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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)239号 判決 1959年4月13日

東京都民銀行神田支店

事実

控訴人(一審原告、敗訴)株式会社松風屋は請求の原因として、訴外相原精一は昭和二十七年四月頃控訴会社に雇われ会計事務を担当していたところ、控訴会社東京支店長名義の約束手形を偽造して融資を得ようと企て、昭和二十八年一月二十日頃までの間に振出人控訴会社東京支店長石原久男なる約束手形十五通額面総額五百七十六万八千六百四十五円を順次偽造し、これを訴外相原と面識ある被控訴人金子誠三郎を通じ訴外全東栄信用組合において割引き、不正に金融を得ていたが、次第に手形資金の調達に窮するに至り、昭和二十八年三月二十六日までの間に四百八十二万六千八百七十八円を支払銀行たる訴外第一銀行堀留支店に払込むに止まつたため、前示手形金合計額との差額九十四万千七百六十七円については、右の支払銀行において控訴会社の右第一銀行に対する預金債権のうちより控除したため、結局控訴会社は右金額に相当する損害を蒙つた。ところで訴外相原は、昭和二十八年三月十八日東京都民銀行神田支店との間に当座勘定取引契約を結び、同年五月十一日現在で約七十余万円の預金債権を右東京都民銀行に対して有していたところ、訴外相原は自身が右預金債権の外には財産もなくこれを第三者に譲渡するときは同人の債権者に損害を及ぼすべきことを知りながら、同年五月十一日被控訴人に対し前記預金債権のうち六十万円の預金債権を譲渡し、被控訴人は前同日東京都民銀行神田支店に預入金額六十万円の普通預金口座を設けた。よつて控訴人は被控訴人に対し訴外相原の被控訴人に対する前記預金債権譲渡行為の取消を求めると主張した。

被控訴人金子誠三郎は抗弁として、仮りに控訴人主張の事実が認められるとしても、被控訴人は、訴外相原から控訴人主張の預金債権を譲り受けた際、同訴外人の債権者を害することを知らなかつたものであると主張した。

理由

証拠を綜合すると次の事実が認められる。すなわち、訴外相原精一は昭和二十八年三月十八日から株式会社東京都民銀行神田支店に当座預金口座を設け小切手による出入があつたが、同年三月三十一日相原が他の銀行で不渡を出したことから右都民銀行では不安を感じ釈明を求めたところ、相原は番頭が擅に振り出した手形があつて不渡になつたと釈明し、今後番頭が相原の氏名を冒用して同様の事故を来すことを防止するため都民銀行での預金者名義や印鑑を変更すると申し出たので、銀行ではそのように信じていた。一方被控訴人金子誠三郎はかねてから株式会社銀屋という商号の会社を設立して食料品店を経営する計画で、相原に店舗の入手などを頼んだこともあつたので、相原はその計画を知つていた。そこで、相原は被控訴人に対し、銀屋を設立した後には取引銀行を定める必要もあろうが、自分は東京都民銀行神田支店と取引があるので、後日同支店との取引開始の便宜も図るから、一時相原自身の信用を附けるため相原の口座に被控訴人の資金を預け入れて貰いたいと申し出たので被控訴人はこれを了承したが、相原名義にしたものを相原が勝手に処分することを防止するために、同年四月六日相原をして被控訴人の承認なくして同銀行から借入等はしない旨を誓約させ、銀行に改印届をさせ、なお相原から同銀行の小切手帳及び使用印鑑を預り、以て相原名義の当座預金の出入、小切手の振出はすべて被控訴人において行うことを定めた上、その後は被控訴人が専ら相原名義の当座預金の出入をし、右四月六日に引き継がれた当時は預金残高が僅かに五百四十五円あつたに過ぎないのが、五月八日には預金残高は六十四万余円に上つていた。同年五月十一日被控訴人は前記小切手帳を使用して相原名義の金額六十万円の小切手を振り出し、妻金子てつをして同銀行神田支店に持参させ、これを新たに設けた株式会社銀屋金子誠三郎(会社は未成立)名義の普通預金口座に預け入れしめた。

右のように認められるのであつて、以上の事実関係からすれば、相原名義の当座預金は、実は被控訴人の資金を入金したことによるものであるが、銀行としては相原の預金として受け入れたのであるから、法津上は相原が預金の権利者であると認めざるを得ないけれども、この当座預金の処分は専ら被控訴人に委せられていたのであるから、被控訴人が前示のとおり小切手を以てこの預金から引き出し、金子名義の普通預金口座に預け入れた行為を以て、相原から被控訴人への預金債権の譲渡行為とは認定できない。金子てつは被控訴人に代つて金子誠三郎の普通預金として金六十万円を新たに預金したものと認めるのを相当とする。

以上認定の事実以外に相原が被控訴人に預金債権を讓渡したと認められるような証拠は全くないから、控訴人が取消の対象とする債権譲渡行為は認められないことになり、控訴人の請求はこの点で理由がないとして、本件控訴もこれを棄却した。

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