大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和31年(う)1270号 判決 1956年7月19日

控訴人 被告人 山下長寿

弁護人 津田晋介

検察官 田辺緑郎

主文

原判決を破棄する。

被告人を原判示第一の(1) (2) 及び第二の(1) の罪につき懲役四月に、原判示第二の(2) ないし(9) の罪につき懲役八月に処する。

原審の未決勾留日数中三十日を前項の後の懲役刑に算入する。

この裁判確定の日より各四年間右各刑の執行を猶予する。

原判示第二の(2) ないし(9) の罪に対する刑の執行猶予期間中被告人を保護観察に付する。

原審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人津田晋介作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

当裁判所は右控訴の趣意に対し判断する前に、先ず職権を以て原判決を調査するに、原判決においては被告人の犯罪事実として原判示第一の(1) (2) 及び第二の(1) ないし(9) の窃盗の事実を認定し、なお被告人が昭和三十年九月六日新宿簡易裁判所において窃盗罪により懲役一年執行猶予三年間の判決を受けた事実を認め、右犯行に対し第一の罪については、刑法第二百三十五条、第六十条、第二百三十五条、第四十五条、第四十七条、第十条を、右第二の罪については刑法第二百三十五条、第四十五条、第四十七条、第十条、第二十一条を適用し、被告人を第一の罪につき懲役七月に、第二の罪につき懲役一年に処し、未決勾留日数三十日を算入する旨の言渡をしている。原判決の右法律の適用を検討すると、第一の罪についても、第二の罪についてもそれぞれ刑法第四十五条、第四十七条、第十条を適用しているから、右第一、第二の各罪が各別に併合罪の関係にあることを認めた趣旨であることは明瞭であるが、右各併合罪が刑法第四十五条前段の併合罪にあたるのか、或は同条後段の併合罪にあたるのか、その点正確に適条を示していないから必ずしも明確とはいえないが、原判示第一の罪は昭和三十年五月二十六日ころの窃盗罪と、同年七月七日ころの同罪であり、原判示第二の罪は同年九月十五日ころより同年十一月十二日ころまでの九回に亘る同罪であつて、且つ前記のように昭和三十年九月六日の前科を認定しているところより推察すれば、原判決においては原判示第一の各罪は右前科の罪と刑法第四十五条後段の併合罪の関係あり、原判示第二の各罪は同条前段の併合罪の関係ありと判断して、前記のような法律の適用をし、且つ各別に科刑したものと解せられる。

しかしながら刑法第四十五条後段は、或る罪につき確定裁判があつたときは、その罪とその裁判宣告前の犯罪とを併合罪とするという趣旨ではなく、その罪とその裁判確定前の犯罪とを併合罪とする趣旨の規定と解釈するを相当とすべきところ、原判決が証拠として挙示する前科調書(新宿区検察庁検察官作成名義)の記載によれば、被告人の前示前科は、昭和三十年九月六日に判決の宣告があり、該判決が同月二十一日確定したものであることが認められるから、原判示第二の(1) の犯罪、即ち被告人が昭和三十年九月十五日ころ楊来富所有の現金百円を窃取した罪は、右判決の確定前の犯罪にあたるものであり、従つて原判示第一の(1) (2) の窃盗罪と共に、右前科たる罪と刑法第四十五条後段の併合罪の関係にあるものといわなければならない。

然らば結局原審は併合罪に関する法律の解釈を誤つた結果、判決において前記のように併合罪の規定の適用を誤つたものというべく、原判決におけるこの法律適用の過誤が判決に影響を及ぼすことは論をまたずして明白であるから、原判決はこの点において全部破棄を免れないものである。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 谷中董 判事 坂間孝司 判事 久永正勝)

津田弁護人の控訴趣意

第一点原判決は刑の量定が不当である。

被告人は、公訴事実についてはこれを争わず、全て認めている。原判決は右被告人の所為につき、何ら情状酌量すべき余地なしとして、判示第一の罪につき懲役七月、判示第二の罪につき懲役壱年の実刑を科したものであるが、果して何ら酌量すべき情状がなかつたのであろうか。成程原判決も判示しているように、被告人は先に新宿簡易裁判所において懲役壱年参年間執行猶予の判決を受け、右刑の執行猶予中に本件犯行をなしたものであるから、一切酌量すべき情状なしとして刑の量定をしたものとすれば、それは刑の量定における判断の基準を誤つたものというべきである。即ち一方に加重事由があれば、これを理由として加重すべきは当然であるが、他方それを以て減軽事由があることを無視することは妥当ではないといわねばならない。事物の性質上民事におけるように「相殺」によつて処理さるべき事柄ではなく、加重すべき事由があれば加重し、減軽すべき事由があれば減軽することによつて適正妥当な刑の量定がなされるものであると確信する。殊に本件においては、判示第一の罪と第二の罪とは時期を異にし、第一の罪は確定裁判以前になしたものであるから執行猶予中に犯したものではないのである。原判決はこの点を混同し過去に犯した第一の罪につき過重な罪責を科し、酌量さるべき情状を無視しているか又は看過していると思料される。若し酌量すべき情状あるに拘らずこれを無視又は看過して刑を量定したとすれば、それは違法と云い得ないが不当の判決たるを免れない。弁護人は記録を仔細に精査した結果、幸にも判示第一、第二の罪の各々につき酌量すべき幾多の情状が存在したことを見出し得たのである。左にこれを開陳する。一、判示第一(1) 鶴原薬品株式会社の件について 原判決は右の件につき、松井良治と被告人との共同正犯なりとし刑法第六十条を適用して処断している。弁護人も被告人の右所為につき共同正犯なることを争うものではない。ただ同じく共同正犯とはいつても、その実体を見るときには、そこに犯行の態様において著しい軽重が存するのである。即ち、以前から鶴原薬品株式会社を知つており、これに目を付け、被告人に対し盗みに行こうといつて働らきかけて同所に案内し、更に窃取した薬品を他に売却して金銭に換えたのは一に右松井良治である。松井良治の昭和三十年十二月五日附司法警察員に対する供述調書によれば、(二六丁)私は昨年暮頃まで日暮里の薬品屋に勤めていたので、薬のことはよく知つておりました。それで遊んでいて金もなかつたので薬でもやろうと思つておりました。との供述、又右松井が被告人に会つた際「神田に鶴原という薬屋があるから其処の薬をやろう」と話すと山下は直ぐ賛成したのです。との供述、又犯行の態様については、表の硝子戸の硝子の割れた処にベニヤ板が入れてあつたので、私がその板をはがして足を入れて錠を外し其処から二人で店の中に這入りました。店に這入るとカウンターの上にケースがあり中に薬品が入れてありました。私はその中から売れそうなテストビロンデポ、プロギノンデポ、デポ男性ホルモン、デポ女性ホルモン等の大体ホルモン注射液等を取り出して(二六-二七丁)との供述、更に、此の薬はその足で新宿旭町の富田旅館に持つて行き午前八時半頃になつて私の友人でお父さんが幡ケ谷で薬局をしている関 二十才位の処に私が電話をかけて旅館に来て貰い品物を見せて売れるものだけを五千円で売りました。残つた薬品は関に紹介してもらつた日本橋の大洋薬品に勤めている北某 二十四、五才の処へ翌日持つて行き六千円に売つたのです(二七丁)との供述によつて松井良治が主動的な役割を演じたことが明瞭である。而して右松井良治の供述と被告人の供述(五九-六〇丁)とは全く同一であるといつても過言でなく、被告人は自己に不利益なことも進んで供述し、真実を述べていることが明瞭に窺われるのである。又右松井良治の昭和三十一年三月七日原審第四回公判期日における証言によつても右の事実は更に明瞭に看取出来る。即ち、裁判官 鶴原薬品株式会社は証人が知つている会社か 知つています。私が日暮里の杉原薬局に勤めていた頃に神田の方に仕入れに行き、その会社で仕入れていたのです。盗みに行こうといつたのは誰か 私です。昼間私が「神田の方で薬品があるのだが、そこでやろう」と話したところ、山下は「考えておこう」ということでした。そして夜待合わせていましたら、「一緒に行こう」と返事しましたので、新宿から国電で神田へ行きました。(一〇二丁)弁護人 関という人とは前から親しかつたのか、前から同業者で知つていたのです。(一〇五丁)二、判示第二(1) (2) (3) については被害額も極めて僅少でありしかも右各人から窃取したのは各一回であり、所謂味をしめて同一人より回数を重ねるようなことはしてなかつたのである。三、判示第二の(4) については、被告人の昭和三十年十二月三日附司法警察員に対する供述調書にあるように、その後店の手伝をやり乍ら別の働らき口を探していた様な訳で手当も何も貰えなかつたので、悪い事とは思いましたが、店の靴を盗み出す気になつたのです。との供述によつて、店の手伝をしていたのに、受けるべき手当を貰えなかつた為に犯したものであることが窺われる。四、判示第二の(6) (7) (8) (9) の所為について。右犯行後被告人と被害者の母親吉野きくえとが道路で偶然に会つた際、同人から返しなさいといわれたところ、上衣は自分のものであり、ズボンは正行君のものであるし、シヤツもそうですと素直に告白し、その翌日直ちに一、上衣一枚、二、黒ズボン一本、三、ワイシヤツ一枚、四、バーバリー一枚を右吉野きくえ方に自ら持参して届けているのである。(五〇-五一丁)被告人が吉野正行の室から持ち出した衣類は全部で六点であり(四九丁裏)、その中右四点を返還しているのであるから、大部分は被害者の許に返っているのである。しかも残りの品物についても返還の意思があつたことは、右吉野きくえの、その時山下は洋服やラジオは自分が持ち出したから、いずれ返すその品物は山崎の処(山城屋質店のことを右吉野が聞き違えたものと推測される――弁護人註)にあるからといつておりました(五一丁)との供述によつて明らかである。発見された以外の品物も、翌日吉野の母親の許へ返しその際残余の品物についても全て自分が持ち出したことを素直に告白してその所在場所をも告げたのである。右の事実即ち吉野の母親に出会つて発見されたのが原因ではあつても、その翌日直ちに右発見された以外の品物をも自分の手許にある持出品全部を返し更に残余の品物の在り所をも告げた事実を見るとき、被告人の心情は、その犯した行為の多いに拘らず、なお子供らしさが表われておりそれだけ所謂悪質でないことが窺われるのである。五、以上述べた外被告人の本件所為の全てについて考察するとき、なお一つの特徴を見出すことができる。それは被告人の犯行の態様である。被告人は原判決挙示の犯罪事実の何れについても施錠の箇所を自ら破壊して財物を窃取するが如き行為には出ていないのである。このことは窃取という同一の犯行の中でも被告人の行為は未だ幼稚な段階に在ることの現われであり、その性格が決して悪質なものでないことを示しているものに外ならない。

第二、第一審判決後の刑の量定に影響を及ぼすべき情状 一、本件については次のように示談が成立している。(一)判示第一(1) の鶴原薬品株式会社に対して与えた損害については、同社社長鶴原次郎氏との間に損害額の賠償をして示談が成立した。右鶴原氏も被告人が主犯ではなく、誘われてしたものである事情を了とされ、上申書を以て特に被告人のために御寛大な裁判を賜りたい旨を懇願する好意を示してくれたのである。(二)判示第一(2) の旅館業高山美喜予氏に対して与えた損害については、示談の交渉に赴いた弁護人に対し、被害を受けたのは三菱十二吋の扇風機であるが、被告人の若年にして現に深く自己の行為を後悔していること並びに被告人の将来を憂うる母親山下アイの熱意に同情され、一般小型の三菱十吋の扇風機でもよい旨申出されたので、その旨弁護人から被告人の母親に告げたところ、そのような御好意に甘えるのは心苦しいとて、被害品と同一の三菱十二吋の新品を買い求めて賠償し示談が成立した。而して前記(一)と同様の上申書を作成し、提出方を依頼されたのである。(三)判示第二(1) (4) の楊来富氏に対して与えた損害については、特に同人から被告人が改心して真人間になるというのであれば、未だ若年のことではあるし、靴一足お金百円の賠償を受けなくとも示談をして上げますと積極的に申出され、示談が成立した。同時に前同様の上申書も書いて下さつた。因みに、判示第二(4) の黒短靴一足の被害者は宍戸文平氏となつているが、右宍戸氏は被害店舗である新宿区角筈一の七六五ボン靴店を退職しており、本件犯行当時においても、経営者ではなくして、支配人に過ぎなく、資本主であり経営者であつたのは右楊氏であることが明らかになつた。(四)判示第二(2) 曽谷恵美子氏に対して与えた損害についても示談が成立したこと右と同様である。(五)判示第二(5) の佐伯義雄氏に対して与えた損害についても右同様賠償の上示談が成立した。(六)残るところは判示第(二)(3) の宍戸文平氏に対する被害と(6) 乃至(9) の吉野正行氏に対する被害の賠償であるが、宍戸文平氏は前記ボン靴店を既に退職し又その住所たる練馬区貫井町七八五番地より他に移転しており、又吉野正行氏も既に従前の住所たる杉並区松ノ木町一二七〇井関初枝方より他に移転し、その母吉野きくえ氏も住所不明にして共に目下調査中で、所在明らかになり次第賠償すべく準備中である。(七)以上のように本件被害者は七人であるが、五名については示談が成立し、残る二人についても近く示談成立の見込である。(二)、被告人は、母アイ五十七才、兄光定二十六才、嫂良子二十四才、姪妙子二才、甥和光一才の五人の家族と共に(六九丁)母親の慈愛の下に育てられて今日に至つたのでありますが、原審第三回公判期日において弁護人の、母というのは実母かという問に対し、そうですと答えているように、右母親山下アイを真実の母親と信じ、何の遠慮するところなく我儘に育つて来たのであります。然るに原審の最終公判期日において、参考人として出頭した右山下アイは、此の際真実のことを述べるべきであると考え、今まで被告人に対して固く秘していた自分が真実の母ではない旨を供述したのであります。被告人は右の事実を知り、一時は非常に驚駭したけれども、やがて平静となるにつれ、深く自己の行為を反省し、真実の子でない自分を今までかくも愛してくれたことに対し厚く感謝すると共に、その恩に報ゆるどころか此の母に対して多大の迷惑をかけ悲しませたことを深く後悔し、再び母を悲しませるようなことは絶対にしないと固く心に誓つております。此の真実の母親と信じていたのに、それが真実の母親でなかつたことを知つた驚きというものは、その当人でなければ知り得ざる深刻なものであり、人生観を変えることも往々にしてあり得るものと思料されます。その一例として、映画俳優高田浩吉は未だ青年の頃、今まで自分を育ててくれた母親が真実の母でないことを知つて驚き、これが契機となつて映画界に入り、刻苦精励の上今日の成功をかち得た事実がサンデー毎日昭和三十一年五月十五日号七頁に報ぜられております。被告人の今回の驚駭を契機とする厚生の決意は通常のものではなく、心の底よりほとばしり出たものであることが十分に窺われるのであります。

第三、被告人の家庭環境其の他について 被告人の家庭は通常であつて、決して犯罪に赴かせる如きものではありません。即ち前記のように被告人を含めて六人の家族があり、母親アイは杉並区役所の用務員として勤務し、兄光定は東京工業大学を卒業し歯科医の用いる歯の合金の技術を有し、生活程度も普通であります。被告人が本件犯行をなすに至つたのは家庭外の事情主として友人に誘惑されたことが主たる原因でありますが、被告人は今回の事件を契機として、生みの母ならざる育ての母の愛に目醒め、深く自己の行為を反省し、従来母を心痛せしめたことを済まなく思い、固く更生を誓つております。犯罪は、本人の性情と環境との二つが原因となつて生ずるといわれておりますが、被告人の家庭環境は決して犯罪を醸成せしめるが如きものではないし、又被告人も固く更生を誓つており、更に被告人を愛すること何ものよりも大なる母親が居つて被告人を指導監督しております。被害の賠償も大半済み、残るところは僅かであります。被告人は未だ成年に達して間がない感受性に富む青年であります。今回の事件を契機として、被告人を更生せしめる最後の機会として、何とぞ執行猶予の判決を賜りたいと存じます。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例