大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和31年(ネ)347号 判決 1959年2月07日

控訴人 片居木清吉

被控訴人 国

訴訟代理人 真鍋薫 外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。控訴人と被控訴人との間に昭和二十五年十二月十一日頃締結された板金工として勤務することを目的とする雇傭契約の存在することを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との旨の判決を求め、被控訴指定代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の陳述した主張の要旨は、左記の外は原判決の事実摘示と同一であるから、ここに引用する。

控訴代理人は、次のとおり述べた。

被控訴人の後記解雇の主張のうち、被控訴人主張の文書が主張の日に控訴人に送達されたことは認めるけれども、その余の点は争う。被控訴人の主張によれば、控訴人の職場の航空機板金製造修理工で整理を要求された人員は百二十五名である。ところが被控訴人の主張によれば、控訴人を加えれば、整理された人員は百二十六名となり、結局一名は整理の必要なくして解雇されたものであるから、その一名の解雇は無効である。ところで、解雇基準によれば控訴人より優位にある百二十四名は、いずれもその解雇通知を受けると同時に控訴人の解雇が無効に確定することを条件として、先任権を抛棄し、任意退職をする黙示の意思表示をなした。したがつて控訴人の解雇順位は百二十六番目となるから控訴人に対する解雇は、その必要がないのに、なされたもので無効である。また百二十五名の整理要求に対して百二十六名を解雇しその解雇者中に控訴人を含めたのは人員整理に籍口して、控訴人の組合活動を嫌悪してなした不当労働行為で無効である。仮りに然らずとしても、解雇の意思表示は単独行為であつて、これに条件を附することは相手方の地位を著しく不利益にするおそれがあるから、許されないものである。したがつて予備的になした被控訴人主張の右解雇は無効である。

被控訴指定代理人は次のとおり述べた。被控訴人は、控訴人を昭和二十九年七月二十一日解雇し、それは無効であると主張するのであるが、かりに右解雇が無効であるとすれば、控訴人は駐留軍立川空軍基地第二七一二メンテナンス・グループ・マニフアクチユア・エンド・エクイプメント・リベアー・デイビイジヨンの航空機板金整造修理工の職にあるものである。駐留軍は被控訴人に対し基本労務契約(昭和三十二年十月一日より実施)に基いて昭和三十三年四月一日付人員整理要求書を交付したが、同書によると整理の理由とするところは人員過剰によるもので、整理人員は航空機板金製造修理工百二十五名を含み合計三百三十五名である。被控訴人は右契約の細目書一、人事管理、H節人員整理、六の人員整理基準によつて、人員整理対象者を選定したところ、控訴人が、若し、原職にあるとすれば整理対象者の第二順位を占めることが明らかになつた。そこで被控訴人は控訴人に対し、昭和三十三年四月十二日付、「雇傭契約解除について」という文書によつて同年五月十五日をもつて解雇する旨の意思表示をなし、右書面は四月十二日控訴人に到達した。したがつて、仮りに先になした解雇が無効であるとしても、控訴人主張の雇傭関係は同年五月十五日からは存続しないから、控訴人の請求は理由がない。控訴人の先任権抛棄による任意退職の意思表示があつたとの事実は否認する。しかも、人員整理の要求は、当該職場における必要人員を算定し、その余剰人員を排除する目的でなされたものであり、本件においては、控訴人が在職しないことを前提として百二十五名の整理が要求されたものであるから、もし控訴人が在職しているとすれば、控訴人の職場における余剰人員は百二十六名となるのであるから、控訴人が雇傭されているとすれば整理要求人員は百二十六名である。したがつて、控訴人に対する解雇は当然であり、被控訴人主張のような不当労働行為ではない。また予備的解雇は、さきになされた保安解雇者の効力の如何に拘らず、右契約解除後の雇傭関係を終了させる意思表示であるから、右のいわゆる保安解雇が有効な場合にのみ無意義のものとなるに過ぎず、その効力の発生を将来の不確定な事実の成否にかゝらしめた条件付意思表示とはいゝ得ないし、控訴人の地位を不確定とするものではないから、いずれにしても有効である。

当事者双方の証拠の提出、援用及び認否<省略>

理由

控訴人が昭和二十五年十二月十一日頃、フインガム(駐留軍立川基地)における、いわゆる駐留軍労務者として被控訴人に雇傭され、板金工として勤務していたことは当事者間に争のないところである。

被控訴人は、昭和二十九年七月二十一日控訴人に対してなした解雇が無効であるとしても、被控訴人は昭和三十三年四月十二日控訴人を解雇したので控訴人、被控訴人間の上記の雇傭契約は既に終了していると主張するので、右昭和二十九年の解雇の点はしばらくおき、昭和三十三年四月十二日付解雇の効力の点について判断する。

控訴人が、被控訴人から昭和三十三年四月十二日に、昭和二十九年七月二十一日付解雇が無効であるとすれば昭和三十三年五月十五日限り解雇するとの通知を受けたことは、当事者間に争がない。

控訴人は右解雇は無効であると主張するから次に判断する。控訴人が駐留軍立川基地第二七一二、メンテナンス・グループ・マニフアクチユア・アンド・エクイプメント・リベアー・デイビイジヨンの航空機板金製造修理工として雇傭されていたことは、控訴人の認めるところである。その成立に争のない乙第十二号証、当審証人舎夷正明の証言によつて、各その成立の認められる乙第十三、第十四号証と、同証人の証言によると次の事実を認めることができる。

被控訴人は昭和三十三年四月一日立川基地の駐留軍労務連絡士官から、基本労務契約附属書一のH節に基いて、同基地内の板金工について、人員整理として百二十五名の解雇の要求を受けた。

右の人員整理は当該職場における人員過剰を整理する目的から出たもので、当該職場における必要人員を残し、その余の人員を解雇する趣旨であつたところ、駐留軍側での右職種の在籍人員名簿のなかには、控訴人は既に解雇者として取り扱われて、登載されていなかつたため、右の百二十五名の人員が計上されたものである。したがつて控訴人が右職場に勤務していたものとすれば、整理人員は一名増加して百二十六名となる筈であつた。ところで、人員整理の対象者を選ぶ基準は、希望退職者のいない場合は、順次在勤年限の短かい者から、必要人員を充すまで選抜することとなつており、被控訴人の調査の結果によると、右解雇要求の当時、控訴人が尚板金工として勤務しているとすれば、被解雇適格者の第二番目にあたることが判明した。そこで被控訴人は、控訴人に対し、昭和二十九年七月二十一日付の解雇がもし無効であるとするならばとの条件を付して、上記認定のように解雇の通知をなしたものである。他に右認定を動かすことのできる何の証拠もない。そうであれば百二十六名に対してなされた解雇は、少くとも一名については無効であるとの被控訴人の主張は、解雇必要の人員が右認定のように控訴人を含めれば百二十六名で、しかも控訴人の解雇順位が第二番目であることからすれば、当然理由がないものといわなければならない。

控訴人は右解雇について、控訴人より長期の勤務者は任意退職を申出たから控訴人を整理のため解雇する必要はないのに、解雇したもので、権利の濫用であると主張するけれども、この点を認めることのできるなんの証拠もないから、この点に関する控訴人の主張は理由がない。

控訴人は、控訴人に対する右解雇は、労働運動をなした控訴人を、その故をもつて解雇した不当労働行為であると主張する。けれども控訴人に対する右解雇は、上記認定のように、人員整理基準によつて、在職年限の短かい順に、機械的に定め、控訴人は、その順位が第二番であるために解雇されたもので、右認定を覆して、右の解雇が控訴人の労働運動をなしたことを原因としたものであることを認めることできるなんの証拠もないから、控訴人の右主張もまた理由がない。

控訴人は更に、右解雇は昭和二十九年七月二十一日付の解雇の無効であることを条件になされたものであるから、無効であると主張する。被控訴人が、控訴人主張の解雇の無効である場合を前提として、本件解雇の意思表示をしたことは当事者間に争のないところである。しかし昭和二十九年七月二十一日に行われた解雇は、過去の事実であつて客観的には既に有効、無効が確定しているものであるから、もし右解雇が無効に確定しているとすれば、これを停止条件とした上記認定の解雇は無条件の解雇であつて、控訴人主張の雇傭契約は、上記認定判断のとおりこれにより終了したものであり、仮りに前記解雇が有効であつたとすれば、控訴人主張の雇傭契約は、既に、昭和二十九年七月二十一日付解雇により終了していることになるのであるから、右条件付解雇の意思表示は効力を生じないのはもちろんであるが、控訴人がそのために特に不利益を受けるようなことはなにも認められない。そうだとすれば右条件付解雇の意思表示は結局控訴人になんの不利益をも与えるものではなく、また将来の不確定な事実の成否を条件としたものでもないから、これを無効と解さなければならない理由がない。よつてこの点に関する控訴人の主張は理由がない。

そうすると控訴人主張の雇傭契約は、遅くも、被控訴人主張の同年五月十五日には終了したものであるといわなければならない。従つて、控訴人は現在は、その主張のように被控訴人との間に雇傭関係は存在していないから、その余の争点についての判断をなすまでもなく、被控訴人との間に雇傭関係の存在することの確認を求める控訴人の本訴請求は失当といわなければならない。

よつて控訴人の本訴請求を棄却した原判決は、その理由は異るが、結局において相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条第二項によつて、本件控訴を棄却し、控訴審での訴訟費用の負担について同条第九十五条、第八十九条により主文のとおり判決する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 小河八十次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例