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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1330号 判決 1958年3月20日

控訴人 三田福松

被控訴人 辻勇蔵

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金五十九万円および内金一万円については昭和三十年二月一日より、内金四万円については同年三月一日より、内金四万円については同年四月一日より、内金四万円については同年五月一日より、内金四万円については同年六月一日より、内金四万円については同年七月一日より、内金四万円については同年八月一日より、内金四万円については同年九月一日より、内金四万円については同年十月一日より、内金四万円については同年十一月一日より、内金四万円については同年十二月一日より、内金四万円については昭和三十一年一月一日より、内金四万円については同年二月一日より、内金四万円については同年三月一日より、内金四万円については同年四月一日より、内金二万円については同年五月一日より各完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴人において、「(一)、原判決第二枚目表十一行目以下の「賃料は近日中に時価によりこれが取決めをする約定」とあるのを、「賃料は予備交渉で定められたとおり月額四万円位とし、本件宅地建物において営業が開始せられた時から毎月賃料を支払う約定」と訂正する。しかして右営業は昭和三十年二月一日には事実本格的に軌道に乗つたから、被控訴人は右同日以降月額金四万円の賃料を支払う義務がある。(二)、原判決第二枚目裏九行目の「昭和三十年一月」とあるのを、「昭和三十年一月十六日」と訂正する。」と述べた外、原判決事実摘示記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

証拠として、控訴人は、甲第一ないし第六号証、第七、第八号証の各一ないし五を提出し、原審並びに当審証人稲辺勇太郎(原審は第二回)、原審証人稲辺倉太郎の各証言を援用し、乙第一号証中、「新形態にて発足するにあたり」とある部分、「賃貸料期間その他詳細は別に定む、賃借人新会社設立発起人代表」とある部分の成立を否認し、その他の部分の成立を認め、同部分を利益に援用し、乙第二、第三号証の成立を否認する、乙第四、第五号証の成立は不知と述べ、被控訴人は、乙第一ないし第五号証を提出し、原審証人稲辺佑治(第一、二回)、稲辺勇太郎(第一回)、高野亀之助の各証言、原審における原告(控訴人)、被告(被控訴人)各本人尋問の結果を援用し、甲第二ないし第四号証の成立を認める、その余の甲各号証の成立は不知と述べた。

理由

被控訴人が、原審における昭和三十一年九月五日午前十時の本件口頭弁論期日において、控訴人の陳述にかかる同年九月一日附準備書面第一項の事実、すなわち、「原告(控訴人)の前主有限会社桐生織物整理工場は、被告(被控訴人)辻に対し昭和二十九年十二月二十四日桐生市天神町三丁目甲四七五番地、土地、六四四坪三合八勺、同番地上工場、建家十九棟合計建坪八七八坪五合五勺、二階坪一六七坪五合を、賃料並びに期限を定めず賃貸した、右賃料並びに期限等は近日中に一般相場に従つて取り決める約定であつた。」との事実を認めながら、その後昭和三十二年四月十二日午前十時の口頭弁論期日において、右は、乙第一号証のような賃貸借契約をなしたことを認めたという趣旨で、原告(控訴人)主張のような賃貸借を認めたわけではないとしてこれを撤回したところ、控訴人は、これを自白の取消であるとして異議を止めたので、その適否につき判断する。成立に争のない甲第三号証原審証人稲辺佑治の証言(第一、二回)、同証言により真正に成立したと認める乙第一ないし第三号証、原審における被告(被控訴人)本人尋問の結果、原審証人高野亀之助の証言を綜合すれば、有限会社桐生織物整理工場は、本件宅地建物を使用して織物整理業を営んでいたが、その経営に行きづまり、税金滞納、労賃の未払などの事態が生じ、事業の継続が不可能となり、業務を休止するの己むなきに至つたので、昭和二十九年十二月二十四日頃、右有限会社の取締役稲辺佑治、同監査役細谷良勝及び高野亀之助らが被控訴人に工場の再開並びにその運営を依頼した結果、被控訴人の手によつて新会社を設立し、新会社に本件宅地建物を賃貸して、新会社によつて工場業務を再開することに意見が一致したため、右有限会社取締役社長稲辺倉太郎を招き、右有限会社を代表する稲辺倉太郎と新会社設立発起人代表としての資格における被控訴人との間に、昭和二十九年十二月二十四日、右有限会社は新会社に本件宅地建物を賃貸すること、新会社が順調な軌道に乗つたときに賃貸料期限その他詳細な定をする旨の契約書(乙第一号証)を作成したこと、そこで、被控訴人らは新会社東洋整練株式会社を設立することとし、昭和三十年一月頃から同会社の名で本件宅地建物を使用して、業務を再開し、新会社については昭和三十年九月十二日設立登記をしたが、新会社と前記有限会社との間において、賃料期限などの定はまだなされてないこと、もつとも稲辺佑治は、前記有限会社専務取締役の資格で新会社代表取締役たる資格における被控訴人との間に、新会社設立前である昭和三十年二月一日に、賃貸料を一ケ月金五千円とし、賃貸期限を二十年と定めた契約書(乙第二号証)、右賃貸料金六十万円の領収書(乙第三号証)を作成したが、これは当時本件宅地建物につき抵当権実行による競売手続が進行中であつたため、競落に備えてこのような書面を作り、右のような約定の賃貸借を仮装し、もつて競売人に対抗しようとしただけで、前記有限会社と新会社ないしはその発起人団体との間において、真実乙第二号証記載の本件宅地建物の賃料の取決めがなされたのでなく、また真実賃料の支払がなされたものでもないことを認めることができる。右認定に反する原審証人稲辺倉太郎、原審(第一、二回)並びに当審証人稲辺勇太郎の証言は信用しない。その他右認定を覆すに足る証拠はない。

以上の認定事実によれば、被控訴人は、新会社、すなわち後に設立された東洋整練株式会社の発起人代表として前記有限会社との間に本件宅地建物の賃貸借契約をなしたものであつて、個人としてなしたものでないと認めるのが相当であつて、このように発起人が設立中の会社のため将来の営業所、工場建物等を賃借することは、いわゆる開業準備行為に属し、設立中の会社が成立後、当然に右会社につき効力を生ずるかどうかについては争のあるところであるけれども、かかる開業準備行為が設立中の会社の機関としての発起人の権限に属せず、従つてたといその後において会社が成立したからといつて当然には会社に効力を生じないとしても、本件においては、既に新会社が成立し、同会社の名においてその営業のため本件宅地建物を使用しているのであるから、反証のない限り本件賃貸借の借主たる地位は新会社に承継せられ右契約に基く権利義務は新会社に引きつがれたものとなすのが相当である。そうすれば、被控訴人が個人として本件宅地建物を賃借したとする前記自白は真実に反するものであり、真実に反する以上錯誤に出でたものと推定さるべきものである。しかも右錯誤の推定を覆すに足る何の反証もないから、被控訴人の右自白の取消はこれを許容すべきものである。

しかして、右有限会社と被控訴人個人との間に控訴人主張の賃貸借が締結されたとする控訴人の主張事実については、前記証人稲辺勇太郎、稲辺倉太郎の証言は信用できず、他に右控訴人主張事実を認定するに足る確証はない。そうすれば、被控訴人個人と右有限会社との間に賃貸借が締結されたことを前提とする控訴人の本件請求は、その余の争点につき判断するまでもなく失当である。よつて控訴人の本件請求を棄却した原判決は、結局正当であつて、本件控訴は理由がないものとして棄却さるべきものである。なお控訴費用の負担については民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大江保直 猪俣幸一 満田文彦)

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