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東京高等裁判所 昭和30年(ラ)458号 決定 1956年7月13日

抗告人 君塚春吉 外二名

相手方 今井良子

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告代理人は、原決定を取り消し、相手方所有の別紙<省略>目録記載の土地につき抗告人らのため普通建物の所有を目的とする地上権設定の仮登記仮処分命令を発せられんことを求め、その理由として、別紙「抗告理由書」のとおり主張した。

よつて案ずるに、本件記録添附の登記簿謄本戸籍謄本によれば抗告人ら主張の一の事実を認めることができる。この事実によれば、別紙目録記載の土地及び建物に抵当権の設定された当時においては、これらの土地建物が同一人の所有に属しないことが明らかであるので、民法第三百八十八条に照らせば、競売の場合土地所有者が地上権を設定したものとみなすことはできないものというほかない。

尤も、抗告人らの主張するように、右抵当権設定当時、土地が野口信次郎の所有に属し、建物がその養母野口孝の所有に属する如く、親子が土地建物を各別に所有する場合には通常賃借権、地上権などを設定することなく、事実として無条件に土地の使用を認めることが通例であつて、この関係はあたかも土地建物が同一の所有者に属する場合とほとんど異らないのであるからこの場合においては土地建物が同一人の所有に属するものに準じて民法第三百八十八条の立法趣旨を拡張して法定地上権を認めるべきであるとなすは、一概に理由のないものと言うことはできないようであるが、いわゆる法定地上権の制度は、建物の存続には土地の使用を必要とし、しかも土地建物が同一人の所有に属するときは、自己のため賃借権、地上権など土地の使用関係を設定することはその必要もなく、また法律の許さないところであるので、競売によつて土地及び建物の所有者を異にするに至つてはじめて建物所有者のため地上権を設定したものとみなして建物の存立を保存しようとするにあるのであつて、このことは抵当権設定者の意図するところであり、またその予期するところに副うものと解されるからであるが、いやしくも従前の土地の使用につき法律上の使用関係を設定する余裕もあり、場合によつてはその必要もある限りにおいては、右法定地上権の設定を容れる余地なきものと考えられる。本件においては、本件記録添附の登記簿謄本によれば、野口孝は昭和二十七年十二月九日別紙目録記載の建物につき保存登記をなし、野口信次郎は昭和二十八年六月十日別紙目録記載の土地を山内豊景より買い受けて移転登記を経て、昭和二十八年七月八日債務者ミスズ油脂株式会社の債務につき共同担保として右土地及び建物に抵当権が設定されその旨の登記を経たことが明らかであるので、土地の使用関係については少くとも野口孝と山内豊景の間においては何らかの約定があり、それが野口信次郎に承継されたものと推定されるのであつて(賃借権または地上権ならば建物保護法により第三者に対抗し得べきものである。また野口信次郎に承継された後においては野口孝と野口信次郎とが親子の関係にあるところから土地の使用関係は事実上の関係に止り法律関係としては賃借権を承継しないこともありうるが、そうでない場合ももとよりありうるのである。)、野口信次郎所有の更地に野口孝が建物を健築したような場合と異り(この場合には賃借権、地上権を設定することは通常の事例に反することと言い得ても暗黙の使用賃借の関係までは一概に否定出来ないところと考える)、たゞ親子が土地及び建物を所有するに至つたことから直ちに、土地及び建物が同一人の所有に準ずるものとして民法第三百八十八条の適用ありとなすは、従来存続した土地の使用関係を無視して法定地上権の制度を不当に拡張することゝなり、また到底抵当権設定者の意思または予期するところに反するものと考えざるを得ない。

従来大審院の判決において、土地及び建物の所有者が土地及び建物につき抵当権を設定しその後建物が焼失したので右所有者の妻が建物を建築した後土地が競売に附され他に競落された時右建物所有者は法定地上権を取得するものとされ(抗告人ら引用の昭和十三年五月二十五日大審院判決)、また、建物及び土地の所有者が土地のみにつき抵当権を設定しその後建物を他に譲渡し譲受人との間に土地につき賃借権又は地上権を設定しても、土地が競売に附され他に競落された場合には法定地上権が生じ右賃借権又は地上権は覆滅されるとされ(昭和八年十月二十七日大審院判決)ているが、これらの事情及び理論はいずれも抗告人らの主張を肯認する根拠とはならない。蓋し、抗告人ら主張の右事情は、土地と建物の所有者が異りその一またはその両者につき抵当権が設定される場合にも常に生ずる事情であつて、たまたま両者の間に土地の使用関係がないからと言つて民法第三百八十八条の適用ありとなすは、同条において抵当権設定当時において土地及び建物が同一人の所有に属する場合に限定した趣旨に反するものであり、前記大審院判決は、いずれも抵当権設定当時土地及び建物が同一人の所有であれば足り、その後競売までの間に建物が第三者に譲渡されても法定地上権の取得の妨げとならない趣旨を明らかにしたものであつて、同条の右趣旨を更に抗告人ら主張のように拡張解釈する根拠となしうるものとは考えられないからである。

なお、抗告人らは、民法第三百八十八条の要件として、競落当時において土地及び建物の所有者が同一人であれば足ると主張するものの如くであるが、同条が、抵当権設定当時においては土地及び建物の所有者が各別であつても競落当時において同一所有者に属する場合をも含むものとは解せられないことは、この場合においては土地の使用関係が既に存在し或はこれを設定する余地のあつたものであることに照らし、明らかであるといわねばならない。

然らば、抗告人らが別紙目録記載の土地につき地上権を取得したことについては、冒頭における認定を覆し得ないのであるから本件申請は理由なきものとして却下するの外なく、抗告人らの申請を却下した原決定は相当にして、本件抗告はその理由がない。よつて本件抗告を棄却し主文のとおり決定する。

(裁判官 岡咲恕一 亀山修平 脇屋寿夫)

抗告理由書

一、訴外太陽石油株式会社は、野口信次郎所有名義の別紙目録記載の土地及びその地上の同人の養母野口孝名義の別紙目録記載の建物を共同担保として昭和二十八年七月十日抵当権の設定を得てその旨の登記を経た。ところが、右野口孝は昭和二十八年十一月十七日死亡し、右建物は野口信次郎と野口寿美の共同相続するところとなり、昭和二十九年五月二十二日その旨の登記を経た。然るに、右土地は、訴外株式会社実業の相談社の強制競売の申立により競売に附され、昭和二十九年六月九日相手方が競落し同年八月二十五日その旨の登記を経た。右建物は、前記太陽石油株式会社の抵当権実行の競売申立により競売に附され、昭和二十九年十二月十四日抗告人らが競落し昭和三十年一月十九日その登記を経たものである。

二、右事実によれば抗告人らは別紙目録記載の土地につき法定地上権を取得したものである。尤も、前記抵当権設定の当時土地及び建物が同一所有名義に属せずして、土地は野口信次郎、建物はその養母野口孝の所有名義であつたが、法定地上権は、自分の土地だから自分で地上権を設定しないが、適法にこれを使用せる場合に、その潜在的利用関係を、競落により土地所有者と建物所有者が異り、表現形式化する必要の生じた場合に、これを顕現せしめるにあるから、土地建物が同一の所有者に属する場合のみならずこれに準ずる場合例えば建物が親に属し土地が子に属しその間に借地権の設定の必要を認めない場合においても法定地上権を認むべきである。夫所有の土地に妻名義で建物を建て夫婦が該家屋に居住し該土地の利用を継続する場合にも法定地上権を設定したものとみなすべきものとされている(大審院判決昭和十三年五月二十五日)事例に照らせば、本件の場合民法第三百八十八条の類推適用あるものと考える。

三、しかのみならず本件は次の観点からも民法第三百八十八条の適用ありと観察すべきである。法定地上権を認むべきや否やは、競落当時の使用関係を基準とすべきである。民法第三百八十八条において抵当権設定当時を基準とするのは抵当権者を保護するため特にその基準を遡らしめたに止るのであつて、法定地上権を認める理由からみれば競落当時を基準とすべきである。従つて、抵当権設定当時建物と土地の所有者を異にしていても競落当時同一所有者になつて借地権が消滅ないしその必要がなくなり、その時競落がなされた時は法定地上権を認むべきである。本件においては競落当時土地は野口信次郎、建物は野口信次郎と野口寿美の共有名義となつているので民法第三百八十八条を適用すべきである。尤も土地が共有に属しその共有者の一人が建物を所有する場合に法定地上権を設定するときは他の土地共有者に不測の負担を課する結果となるので民法第三百八十八条を適用すべきでないが(最高裁判所判決昭和二十九年十二月二十三日)、建物共有の場合には他の共有者に何等の痛痒を与えなく、本件においては野口信次郎と野口寿美の双方の持分が競売に附され抗告人らが一緒に競落したものであるから同条の適用に疑問を残さないものと信ずる。

四、以上の如く本件仮登記仮処分申請はこれを許容すべきに拘らず、原裁判所は仮登記原因の疏明なしとして申請を却下したので、原決定を取り消し右申請を認容する裁判を求めるため本件抗告に及んだ。

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