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東京高等裁判所 昭和30年(行ナ)9号 判決 1957年7月23日

原告 株式会社ケイ・エヌ商会

被告 特許庁長官

補助参加人 呉羽紡績株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和二十八年抗告審判第五八六号事件について、特許庁が昭和二十九年十二月二十四日になした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二、請求の原因

原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は特許第一八二一六八号紡機用ニユーマチツククリヤラーの特許権者であるが、該特許発明の明細書及び図面に、その要旨の誤解を招くような説明の不十分や符号の脱落を発見したので、昭和二十六年十二月三日特許庁に対し、特許法第五十三条第一項に基く訂正許可の審判を請求したところ(昭和二十六年審判第三一九号事件)、特許庁は昭和二十八年三月十二日原告の申立は成り立たない旨の審決をなした。よつて原告は、同年四月二十三日右審決に対し、抗告審判を請求したが(昭和二十八年抗告審判第五八六号事件)、特許庁は昭和二十九年十二月二十四日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、右審決書謄本は昭和三十一年一月十四日原告に送達された。

二、本件特許発明は、昭和二十四年一月二十四日出願され、昭和二十五年三月八日登録されたもので、その明細書の記載は、別紙記載明細書中傍線を付した部分を除いたものであるが、原告はこれに同明細書中傍線を付した部分を挿入するよう訂正の許可を求めたものである。(図面の部分を省略する。)

審決は、本件特許発明の明細書を原告請求のように訂正することは、特許請求の範囲の減縮になると認めることができるが、その訂正残部は、昭和十五年五月一日発行の雑誌「紡織界」第三十一巻第五号(以下第一引用例という。)に記載されたものと、同一発明と認めるので、特許出願の際独立して新規の発明を構成しないから、その訂正は特許法第五十三条第三項により、許されないものとするとしている。

三、しかしながら審決は、本件発明の解釈を誤つたか、引用刊行物の記載の解釈を誤つた点に違法があるばかりでなく、特に訂正残部が特許出願の際独立して新規の発明を構成しないと判断した点において、甚だしい違法が存し、その取消を免れないものである。すなわち、

(一)  審決は、前記訂正残部が第一引用例の記載事項と同一発明に帰すると認められる理由として、

(イ) 本件特許発明におけるものと同様の吸込管が、本件特許の出願前特許局陳列館に受け入れられた独逸国特許第一八六一〇七号明細書(以下第二引用例という。)に記載されている。

(ロ) 本件特許発明におけると同様に、吸気装置を分離装置の前に設けたものが、昭和十四年実用新案出願公告第一三三四四号公報(以下第三引用例という。)に記載されている。

(ハ) 本件特許発明における円筒管をローラースタンドに附した支持片に引掛けて設置したという点は、前記第一引用例の記載中特に「アンダークリヤラーローラーを取り去つて、その代りに吸込口を設備した」という記述のうちに包含されている。

と説示している。

(二)  しかし第一に指摘したいのは、審決が本件特許発明の構成要素を個々別々に分離し、それぞれにつき新規でないと述べ、それ故に本件特許発明を紡機用ニユーマチツククリヤラーとして新規の発明でないと論断している点である。

訂正減縮によつて明確化しようとする本件特許発明の要旨は、(1)フロントローラーと或る角度をなして吸込用の小孔を穿設した円筒管を、(2)フロントローラーの下部においてローラースタンドに附した支持片に引掛けて設備し、(3)前記円筒管を吸気装置を経て分離装置に連結したことを特徴とする紡機用ニユーマチツククリヤラーに存するものである。そして前記(1)(2)及び(3)の要素は、この発明を構成するための主要要素であると同時に、三要素が前述のような特定の相互関係を以て技術的に巧みに総合統一され、これによつて始めて紡機用ニユーマチツククリヤラーとして新規有用の効果を発揮し得たことに意味があるものである。すなわち本件特許発明の実体は、前記三要素の単なる寄せ集めにあるものではなく、これらを前述のような特殊特定の様式において、技術的に統合したその全体に存するもので、その結果、在来の紡機に著しい改修を加えることなしに、ニユーマチツククリヤラー装置を簡便に附設するとともに、動力を節約し、かつ掃除を容易ならしめる等の諸効果を挙げることができるものである。それゆえ本件特許発明の場合と同じ様式で、個々の要素が結合された紡機用ニユーマチツククリヤラーが存在しない限り、本件特許発明の成立が非難される理由はない。この点において、審決は、本件特許発明の実体を正しく把握認識したものとは認められない。

本件特許発明の本質を正しく認識する限り、仮りに第二引用例における吸込管が、本件特許発明における円筒管と類似であるとしても、それが本件特許発明の成立を妨げるものでないことはまことに明白である。

また第三引用例に記載されたものは、紡績工場内で床面等を掃除する一種の真空掃除機である。すなわちこのものは、只一個の吸込口を有し、工場の塵芥や綿埃を吸い取る機器に過ぎないもので、本件特許発明のような紡機用ニユーマチツククリヤラーと対比して論ずべき性質のものではない。その吸気装置と集塵装置との配置が、たまたま本件特許発明における一要素と同じ順序にあるとしても、それと本件特許発明の成立とは何等の関係のないことである。

最後に前記(ハ)にいわゆる、第一引用例記載中の「アンダークリヤラーローラーを取り去つてその代りに吸込口を設備したというのは極めて抽象的かつ不明確の表現であつて、その何処に「ローラースタンドに附した支持片に引掛けて円筒管を保持する」という本件特許発明における具体的の技術思想を窺知することができるであろうか。

(三)  審決は、本件特許発明の訂正残部は、「本件特許出願の際独立して新規の発明を構成しないものである。」と断定しているが、これは本件特許発明の紡機用ニユーマチツククリヤラーが一般に普及し、そのためその装置の具体的構成が周知の状態となつた現在の技術知識を以て、紡機用ニユーマチツククリヤラーに関する具体的技術の全然存在しなかつた本件特許出願当時の技術水準を律したものでまことに不合理千万である。およそ発明が新規であるか否かを判断するのは、その発明がなされた当時の技術水準を基準としてなさるべきもので、発明以来数年を経過した現在の技術知識を以て判断すべきものではない。審決にはこの点においても、重大な錯誤が存する。

(四)  進んで本件における被告及び補助参加人の主張に対して反駁するに、およそ発明の構成要素を個々別々に切り離して考察すれば、それ自体は仮りに既知の手段であつても、これを巧みに統合し組み合せることによつて特殊の作用効果、即ち有用な目的を達するならば、その統合組合せによつて発明を生ずることは当然である。

原告が訂正減縮によつて明確化しようとする本件特許発明の要旨は、さきに繰り返し述べたとおりであつて、この一連の関係よりして吸気装置を経て分離装置に連結された円筒管は、その各吸込用小孔を通じて絶えず均等な吸引力を維持せしめるとともに、かくすることによつて従来一般に用いられていたアンダークリヤラーと外形が最も近似した円筒管をして、吸込みに最も有効に適用し得るようになした結果、これをローラースタンドに附した支持片に引掛けて使用し得るように企図し、以て紡機に特別の改造を施さずして、簡単に断糸吸引装置を装置し得られ、最小の動力を以て機台の各錘に対し絶えず均等の吸引力を保持し得ることにより、ここにも最も経済的な実用機を完成し得たものである。従つて前述せる本件訂正減縮による各要素は、単なる寄せ集めではなく、全体として不可分の相関関係を有し、この巧みな一連の組合せ関係によつて、発明者の企図するねらい、すなわち動力の節約、均等な吸引力を保たせること及び改造に費用がかからないよう従来の部分をできるだけそのまま使用することの三条件を満足させたものであり、紡機用断糸吸引装置として、従来その例のない特殊の作用効果を奏するものであるから、前記訂正減縮による本件特許発明は、その出願の際独立して新規の発明を構成するものである。

(五)  更に被告及び参加人の主張する第一引用例の記載事項によつては、本件特許の訂正の残部に該当する点は一つもない。すなわち「吸込管を円筒形として、その外周に沿つて軸心に平行して直線的に定間隔に吸気孔を設けた点及び吸込管から吸い込んだ棉塵を吸気装置を経て分離装置に連結している点」で相違することは被告等も認めているとおりである。従つて吸気装置を分離装置の前位に配置連絡する独得の様式によつて円筒管を用い、相俟つて動力を節減すると同時に、常に均等の吸引力を保持し、円筒管をローラースタンドの支持片に引掛けることにより、紡機に特別の改造を施すことなく、簡易に取り付けられるという一連の関係による本件特許発明の思想は想像し得られるものでない。

またアンダークリヤラーローラーはフロントローラーを圧搾して回転するものであり、これに反して吸込管はフロントローラーと或る角度を維持して固定するものであるから、この性質の相違を正しく認識すれば、「アンダークリヤラーローラーを取り去つてその代りに吸込口を設備した。」という頗る抽象的な表現から、本件特許発明における技術的な手段を当然なりとする被告及び参加人の主張は失当である。

第三、被告の答弁

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対して、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一、二及び三の(一)の事実は、これを認める。

二、同三の(二)、(三)の主張は、これを否認する。

(一)  原告が訂正減縮によつて明確化せんとする本件特許発明の構成要素すなわち、原告主張の(1)(2)及び(3)の点は、いずれも本件特許出願前公知の事柄であり、このようにすることは、当業者の技術常識を以てすれば、必要に応じ容易に実施し得る程度のことで、新規の発明の存在を認めることはできない。故にこの点について審決が引用した第一引用例のものと、本件特許発明を訂正減縮しようとするものとの差異は、例えば第二引用例、第三引用例及び特許第一三四七五六号明細書にも見られるように、普通に知られている設計上の単なる差異に過ぎない。

また原告が訂正の許可を請求している特許請求の範囲の減縮の残部は、その出願前公知の第一引用例記載のものと比べてみると、前者は吸込管を円筒形として、その外周に沿つて軸心に平行して直線的に定間隔に吸気孔を設けた点及び吸込管から吸い込んだ棉塵を、吸気装置を経て分離装置に連結した点で後者と相違しているが、これらの点は、例えば第二及び第三引用例にもみられるように、いずれも本件出願前周知の事柄であるから、前者と後者との差異には発明の存在が認められず、結局両者は同一発明に帰するものである。故にこの残部は、第一引用例並びに第二、及び第三引用例にみられるような周知事由の存在に基き、特許法第五十三条第三項の新規の発明を構成しないことは明らかである。

更に原告主張三の(一)の(ハ)の説示は、紡機のこの部分の構造からみて、このように認めることは、たとえば洋服掛に掛けた洋服を取り外して、その代りにシヤツを掛けるのと同じ程度のことで、当業者の極めて容易になし得べきことであるからこのような非難はとるに足りない。

(二)  原告が紡機用ニユーマチツククリヤラーと称する紡績機械の掃除機は、本件特許出願前国内に頒布された刊行物である昭和十五年五月一日発行の第一引用例に明記されており、この外にも大正十四年八月二十五日特許局陳列館に受け入れられた第二引用例にも記載されているのであるから、ニユーマチツククリヤラーに関する具体的技術が、本件特許出願前全然存在しなかつたとの主張は、全く当を得ないものである。

第四、補助参加人の主張

補助参加人は被告を補助するため、原告の主張の請求原因三の(二)及び(三)に対し、次のように主張した。

(一)  原告が訂正によつて明確ならしめんとする(1)(2)(3)の各要素は、いずれも本件特許の出願前公知の事項であつて、このようなことは、当業者の技術常識を以てすれば、必要に応じ容易に実施し得る程度のことで、新規発明の存在を認め難く、第一引用例と本件訂正による請求範囲との差は、第二引用例第三引用例並びに特許第一三四七五六号明細書及び英国特許第四〇六〇六三号明細書に普通知られた設計上の微差に過ぎない。

吸込管を円筒形となし、その母線上糸篠の通過経路に応じ、等間隔に数箇の吸込口を穿つた点は、第二引用例の外、本件特許出願前昭和九年五月二十三日特許局図書館に受入を了した前記英国特許明細書及び図面中にも明瞭にこれを説示しているところであるから、第一引用例に容易に実施し得べき程度に記載されたものとする審決の見解には何等の違法はない。いわんやこの種の吸気管を円筒管となすことは、最も単純な常識的な設計であるから、これを限定しても、何等発明としての特許性を認めるに足りない。

(二)  次に円筒管をローラースタンドに附した支持片に引掛けて支持する点については、第一引用例中にアンダークリヤラーローラーを取り去つて吸込口を設備した旨の記載ある以上、吸込管をローラースタンド上の支持枠に引掛けて支持することは、当然アンダークリヤラーローラーを取り去つて、その跡に吸込管を取り附ける思想に包含されるものと見るのが至当の見解である。けだし従来の紡機のアンダークリヤラーローラーは両端の短軸によつて、ローラースタンド上の支持枠に掛持されているのであるから、これを取り去つて吸込管を設備するという以上、支持枠を利用して装着することは、技術上最も手近な必然の連想であつて、この手段を限定しても、何等新規発明の構成を認めるに足りないとするのは当然の見解である。

(三)  原告は現在紡機用ニユーマチツククリヤラーが普及した時代の技術知識を以て、その具体的技術が存在しなかつた本件特許出願当時の技術水準を律した審決の理由は不合理であると主張するが、特許発明は思想であつて、具体的技術は実施であるから、発明思想としては、本件特許出願当時第一及び第二引用例の外に、前記英国特許明細書等によつても、国内に周知であるから、実施の設計手段を以て、新規発明の構成を主張せんとする原告の所論は不当である。

(四)  原告が訂正減縮によつて明確化しようとする要部は、(a)吸込用小孔を穿つた円筒管所謂フリユートをローラースタンドに附した支持枠に引掛けて設備したことと、(b)フリユートを吸気装置を経て分離装置に連絡したこととの二点にあるが、元来精紡機において、篠の経路にフリユートを設けて断篠及び風棉を吸引することと、このフリユートを精紡機上に支持する手段と、吸気装置を経て分離装置に接続することとは、技術上夫々別個の問題であつて、原告の訂正減縮の発明は、精紡機用ニユーマチツククリヤラーとして、これを湊合併合したものに過ぎない。

そして訂正請求の要部の第一点たるフリユートの両端面中心に短軸を附して、ローラースタンドに取り附けた弾性支持枠に引掛け設備した構造は、千九百三十九年四月発行メリアンド繊維通報英文版第二十巻第二号に記載され、昭和二十年五月三十一日以後国内において公衆の閲覧に供せられたものであるから、本件特許の原明細書においては、フリユートの支持手段に関し何等の説明も限定もなかつたものを、訂正によつて前記引掛手段に限定しても、何等発明としての新規性に加えるものではない。

次に第二点である吸気装置を経てフリユートを分離装置に連結した構造に関しては、第三引用例中に吸塵口を具えた可撓性吸気管を送風機に通じ、その排気を集塵箱に導く構造を示しており、右はニユーマチツククリヤラーの一種であつて、その説明中紡績工場の塵埃清掃に適する旨の記載ある以上は、この構造を精紡機のニユーマチツククリヤラーに適用しても、ニユーマチツククリヤラーにおける分離装置を経てフリユートを吸気装置に通じたものに比し、単なる設計的変更を加えたに過ぎないものであつて、何等発明的新規性を認めるべきものでない。

以上の通りであるから、本件訂正の要部たるフリユートの引掛け及び吸気装置と分離装置との配置関係は、共に本件特許の出願前ニユーマチツククリヤラーとして公知であるから、訂正明細書において、これら事項を限定するも、畢竟設計的変更の範囲を出でないとの見解のもとに、訂正の残部は、依然として容易に実施し得べき程度において、第一引用例に記載されたもので、新規発明の構成に値しないとなした審決の理由は、至当な見解であつて、原告主張の如き違法はない。

第五、(証拠省略)

理由

一、原告主張の請求原因一、二及び三の(一)の事実は、当事者間に争がない。

二、右当事者間に争のない事実とその成立に争のない甲第一、二号証を総合すると、特許第一八二一六八号紡機用ニユーマチツククリヤラーは、昭和二十四年一月二十四日訴外鐘淵紡績株式会社の出願にかゝり、昭和二十五年三月八日特許されその後原告に譲渡されたもので、その発明の要旨は、同明細書(甲第二号証)中特許請求の範囲の項に記載されたように、「紡機におけるフロントローラーの下部に、吸気装置に連結された円筒管を設備し、この円筒管にフロントローラーと或る角度をなして吸込用の小孔を穿設した紡機用ニユーマチツククリヤラー」であり、その目的は、上下のローラークリヤラーを省略し、真空作用で飛散する風棉を吸い込み、常に機械を清浄に保つとともに、糸が切断した場合に、その篠を直ちに小孔に吸い込んで、これを保持することによつて、糸継ぎの手数を著るしく簡易化しようとするものであること、及び原告が右特許について特許法第五十三条第一項に基いて、特許請求範囲の減縮を目的として明細書及び図面の訂正を求めている、特許請求の範囲減縮の残部は、訂正明細書(甲第一号証)中特許請求の範囲に記載されたように、「紡機におけるフロントローラーの下部に吸気装置を経て分離装置に連結された円筒管を、ローラースタンドに附した支持片に引掛けて設備し、この円筒管にフロントローラーと或る角度をなして吸込用の小孔を穿設した紡機用ニユーマチツククリヤラー」であつて、この訂正に従つて、分離装置の次に排風機を組み合せた場合に比し、排風機の動力を節約するとともに、円筒管の取付が簡単で、また取り外して掃除を行うことが簡便にできるようにしようとしたものであることが認められる。

すなわち訂正の前後を比較すると、円筒管が吸気装置に連結されることを条件としていたものを、「吸気装置を経て分離装置に連結するもの」と改め、かつ円筒管について、これを「ローラースタンドに附した支持片に引掛けて」とその取付手段を明示したものである。

三、その成立に争のない乙第三号証の一、二によれば、審決が引用した昭和十五年五月一日発行雑誌「紡織界」第三十一号第五巻すなわち第一引用例には、「粗糸屑と塵埃の除去装置」なる表題の下に、「精紡工程に於て生ずる粗糸屑の除去は相当厄介である。所が今度ハインリツヒトーマ製作所が気流を応用して粗糸屑や塵埃を除去する新装置を造つた。塵埃除去に気流を応用する考案は古くからあつたが、何れも塵埃を吹き飛す方法であつて、塵埃を吸い込む方法ではなかつた。新装置は輪具精紡機又は其他の機械で生ずる粗糸屑と塵埃を通風管でもつて吸込み、常に機械を清浄に保つようにしたものである。この装置はボビンクリールの下部に、機台の全長にわたる主通風管を設け、この主管から数本の吸込管(サクシヨン・フアンネル)を分枝し、その吸込管に吸込口を付けたものである。吸込管は各錘の一セツト毎に一本宛配置され、吸込管には一セツトの錘数に対応して、六―八ケの吸込口がある。第一図はアンダークリヤラーローラーを取り去つて、その代りに吸込口を設備した処である。主管は塵埃の濾過箱に連続していて、塵埃はこの箱に集められた上除去されるのである(第二図)。気流を起す扇風機用のモーターは〇、七五馬力あれば足りる。吸込口に吸い込まれる気流の速度は、どの吸込口でも均一になるように設計している。切れた糸、粗糸、塵埃は、みんな吸い込まれて仕舞うから、機台を掃除する手間が三〇―四〇%助かる。その上吸込口の真空度は切れた糸のどんなものでも容易に吸い込むように調整しているから、切断した粗糸が隣りの糸にからみついて、二本合せの糸が出来るおそれがない。尚工場内の空気は絶えず混合され、濾過されているから、女工の衛生上からいつても有利である。」との記載があり、精紡機にこの装置を施した工場現場の写真が、第一図及び第二図として掲載されていることが認められる。またその成立に争のない乙第四号証によれば、同じく審決が引用した独逸国特許第一八六一〇七号明細書(千九百七年六月十二日発行)すなわち第二引用例には、「紡績機械用紡糸捕捉器」として、真空によつて断糸端及びその接続によつて生ずる糸屑を吸い取らせるものを記載し、特にその第一図及び第二図に示すものは、フロントローラーの下部に円筒形の吸込管を設け、これに直接吸込口を穿つたものを図示していることが認められる。更にその成立に争いのない乙第二号証によれば、審決が引用した昭和十四年実用新案出願公告第一三三四四号公報すなわち第三引用例には、紡績工場の塵埃清掃その他に使用される室内清掃用集塵車で、先端に吸塵口を取り付けた可撓性吸気管を有するモーター直結送風機の出口を、集塵箱に連結し、集塵箱には多数の小径のサイクロンコレクターを併設して、空気と塵埃とを分離し、空気は上部に塵埃は下部の堆塵室内に堆積するものが記載されていることが認められる。

四、よつて以上認定にかかる本件特許発明の訂正の残部と第一引用例の記載事項とを比較するに、両者は紡機におけるフロントローラーの下部に、吸気装置及び分離装置に連結された吸気管を設け、この吸気管にフロントローラーと或る角度をなして吸込用の小孔を設けた紡機用ニユーマチツククリヤラーである点では全く一致し、ただ後者の吸気装置と分離装置との配置順序が明らかでないのに対し、前者は吸気装置を経て分離装置に連結するように、その順序を明確にした点及び後者がその吸込管の断面について明確な記載がなく、図面にも断面が円形でないことは明らかであるが、その精確な断面を示していない。またその取付方法も、その説明には、単に「アンダークリヤラーローラーを取り去つて、その代りに吸込口を設備する。」と記載しているのに対し、前者が吸込管を円筒管とし、これを「ローラースタンドに付した支持片に引掛けて」と、その取付手段を明示した点で相違している。しかしながら吸気装置と分離装置との配置順序を前者のようにすることは、その成立に争のない乙第九号証の一、二によつても認められるように、互に一長一短のある二者の一を選択することであるばかりでなく、鑑定人佐藤文二、大野柳之輔の鑑定の結果によれば、第三引用例に記載されたものから、容易に想到せられるべきものであることが認められるから、この点に新規な発明の構成を認めることはできないといわなければならない。次いで吸込管の断面を円形とし、これをローラースタンドに付した支持片に引掛けるようにしたことについては、吸込管の形状としては、これを円筒状をなすことがむしろ普通と解せられるばかりでなく、第二引用例の第一図及び第二図には、円形断面の吸気管が示されており、更にこれをローラースタンドに付した支持片に引掛けるのは、従来のアンダークリヤラーローラーの取付具を、そのままに利用するものであることが、弁論の全趣旨によつて明白であり、アンダークリヤラーローラーの代りに吸込管を設けることが、前記のように第一引用例に記載されている以上、当業者が格別の発明思想を要せずしてなし得る設計と解せられる。しかも吸気装置と分離装置との配列順序、吸込管の断面形状及びこれが取付手段は、五において述べるように、それぞれ別個の思想関係に基くものと認められるから、それらのいずれも新規性又は発明性を具備しない以上、本件特許発明の減縮の残部は、全部として、その特許出願前独立して新規の発明を構成しないものと解せられ、鑑定人佐藤文二、大野柳之輔、白樫侃の各鑑定の結果も、右判断を支持する資料となる。

五、原告代理人は、本件特許発明の減縮による残部を構成する各要素は、特定の相互関係を以て技術的に巧みに総合統一され、これによつて始めて紡機用ニユーマチツククリヤラーとしての新規有用な効果が発生するものであると主張するが、減縮後の発明の要旨は、その減縮前の各部分の細部を限定したもので、各細部の間に、原告主張のような密接緊要な関連があるものとは解されない。すなわち吸気装置と分離装置との配列順序と、吸気管を円筒管にしたことと、その取付手段とは、互に何等関係のない事項で、それぞれ直接の目的を別個にしているものと解せられるばかりでなく、訴外鐘淵紡績株式会社住道工場における検証の結果によつても、これら要素を結合したがゆえに、各要素の一々によつて生ずる効果の総和を超えた、特別の効果が生じたとの事実は認められないから、右原告の主張は採用することができない。

六、以上の理由により、原告の請求にかゝる本件特許発明の明細書及び図面の訂正は、減縮の残部が特許出願当時独立して新規の発明を構成しないものと認むべきであるから、特許法第五十三条第三項により、その訂正は許可し得ないものであつて、これと同趣旨に出でた審決には、原告主張のような違法はないものといわなければならない。

よつて原告の本訴請求を棄却し、原告と被告との間に生じた訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九条、原告と参加人との間に生じた訴訟費用の負担については同法第九十四条第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

明細書

発明ノ名称

紡機用ニユーマチツククリヤラー

発明ノ性質及目的ノ要領

本発明は、紡機におけるフロントローラーの下部に吸気装置を経て分離装置に連結された円筒管をローラースタンドに附した支持片に引掛けて設備し、この円筒管にフロントローラーと或る角度をなして小孔を穿設したことを特徴とする紡機用ニユーマチツククリヤラーで、その目的は上下ローラークリヤラーを省略し、真空作用により飛散する風棉を吸い込み、常に機械を清浄に保つとともに、糸が切断した場合その篠を直ちに小孔に吸い込んでこれを保持することによつて糸継ぎの手数を著しく簡易化し、かつ吸気装置の動力を節約し、円筒管の掃除を簡単に行い得べき有効な装置を得んとする点にある。

図面ノ略解

添付図面は、本発明の実施態様を例示するもので、第一図は、一部分その斜面図、第二図は同裁断側面図、第三図は、数台の紡機を一組の排風機及分離装置に連結した場合の一例を示す側面図である。

発明ノ詳細ナル説明

本発明は、紡機に特別の改造を施さず、従来のアンダークリヤラー代りにフロントローラーの下部に吸気装置を経て分離装置に連結された円筒管をローラースタンドに附した支持片に引掛けて設備し、この円筒管にフロントローラーと或る角度をなして小孔を穿設したことよりなるもので、次に図面についてその実施態様を詳述する。

紡機(1)には特別の改造を施さず、唯従来のアンダークリヤラーの代りにフロントローラー(2)の下部に円筒管(3)をローラースタンド(10)に附したU字形の弾性支持片(11)の元端に引掛けて横架し、その上端に近い前部寄りの部分には、糸が切断したる場合その篠が直ちに吸い込まれるような小孔(4)を穿設する。そしてこの円筒管(3)は導管(5)を以て機台の傍に設備した小風道(6)に連結し、この小風道(6)はさらに主管(7)に連絡して排風機即ち吸気装置(8)により分離装置(9)に導き、以て常時真空作用によつて小孔(4)から外気とともに飛散する風棉等を吸い込むように構成したものである。なおこの装置は、各機毎に装置して単独操作することもできるが、第三図に示すように一聯の紡機に対し主管(7)を配して多数の機を同時に操作することも可能である。

本発明は、上述のように構成したから、従来の紡機に特別の改造を施す必要なく、簡単に装置し得られ、その施設によつて常時真空作用を利用し、飛散する風棉を吸い込んで、これが糸に撚り込まれることを防ぎ得る利益あると同時に、殊に糸が切断した場合、その篠が直ちに小孔に吸い込まれてそのまま保持される関係上、従来の如く篠をアンダークリヤラーに巻き付かせる場合と異り、糸継ぎの手数を著しく簡易化し得る特色あるもので、しかも伝染切れ等をなくし、温湿度を均一ならしめるとともに、棒棉及散棉を減じ、常に機械を清浄に保ち、製品の品質の向上を図り得るのみならず、工場衛生の点においても頗る効果があり、かつ分離装置の前に排風機即ち吸気装置を組合せてあるから、分離装置の次に排風機を組合せた場合に比すれば、抵抗を減じ得る関係上、排風機の動力を大いに節約し得るとともに、円筒管はローラースタンドに附した支持片に引掛けてその位置を保持されているから、その取付けが簡単で、また取外して掃除を行うことも頗る簡便にできるのであるから、紡績作業上、頗る有効なものである。

特許請求ノ範囲

本文記載の目的で、本文に記述し図面に示すように、紡機におけるフロントローラーの下部に吸気装置を経て分離装置に連結された円筒管をローラースタンドに附した支持片に引掛けて設備し、この円筒管にフロントローラーと或る角度をなして吸込用の小孔を穿設した紡機用ニユーマチツククリヤラー。

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