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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)39号 判決 1957年9月17日

控訴人 藤田光江

被控訴人 藤田七郎

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し控訴人と亡藤田義男との間の子藤田直人を引き渡せ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、「藤田直人は昭和三十一年四月三日被控訴人方に復帰し、現に被控訴人の支配下にあるものである。」と述べ、被控訴代理人において、「右控訴人主張事実を認める。」と述べた外、原判決事実摘示記載のとおりであるから、原判決事実摘示中誤記であることの明らかなところの、原判決一枚目裏十行目、三枚目表五行目に「安達貞二」とあるのを「安達貞次」に、同二枚目裏七行目に「松本はる」とあるのを「松本ハル」に、同三枚目表一行目に「藤田利男」とあるのを「藤田利雄」に訂正の上、原判決事実摘示をここに引用する。

証拠として、控訴代理人は、甲第一ないし第四号証を提出し、当審証人松井八千代の証言、原審並びに当審における原告(控訴人)本人尋問の結果を援用し、乙第一号証、第二号証の一、二の成立は不知、同第三号証中控訴人の肩書住所の記載及び控訴人の署名押印部分の成立を認めるがその余の部分の成立は否認する、同第四ないし第六号証の成立は認めると述べ、被控訴代理人は、乙第一号証、第二号証の一、二、第三ないし第六号証を提出し、原審証人安達はるみ、鈴木静男、井上四郎、望月いね、米山林作、当審証人菅原とすみの各証言、原審における被告(被控訴人)本人尋問の結果(第一、二回)を援用し、甲各号証の成立を認めた。

理由

藤田直人は昭和二十二年五月十日藤田義男とその妻たる控訴人との間に生れた子であつて、その父藤田義男は昭和二十五年一月二十日死亡し、現在控訴人のみが同人の親権者であること、並びに被控訴人が現に同人を被控訴人方に居住せしめ、その支配下においていることは、いずれも当事者間に争のないところである。

しからば控訴人が未成年者藤田直人の親権者として同人の監護及び教育をする権利を有し、義務を負い、同人の居所を定めることができることは、いうまでもないところであつて、被控訴人は正当の事由のない限り控訴人の本件引渡の要求を拒むことのできないものというべきである。

被控訴人は、控訴人の右引渡の要求を拒否する理由として、(一)直人の父義男と被控訴人との間に結ばれた直人の監護の委託契約、(二)右義男の死亡後控訴人と被控訴人との間に結ばれた直人の監護の委託契約、(三)控訴人の直人引渡の請求が親権の濫用であること、をあげているので、以下右理由について順次検討を加える。

被控訴人の主張する(一)の直人の父義男の委託については、仮にかかる委託の事実があつたとしても、委託者たる義男が既に死亡していることは前段認定のとおりであるから、そのなした委託は右死亡に因り終了したものというべく(民法第六百五十六条第六百五十三条参照)被控訴人は今さらこれを援用して直人の引渡を拒むことができないものといわなければならぬ。

次に、被控訴人の主張する(二)の控訴人のなした委託については、被控訴人は、控訴人は被控訴人に対して第三号証を差し入れて藤田直人の監護方を委託し、さらに後日昭和二十五年七月二十日頃その趣旨を確認した、と主張する。そして被控訴人主張の調停の申立並びにその取下の事実は控訴人の認めるところであるけれども、右委託並びに確認の事実は控訴人の否認するところであつて、被控訴人が右委託の証拠とする乙第三号証の本文は、原審並びに当審における控訴人(原告)本人尋問の結果によれば、控訴人が署名捺印した白紙に何人かがほしいまゝに記入したものであつて控訴人の全く関知しないものであることが明らかであるので、採つてもつてこれが証拠となすことができず、被控訴人の右主張に符合する原審証人安達はるみ、当審証人菅原とすみの証言並びに原審における被告(被控訴人)本人尋問の結果もこれを右控訴人(原告)本人の供述と対比するときはにわかに信をおき難く、他に右委託並びに確認の事実を認めるに足る確証がないのみならず、仮にかかる事実があつたとしても、委託は当事者において何時でもこれを解除することを得るものであり、現に控訴人が直人の引渡を求めている以上、引渡請求は同時に委託の解除の意思表示と認められるものであるから、被控訴人主張の(二)の委託契約もまた被控訴人において直人の引渡を拒絶する理由たり得ないものである。

次に、被控訴人主張の(三)の親権濫用の主張について判断する。成立に争のない甲第一ないし第三号証、原審証人安達はるみ、当審証人菅原とすみの各証言、原審並びに当審における控訴人(原告)本人尋問の結果、原審における被控訴人(被告)本人尋問の結果を綜合すれば、控訴人はその養母松本ハルと生活していた間に昭和二十二年中藤田義男と婚姻するに至り、藤田義男は控訴人の戸籍に控訴人の氏を称して入籍すると共に、控訴人は藤田義男の戸籍にも妻として入籍し、二重戸籍を生ずるに至つたが、事実上は、藤田義男は控訴人のいわゆる入夫の如き生活をしていたにも拘らず、控訴人の養母松本ハルと折合が悪く、ハルが控訴人並びに藤田義男と別居するに至つたことから、控訴人もまた昭和二十四年八月には、藤田義男との間に儲けた直人を藤田義男の監護に委して同人と別居するに至つたこと、藤田義男は控訴人との離婚の手続をしないままで昭和二十五年一月二十日死亡したこと、藤田義男は控訴人と別居の後、時田豊実子と事実上の夫婦として同棲し、直人を養育していたが、藤田義男の死後、その弟にあたる被控訴人が時田豊実子と婚姻し引きつゞき直人の養育にあたり、ある時は直人をその姉安達はるみに委託して養育せしめたこともあつたが、現在は自ら直人の養育にあたつていること、及び控訴人は、その過去においても特に非議を受くべき所行なく、藤田義男との別居も控訴人の不貞に起因するものではなく、もつぱら控訴人の養母との不仲に基くものであつて、現在料亭幸楽に女中として勤務し、養母松本ハルと同居しておるけれども、これがため特に直人の監護教育に支障を生じ、または不適当であるという程でなく、十分同人を養育しうる資力を有し、熱意をもつていることがそれぞれ認められるのであつて、前記証人本人の供述中右認定に反する部分は当裁判所の信用しないところである。固より親権はこれを権利というよりはむしろ義務というべきものであつて、これが行使にあたつては未成年者の幸福を中心として考慮すべきものであるけれども、以上の事実関係の下においては控訴人が一たん直人の養育をその父義男に任かしたとはいえ、義男の死亡した後において直人の親権者としてその監護養育にあたらんとするのを目して親権の濫用であるとする何の理由も見出すことができない。その他被控訴人が控訴人の本件引渡の請求を目して親権の濫用であるとなす諸種の事情を認めるに足る的確な証拠はない。一方直人は満十年をわずかに超えたに過ぎないのであるから、自らの意思に基いて被控訴人方に滞留しているものとは到底認めがたく、また同人をしてその好むところに従いその居所を決定させることも時期尚早であるというべく、控訴人が直人に対して有する親権に基いて被控訴人に対し直人の引渡を求めることは正当としてこれを認容すべきものである。

よつて控訴人の本訴請求を棄却した原判決は失当としてこれを取り消すべく、控訴人の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 大江保直 猪俣幸一 古原勇雄)

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