大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和32年(ネ)230号 判決 1958年6月30日

控訴人 増井武平

被控訴人 繁野谷忠治

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

本件につき当裁判所が昭和三三年三月一四日にした強制執行停止決定はこれを取り消す。

前項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の控訴人に対する島田簡易裁判所昭和三〇年(ワ)第一八九号仮執行宣言附支払命令正本に基く強制執行はこれを許さない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において、本件仮執行宣言附支払命令は昭和三〇年一〇月下旬控訴人に送達されたと述べ、甲第三号証中被控訴人の署名捺印の成立を否認し、その他の部分の成立は不知と述べた外、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

控訴人が訴外石川伊佐雄外二名と共同で昭和二九年一二月一八日被控訴人に宛て金額十五万円、満期昭和三〇年一月一六日、支払地及び振出地とも焼津市、支払場所株式会社太洋相互銀行焼津支店と定めた約束手形一通を振出したところ、被控訴人は控訴人に対して有する右手形金十五万円及びこれに対する満期の翌日たる昭和三〇年一月一七日以降完済まで年六分の割合による損害金債権につき、島田簡易裁判所に支払命令の申請をなし、同裁判所昭和三〇年(ロ)第一八九号仮執行宣言附支払命令が発せられたことは、当事者間に争がなく、成立に争のない甲第二号証及び弁論の全趣旨によれば、右仮執行宣言附支払命令は昭和三〇年一〇月下旬頃、控訴人に送達されたが、控訴人から異議の申立がなされなかつたことが窺われる。

控訴人は、被控訴人の有する前記約束手形金債権は、共同振出人の一人である訴外石川伊佐雄が被控訴人に対して有する約束手形金債権をもつて相殺の意思表示をしたことにより消滅したから、本件債務名義に基ずく強制執行は許すべからざるものであると主張するので、以下この点について判断する。

まず右訴外石川伊佐雄が被控訴人に対し昭和三一年七月三〇日(翌三一日到達の書面で)控訴人主張の相殺の意思表示をなしたことは当事者間に争がない。

そこで、訴外石川伊佐雄が被控訴人に対し右相殺の用に供した自働債権を有したかどうかを考えるに、甲第三号証(約束手形)中の被控訴人作成部分は被控訴人においてさきにその成立を認めながら、後にこれを撤回にし、控訴人は右撤回に異議あるのであるが、成立に争のない甲第五号証及び原審における鑑定人吉田常吉の鑑定の結果によれば、右甲第三号証中被控訴人名下の印影は被控訴人の印顆によつて顕出せられたものであることが認められ、右の事実と原審証人繁野谷俊三、石川伊佐雄(第一、二回)の各証言を綜合すれば、右甲第三号証中の被控訴人の振出名義部分は、同人から手形振出の代理権を与えられていた実弟繁野谷俊三において、右代理権に基いて被控訴人名義で記名捺印して作成し振出したものであることが認められ、右認定をくつがえすに足りるなんの証拠もない。従つて右甲第三号証中被控訴人の振出名義の部分も真正に成立したものというべきである。

而して、右甲第三号証によれば、被控訴人は訴外株式会社丸繁建設興業社外二名と共同で、昭和二六年一二月二〇日訴外石川伊佐雄に宛て金額二三万円、満期同年一二月二九日、振出地志太郡小川町、支払地志太郡焼津町、支払場所太洋相互銀行焼津支店と定めた約束手形一通を振出したことが明らかであり、成立の争のない甲第四号証、原審証人石川伊佐雄(第一、二回)繁野谷俊三の各証言及び右繁野谷証人の証言により成立を認めることのできる甲第八、九号証を綜合すると、右約束手形は、被控訴人が代表取締役となつている訴外株式会社丸繁建設興業社が訴外石川伊佐雄から、昭和二六年一二月中に二回に亘り金八万円、金一五万円計金二三万を利息日歩五銭、弁済期同年一二月二九日の約定で借り受けた債務の履行確保のため振出されたものであること、及び右訴外会社が昭和二七年七月三〇日訴外石川伊佐雄に対し、右貸金のうちに金一〇万円を支払つたことが認められる。

よつて右一部弁済金一〇万円を、法定充当として、まず前記貸金二三万円に対する貸付当時より昭和二七年七月三〇日までの日歩五銭の割合による利息損害金に充当するときは、昭和二七年七月三一日現在における右貸金残金はなお金一五万円以上存することとなる。従つてこの貸金の担保たる前記金二三万円の約束手形(甲第三号証)についても、訴外石川伊佐雄は被控訴人に対しなお金一五万円以上の請求権を有するものというべきである。被控訴人は、右甲第三号証の手形債権は、満期から三年を経過した昭和二九年一二月二九日消滅時効に罹つて消滅したものであると抗弁し、控訴人は、石川伊佐雄において昭和二六年一二月二九日の満期以降被控訴人に対し屡々右手形金の支払を督促し、被控訴人はその都度これが支払の猶予を乞い、昭和三〇年五月二六日には右手形債務を承認しているから、時効は中断されている旨主張するけれども、控訴人の全立証によつても、いまだ右時効中断の事実を認めるに足りない。従つて、前記甲第三号証の手形債権はその満期の日から三年を経過した昭和二九年一二月二九日消滅時効の完成によつて消滅したものというべきである。

もつとも、時効に因つて消滅した債権でも、その消滅以前に相殺に適した場合においては、その債権者はなお相殺をなすことができる(民法第五〇八条)のであるから、右甲第三号証に基く手形債権(自働債権)の時効満了の日たる昭和二九年一二月二九日に相殺適状があつたかどうかが問題となる。

受働債権である本件債務名義の債権は、昭和二九年一二月一八日振出の約束手形によるものであり、その満期日は昭和三〇年一月一六日であることはさきに認定したとおりである。しからば、自働債権たる前記甲第三号証の手形債権が時効によつて消滅した昭和二九年一二月二九日には、受働債権は存在したが、その満期はいまだ到来していないというべきである。おもうに、普通の債権については、その債務者は期限の利益を放棄して、受働債権の期限未到来の時期に相殺しても差支ないが、受働債権が手形債権である本件においては、手形債権者たる被控訴人は、満期までは手形を流通させることにつき利益を有し、満期前に弁済を受けることを強制せられるものではない(手形法第四〇条第一項)。従つて被控訴人は満期前の相殺についても、これを認容する義務はないものといわなければならない。

果してしからば、本件自働債権と受働債権とは相殺適状の時期がなかつたのであるから、訴外石川伊佐雄のなした前記相殺の意思表示はその効力を生ずるに由ないものというべきである。

従つて、本件債務名義に基く債務が、訴外石川のなした相殺により消滅したことを前提とする控訴人の本訴請求は失当であるから、これを棄却すべく、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条により本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき同法第八九条、第九五条を、強制執行停止決定の取消及びその仮執行の宣言につき同法第五四八条第一、二項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 角村克己 菊池庚子三 土肥原光圀)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例