡失が、井伊正雄その他部下の職員の行為に基くものであるとの事実は、この点に関する控訴人本人尋問の結果は、当裁判所の容易に信用し得ないところであり、他にこの事実を明認するに足りる証拠はなく、また、控訴人が旧能生谷村収入役として、その補助員である井伊正雄その他の職員の監督について、善良な管理者の注意を怠らなかつた事実は、これを認めるに足りる証拠はない。

控訴人は、また、旧能生谷村におかれた監査委員は例月監査及び年二回の臨時監査を行つていたが、その監査においても亡失金のあることが見出されず、旧能生谷村村議会は昭和二十八年度の歳出、歳入の決算の承認をなし、また控訴人の上司であり監督者である村長、助役においても、亡失金の存在に気付かなかつたから、控訴人にも善良な管理者の注意義務違背はないと主張するが、控訴人は収入役として法令の規定に基いて保管した金品の亡失について第一次に直接の管理責任を負い、右監査委員、助役、村長等は、それについて監督的責任を負担するに過ぎないものであるから、たとい同人等において、亡失金の存在を発見し、または気付くことができなかつたとしても、これがため控訴人に善良な管理者としての注意義務の違反がなかつたものとは解されない。いわんや控訴人が、保管金亡失の事実発見防止のため進んで各種の作為に出でたことは、前に認定するところであるから、よし前記監督者等がこれに気付かず又村議会が歳出、歳入の決算の承認をしたとしても、これによつて控訴人の管理義務違背に何等の消長を来たすものではない。

四、当裁判所が本件に現われた証拠によつて認定し得たところは、以上のとおりである。被控訴人は、右事実に基き、控訴人に対し、第一次的に民法上の不法行為の責任を問うものであり、二において認定した保管金亡失の事実が、控訴人において自認する金二十万円の費消はもとより、その大部分が、すくなくとも控訴人の過失によるものと認定すべきことは、三において判断したところである。しかしながら右二の認定にかかるところは、帳簿上存在すべき現金等と現実に存在した現金等の差額とに基く、保管現金亡失の事実であつて、これを費消しまたは亡失せしめた行為自体について認定し得たところは、僅かにその一部に過ぎない。(前記二の(二)において認定したところも、計数上の亡失を認定すべき根拠となる事実だけであつて、それ自体は控訴代理人が「記帳漏れがあつたとしても、村有金員には消長を来たすものでない。」と主張したとおり、保管金員の費消または亡失の行為ではない。)

もとより、かかる場合、当然存在しなければならない現金を亡失せしめた事実それ自体を一の行為とみて、それについて不法行為の成否を判断することも、全然考えられないことでもないであろうが、地方自治法第二百四十四条の二は、法令の規定に基いて保管する現金等の亡失について特定の場合責任の免除を規定する反面、各費消、亡失等の具体的な行為に立ち入ることなく、亡失の事実のみに基いて、善良な管理者の注意を怠つた収入役その他普通地方公共団体において金銭出納事務を管理する職員の損害賠償義務を規定しておるから、本件については、該法条によつて控訴人の賠償責任を問う被控訴人の第二次的請求について、その当否を判断するのが、より適切であると解せられる。

控訴代理人は、被控訴人が本訴請求の原因を、従来民法上の不法行為としながら、当審にいたり第二次的に地方自治法第二百四十四条の二に基くものであるとするのは、許すべからざる訴の変更であると主張するが、両者はその請求の基礎を全然同一にし、これがため訴訟手続を何等遅延せしめるものでないばかりでなく、本件記録によれば、被控訴人は本訴において当初から地方自治法第二百四十四条の二所定の事実を主張、立証して来ており、ただ当審において、その法律上の構成の釈明に対して、第一次的に不法行為を原因とするものとし、第二次的に前記地方自治法の規定によるものであることを明らかにしたものに過ぎないことが明瞭であるから、控訴人の右主張は到底採用するに足りない。

五、よつて地方自治法第二百四十四条の二の請求としてその当否を判断するに、控訴人が旧能生谷村収入役及び能生谷町支所出納員として勤務中、善良な管理者の注意を怠り、法令に基いて保管する現金を亡失したこと、並びに被控訴人町町長が、監査委員に対し監査を依嘱し、その報告により、本件現金亡失の事実が判明したことは、先に二、三において認定したところであり、また被控訴人町町長が右監査委員の報告に基き昭和三十年十月十四日控訴人に対し、右亡失金額の賠償を命じたことは当事者間に争がなく、その成立に争のない甲第十四号証によれば、右賠償の命令には、控訴人はこれを同年十二月二十五日限り被控訴人町へ賠償すべき旨を命じているものであることを認めることができる。

次で、控訴人が被控訴人に賠償すべき金額について判断するに、亡失額の総計が金三百五十二万五千八百十三円であることも、先に二において認定したところであるが、被控訴人の自認するところによれば、被控訴人は、その後右元本のうちへ

(イ)  本訴提起前控訴人の退職金等により 五一〇、四七六円

(ロ)  昭和三十二年三月八日抵当権の実行により 五五一、一二五円

(ハ)  昭和三十三年十月三十日弁済として 一、五三三、五九五円

の弁済配当を受けているから、これを控除し、現在元本としてその残額九十三万六百二十六円及び亡失金全額について前記賠償命令に定められた期限の翌日である昭和三十年十二月二十六日以降年五分の遅延損害金を支払う義務があるものといわなければならない。被控訴人は、右遅延損害金の起算日を控訴人に対し本件訴状が送達された日の翌日である昭和三十年十二月九日としているが、控訴人は本件亡失金の賠償債務については、賠償命令に定められた期限の到来により初めて遅滞に陥るものと解するを相当とする。してみれば被控訴人の本訴請求は、前記残額九十三万六百二十六円及びこれに対する右昭和三十年十二月二十六日以降支払ずみまでの年五分の割合による損害金並びに(ハ)の弁済にかかる百五十三万三千五百九十五円に対する右昭和三十年十二月二十六日から弁済がなされた昭和三十三年十月二十九日までの年五分の割合による損害金二十一万八千六十二円の支払いを求める限度においてその理由があり、その余は失当として棄却を免れないものといわなければならない。

控訴代理人は、被控訴人が当審において、(ロ)の抵当権実行の結果賠償金額を確定せしめて、従来の金二百万円及びこれに対する損害金の請求を、金二百四十六万四千二百二十一円及びこれに対す損害金の請求を拡張したのを不当であると主張するが、右はその請求の基礎に何等の変更もなく、これを禁ずる理由がないばかりでなく、被控訴人は、その後(ハ)の弁済により、請求金額を、当初請求したより更に減縮したものであるから、控訴人の右の主張は、一層理由を失つたものである。

最後に控訴代理人は、本件亡失事件については糸魚川警察署において刑事事件として捜査の結果、所轄新潟地方検察庁糸魚川支部に事件を送致し、現に同庁において取調中のものであるから、地方自治法施行令第百七十二条の二の趣旨よりみるも、刑事事件の結着までは、被控訴人は控訴人に対し賠償を請求し得ないと主張するが、当審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は所轄糸魚川警察署及び同検察庁支部において本件保管金亡失の事件について取調を受けたことはあるが、刑事上の訴追を受けたことはないことが認められ、右地方自治法施行令の規定は、刑事訴訟の提起がなされた場合について規定し、単に警察署又は検察庁における被疑取調を含まないものと解すべきであるから、右控訴人の主張もこれを採用しない。

以上の理由により、原判決主文の記載をその限度において変更し、控訴費用の負担について民事訴訟法第九十六条、第九十二条但書を適用して主文のとおり判決した。

(裁判長判事 内田護文 判事 原増司 判事 入山実)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例